• ベストアンサー

10代か10代の子供を持つ親、或いは教育者の方に質問です。

10代か10代の子供を持つ親、或いは教育者の方に質問です。 私の学生時代は、体力の格差による差別やイジメ、 体育会系が文科系へ下にみるような差別は当たり前のようにあったのですが、 今もそうなのでしょうか? それとも今は体育会系の価値が下がっていて、文科系・頭脳系が評価されるのでしょうか? 実際の学校現場を見れるわけではないのでここで質問させて頂く事になりました。 どうぞ宜しくお願い致します。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
noname#195977
noname#195977
回答No.1

新高3生です。体力の格差による差別やイジメとはどういう事でしょうか?私は割と荒れていると言われた公立中出身ですが、力のある者が弱い者を蹴散らすとかそういうのは無かったですね。高校はイジメとは無縁です。 体育会系が文科系を下に見るとは部活の事でしょうか? 上とか下とかないですね。。。。「文化部は楽でいいよな~」とか妬みがたま~にあるくらいでしょうか? イジメは表に出る分は良いでしょうが、水面下でやられると周りも気付かないので、絶対無いとは言い切れませんが。

noname#141822
質問者

お礼

お答えありがとうございます。 リアルなご回答で嬉しく思います。 > 体育会系が文科系を下に見るとは部活の事でしょうか? 部活の事ですが、私の学校は部活の系統で学校生活の優劣を決めるようなところがありました。 勿論、高校になると少なくはなりますが、小中の頃はそれが当たり前で体育会系が見下したり、暴力振るうのは日常茶飯事でした。 イジメというよりは差別といった感じです。 特に男子が漫画やイラストなどを描いてると不良が取り上げて…といった昔のヤンキー漫画のような場面も見た事があります。 更に私の親の話では朝鮮人に差別するような歌を歌っていじめてたと聞きました。 しかし、回答者様の学校ではそのような事がなくて素敵だと思います。 時代と共に学生生活が変化しているのかもしれませんね。

その他の回答 (1)

  • botankou
  • ベストアンサー率62% (211/339)
回答No.2

質問者様の条件には不適合の人間ですが、おもしろい内容だったので書き込ませてもらいます。 最初の回答へのお礼の最後に書き込まれているように 価値観が多様化しているのは事実だと思います。 でも価値観が多様化しているのに、表面上の行動は皆と同じ事をする、 そのギャップがおもしろいと思います。 私も親からもよく話を聞かされましたが 昭和の頃は、体力があり喧嘩が強い人間がクラスのボスであり 皆をいじめていたとか(ドラえもんのジャイアンのタイプ)。 でもそういうタイプが逆にいじめをセーブして良いバランスを保っていたとか。 私が感心したのは、そんなボスと呼ばれる人間は 肉体的なハンデを背負っている人や一番弱い立場の人間はいじめなかったとか。 いじめに関しては、現在はやはりネットやPCを使った個人攻撃が多いと思います。 これは顔が見えないぶん、こわいものがあります。 それと気になるのは、そんな顔のみえないいじめがあるせいか、 人と違うことをする人間が少なくなったということです。 他人と違うことをしていじめの対象になるよりは、みんなと同じ事をしておこうという考え方ですね。 よく個性がなくなったといわれますが、案外こういうことが原因なのかもしれません。 流行しているものは追っかけるど、たとえ良いものでも陽をあびていないものには振り向きもしない。 そういった傾向があるのも確かです。 勝ち組には乗るけれど負け組みは相手にしないという考え方にもあてはまるのかもしれません。 無名の歌手(売れる前のミヒマルやシーモなど)も、それがある日、オリコンなどで一躍注目を浴びると いっせいに目を向けるようになる(にわかファンの急増)という滑稽的な現象です。 私が高校生の頃、アコースティックギターでのストリートミュージックが大流行した時は、 みんなが同じスタイルで駅ビルの前で演奏している、 そんな姿は馬鹿みたいと思っていたし、本当に同じこと(真似)しかしないんだなと呆れるくらいでした。 また今では就職などでは体育会系がもてはやされるようですが、 今では、こと高校までは、もはやそんなことにこだわる人間は少ないです。 文系、理系は対等だし、野球部の男子はノリのある面白い連中が多いなという感じだけです。 それよりも女子が本当に強くなってきているし、文化祭や体育祭でも 女子が中心となって盛り上げているという状況です。 私の母親(関西の大学出)が話した内容は忘れられません。 大学生のときに、友達が付き合っている彼氏が京大のアメフト部のレギュラーだとか、 同志社大の野球部の3番バッターだということがステイタスで 友達にも自慢できる時代だったとか。 それだけ大学体育会系が華のあった世代だったのでしょう。 いまどきの女子大や女子校生は、そんなことはあまりステイタスにはなりません。 世代がかわっても、相変わらず三浦、小栗や玉木、松田などのイケメン男優陣や 嵐のメンバーとか、山下や亀梨などのジャニーズ系は好きな人が多いですけどね。 逆にに心配になることは、高校まで(大学までふくめても)に、 これだけ女子の力(地位かな?)が強いのに 就職した時に男性優位の社会を目の当たりにして 強くなった女の子達はその世界に我慢できるのかなということですね。 そこでの落胆は大きいと思いますよ。 今の高校は、学校によってはクラスの人数が半々であるにもかかわらず男子が目立たないクラスって多いですよ。 進学高校の共学高校にその傾向が強いと思われます (塾通いの受験勉強の影響かもしれません)。 この強くなった女の子達は男子ともちがって自分達の生きかたを重視しています。 ここの質問板(大学板)の男子のように大学名にはこだわらない女子が結構います。 女子学院や豊島岡あたりでも、東大へいける学力の子でも 他大学へ行くような子が結構いますし。 そのへんは男子と女子では大きく違います。 もう一つ、一番大きな要因はお金=経済力に固執する学生が増えたということしょう。 これは悲しいことなのですが。 楽して人より良い生活を送りたい、自分にふさわしい職業があらわれるまでは就職しない、 世間的地位が高くて収入の多い仕事に就きたい、 でも努力するのは嫌だ、努力することはダサい、そういった考えの子が増えています。 何事もお金、お金の時代になってきていると思います。 年金は払わない、介護の仕事にために外国人をたくさん雇い入れる、 でも給与は安くてシンドイからそういった職種は嫌われる、 良い職に就きたいけど友達以外の周りの人間とは話をするのは嫌だ、 そんな風潮になっていると思いますよ。 なんか支離滅裂な文章になりましたが、今感じること、感じたことを 書き込んでみました。 最後は質問とは関係ない話だとは思いますが、 複雑に結びついている問題だと思いましたので、 あえて書き込んでみました。 どうもすいません。

