• ベストアンサー

A cat is a vigilant animal の不定冠詞「総称のa」?

「ネコは用心深い動物だ」に対応する文章として (1) A cat is a cautious animal. (2) The cat is a cautious animal. の両方ともOKと書いてあるのを読みました(「冠詞マスター教本」)。 a も the も「総称(~というもの)」の用法があるようです。 質問ですが ●上の(1)(2)にニュアンスの違いはないのでしょうか?(ネイティブが上の(1)(2)を同じと感じるか、ということです) ●例えば  「A person is known by the company he keeps.    (人は、その人が付き合う仲間によって知ることが出来る)」 の A person は The person に置き換えてよいのでしょうか? よろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • Parismadam
  • ベストアンサー率65% (2756/4211)
回答No.6

No.4です。補足質問をいただいておきながら、お返事が大変遅くなって申訳ありません。お礼メールが何故か「messages indesirables(望ましくないメッセージ)」のboxに入っていたため、本日まで発見されず、急いでお返事差し上げる次第です。まだ締め切られていなくてほっとしました。 ご質問: <このaは、anyの弱い意味で、「~というもの全て」という総称的な意味 は、#2さんの >これは「ネコ群」の中から適当に一匹だけを抜き出して観察する というのと随分違うのですが、どちらが正しいのでしょうか?> ご質問への回答: 他人の回答を否定する非礼は避けますが、ただ不定冠詞のaの用法が、<「~群」の中から適当に一匹だけを抜き出して観察する>というのは、聞いたことはありません。どこに書いてあったのか、誰が言ったのか、、、。 A dog is a faithful animal. 「犬は忠実な動物だ」 a=anyで、「~というもの」となります。 この例文と解説は、ある有名な受験参考書からの抜粋です。 回答者は自分で正しいと思う回答をしておりますので、どの回答を信頼されるかは、white-tigerさんの自由な判断に委ねられます。 以上ご参考までに。

white-tiger
質問者

補足

ご丁寧な回答をありがとうございます。 > 回答者は自分で正しいと思う回答をしておりますので、 確かにそうですが、 > どの回答を信頼されるかは、white-tigerさんの自由な判断に委ねられます。 ただ、英語は言語ですから、可能なら私の主観で決めるのでなく「真実」を知りたいです。 具体的には、多くのネイティブが正しいと思うもの、多くの文献が支持するものですが、 > この例文と解説は、ある有名な受験参考書からの抜粋です。 #4さんが正しいみたいですね。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。

その他の回答 (7)

