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主に「仏教」のいわゆる人間の「死後」の過程について
●こんにちは、特になんらかの信仰者というわけでもないし、死後の世界を信じるわけでもない(全否定ではないですケド)のですが、こういう考え方があること自体に個人的に興味があったので質問しました。 ●本題ですが、主に仏教(他教でもぜんっぜんかまいません)の事なのですが、「三途の川」を渡るとか「輪廻転生」とか言いますが、実際死んだ瞬間からどのような過程を経て最終的にどうなるとされているのですか? ●もう一つ、おまけ的な質問してすいませんが、マンガとかで死者の頭上にある「輪っか」は、宗教上存在するものですか?名前などあれば…。 よろしくおねがいします。
- fuurainin
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仏教では、人が死ぬと輪廻転生により、六道(天上、人間、修羅、餓鬼、畜生、地獄)の いずれかにまた生まれ変わります。 今私たちは、人間界にいるのですが、死ぬまでに徳を積む、簡単に言えば善い事をたくさんすると、 天上界に生まれ変わるし、悪い事をすると、修羅界や餓鬼界に生まれ変わってしまいます。 でも、天上界生まれたとしても、そこで悪いとをすると、また地獄界に落ちることもあります。 この繰り返しを永遠と行うのです。 ところが、「ある事」をすると、この永遠の輪廻から外れて、(解脱といいます) 極楽浄土(ほかにも瑠璃浄土とかもある)に行くことができます。 その「ある事」は、宗派によって違います。 念仏を唱えるだけでよい!と教える宗派もあれば、修行をしなさい!と言う宗派もあります。 仏教の基本的な考えでは輪廻は、人が死んだ瞬間に起きる(すぐ次の界に生まれ変わる)はずなんですが、 日本仏教では、この変がちょいと違います。(インドや中国の仏教でも似たような考え方はあります) 人が死ぬと、その人が次にどの界に生まれ変わるかを、裁判で決定するのです。 この裁判期間にいる場所のことを「中陰」と言っています。(早い話しが拘置所です、笑) この中陰の世界ですが、 まず、険しい山路から始まります。この山路を7日間歩きます。 歩き切ると、第一の裁判官「秦広王」の前に行き着きます。 ここで、1回目の裁判ですが、この裁判は略式で行われます。 そのあと、また歩いていくと、かの有名な「三途の川」を渡ります。 川を渡ると、1本の木があり、その木の下には、爺さんと婆さんがいて、 着ていた服を全て剥がれてしまいます。 素っ裸にされた後、2回目の裁判です。 担当する裁判官は、「初江王」です。この時点で14日が経過しています。 その後は、7日ごとに、全部で7回裁判があります。 3回目(21日目)は、宋帝王、4回目(28日目)は、五官王、5回目(35日目)は、閻魔王 6回目(42日目)は、変成王、そして7回目(49日目)は、泰山王です。 7回目の最終裁判が終わると、判決が出ます。 判決は、口頭で行われるのではなく、6つの鳥居が示され、そのいずれか一つを くぐることを言い渡されます。 6つの鳥居は、それぞれ、六道につながっていますから、くぐった瞬間につぎの輪廻先が決定するわけです。 と!見てきた様なことを書いてしまいました!(爆) マンガでよくみる、頭の輪っかですが、あれは、キリスト教のものでしょう。 宗教画家たちが、「知徳の象徴」として書いたもののようです。 書き方も、時代によっては、輪っかじゃなくて、円盤状のものもあります。 仏教で似たようなものといえば、仏像の後ろに付いている放射状の物ですね あれは、「光背」と呼んでいます。 出来るだけ、簡単に書こうと思ったんですが、長文になってしまいました。
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- bokku12
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「三途の川」や「地獄絵巻」など仏法では死んだ後のことを詳しく説明していますが実際にはそのような場所があるわけではなく、一般の人にわかりやすい様に説明しているだけです。 「地獄絵巻」に描かれている地獄は実際にはありませんが、皆経験はしてます。例えば、 「歯が痛い」「失恋」「いじめ」「リストラ」「身内の死」「戦争」など みな地獄のような苦しみを感じます。この苦しさを仏法では地獄界と言います。 生きてる間に善いこと悪いこと色々な事をします。その行いが生命に刻み込まれて癖のようになってしまいます。仏法用語で(業)といいます。 死んだ時にその業によって次に生まれる場所が決まってしまうそうです。 生まれては死ぬ。これを絶えず繰り返すのが生命だと言われています。 仏法も数多くの宗派に分かれていて互いの生死感が相反することがありまが、「法華経」が最高であることには異論がないようです。 葬儀に行くと法華経を信奉していない○○宗が法華経の方便品第二、寿量品第十六の勤行をしていたりします。 「死後の世界」の過程については下記のNo.13に私の回答がありますので参考にしてみて下さい。 「輪っか」はまったく分かりません。ごめんなさい。
