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笑い
「会議」などで冗談を言ってはいけないという信念を持っている人が、 そういう場面で気の利いたギャグに遭遇しても笑えないと言うのは (1)ギャグのパワーが足りない (2)笑わせるような事をいうべきでないし笑うべきでないという心の構えが、本当に面白い事でも無力化する力がある。 (3)当人にギャグを理解するセンスがない のでれなんでしょうか。
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度々しつこくてすみませんね。#5です。 前回お話したやつはアメリカンジョークとはいわないですよ。アメリカンジョークというのはですね、そうだな、 ある男が飛行機を操縦中に霧が出てきて自分の位置を見失って遭難してしまった。するとビルが見つかったので近づくと男が外を見ながらコーヒーを飲んでいたのでパイロットは「おい、ここはどこだい?」と尋ねた。するとビルの男は「さあ、飛行機の中だろうね」と答えた。するとパイロットはそのまま飛び続けて無事に空港にたどり着いた。記者になぜ助かったのかと尋ねられるとパイロットは答えた「私は道に迷ってしまって通りかかったビルの男に尋ねました。彼の答えは100%正しかったけれど何の役にも立ちませんでした。それで、そこがマイクロソフトのサポートセンターだとわかったんです。そしたら、そこから南西5マイルのところに空港があるのを思い出したんですよ」 ちなみに電球ジョークでなぜポーランド人なのかというと、こういう民族ジョークではポーランド人は「バカ」の象徴だからです。同じようなポーランド人をネタにしたジョークで「家の外壁を塗り替えるのに何人のポーランド人が必要か。答えは5001人。ひとりがハケを持って残りの5000人が家を持ち上げて回す」というのがあります。 同じように「バカ」として使われる民族がアイルランド人ですね。こんなネタがあります。「14XX年、アイルランドで洋式(座ってウンコする)の便座が発明された。翌年、それはイングランドに伝わり、イングランド人はそれを改良して便座に穴を開けた」あとはこんなネタがあります。「パブでビールを飲んでいたらビールの中にハエが入った。イングランド人はビールを捨てた。スコットランド人はハエを捨てて気にせずビールを飲んだ。アイルランド人はハエをつまむと「俺のビールを飲みやがっただろう!吐け!吐き出すんだ、この野郎!」と叫んだ」 他にはスコットランド人やオランダ人はケチ、フランス人はスケベの象徴として使われることがしばしばですね。「スローモーションカメラ、それはスコットランド人が支払いをするさまをヒントに発明された」とか「フランス語では寝取られ男を「コキュ」という。ムニュ氏はベッドで妻に自慢げに言った、「俺も若い頃はずいぶんコキュを作ったものさ」すると妻がいった、「あら、あたしはひとりしか作ったことはないわ」」 最後にとっておきのブラックジョークをご紹介しましょう。ただし、これは決して外国人(特に黒人)の前ではいってはいけません。 「なぜ黒人の手の平と足の裏が黒くないか知ってるかい。それは、よつんばいで暮らしていた奴らに神様が黒いスプレーを塗ったからさ」
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- ao-b
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No.3の者です、お礼ありがとうございます。 しかしお礼の内容自体がちょっとつかめておりませんので、食い違いになるかもしれませんが、誤解だけは絶対にあってはならないと思うので、きちんと書いてみます。 やはりこの問題は「問題自体が」多様でしょう。 ・まずそのパフォーマンスは、大多数の人間が「ギャグ」と認めるものであり、その上で笑えるものなのか?(ギャグの定義・一般傾向) ・そして「・・・という信念を持っている人」も「ギャグ」という認識自体はあり、「会議」などでない「ごく自然な状態」であれば笑うのか?(ターゲット自身の特徴を以って説明される、ギャグに対する反応) 少なくともこの2項目が決まっていないと、(1)(2)(3)に分けようがないと私は考えるのです。 あなたの頭の中ではこの2項目について既に一つに固まっていたかもしれません。しかし、それが本当に一般論として成立するでしょうか?実際No.5様と食い違いが起こっているでしょう。そういう意味で、No.3では「これだけの条件だったら」と書きました。 「気の効いた」とあえてここだけ漢字を変えたのには理由があるのでしょうか?
