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日本語の省略?

「入植者達がアメリカ的生活様式の一部に成る」と言う文章が有ったのですが、「人間が生活様式の一部」に成る、と言う意味が良く分かりません。 英語では、こう言った場合「入植者達の生活様式が」と言う風に省略されている場合が有りますが、日本語でもそのような事は起きるのでしょうか?或いはどういう意味なのでしょうか? 宜しくお願い致します。

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  • 回答No.6
  • puni2
  • ベストアンサー率57% (1002/1731)

こんにちは。 まあ,ここではとりあえず,純粋な日本語の問題としてなるべく考えてみます。 日本語でも省略は起きます。前後関係から分かることはよく省略されます。 日本語学で有名な文に「僕はウナギだ」というのがあります。 英語でI am an eel. と訳してしまうと,ウナギの独り言みたいになってしまいますが(ちなみに「吾輩は猫である」の英語版タイトルはI am a catです),「僕はウナギだ」という表現は,それ以外にもいろいろな意味になることができるわけです。 「僕が今から注文するのはウナギだ」 「僕の好物はウナギだ」 「僕の家で飼っているペットはウナギだ」 「僕の性格はまるでウナギだ」 等々。 それならわかるよ,しかし「入植者達がアメリカ的生活様式の一部に成る」はちょっと無理があるんじゃないか,とおっしゃいますか。 その判断をするには,文脈が必要です。もっと前の方から読んでこないと分かりません。 つまり,ある文が正しいか間違いかは,その1文だけで明確に判断が付く場合もありますが(「私は学校へ行くますた」は当然「~行きました」です),意味内容が絡んでくる場合は,文脈を見ないと判断が付かない場合が多いのです。 その1文だけ見ると非文(間違った文)に見えても,ある文脈の中に置かれると,すっと通じることはしばしばあります。 語学系カテゴリでよく,前後関係を示さず,自分が良く意味の分からない単語だけを,あるいは語句だけ,文だけを,ポンと示している質問が見られますが,ある程度文脈がないと,答えようがなかったり,曖昧さを残した不十分な答え方しかできないことが多いですね。 >その前文に「彼ら自身の言語を捨てて」と有りますし、文脈全体からしても「移民の生活様式が既存のアメリカ的生活様式に転化される」と言う内容です。 こういった情報だけでも,もっと早い段階(というより質問の段階)で示してあれば良かったのですが,ともあれ,移民の生活様式がアメリカナイズされるという内容の記述が前段で出ていたわけですね。 そうしますと,そういった記述を受けて,一種のまとめとして,ちょっと気取った表現として「入植者達がアメリカ的生活様式の一部に成る」という言い方をすることも十分ありうると思います。 つまり,単に彼らの生活様式の変化だけを捉えるのではなく,もっと広い視点で捉えると,「そうやってアメリカナイズされた移民の存在そのもの」が,一種の「アメリカ的生活様式」の一部を構成している,と解釈できないでしょうか。 日本語で「生活様式」と訳してしまうと,衣食住といった「日々の暮らし方」だけを想像してしまいがちですが,原文のthe way of lifeは,もっと幅広く,「生き方」「人生のあり方」まで指すことができる概念です。 【ここのところだけ見ても,やっぱり原文を無視してはいけないと思います。】 (ただ,だからといって「生活様式」という訳語が一概にまずいとは言い切れません。その本を前の方からずっと読んでくれば,その本の中で「生活様式」という言葉がどのような意味で使われているかは分かるかも知れませんから。) つまり,家のドアを開けて1歩外に出れば,隣のスペイン系の移民の人と顔を合わせたり,近所の日系人と挨拶したり,お店のインド系移民のおばちゃんから買い物したり,子どもが学校でイタリア系移民の子どもとケンカしたりする。そういった,「日常生活の中で,ごく普通に移民が存在しているような暮らし」「そういった中で過ごす人生」,それが「アメリカ的way of lifeの一部」だというのではないでしょうか。 「人間が生活様式になる」のではなく,「アメリカ的生き方」の諸要件(それが何であるかはその本の前の方で詳しく述べられているはず)の中に,新たに一つ,「移民の存在」をそのまま受けいれて,それをひっくるめて生きていくこと,という要件が加わった。 そういう意味で「生活様式の【一部】になる」という言い方をしたのではないでしょうか。 この解釈でいいかどうかは,それこそもっと前の方から,場合によっては元の文章全体を読まないと分かりません。今まで書いたのはあくまでも一つの推測です。 ところで,前の方で「訳者が“なる”を“成る”と漢字で書いている」ことから推論を展開している方がいらっしゃいました。 しかし,質問者さんは「と言う文章が有った」のように漢字を多用されていますので,この「成る」も単に日頃の習慣で漢字変換してしまったのでは?と思ったのですが,本当の表記はどっちだったのでしょう。

