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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:男女の友情アリ派って結局、自己都合だよね)

男女の友情アリ派って結局、自己都合だよね

nagatanipastaの回答

回答No.9

結局、あなたが「男女の友情はない」という意見を導き出すことにしか興味のないことと。 男女の生物学的な性差を完全に無視している変な人だと言うことは良くわかりました。 友情があれば一緒に裸でお風呂に入っても平気なはず・・・ 無茶苦茶な論理有難うございました。 女性の友達ができるといいですね

shakiiiiii
質問者

補足

男女の生物学的な性差とは何でしょうか? 私は、 男女は友情があるといったところで男と女の関係(生殖を行なう対象者)から抜け出すことはできないと考えています。

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    自分は“男女の友情有り”だと器が広いみたいなイメージを刷り込むくせに 自分の恋人が 1.自分の恋人が異性の親友を1週間家に泊める(親友が旅行にきたので泊めてあげる) 2.自分に20歳の娘がいたとします。35歳男の友達の家にたこ焼きパーティーをしにいくこと。(2人きり) 3.自分の恋人が元恋人と友達関係を継続すること 4.自分の恋人が元配偶者と友達関係を継続すること 5.自分の恋人が異性の友達と混浴温泉ツアーに行くこと(世の中には赤の他人同士の男女が一緒に風呂に入る混浴浴場というものが存在し、普段は何の問題もなく運営されております) をやったらNGの奴ばかり。 私には男女の友情有り派は【ただの気取り屋】にしか思えないのですが 皆さんはどう思います?特に女に多いよね

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    男女の友情ある人って 自分の恋人が異性と泊まったり、旅行に行ったりしたら、 ”それは恋人のいる人間としてマナーがなってない”とか訳のわからない理由で 恋人の行動を制限しようとしているが 結局のところ、自分は絶対に将来的に考えても男女の関係になり得ない異性の友達がいると言っているとしたら 自分の恋人が同じことを言ったら信用してあげないと自己中じゃね? 自分のことはわかるけど、恋人とその友達のことまでわからないって言うのなら、 自分の異性の友達も同様だしね。結局、自分以外の気持ちなんて理解できないんだから ”自分には男女の友情がある”なんてかっこつけて言わない方がいいと思うよ。 そもそも世間的には男女の友情なんてないって発想がもともとあるから、 異性と外泊すると性的関係があると見なすのが普通(裁判でもそうである)なんだし、 男女の友情あり派の人間も交際時のマナーなんてことを言い出すのだから 男女の友情ありって言ってる人間も本心では、びびってんじゃないの?

  • ★男女の友情が成立するという方に質問です。

    成立する派の人は、成立しない派の意見を否定する時 “すべて成立するわけでないがどちらも異性を意識しない関係はある”と言います。 そこで質問です。以下の場合(言動)を、あなたは男女の友情として認めますか? 1.自分の恋人が異性の親友を1週間家に泊める(親友が旅行にきたので泊めてあげる) 2.自分に20歳の娘がいたとします。35歳男の友達の家にたこ焼きパーティーをしにいくこと。(2人きり) 3.自分の恋人が元恋人と友達関係を継続すること 4.自分の恋人が元配偶者と友達関係を継続すること 5.自分の恋人が異性の友達と混浴温泉ツアーに行くこと 私にとって男女の友情が成立するというのなら、上記のすべてはOKでないと 矛盾が生じると思います。 男女の友情成立派の人は上記の項目すべてを男女の友情の範疇の行動として認めることができますよね?

  • 男女の友情あり派の言い分ってこうですか?

    まず、男女の友情の定義をここでは 「異性愛者が同性の友達と接するのと同じように二人で食事しても、お酒を飲んでも、お互いの家に泊まっても、二人で旅行しても性的な興奮(意識)を一切感じない関係」とさせていただきます。 この定義は私が勝手に決めたものですので異論はあると思いますがこの定義を前提にコメントをいただけると幸いです。 この定義を前提に考えると自分自身だけでなく、他人に対しても同様の解釈となるので 「他人の男女の友情を肯定するということは、他人とその異性の友達が同性の友達と接するのと同じように二人で食事しても、お酒を飲んでも、お互いの家に泊まっても、二人で旅行しても性的な興奮(意識)を一切感じない関係を認めること」となります。 以上を踏まえてですが 男女の友情があるという人でも自分の恋人の男女の友情まで肯定できる人はほとんどいません。 自分には絶対、なにも起こることがあり得ない異性の友達がいると言っておきながら、 恋人が異性の友達と二人きりで過ごすことを嫌う人は多いです。 その理由として、恋人同士のマナーなどと言っていますがマナーと言うのは、相手に求めるモノではありませんし、 結婚もしていない恋人がどんな異性とどんなことをしても基本的に問題はないはずです。 (恋人はあなたを満足させるために存在しているわけではありませんから) そう考えると多くの男女の友情あり派の人は、男女の友情が成立していると言ったところで 友達の気持ちも完璧に理解できない上に将来的に恋愛感情が湧かない、性的意識を持たないという可能性を完璧に否定できるものではありません。 結局のところ、男女の友情あり派の人も男女の友情には懐疑的であり、自分が異性と遊ぶための免罪符のように使っているようにしか私は思えません。 免罪符に使っている例としては 現実的にはお互いに性的意識をしているが友達同士という理由で関係(性的関係じゃないですよ)を継続し、その関係を美化(恋人予備軍というような言われ方を避ける)しようとしている、などです。 みなさんはどう思いますか?

