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鉄砲と弓矢

良く、鉄砲は 長篠の戦いとセットで 極めて優れた武器であると言ったことが言われていますが、 城を守るにしろ、合戦で生かすにしろ、 弓矢も安上がりにすんで、工夫次第で射程距離もでるかと思われます。 鉄砲は弓矢に比べてどのくらいすごいものであったのでしょうか。

noname#2813
noname#2813

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  • kawakawa
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当時の鎧兜は弓矢や刀に対しての防御力は優れていましたが、鉄砲には全く役に立ちませんでした。簡単に貫通してしまうので、殺傷力は比較にならなかったでしょう。ARCさんも述べていますが、音によって騎兵を落としてしまうという効果も大きかったでしょう。元の時代には「てつはう(火薬を爆発させて爆音を出す、殺傷力のほとんどない手榴弾のようなもの)」が馬を驚かす最新兵器として用いられていたことからも想像できます。 けれども、何よりも大きな理由は弓矢は農民が習得するには難しすぎたものであったことでしょう。地侍達は弓矢の技術があり、即戦力として使えたでしょうが、農民を兵として起用した軍隊では、それはできません。各自の判断が不要で、号令と共に弾幕を張るという機械作業に徹する鉄砲隊に農民を用いるのは非常に理に叶ったやり方だったと思われます。 殺傷力が強く、兵員の補充がたやすい農民兵によって使え、また、弾幕張りではなくスナイパーとしての技術にすぐれた鉄砲衆もいたという優れものといえます。 あとは、当時の鉄砲というのは経済力の象徴であり、沢山の鉄砲を持っている軍隊を敵に回した者は、その経済力に圧倒され、場合によっては寝返ったりするという心理面での効果も大きかったことも推測できます。

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  • ARC
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・音がすごい! 馬が驚く! ・得体の知れない新兵器! 敵兵たじろぐ! ・弾が飛ぶのが見えない! なんかちょっとコワい! ってな感じの心理効果があったんじゃないでしょうか。 あと、殺傷力に関しても、弓矢よりも上ですしね。 鎧の上から弓矢を食らっても、怪我ですみますが、鉄砲なら死ねますもんね。(状況によりけりですけど。)

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