- ベストアンサー
聖徳太子って
天皇になったのですか、何代目のなんという天皇ですか、聖徳天皇ってみあたりません。
- みんなの回答 (4)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
聖徳太子は推古天皇の摂政でしたが、即位はしていません。若くして亡くなったのと、あまりに革新的な考え方に蘇我氏が恐れをなして政権から遠ざけてしまったのが原因でしょう。実子の山背大兄皇子は蘇我氏に一族郎党ともども殺されてしまいまいましたよ。
その他の回答 (3)
noname#208901
回答No.3
聖徳太子は天皇になっていませんよ。 推古天皇の摂政になりました。 摂政=天皇が幼少であったり精神・身体に 重患または重大な事故があれば、成年の 皇族が任ぜられ、政治を補佐するものです。 ですが彼は用明天皇の皇子で 推古天皇の皇太子でもありました。 聖徳太子は622年に死んでます それに対して推古天皇は在位が592~ 628で聖徳太子より長生きです。 628で死んでます。 だから聖徳太子は早死にしたんで 天皇にはなりませんでした。
質問者
お礼
詳しい回答ありがとうございました。
- chie65536(@chie65535)
- ベストアンサー率44% (8755/19867)
回答No.2
聖徳太子は、橘豊日皇子と穴穂部間人皇女との間に生まれた皇族で、蘇我氏と強い血縁関係にあり、推古天皇の摂政となり、蘇我馬子と共に政治の実権を握っていました。 聖徳太子が推古天皇30年(622年)に没するまで、推古天皇が在位したままだったので、天皇にはなりませんでした。 なお「聖徳太子」と言う呼称は、本人の没後、100年以上経ってから使われ始めた呼称です。
質問者
お礼
どうまありがとうございました、大変勉強になりました。
noname#134883
回答No.1
天皇にはなってないと習いましたが。 摂政という役で、天皇の補佐的役職に就いたと教科書には出てましたね。 自分の習った昭和の教科書と認識が変わっているとしたらごめんなさい。
質問者
お礼
どうもありがとうございました、勉強になりました。
お礼
どうもありがとうございました、納得いたしました。