回答No.8

Gです。 補足質問を読ませてもらいました。 >「A person is known by the company he keeps.」の場合も違和感があるでしょうか。また、この A person は The person に置き換えてよいのでしょうか? 結論です。 ありません。 そして、だめです。 <g> これには二つの解釈方法があります。 A personとは人のことであり、この表現でa personでなくてはならないのは、集合名詞とかそういうことではなくただ単にここで使われている動詞があるからと言うことなのです。 それは何かと言うと、knowと言う単語なのです。 つまり、「(違いを)認識する」「判断する」と言う意味合いで使われているちょっと換わった使い方だからだ、と言うことなのです。 これは受動態になっていますね。 つまり、これを能動態のフィーリングに変えると、They/We know a person by the compnay he keepsとなります。 つまり、知っている、と言うフィーリングでのknowではない、と言うことが「感じ取れます」ね。 いろいろいう人の一人を取り出してみるとその人が付き合っている人たちのことで自然にその人がほかの人との違いを認識する、つまり知ることができる、と言う解釈の仕方です。 もうひとつの解釈はこのa personと言う単語を人間としての意味ではなくpersonalityとかcharacter of a personと言う意味合いの表現とするわけです。 そうすると、They know the personality of a person by the company he keeps.と言う文章になるわけですが、know a personにはならなくなってしまいますが、これを受動態にすると、自然にa personとなるからいいか、と言うことになるのです。 ちょっと弱い解釈でもあります。 最初の解釈から見ると、The personという表現が使えないのがわかりますね。  つまり、A cat isで表現しようとするフィーリングがどうしても「一つの」というフィーリングに邪魔されてしまうわけです。 A person is knownの方はちゃんと一人一人というフィーリングが入っているので問題ないわけですが、いろいろな猫がいるわけですがそれらをまとめていっているわけですから、どうしてもCatsと言うそれだけで集合名詞のフィーリングを出しているのがわかる表現を非常に好むわけです。  そして、一匹一匹の性格を判断する、と言うわけではないですから、a catにするとどうしても違和感を感じてしまうのは仕方ないのです。 The catと言う表現をして、単数形を使って文語的ではあるけどつかっても違和感を持たないのです。 なお、有名な人が、よく知られた学者が書いたから、よく使われている参考書に書かれているから、と言う理由では信用度はなくなりつつあることを知ってください。 「昔と違って今ではこのように解釈されています」「例外として」「~詞用法として使われているので」「今では認められてきました」「しかし、実際には一般的に使われているようです」と言うような説明が見られるのはなぜだかお分かりですか?  そして、使えない学校文法が消滅しつつあることからもお分かりだと思いますが、昔は学校文法が盲目的に信じてしまったのですね。 そして、受験者と言う日本人の数からして、当然受験英語のための参考書がまだはびこっているわけです。 それらが有名参考書なのです。 すごい数の参考書が売られているわけですから。 しかし今は実際に英語が日本人の耳に入ってくる時代なのです。 それがDVDかもしれないし昔では考えられない海外旅行や留学ができ、また英語圏からの人たちが多く日本に住んでいるわけです。 もうすでに、日本人の多くは「文法学者さんの説明を事実として認めるわけにはいかない」と分かる人たちが増えてきたわけですね。 昔みたいな「実際の英語と比較ができない」状況ではなくなってきたために有名度イコール信用度とは見れなくなってきたわけです。 そして、その英語圏の人たちが言う「日本で教えている英語おかしいよ」となるわけです。 その情報も一般人の耳に入ってくるわけです。 文法知識はもうすでに江戸時代の侍の特権のようなものではなくなったのです。 実際に使われる英語と学校文法との違いが多くの日本人にはっきり浮き彫りされてきたわけです。 使われている英語が文法的におかしいのではなく、学校文法が使われている英語の社会文法があまりにも違いすぎなのです。 このカテでもよく見るようになりましたが、試験であれば罰になるでしょう、とか、受験のためだったらこう覚えるしかないですね、と言うアドバイスが頻繁にかかれるわけです。 私が言わなくてもほかの人がどんどんアドバイスするのです。 それだけ学校文法が批判されてきていると言うことでもあるわけです。 そして、更に、文法とは実際に使われている英語の表現方法に基づいて体系付けられたもの、と定義されていたために多くの人が鵜呑みにしてきたわけですが、「じゃなぜ今使われている一般的表現を無視したり、正しくないというのですか」となりませんか? ちょっと考えてください。 「昔と違って今ではこのように解釈されています」「例外として」「~詞用法として使われているので」「今では認められてきました」「しかし、実際には一般的に使われているようです」と言うような説明が一般的になり学校文法が文法と言えるように変わったとしたら、文法的におかしな英語が使われているとはいえなくなりますね。 (学校)文法的におかしな英語をアメリカ人はしゃべっていると言うことはすなわちWant to go?そろそろ行こうか?の主語なしでも文章として成り立つ、と言うことになり、文章は主語がなくてはならない、と言う学校文法はなくなるのです。 「今ではこういう表現が日本の英語文法でも認められてきました」なのです。 お分かりでしょうか。 日本語を使う日本人のなかでどれだけの日本人が国語の文法どおりに日本語を使っていると言うのでしょう。  もう少し突っ込みますね。 たとえです。 想像してください。 アメリカでこのサイトみたいのがあって日本語カテゴリーがあり、アメリカ人同士で「あらへんで」「全然いいです」「ケーバンを教えてよ」「私ラーメン好き」は「ただしい日本語ではない」と言ったら日本人のどれだけの人がそれに同意しますか? 標準語ではない(第二標準語なのに)、全然は否定文で使われなくてはならない、ケーバンは辞書に載っていない、助詞が必要、なんてアメリカ人日本語文法学者さんが言ったらどう感じますか? ら抜きはただしくない、と言うのもありましたね。 実際に毎日一般的につかわれている日本語を「正しくない」とアメリカで日本語を習った外国人が言うんですよ。 そして、そういうアメリカ人学校文法学者さんの日本語を文を見ると何を言っているのかわからない、例えば「胸が苦しい」を「おっぱいが苦しい」とマジに言っているのをみてどう思いますか?  それをやっているのが中途半端な自称英語文法学者さんなのです。 DVDを見て英語を勉強するのはいい、と言っても、実際に使われているのに学校文法では認めていない表現がうじゃうじゃありますね。 そんな「正しくない英語」がうじゃうじゃ使われているDVDを何でそんなに奨励するのだと思いますか? 使われている「生きた英語、英語表現、社会文法、そして日本語と同じくフィーリングを伝えたいからこの表現をする」タイプの英語を身につける(使える英語文法を身につけた自己文法)ことが大切だと言うことを知っているからですね。 これは副詞だから、と言われても「何でこれが副詞なのかわかるの?」と聞かれても答えられないのでは初心者がかわいそうですし、いつまでもこのように説明されても使えるようにはならないですね。 「おっぱいがいたい」と言えばいいです、と言われてもそれが正しいかどうかはわからない初心者はどうしたらいいのでしょうね。 そして、それを日本語クラスの宿題に書いて提出したらどうなるでしょう。 笑い話ではなくなるのです。 また、書いてください。

