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村上春樹は日本のドフトエフスキーか?
ある友人から、村上春樹の切り口がドフトエフスキーのそれと似てきたといわれました。とっさのこと返事しかねましたが、あとで考えてもよくわかりません。 後日、どういうことなのか友人に問いただしてみようと思うのですが、皆さんは現在の村上春樹からドフトエフスキーを感じますか? 現在私は村上春樹の「炎天雨天」「辺境・近境」「村上朝日堂の逆襲」などの紀行文にはまっています。小田実の「なんでもみてやろう」と相通じるものを感じて、楽しんでいます。
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- bakansky
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回答No.1
個人的なレベルですが、私は2人に共通するものを感じたことはありません。異質だと思います。でも、通じるものがあると思う人がいても、それはその人の感じ方であって、それはそれで構わないと思います。
お礼
ありがとうございます。 同感でドストエフスキーでは過剰なまでの言語表現を精一杯使って、人間を表現し、人物の輪郭、性格がはっきりしているのに、村上春樹の登場人物では人物、性格の描き方も輪郭があいまいなところが魅力になっているように感じております。 ドストエフスキーは博打好きなのに対して、村上春樹氏は博打はきらいですね。 紀行文でも体当たりてきで、物事をむりに普遍的な問題に引き上げず、自分の殻を持っています。 やはり、共通点を見つけ出しにくいですね。もちろん個人の見解にいちいち干渉できません。
補足
NHKの「クローズアップ現代」で村上春樹氏の特集がありました。 オーム真理教という考えに多くのエリートが絡めとられたことに、村上氏がショックを受けて、現代人のもろさ、心の闇を描こうとしているとの内容でした。「ねじまき鳥クロニクル」も戦争にとらわれた人間の心の闇を描いたのかもしれません。 7月16日のNHKハイビジョンでは亀山正夫氏の「ドストエフスキー」の解説があり、「罪と罰」「白痴」「カラマーゾフの兄弟」が採り上げられ、未完の「カラマーゾフの兄弟」の第2部ではでは多分「皇帝殺し」が主題となったであろうというのは説得力がありました。 7月23日の「プレミアム8」が楽しみです。