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    男女の友情が有りって人の多くは恋人の友情には否定的ですよね? 男女の友情(前提:男女の友情も同性同士の友情も同じであるという人)があるという人でも 自分の恋人が異性の家に泊りに行ったり、二人で旅行することに対して快く思わない人が多いですね。 “友情”ってのは、相手に対して性的な意識を思い浮かべないモノだと私は思うのですが なぜ男女の友情有り派の人は “自分は異性の友達に性的な意識はないが自分の恋人と恋人の異性の友達が“友達”と言っているのにそれに対して疑念を抱くのでしょうか?“ もし、自分は異性の友達に対して性的な意識を持たないから男女の友情はあると思えるが自分以外の人の気持ちはわからないからと意見する人がいますがそれなら、自分の異性の友達の気持ちもわからないはずでそうなると“男女の友情”があるかどうかなんて確認できないはずです。

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    男女間に純粋な友情は成立しない、というお考えの方もいらっしゃると思いますが、個人的にはアリだと思うんです。 同じように異性の友達がいる方にお聞きしたいのですが、単なる友達と好きな人では当然接し方が違ってくると思います。皆さんは友達と恋人の違いって何だと思われますか? 友達として接しているつもりが誤解を招いていたということにならないように、注意しなければいけないことって何かあるんでしょうか?

  • ●男女の友情が成り立つと言っても…

    男女の友情は成り立つという方でも自分の恋人が異性の友達と二人きりの部屋でお酒を飲んで 朝まで過ごすとなれば、不安・不信・嫉妬という気持ちになるのが普通だと思います。 それは、なぜかというと 『そういうシチュエーションでは性的関係になりやすい』という先入観があるからだと思います。 自分が好きで付き合っている恋人が“異性の友達”と認識しているのにこのような感情が湧き出ます。 男女の友情が成り立つという人は 居酒屋などで異性の友達と二人で飲むことぐらいはokっとよく言いますが 上記のように恋人が異性の友達と二人きりの部屋で飲むことを否定的に捉えるなら 自分自身も異性の友達と二人きりの部屋で飲むと性的関係になるかもしれないということを 認めていることになり、さらにいうと 二人きりの部屋で飲むと性的関係になる可能性のある異性の友達と居酒屋で飲んでいる ということになります。 (質問したい部分はここです) 要するに他人の異性の友情をどんな状況下でも認めない限りは 自分自身の異性の友達関係もどこかで性的関係になりえることを認めることになると 思うのですがあなたはどう思いますか?

  • 男女の友情があると言っても

    一般的な異性愛者で 男女の純粋な友情(性的意識や恋愛感情をどんなシチュエーションでも持たない友情=同性と同じ感覚でつきあえる友情)があるという人でも その人の恋人の男女の純粋な友情まで存在すると断言する人はほとんどいません。 多くの男女の純粋な友情があると言っている人でも 恋人が異性と旅行に行ったり、二人きりで朝まで飲んだりすることに不安や嫉妬を覚えるからです。 (同性同士なら二人きりで旅行とかどちらかの家に行くことなんてよくあることです。男女の純粋な友情があるというのなら問題ないはず) なぜ、恋人の男女の純粋な友情まで存在すると言い切れないのに ”男女の純粋な友情はある”と言う人が多いのでしょうか?

  • ★★★男女の友情が成り立つという人の矛盾点について

    男女の友情は成り立つという人が恋人がいる場合、自分自身が恋人に心配をかけるので 二人きりの部屋などで飲んだり、会ったりしない。 また、そのことを恋人にも望むという方は多いと思います。 そもそも、男女の友情が成り立つというのなら二人きりの部屋などでも何も起こることがないはずなのですが ここで二人きりの部屋で会うようなことをしない理由として “他人からみれば性的関係にあって当然と思われるから”という方がほとんどです。 この“他人からみれば性的関係にあって当然と思われるから”という世間一般の論理?は 要するに “密室では男女の友情なんて成り立つはずがない”という根拠の元の論理であります。 男女の友情が成り立つという方でも二人きりの部屋で会わないという理由として “男女の友情なんて成り立たない”という論理を流用しているわけです。 これって男女の友情が成り立つという人の矛盾だと思いませんか? (男女の友情が成り立つから恋人が異性の友達と海外旅行でも何でも行っていいって人は対象としてません)