white-tiger
質問者

お礼

> いろいろいう人の一人を取り出してみるとその人が > 付き合っている人たちのことで自然にその人が > ほかの人との違いを認識する、つまり知ることができる、と言う解釈の仕方です。 ありがとうございます。この説明で逆にネコの例の方も分かった気がします。 あるネコを取り出してきたとき、警戒心が強い、といった感じですね。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
回答No.7

Gです。 こんにちは!! お久しぶりです。 まず、A cat isの表現を聞いたら私たちは非常に違和感を感じます。 学校文法がなんといおうと学校で習う(使える)文法の中に入りません。 この表現を学校文法ではOKとするのであればそれこそ学校文法であって文法(社会文法)ではないからです。 これは英語を使う人にとっては自然な感覚であって、この感覚を持っていないのであればおかしな表現を毎日しているのだろうなと思われても仕方ない事なんです。 The cat isの方はどっちかと言うとちょっと硬いというか、文語的なフィーリングを与えます。 では普通ならどういうかと言うと、Cats are~animals.と言う表現をします。 any catsと言う表現とはフィーリング状違う表現ですが、どんな猫でも、と言うフィーリングであれば(猫と言うのは、とは違うわけですから)any catsと言う表現はそのフィーリングをあらわした適切な表現となります。 #2さんの(1)の使い方はその状況ではまれに使われる特殊な表現方法としては使われる時があります。 これでいかがでしょうか? 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 

white-tiger
質問者

お礼

ありがとうございます。 >A cat isの表現を聞いたら私たちは非常に違和感を感じます。 「A person is known by the company he keeps.」の場合も違和感があるでしょうか。また、この A person は The person に置き換えてよいのでしょうか?

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • nawata
  • ベストアンサー率10% (2/19)
回答No.5

1 も 2 もネイティブが言いそうなせりふではありません。複数形で言いましょう。 2はきわめて文語的/事典的、1はそこまでではなくとも普通は言いません。ただ状況から「一匹だけ」会う状況をピクチャーするならOKです。 Bumping into a cat is quite normal around here.

white-tiger
質問者

補足

The cat is a skilled predator and intelligent animal  http://en.wikipedia.org/wiki/Portal:Cats the cat is a relatively large animal  http://www.blackwell-synergy.com/doi/abs/10.1046/j.1365-2362.1999.00435.x The cat is a highly adaptable animal  http://www.beverleynats.org/issues.htm など一杯みつかります。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • Parismadam
  • ベストアンサー率65% (2756/4211)
回答No.4

