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百済記
最近何冊か古代史のエッセイ等を読んでいて「百済記によると」とか「百済記は資料性が高い」とかいう記述を見かけました。「百済記」は現存していない書で「日本書紀」によく引用されているとされています。ではこういう歴史書を書いた人たちが「百済記」を資料として取り扱っているのは結局は「日本書紀」からの孫引きなんでしょうか?それともほかに「百済記」を引用している古代の書が現存するんでしょうか?
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日本と韓国・朝鮮の間で見解が分かれる問題でしょう。 No. 1 の方が書かれているように、百済本記他の記述は日本書紀の引用によってしか知ることができません。 朝鮮の史書である三国史記や三国遺事は12世紀の成立ですから、720年成立の日本書紀に比べれば資料価値は格段に落ちます。 したがって、日本書紀に引用された百済本記の価値が高いわけですが、日本書記には造作が多いとする立場では百済本記他は創作で信用できないとします。 ある小説家が書いていましたが、紀記の内容は創作だとする学者は小説を書いたことがないのだろう、と。何か依拠する資料があってそれを改造するならともかく、全く何もないところから創作するのは至難だそうです。
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- setamaru
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回答No.1
日本書紀に引用されているのは、「百済記」「百済新撰」「百済本記」の3書です。 これらは日本書紀だけに引用されており、ほかに引用している古代の書は現存していません。 歴史学者の坂本太郎氏説では、日本に亡命した百済政府高官による著作であろう、というものでした。滅亡した政権の資料は、残りにくいものです。
質問者
お礼
ありがとうございました。 つまり百済記は事実上、日本書紀の一部ということなんですね。
お礼
ありがとうございました。 百済記を資料として高く評価している人たちは日本書紀はさらに高く資料として評価しているという意味にもなるのですね。