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成長の先にある老いについて

誰でも「成長したい」という欲求はあるかと思います。 それは仕事に関していえば、キャリアアップやスキルアップ、問題解決能力や対人折衝能力の向上、語学力の向上などなど、様々な事が成長の対象になります。 それらの能力を日々努力を重ね高めていき、成長した先にあるのは、一般的には、「定年退職」であり、更にその先に待つのは「老い」です。 努力し続けて様々な能力を高め続けても、60歳になったら定年して仕事をしなくなるんじゃ、なんだかもったいなくないですか?

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • dec02
  • ベストアンサー率36% (578/1602)
回答No.3

満足と達成感の連続の中にあったとしても、 所詮、個人の脳が感知しているだけだと言う事実の前には 様々なことを考えさせられます。 やがて萎縮し、朽ち果てる遺伝子の入れ物に過ぎないけれど、 それでも気付くことを続けられる人生は素晴らしいと思います。 目に見える成果のあることだけが成長ではありませんよ。 無意識の記憶もいっぱい蓄積されています。 確かに歳を重ねるにつれて、やりきれない思いの数は増えていきますが、 夢中になって力を注げることがあったり、 それなりの手応えがあったりで 晩年だってなかなかのモンじゃないかと思われます。 まぁ元気な年寄りばかりがいっぱいと言うのも圧倒されますが、 一生懸命することに無駄などあるはずがありません。

intellect
質問者

お礼

気付くことを続けられる人生は俺も素晴らしいと思っています。参考になりました。回答ありがとうございます。

その他の回答 (4)

noname#45642
noname#45642
回答No.5

簡単に考えましょう。 「成長する」=社会に貢献するために(自分が成長することで社会に貢献できる) 「定年退職」してから=社会に奉仕するために(自分の経験を社会に活かす)

intellect
質問者

お礼

定年後の社会奉仕ですか。自分はまだ奉仕の心があまりないです。 いつか奉仕の心が芽生えるのかもしれません。参考になりました。回答ありがとうございます。

noname#37172
noname#37172
回答No.4

定年、老い、そして死というものがある、人には”限り”というものがあるから、逆に、今の一瞬一瞬が尊いものになるのではないか。そう考えれば、人間にとって日々努力して自己研鑽する意味があるのではないかと思います。 そうすると、人生の秋になり冬になり、自分が死ぬ時になったとき、人生に対する”本当の”充実感を持てるのではないかと思っています。 そのために、もっとも大切なものは、日々の自分のこと、人のことについての気づきを通して、”自分を越える”、”人を越える”こと。そうすることで、人や社会のあやが見えてきて、人は人として成長できる。そこはその人の”人としての土台”になる部分で、それなしには、社会的に言われるどんなスキルアップも取得したとしても、”深み”を持てないのではないか。と思っています。 その深みをどれだけ極めることができるかそこに人間としての価値があるような気がしています。

intellect
質問者

お礼

人生に限りがあるという事は、俺もよく意識します。うわべのスキルだけではない、本当の人間としての深みを自分も高めていきたいです。 回答ありがとうございます。

  • skoncho
  • ベストアンサー率47% (509/1062)
回答No.2

初めまして。スコンチョといいます。(^_^) このカテゴリへのご質問 の答えとして適切かどうか分かりませんが、思うところを書かせていた だきますね。 「老い」が進むとその先には「死」がまっています。よって、極論する と、このご質問は「どうせ死ぬのに、なぜ頑張るのですか?」という 事になるかと思います。頑張るというところは「生きる」に置き換える こともできるかもしれませんね。 正解の無い哲学や禅問答の問いかけと同じなので、人によって答えは 変わると思います。個人的な見解としては以下のようになります。 「人は一人では生きていけない。それは、一人ずつ役割があるという ことの裏返しでもある。だから社会を構成する一人として役立つために、 生き続けるかぎり成長を欲することが自然であるともいえる」 以前テレビの討論会で「なぜ人が人を殺してはいけないのか?」と問い かけられ、文化知識人の先生方もとっさに答えることができなかった エピソードを思い出しました。自分が「生きる」「頑張る」の理由は、 ときどき思い起こしてみることが大切だと思います。(^_^)

intellect
質問者

お礼

回答者様は社会に貢献する事を大きな価値はあると考えているのですね。自分は今はまだ、社会に貢献することに大きな価値を見出せないでいます。回答ありがとうございます。

noname#46899
noname#46899
回答No.1

定年は「その会社での勤務期限」に過ぎず、人生の終わりではありません。 60なんてまだまだ現役で十分やれる年齢だと思います。また、年金も生活に十分なほどはもらえないことは明らかです(全くもらえなくなることも十分あり得ると思います)。皆、定年後のことも視野に入れて現在の努力をしているのだと思います。 私の父は職人で、80近い今も、私が子供の頃となんら変わりなく仕事をしていますし、私自身も将来に向けて資格の所得を目指しています(40代です)。

intellect
質問者

お礼

そうですね。60歳以降も、それまでに培った能力を活かして仕事を続けることもできますよね。定年後、能力を埋もれさすのも、活かすのも自分次第ということですね。参考になりました。回答ありがとうございます。

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