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質問者からのお礼

有難うございます。 >この解釈でいいかどうかは,それこそもっと前の方から,場合によっては元の文章全体を読まないと分かりません。今まで書いたのはあくまでも一つの推測です。 分かりました。 puni2様は英語にも詳しい様なので、その全文を改めて英語カテに提示した上で質問しようと思います。なので、改めてそこで私の質問に答えて頂けると幸いです。因みにその全文とは「参考書に載っている」全文なので、本丸ごと全文では有りません。全文と言っても必然的に一部に成ります。それと、実は多少元の文章を弄って質問させて頂きました。しかし、根本的な所に於いて変化は無いと思うので、支障は無かったと思います。 >しかし,質問者さんは「と言う文章が有った」のように漢字を多用されていますので,この「成る」も単に日頃の習慣で漢字変換してしまったのでは?と思ったのですが,本当の表記はどっちだったのでしょう。 はい、原文の訳では「なる」と平仮名表記でした。しかし、「なる」か「成る」で違いが有るとは思わなかったので、勝手に漢字変換してしまいました。もしも、支障が有ったのでしたら申し訳ありません。

  • 回答No.5
noname#57571
noname#57571

前回私は英語原文を見ていなかったので、推定で適応・順応では?と言いましたが、改めて下記の文を見ると、その解釈は違っていた気がします。 そこで新たな提案です ( ^^ They become a part of the American way of life. もしかすると、このbecomeは「生成する」の意味ではないでしょうか。直訳すると「彼等(移民)はアメリカの生活様式の一部を作り出す」で、その意味するところはこうです。 「アメリカ文化は、移民たちがもたらす異種の文化を自らの一部として受容れ、進化する」 つまりこの文の論旨は、「移民というものを単に外から異文化を持ちこむ者(アメリカ文化の破壊者?)と見るのではなく、彼等もまたアメリカ文化の創造者(担い手)と見るべきである」と言っているのでしょう。裏を返せば、アメリカがいかに包容力のある国であるかということを言いたかったのかもしれません。 そう考えると、訳者が「入植者達がアメリカ的生活様式の一部に “成る”」と書いた理由も合点が行きます(普通は「成る」をこのように漢字では書きません)。多分訳者は、「アメリカ文化形成の一端を担う存在としての移民」という原著者の視点を訳文に反映させる意図で、敢えてあの部分を「なる」ではなく「成る」と書いたのだと思います。 もっとも、たった一文からそこまでの考察を試みることがいかに危険かは承知しています。加えて私の英語読解力はかなり怪しいので、また思い切りポイントを外している可能性は否定しません ( ^^

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質問者からのお礼

有難うございます。 いえ、それは違いますね。 その前文に「彼ら自身の言語を捨てて」と有りますし、文脈全体からしても「移民の生活様式が既存のアメリカ的生活様式に転化される」と言う内容です。