こんにちは。6/7のご質問ではお返事を有難うございました。 1.A cat is a cautious animal.: このaは、anyの弱い意味で、「~というもの全て」という総称的な意味を持ちます。複数のcatsも、本来はany catsのanyが省略されたものです。 例: (Any) cats are cautious animals. 2.The cat is a cautious animal.: (1)このtheは、代表用法(代表単数)と呼ばれる用法で、単数形の普通名詞で、その一類を代表させる場合に使われます。動植物の種類・種族について用いられます。意味は「~なるもの」「~というもの」となります。 例:The dog is the friend of man. 「犬は人間の友達だ」 (2)ちなみに、人間のman、womanは、child、boy、girlなどと対照的に用いられる場合の他は、代表単数にはtheを用いません。 例:Man is mortal. 「人間は寿命がある」 3.The person is known by the company he keeps. この文のperson「人」は、「人格」「人物」という意味で使われており、「人間」という「動物の種族」としての用法ではありません。 従って、2-(1)にある「代表単数」の用法は、ここでは不適切となります。 以上ご参考までに。

white-tiger
質問者

お礼

the の「その一類を代表させる」というのは、#3さんの説明でしっくり来ました。 >このaは、anyの弱い意味で、「~というもの全て」という総称的な意味 は、#2さんの >これは「ネコ群」の中から適当に一匹だけを抜き出して観察する というのと随分違うのですが、どちらが正しいのでしょうか? いろんな回答があって混乱しています。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
回答No.3

(2) のような総称を表す the は the cat であれば,「動物」という上位集合体というべきものがあり,その中で,特定の「ネコ」という種類に属するもの全体を表しています。  そして, The cat is a cautious animal. の場合, 「動物」の中で,cat という種類は cautious であるという点で特徴づけられるという意味合いになります。  すなわち,特定のものにつくという the の最も基本的な用法につながるものです。  person を上位集合体として,グループに分けることはあっても, person が下位にくる状況は考えにくいです。 The person is known by the company he keeps. として,「生物」という上位集合体があり,その中で person を特徴づけているという内容ではありませんので, ここで the person を用いるのは無理があると思います。

white-tiger
質問者

お礼

>the cat であれば,「動物」という上位集合体というべきものがあり,その中で,特定の「ネコ」という種類に属するもの全体を表しています。 これは非常にしっくり来ました。 ありがとうございます!! この説明はどういった本を読めば書いてあるでしょうか?

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
回答No.2

(1) A cat is a cautious animal. これは「ネコ群」の中から適当に一匹だけを抜き出して観察する感じです。「この一匹がこういう特徴を持っているから、他のネコもそういう特徴があるのだろう」みたいな感じです。 (2) The cat is a cautious animal. 1は「実在する具体的な一匹のネコ」でしたが、2は「イメージ上のネコ」です。「しっぽが長くてニャーと鳴く動物」、みたいな。そういう誰もが思い描くネコ(the cat)に対して、「そいつはa cautious animalでもあるよ」と新たな特徴を追加している感じです。

white-tiger
質問者

お礼

>2は「イメージ上のネコ」です。 #3さんと随分違うのですが、、どちらが正しいのでしょうか?

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
noname#62650
noname#62650
回答No.1

aとtheを共に総称として使う場合は、1=2ですが、違う意味ととらえるときもあります。 まず、1は、ネコ全般として、用心深い動物であるという意味です。 2はある一匹のネコを指定して、あのネコは用心深い動物であるという時です。 教科書等では、問題の性質上、1文だけ載っているのでわかりにくいですが、 現実となると、わかりやすいです。 1はあなたが、友人に「ネコはどんな動物か?」と聞かれた時に、 A cat is a cautious animal. と答えることができます。 2は、たとえば、あなたがあるネコが魚屋から魚を盗もうとしているのを観察しています。 何度も周りを確認しながらそっと近づいているので、そのネコをさして、 the cat is a cautious animal. といえます。 ちなみに総称ととらえるときは1,2共に1の方の意味ですがtheを使うと文語的になります。さらに、 Cats are cautious animals. というのも同じ意味ですが、a catよりも口語的です。 A person is known by the company he keeps.の場合、総称ととらえると、 どちらも使えないことはないですが、theを使うと文語的になること、 ほとんどの人がaを使うことから、置き換えない方が、テスト、論文、会話、 どの状況においても安心だと思われます。 文章を読むときにtheが総称として扱われていれば役に立つ位の知識としていれば良いと思います。 この区別は難しいですよね。私も最近までよく分かっていませんでした。 説明、わかりにくかったらごめんなさい。