お礼
【下記のNo.13に私の回答がありますので参考にしてみて下さい】 見ました。「死後の世界」の存在を考え出す事で、いま自分が生きてるうちに悪い事をしないように…という意図も見えた気がします。やはり深いです宗教(-_-)。 ありがとうございました。参考になりました。
- dashinshi
- ベストアンサー率49% (113/230)
こんにちは、再度の登場dashinshiです。暇があったんで神道についても 回答しちゃおう!と思い2度目の書き込みをいたします。 神道では、死んだ後の来世について大きく3通りの考え方があるようです。 まず、神道では、私たちが今いる世界のことを「中つ国」と呼んでいます。 そして、神様がいる世界は二つありましてひとつを「高天原」もうひとつを「根の国」と呼んでいます。 高天原には、アマテラスオオミカミがいらっしゃいます。 根の国には、スサノウノミコトがおられる「黄泉の国」ともうひとつ「常世の国」があります。 ここからが、ややこしいのですが神道では、今、生きているこの世界を「現世」と言います。 それに対して死後の世界は、「他界」と呼んでいます。 ではこの他界がどこにあるのか?なんですが、一つ目は、「黄泉の国」に「地中他界」があると考えています。二つ目は、「常世の国」に「海上他界」があるという考え方です。 そして3つ目が、この「中つ国」の中に「山中他界」があるという考え方です。 人は、「山中他界」に行くんだと考えるときは、死後も魂は私たち「中つ国」と同じ世界にいることになります。 この考えでは、人は死ぬと身体から魂が抜け出てきて、「死霊」になります。 死んですぐの死霊は、「死穢」と呼ばれる穢れをもっていますが、子孫たちがお祀りをすることで だんだんと穢れが浄化されて「祖霊」になっていきます。この祖霊をさらにお祀りすると、 最後は、祖先神になります。この祖先神がいわゆる「氏神」のことです。
お礼
★あぁそうか!日本の宗教を語る上で忘れちゃならねぇのが神道だった!学校の「現代社会」の授業で習った気がします。この回答を見て、神道では、あの世この世よりもまず「神」について勉強しなくてはいけないような気がしました。アニミズム(だったかな)…というのは神道の考えでしたよね(ン?自信ないな…)。 ★しかしこれは難しい…。日本人は考え方が複雑ですねぇ(^_^;)。 わざわざ二回も回答してくださってありがとうございましたm(__)m。
- kirihumi
- ベストアンサー率30% (13/42)
六道(天上、人間、修羅、餓鬼、畜生、地獄)の世界を生まれ変わる度にぐるぐる回る(六道輪廻)のが普通の人。 たとえば、今は「人間道」で生きています。しかし、何か悪いことをすると次は人間より下の世界、修羅道や餓鬼道に落ちてゆくのです。 仏教で修行する最終目的はこの輪から抜け出すことだった気がします。 仏教を始めたゴウタマシッタールダ(お釈迦様)は生まれた時からこの輪から抜け出して(解脱)いたのです。 死者の頭のわっかはキリスト教のほうではないのでしょうか? 俗に天使の輪(エンジェルリング)とか呼ばれていませんでしたか。
お礼
なーるほど!解脱する事が目的ですか。やっぱり目標がないと…ねぇ(^_^;)。 僕は、一般に言う「天国(極楽)」か「地獄」か、もう一回「人間」として生まれるかの3つだと思ってました。6つもあったんですね…。なかなか細かく分かれてるんですね。 どうもありがとうございました。
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お礼
★裁判多っ!や、やはりそうしたほうが裁判する側としても色々と確実かつ効率よくできるからかなぁ…とか思いました。現世で一秒のうちにいったい何人死んでる事やらわかりませんからねぇ。なんかちょっと現実的な感じもして分かりやすいですね。 ★【出来るだけ、簡単に書こうと思ったんですが、長文になってしまいました】 やっぱし簡潔に言うには奥が深すぎて難しいんですねぇ。なんか分かります。お手数かけました。 ★【宗教画家たちが、「知徳の象徴」として書いたもののようです】 ははぁ~。やっぱり画家達としても「神様っぽさ」を出したかったからワンポイントつけてみたのかもしれませんね(^v^)。 ありがとうございました。「死後の過程」がよくわかりました。