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グローバル化と英語

こんにちは。英語の得意な人には「グローバル化」を叫ぶ人が少なくありませんが疑問に思うことがあります。 世界には色んな言語あり、その中でも英語が共通語的な役割を果たしていることは否定できないと思いますし、これからも私たちが生きている間は変わらないでしょう。 しかし、日本を取り巻く世界が、必ずしも「英語=グローバル化」では片付けられないような気がします。 先ず、これまではアメリカを中心に世界が回り、日本はアメリカの忠実な子分でした。しかし、アメリカの相対的プレゼンスも低下していく方向にあり、日本も必ずしもアメリカの言いなりばかりになる必要はないのではないかという考えも芽生え始めています。また、当のアメリカではヒスパニックが増加し、バイリンガル化が進みつつあります。 とは言っても、日本はアメリカの同盟国であり続けるでしょうし、英語はアメリカ以外にも世界の色んな地域や国で使われているので、英語は最も重要な外国語であり続けるでしょう。 しかし、在日外国人及び、日本への海外からの渡航者は英語圏よりも非英語圏の人の方が多く、英語だけでは対応できないことが多々あります。例えば、韓国や中国からの観光客の多いツアーコンダクト、アジア人が多く泊まる安いホテル、在日の中南米の人たちの医療、非英語圏の在日外国人の司法通訳、などなど。 英語に限らず、外国語を必要とされる場面が、大学の研究論文を読むとか特殊な需要ではなく、身近なところでよくあることと思います。 また、日本がこれから外交上ますます重要なっていく国として、中国、韓国、ロシア、タイ、インドネシア、ベトナムなどの近隣諸国が挙げられると思いますが、それらの国はどれも英語を公用語としていませんよね。 勿論、英語も重要になっていくことを考慮しても、日本の英語教育はあまりにも貧弱です。先ず、公立の中学では英語の授業がたった週3コマしかありません。そして、高校でもほとんどの生徒は英語以外の外国語を習う機会もありません。 非英語圏の外国語を見ても、お隣の韓国では日本よりも英語に力を入れているだけでなく、高校では第2外国語も習うそうです。ヨーロッパ諸国ではもっと外国語教育に力を入れていて、フランスでも英語には力を入れていて、最近ではスペイン語も重視しており、ドイツ語も依然と学習者が多いです。 そこで質問です。趣旨が漠然としていますが、グローバル化と英語についてどう思われますか? その他、英語の現在の日本の英語教育についてや、グローバル化、日本の国際化などについて何でも構いませんので意見を募集します。

みんなの回答

  • ucok
  • ベストアンサー率37% (4288/11421)
回答No.3

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa5459181.html というスレッドでお誘いを受けてまいりました。正直、とりたてて目新しいご質問とは思えないので、私の回答も過去に当サイトのどこかで投稿したものと重複しますが、ひとつ言えるのは、英語を過信することには弊害があります。 地球の人口65億。そのうち大半の人が英語をしゃべれません。つまり、各社会を作り、ひいては世の中を本当の意味で回している人々、すなわち日本のみならず、さまざまな国々で子育てをしている一般的な主婦であったり、食べ物を供給してくれる牧畜のおっちゃんであったり、八百屋のおばさんであったり、町のお医者さんや、高校の理科の先生たちのほとんどは、英語を話さず、よって英語を使わない人たちです。むしろ、英語を流暢に操る人の多くは、“現場”を知らない政治家であったり重役であったりするわけです。 で、語学は価値観からできています。つまり、英語でコミュニケイションをとっている限り、触れられるのは英語が話せる人、つまり英語的な価値観を知っている人だけです。英語圏以外の本物の価値観にはなかなか触れられません。例えばベトナムにも英語を話せる人は確かに大勢いますが、日本人がベトナムなど中国の流れをくむ文化圏の人に「もち(餅)」と言いたい場合、「ペイ(餅)」と言うのと「sticky rice」とか「rice cake」と言うのとでは、距離感やニュアンスがまったく異なります。喩えて言うなら、本来は船で下関から釜山まで簡単に行けるのを、わざわざジェット機でロサンゼルスを経由してソウルまで飛び、特急列車で南下するようなものです(というくだらない喩えは適当に無視してください)。 英語ができれば「ちょっとは便利」です。立場によっては「必要」でもあります。でも、英語にばかりとらわれていると、大事なものを見逃します。ちなみにそれは、例えば在日欧米人らのあいだでは、何十年も前から言われていたことではあります。以上、「何でも構いません」というお言葉に甘えてご参考までに。