white-tiger
質問者

補足

総称として使う場合は、1=2なんですね。 ありがとうございます。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。

関連するQ&A

  • 中学生ですが、英語のテストの並び替えで答えが、Cat is my fa

    中学生ですが、英語のテストの並び替えで答えが、Cat is my favorite animal.となる問題がありました。Catには冠詞はつけなくても良いのでしょうか?教えてください。

  • 定冠詞と不定冠詞

    定冠詞(the)は「特定された物」につく、と文法書では説明されます。しかし、 The dog is faithful. という頻繁に挙げられる例文でも簡単に「特定された物」ということでは説明出来ません。この文は二つの意味に取ることが出来ます。 1.「その犬は忠実である」 2.「犬というものは忠実である。」 1の場合はたしかに「特定された物」についています。しかし、2の場合はそうは言えません。あるサイトでは、 「種族」や「類」の全体を表すのに定冠詞を使う と説明しています。しかし「全体」とは「特定」の対立概念です。この説明は「AはAでありかつAではない」と言っているのと同じで、二律背反に陥っています。つまり説明になっていない、ということです。このような説明でこと足れりとするのは、一種の思考停止と言ってもいいでしょう。 私は、定冠詞は「全体、一般」対「特定」という視点ではなく、全く別の視点から説明すべきであると、考えています。それはこれら二つの文を共に許容する、これらの文に潜む共通性を説明する視点です。 これまで述べてきたことの裏返しが、 A dog is faithful. という文はなぜ成り立たないか、という疑問です。これが成り立つ、という意見の人があるかもしれません。またそう解説しているサイトもあります。しかし私はこの文は根本的におかしい、と思っていますので、その前提で話を進めます。 前に不定冠詞の質問をしたとき、不定冠詞の基本的な意味は「任意の」ということだ、という意見がありました。しかし「任意の」を英語に訳すとanyであってaではありません。そして Any dog is faithful. ならば問題なく成立します。なのになぜ、「任意の」という意味があるにしろ、ないにしろ A dog is faithful. という文が成り立たないのか。 The dog is faithful. も The dogs are faithful. も Dogs are faithful. も問題なく成り立つのに、なぜ A dog is faithful.だけは成り立たないのか? 「一匹の犬は忠実だ」という日本語が成り立たないのと同じ事だ、という意見があるかもしれません。その通りです。しかし私はここにこそ冠詞の問題の核心があると思っています。つまり、「一匹の犬は忠実だ」という、文法的にも、内容的にも間違っていないこの文がなぜ成り立たないのか。英語の冠詞の問題を、単なる英語の文法の問題としてでなく、おそらくあらゆる言語に共通な、言語の主体と客体と言語そのものの関係にかかわる問題としてとらえる視点へのヒントがここには隠されていると、考えています。 みなさんの、冠詞についての考え方を、できれば私の問題意識にそった形で聞かせていただければ、と思います。

  • 冠詞「~というもの」について

    不定冠詞のa(an)と定冠詞のtheには、どちらも「~というもの」という総称的に表す表現に使うことがあると参考書で読みました。 ですが、この二つをどのように使い分ければいいのか分かりません。 例えば (1)The dog is clever animal.(犬は賢い動物だ。) (2)A swan is beautiful.(白鳥は美しい。) という2つの文があったとき、(1)も(2)も犬と白鳥を総称的に表現していると思うのですが、(1)と(2)では何が違うのでしょうか? それから、 The first month of the year is January.(1年の最初の月は1月だ。) という文で、「year」の前につくのが不定冠詞ではなく定冠詞なのは何故ですか? 不定冠詞と定冠詞の使い分けの仕方が分からなくて困っています・・・。 質問が多くなりましたが、分かりやすく説明出来る方がいらっしゃれば、回答宜しくお願いします。