お礼
変換は確かめなかっただけで質問と同じつもりです。 失礼しました。 私が問題にしたかったのは、ギャグ自体にいかほどの力があるのかということです。それは触媒の影響を強く受けるのか、それとも単独で作用するものなのかということです。雰囲気に支配されるのか、それとも雰囲気は無視できるくらいの影響しかないのか。
- eroero1919
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どうもこんにちは。以前、他のところのご質問に答えましたね。 さて、そのときも少し気になったのですが、george-mさんは日本語でいうところの冗談全般の意味合いで「ギャグ」という言葉を使っていると思います。一方、私は前回の回答でも「ジョーク」という言葉をあえて使ったのですが、george-mさんはそれへの返答でも「ギャグ」という言葉を使ってましたね。「ギャグ」と「ジョーク」は違うんです。 例えば、「アイーン」は「ギャグ」ですが「ジョーク」ではありません。一方、「天井の電球を交換するのに何人のポーランド人が必要か。答えは三人。ひとりが机に登って電球を握り、ふたりが机を回す」というのはギャグというよりジョークです。 ジョークであれギャグであれそれを面白いと思うかどうかはその人の個人的な感性に基づくものです。先ほどのような電球ジョークは10人に話すと必ず何人か理解できない人がいます。一方、そういう人に「アイーン」とやると笑うかもしれません。では、アイーンのほうが「気が利いた」冗談なのかというと、アイーンでは笑わず電球ジョークで笑う人もいるわけです。 要は嗜好の問題なんですね。私は爆笑問題が大好きですが、大阪の人はよく「どこが面白いのかわからない」といいます。吉本新喜劇をテレビで見たことがあるのですが、私は10分でチャンネルを変えてしまいました。なんだかクドくて飽きちゃったんです。でも、大阪の人はあの喜劇が大好きです。どっちがいいとか悪いとかセンスがあるとかないとかの話ではないんです。 歴史上記録に残る最も古い冗談は古代エジプトに残る「ファラオが床屋」というものだそうです。当時あまりにウケたために記録に残ってしまうほど大流行したネタだったようです。しかし、現代人の我々は「ファラオが床屋」といわれてもどこが面白いのか理解できないですよね。ジョークを理解するには理解するチャンネルが必要なんです。 要するにジョークが好きな人もいれば嫌いな人もいるってことなんです。ただ、他の民族に比べて日本人にいまいちジョークが通じない謎は私も感じるところではあります。
お礼
アメリカンジョークのところでお世話になりました。 私はこの2つをあまり区別していません。もっと広い(アイーンもジョークも押しなべてギャグと思っていました)概念だと思っていました。 人によって笑いのつぼが違うという例かもしれませんね。 お答えの意図は十分に理解できます。 人は多様すぎる事が問題なのかもしれません。 ファラオが床屋の内容を知りたいです。 正直言ってポーランド人は分かりません。ドイツ人ではだめなんですよね。
冗談を言ってはいけないという信念=気の利いたギャグに遭遇しても笑えない とはならんでしょう 人それぞれで答えは難しいですね くそ真面目で真剣にやってれば、ギャグをして真剣にやってないと思い逆にイラっとくる人もいるでしょう
お礼
そうですね。いろいろでしょうね。
- ao-b
- ベストアンサー率30% (81/263)
それ以前に、「気の利いたギャグ」というのは質問者様の主観による判断であって、今回問題となっている「・・・という信念を持っている人」にとっても気の利いたものだったのかが不明でしょう。 これだけの条件だったら、何とでも説明はつきそうです。
お礼
笑ってはいけないと言う信念持っている人に対して「気の効いた」ギャグだったらどうだろうかというのを問題定義としたいところです。
- tenntennsevengoo
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(2)じゃないでしょうか?
お礼
心の構えが最重要用件であるとすると、ギャグの力っていうのはたいしたものではないのかもしれないですね。
- tappet
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(4)会議に集中している ではないでしょうか? 本当に集中している会議だと、 冗談を言う人も暇もなくなります・・・。
お礼
集中力がある程度分散できていないと、ギャグに反応できないと言う面はあるでしょうね。
お礼
よくわかりました。 マイクロソフトは傑作ですね! 小話の教養を持っていると便利かも。