noname#101113
質問者

お礼

新しい質問を立てました。 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa5466774.html

noname#101113
質問者

補足

回答ありがとうございます。 ucokさんの仰ることはごもっともですが、日本人は英語オンリーの人が多いです。まあ、多くに日本人にとっては英語以外の外国語まで手が回らないのが実情でしょう。ucokさんは英語以外にできる外国語はありますか? >例えばベトナムにも英語を話せる人は確かに大勢いますが、日本人がベトナムなど中国の流れをくむ文化圏の人に「もち(餅)」と言いたい場合、「ペイ(餅)」と言うのと「sticky rice」とか「rice cake」と言うのとでは、距離感やニュアンスがまったく異なります。 「大勢」というのは漠然とした表現ですが、日本よりは少ないでしょう。私も似たようなことを思ったことがありますが、そうとばかりは言えないと思います。ベトナムはフランスの植民地になったことがあります。その為、ベトナムはフランス文化の名残の強いです。そして、年配のインテリ層にはフランス語を解する人も少なからずおります。一方、ベトナムは漢字を廃止した為に、一般人にとっては漢字は無縁です。 一握りの高等教育を受けた人で、中国語かベトナムの古典を学んだ人しか漢字を知らないです。従って、韓国よりも漢字の理解度は低いです。 韓国では中等教育で一応は漢字も習うし、第2外国語で日本語や中国語を学ぶ人も多いですし、韓国語の文章にもたまに漢字が出てきます。 日本では最近中国語の学習者が増えたとは言え、ucokさんも含めて多くの日本人にとっては中国語よりも英語の方が馴染み深いはずです。 >喩えて言うなら、本来は船で下関から釜山まで簡単に行けるのを、わざわざジェット機でロサンゼルスを経由してソウルまで飛び、特急列車で南下するようなものです いや、船でなく舟です。簡単には行けませんよ。それで、結局ジェット機でロスを経由するんです。 そのことについてはまた新たに質問を立ててみようと思います。

noname#111031
noname#111031
回答No.2

海外貿易関係の仕事を長年やってきましたが、必要不可欠なので英語らしきものを使ってきました。何故かと言うと、製品を輸出する際の書類は一般的に英語で作成することを要求されるからです。だからと言って 何も特別にグローバルなんて考えたことはありません。最近良くグローバルスタンダードに云々、、と言うことを耳にしますが、それは単に、米国のやり方にあわせろ!と言うこととしか思えません。 従って、英語にしろ、中国語にしろ、外国語を実用的な水準まで身につけるのは、それを必要と考える人たちだけでよいのではないでしょうか。後は、頭の訓練として英語なりを学んでおかないと、大学にも入れませんので、と言う程度で充分だと思います。大体、グローバル化 とは何なんでしょうね。

noname#101113
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >最近良くグローバルスタンダードに云々、、と言うことを耳にしますが、それは単に、米国のやり方にあわせろ!と言うこととしか思えません。 要は ココなんですよね。

  • firstsnow
  • ベストアンサー率26% (135/504)
回答No.1

 私は通訳をやっています。  英語が話せるだけではグローバル化とは言えないと思います。  私が思う「真の意味でもグローバル化」とは「相手の立場に立って考える事」「日本国内だけではなく、世界規模に立って、物事を考える事ができる事」「相互理解ができる事」だと思います。  たしかに英語は大切なのは、わかりますが、日本国内では英語は必要ありませんし、現に私は就活の時に「ここは日本だから、英語はいらない」とか「外国の学校を出た人は、国公立大学や有名私立大学、大学院を出た人と同じ位使いにくい!!」と面接官から言われた事があります。  私は日本は今後100年、国際化はできないと思っています。  英語教育ですと、日本の中学、高校の英語の教師は教科書に書いている英語は読めても、通訳はできない事から、国際化を考えるのは、かなり無理があります。  乱文で失礼します。

noname#101113
質問者

お礼

回答ありがとうございます。鋭いご意見ですね。 そうなんですよね。いくらグローバル化と言っても日本の視点からしか物を見れない人が多いですね。それと英語のスキルを過大評価している人も少なくありませんよね。

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