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檀家制度と無関係の墓地(ロッカー式?)を探す方法
私は現在首都圏在住ですが、亡くなった父方の祖父母と父はある北国の田舎のお寺の墓地に眠っています。母は健在ですが高齢のため、私が墓の将来を考えていたところ、母が「うちの墓は遠いので、私が死んだら首都圏に墓を立てられないだろうか?現在は田舎のお墓のお骨を首都圏に移動して、すべて合同にできないか?墓といっても従来の墓ではなく、できるだけお寺とは無縁の状態でかつ安価に、戒名も要らない。土地も墓石も要らないからロッカー式でもいい。海山へ散骨の自然葬でもいい。」と言い出しました。私自身も母のこの意見にわが意を得たりと考えています。 というのは普段ほとんど行く機会のない田舎のお寺からは毎年いろいろな名目で請求書が届き、たとえ田舎まで行けない我々に代わって普段供養してくださっているとはいえ、私自身宗教・檀家制度に対して疑問を感じているからです。 兄弟は二人だけで、私には妻子はなく弟は妻子があります。私がいつか死んだ時に、その遺骨を入れるために弟夫婦に大金を払わせて墓を立てさせたり、その供養のためにどこかのお寺から毎年お金を巻き上げられたりするのは申し訳なく我慢なりません。私自身は無縁仏でも全く構わないという考えです。もしどうしてもお金がかかるのであれば、なるべく安価に処理できる方法を知りたいのです。 ただあまりに過激なことをして親戚たち(父の兄弟やその子供、母の兄弟やその子供)との間に波風を立てたくはないので、なるべく保守的な考えの人たちも受け入れられそうな範囲でやりたいと思っています。そのために分骨が必要ならそれも考えます。 このような考えを持っているためお寺に相談することは出来ず、ここでご相談申し上げました。どのようにしたらいいか、こういった問題に適した団体やURLをご紹介くださると助かります。また檀家制度から外れることによるデメリットも教えていただけるとありがたく思います。
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- nozomiN700
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「檀家制度」、というのは、キリシタン弾圧のために徳川幕府が作った制度で、いまの民主主義の時代には存在しません。 憲法で保障された「思想信条の自由」で、どこの宗派に加わろうと、加わるまいと、自由です。 浄土真宗の宗祖・親鸞は、「自分が死んだら川に流して魚のエサに・・」という思想でした。 (結局は、弟子が立派な墓地を作ったのだけれど) お墓にこだわらない、が、とんでもない思想というわけではありません。 墓地は、だいたいが、公営か、宗教施設になります。 「公営」なら、値段もそこそこで宗旨は問わず。 ただし、市によって供給量に差があります。 「戒名」は、所属する宗派がないなら意味がありません。 (浄土真宗では「戒律」を言わないので「戒名」がなし) 思想を別にすれば、 「キリスト教」の方は、多くが「教会の墓」に合葬されてますので「値段」は安いです。 カトリックの場合は「クリスチャンネーム」を持ちますが、プロテスタント系ではなし。 もともと、欧米では「遺骨」にこだわらず、火葬の場合は、1000℃以上で焼くので、「骨」が残らず「灰」になります。 浄土真宗の思想からいえば、「墓は不要」が正しいと思いますが、 大谷本廟に納めて「墓を持たない」人々というのはいます。 案外、「無宗教」という人たちのほうが「業者」のエジキになって、 よけいなものを買わされてるように思います。 結局は、「そこに私はいません。眠ってなんかいません」が正しいと納得できるかどうか、ですね。
お礼
1.檀家制度は現代には存在しないって本当ですか?では私宛に毎年請求書を送りつけてくる護寺会って何なんでしょう?私は檀家制度だと理解しています。 2.残念ながら浄土真宗がどうとか、親鸞がどうとか、私は仏教談義には興味がないのです。 3.「そこに私はいません。眠ってなんかいません」というのは何かの歌の引用ですか?意味がよくわからないのです。できれば比喩ではなくて、意味を直接的にはっきり書いていただければありがたかったです。 結局私の質問に対する回答がよくわかりませんでした。いただいたURLの映像も見てみましたが、だからどうすればいいのか?という肝心の部分がわかりませんでした。 しかしながら、ともかくもご回答いただいたことには感謝します。ありがとうございました。