  • 回答No.4
noname#57571
noname#57571

> まだ100%しっくりこない部分がおありだったのですね。納得される > まで遠慮なくご質問下さい。 何と!・・・ これって、続きだったんですか? まんまと騙されちゃいましたね ( ^^; 日本語として。 - 教えて!goo http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3775137.html これですね (笑) They become a part of the American way of life. > 「人間が生活様式の一部」に成る、と言う意味が良く分かりません。 確かにこの文のみを切取って直訳した場合は、suunanさんがおっしゃるように「こんな日本語は‥」となるかもしれません。しかし前から通して読んで来れば、決して不自然には感じられないと思います。 > 日本語でもそのような事は起きるのでしょうか? いわゆる擬物法(擬人法の逆)のようなものと考えれば、どこの国にもあって不思議はない表現だと思います。中々ピンと来る例が思い浮かびませんが、一応下記に掲げます。 ・虎だ、虎だ、お前は虎になるのだ! ・巨人軍という星座のど真ん中で、一際輝くでっかい明星となれ! ・今日ワタシは、朝からほとんどトド! (笑)

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質問者からのお礼

有難うございます。 擬物法ですか。 成程、それはしっくりきますね。

  • 回答No.3

こんにちは。英語カテの同ご質問ではお返事を有難うございました。 1.まだ100%しっくりこない部分がおありだったのですね。納得されるまで遠慮なくご質問下さい。 2.今、前回の英語をもう一度見直してみましたら、ふっと適訳が舞い降りました。 例文: They become a part of the American way of life. (直訳)「彼ら=入植者たちが米国の生活様式の一部になる」 と、確かに直訳ではそうなります。 3.このbecome a part of「~の一部となる」を、ここでは「~に溶け込む」→「~に慣れる」と考えるとしっくりした和訳になります。「~の一部になる」とは「~に溶け込んでいく」「~に馴染んでいく」ことでもあるからです。 そこから、No.2の回答にあるような「順応する」「適応する」という訳も可能かと思います。 4.以下の例文を見るとイメージがつかめると思います。 例: The artificial skin becomes a part of the real skin. (直訳)「人工皮膚は本物の皮膚の一部となる」 →(意訳)「人工皮膚は本物の皮膚に馴染んでいく」 5.従って意訳は 「入植者たちは、米国の生活様式に溶け込んでいく」 「入植者たちは、米国のライフスタイルに慣れていく」 となります。 6.ご質問の英文は、入植者たちが米国の生活様式に溶け込んでいき、そして入植者(移民者)が本国から米国にもたらした彼ら独自の生活様式もまた、米国の新しい生活様式の一部となっていく、ということを表現したかったのだと思われます。 多国籍の移民国アメリカならではの、ライフスタイルのあり方を述べているようです。 以上ご参考までに。

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質問者からのお礼

有難うございます。 「成る」と「慣れる」「溶け込む」が同じだ、と言う意味がどうしてもよく分からないんですよね。英語ならまだ「フィーリング的に・・」で誤魔化せますけど、日本語ですからね。母国語ですからね。我々の素の思考で理解できるはずなのに、ピンときません。と言うより辞書的定義からしてそんな意味にはどうしてもならないんですよね。よく「イメージ」と言う言葉を使って説得しようとする人が居るのですが、個人的なイメージを必ずしも他人と共有できるかと言ったらそうでは無いと思うのです。やはり母国語である以上原語で書かれた辞書の定義通りに言葉を使うべきでは無いのかと。そう言う意味では今となっては単に翻訳者の軽率なミスと言う解釈の方がしっくりくるし、英語の方では単に省略がされているだけと言う回答がやけにしっくりくるんですよね・・。悩ましいです。

  • 回答No.2
noname#57571
noname#57571

もし最後の「成る」の原文が “become” ならば、「適応する、順応する」という意味ではありませんか? つまり、海外からの移民がアメリカの生活様式に順応するという意味だろうと思われますが、いかがでしょうか? ( ^^

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質問者からのお礼

有難うございます。 成程、それは説得力が有りますね。 唯、それならば日本語訳も素直に「順応する」とするのでは無いかな~と疑問に思ってしまうのですが・・。

  • 回答No.1
  • suunan
  • ベストアンサー率14% (224/1569)

「入植者達がアメリカ的生活様式の一部に成る」 単なる間違いでしょう。こんな日本語はありません。 「入植者達の生活様式の一部がアメリカ的になる」 あるいは 「一部の入植者達の生活様式がアメリカ的になる」 と書くつもりだっと思われます。

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質問者からのお礼

有難うございます。 やはりそうですよね。 これで、すっきりしました。

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