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【人生に怯えながら生きている人っていますか?】

microburstの回答

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回答No.1

こんにちは  カテゴリーが、「アンケート」となっていますので、適切な回答かどうかは分かりません。  私は近々、「一般的に言われている65歳には至りませんが?」定年無職。  雇用事情により、一般的に有るような「雇用延長、再雇用」など、言える立場に無い。 「相当に怯えを感じます。」  これに対して「私は何の対策も、資格試験にも、実績を積んでこなかった」  現役でパソコン入力の仕事に明け暮れ、無職になったから「パソコンのプログラムをやれ!」って、普段はそんなに考えてパソコン使っていないでしょ?  「excelに、『計算式を入れて、何だかを、計算して、例えば、決算書を作れ』」できる人はわずかで、求人も限られている。  ちょいと話題を変えて、「個人年金も含めりゃ、何とかなるでしょう?」と思ったのが ・・どうなんでしょうね~?  対応を含めた人生設計が、「年金定期便」を見るたび、又は民間保険会社の個人年金を、「保険代理店の云われるままに、解約して、外貨建てにしてしまった」  規約なんぞ、今や「CDで入っている」・・・まあ、その内容なんか知っている事ばかりで、「いつ解約するのがお得か」そのせとぎわなんですよ。だから、私は今、「お金がない」。  ただ、1年経っていない間に、$ならまだアメリカの「『花札』大統領?・・・・・・だか何だか」とかいう名前の 新期大統領が、原因で、「ブレているな」とは理解できても、$安なんですよ?     何となく思うのは、「この時期に乗じて、量産したのであろう、車のリコールの酷さ」・・・・ 日本人はプライドを捨てたかのような話です。  「何で作ったら作った台数だけ リコールするんよ???」 「ユーザーが、実験台にされている、この自動車工業」許せますか?  「それでも、社長さんは、退職も首を括ることもしないんですよ。」  車作るより、「不出来でも船舶、造船の方が力入れるべき」なのに、「技術者が作った造船の技術、素人、日雇いに任せるわけにもいかないでしょう?」  例えとして正しいかはともかく、 今の「日本」は、腑抜けの造船会社だと思います。    ザクザク書きましたが、「もう年金を頼って生き続ければ、病気をした時に、生き延びる『薬剤や、入院費、介護施設が受け入れてくれるのか?』」  今のところ、体は大丈夫、しかし、・「年金だけでは生きて行く事さえできない」  回答としては、「今のところ、生きてはいるが、老後は子供が居ようがいまいが、誰が私をうずめてくれるか、墓はあっても、跡取りが居ないという事は、『いずれ、墓仕舞い』しなくてはいけない。」  車乗り回した挙句、「墓仕舞い」まで、誰が計画しているのでしょう?  若い人が、そんな事を考えているでしょうか?  普通に生きている者でさえ、そんな悩みは抱えている物なんですよ。  会社のトップであっても、自殺するでもなく、安穏とやっている。(腹辰徳)!  「怯え」の対策は、言い換えれば、「どうにでもなれ」という事になりますが、やはり人間、自立していたいものですよねー。  

japanway
質問者

お礼

みなさん回答ありがとうございます

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