noname#141822
質問者

お礼

いえいえ、お答えありがとうございます。 反響がなかったのでご意見を頂けるだけでも嬉しく思います。 > 私が感心したのは、そんなボスと呼ばれる人間は > 肉体的なハンデを背負っている人や一番弱い立場の人間はいじめなかったとか。 これは昭和ノスタルジーによくある話ですね。 私の時代ではとても理解できないので綺麗事に聞こえてしまいますが、 回答者様のお母様の時代にはそのような事実があったという事は素晴らしいと思います。 > 強くなった女の子達はその世界に我慢できるのかなということですね。 > そこでの落胆は大きいと思いますよ。 私の時代でも女子が強くなっているのは明らかに感じました。 強くなっているというよりは男子が女子を助長させているといった感じでしょうか。 しかし、回答者様が仰るように職場では流れとは正反対に賃金の格差が未だに根強いのが事実ですね。 その時に、落胆はあるかと思いますが女性は結婚もありますし、 結婚後は家庭での主導権も握れるので現状維持ではないでしょうか。 > もう一つ、一番大きな要因はお金=経済力に固執する学生が増えたということしょう。 > これは悲しいことなのですが。 > 楽して人より良い生活を送りたい、自分にふさわしい職業があらわれるまでは就職しない、 > 世間的地位が高くて収入の多い仕事に就きたい、 > でも努力するのは嫌だ、努力することはダサい、そういった考えの子が増えています。 これは明らかな事実でしょうね。 合理的・効率的というか、無駄な事はバカと見下す人達が増えていると思います。 (私自身が効率主義者なのですけどね) 子供というより、2chのひろゆきさんとか私ぐらいの世代の社会人に多い気もします。 子供達はデスノートの夜神君とか見て育っていく事を考えると、その傾向がもっと強くなるかもしれませんね。 私も介護に多少携わっていますが、介護の話は若者の間では厳禁です。 (年金・福祉と同様にドン引きされてしまいますので…) 実際、介護は労働条件にもステータスにも魅力がないので若者が嫌うのも自然かと思います。 それなら働き甲斐のある外国人労働者を入れるのが合理的ですが。 魅力的な仕事=一部の優秀な若者が就く。 ニート=魅力ある仕事に就けない子、介護とか清掃は嫌。 自殺=ニートを続けていけなくなった子。 福祉=外国人労働者。 みたいな構図が出来上がるのは時間の問題でしょうか。 (全く論点とずれていて申し訳ないです) > 流行しているものは追っかけるど、たとえ良いものでも陽をあびていないものには振り向きもしない。 > そういった傾向があるのも確かです。 > 勝ち組には乗るけれど負け組みは相手にしないという考え方にもあてはまるのかもしれません。 > 無名の歌手(売れる前のミヒマルやシーモなど)も、それがある日、オリコンなどで一躍注目を浴びると > いっせいに目を向けるようになる(にわかファンの急増)という滑稽的な現象です。 この部分は少し疑問を抱きましたので最後に回させて頂きました。 個人的な考え方になりますが、これは一昔前の傾向も含まれていると思います。 私の学生時代は何でもエイベックスが売れて、中身がなくても宣伝力さえあればミリオンやブームを築き上げれるような時代でした。 学校ではMステや月9の話をしていれば、みんなと共感できるような感じですね。 一方、現代ではネットが普及して、マイノリティであった立場の人間達もある程度の地位を獲得し、社会に影響を及ぼしてきているような気がします。 例えば恋空という恋愛小説に女子高生が飛びつき、ブームが起こり、映画化、ドラマ化…これは90年代後半の典型的なパターンですが、 そこからスイーツ(笑)と揶揄する大人達が流行を叩き初めて、それが売り上げや作品の評価を一気に下落させました。 そして、マイノリティの台頭を受けて、個々の価値観や娯楽が多様化し、他人と共感できる機会が下落していると私は考えています。 協調や個性の低下ではなく、多様化による無干渉(表面上は無難に仲良く)な流れなのではないかと。 それでも回答者様の仰られるように未だにジャニーズやイケメンに憧れる子供がいるので、 …というよりイケメンが出るだけで視聴率が獲れるような時代なので、この限りではありませんが。。

関連するQ&A