  • 冠詞について

    She thinks the cat is more elegant animal than than a dog. 上記の英文の the catと a dogの冠詞the,とaがありますが、どうして両方aじゃなくて、 the とaに分けてるですか? 教えて下さい、よろしくお願いします。

  • a とtheの使い分けについて。

    冠詞 a の用法で「~というもの」という意味があります。 A dog is a useful animal. 犬というものは役に立つ動物です。 また、the にも種族全体をあらわす用法があって The horse is a useful animal. 馬は役に立つ動物だ。 上のような役になると文法書に書いてありました。 ただ、両方とも同じような意味になるように見えるのですが、 厳密には異なるのでしょうか。 どなたかお分かりの方がいらっしゃいましたらお教えください。

  • 前置詞ONと冠詞aの問題を教えてください。

    前置詞ONと冠詞aの問題を教えてください。 mary goes to school ( ) foot. の( )は、atじゃなく、ONです。 なぜ、onなのですか? SuSie has ( ) cat and two birds at home. すし江は、猫と2羽の鳥を家で飼っていますと訳してしまい、( )はtheだと思ったのです。 が、aが答えでした。 なぜ、aなのでしょうか?

  • 冠詞教えてください

    冠詞について詳しく教えてください 1 A bat is a kind of an animal. → A bat is a kind of animal. 2 The water of this well is muddy. 3 A Man is the only animal that can talk.  →Man is the only animal that can talk. この文で正しいでしょうか? a がいる。the がいる。いらない。がわからないので詳しく教えてください。

  • by と while の訳し方なのですが

    教えてください。 A man is known by the company he keeps. 「男性は、彼が保っている仲間だと知られている」   どう見てもこの訳じゃおかしいですよねえ、教えてください。 We saw the man while he was on all fours. 「私たちは、彼が四つんばいでいたのが見えた」 う~ん、難しい。 よろしくお願いします。

  • Constructing a bridge is difficult

    次の4つの文の違いを教えて下さい。 A: Constructing a bridge is difficult. B: The constructing of a bridge is difficult. C: Construction of a bridge is difficult. D: The construction of a bridge is difficult. いずれの文も、現在時制で、冠詞は不定冠詞を使ってありますから、「橋を造ることは困難だ」という意味の一般論です。4つともほぼ同じだと思われますが、ニュアンスは異なるはずです。 自分では次のような気がしています。B、DのようにtheがつくとそうでないA,Cより概念的で、又、A、Bのようにing形だと、建設の工程(例えば、設計したり、原材料を運んだり、ボルトを締めたり、といったこと)をC、Dよりもイメージしやすいものになっているのではないかと思うのですが、いかかがでしょうか。  なお、English Forumで問い合わせたところ、回答してくれたのは一人だけで、賛成したいような気がするといったような回答でした。 私の感じていることをどう思われるかということと、もし、可能なら、ご自身でこれが違いだと思うところを書いて頂けるとありがたいです。

  • 武士はthe "Bushi"?(総称表現の使い方)

    「武士は~な人々でした。」 「日本刀は~な刀でした。」 といった英文を書きたい時、 the "Bushi" is ... the "Nihontou" is ... といったthe+名詞の総称表現を使ったのですが、適切でしょうか? "Bushi"sや"Bushis"といった複数形らしい形も変ですし、悩みます。 "Bushi" is ...や "Nihontou" is ... といった無冠詞のものが良いでしょうか? その後も The "Bushi" is a person who...が不自然に思い、 The "Bushi" are the people who use... などと単複ごちゃまぜでもおかしい気がします。 なお、江戸時代は the Edo era と致しましたが、やはりtheは必要でしょうか? また、the Edo periodとするのと悩みましたが、periodの方がeraよりも一般的だという感じはしました。