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靖国違憲確認の意味

靖国神社の違憲訴訟のなかでも、請求の主旨として、参拝の違憲確認を求める、としている場合が多いです。 違憲が確認されたところで、実際には何にも起こらないと思うのですが、こういった請求をするのは単に世論を動かしたり、首相に思いとどまらせるのが目的なのでしょうか? そうすると、小泉さんは思いとどまらなかったので効果がなかった。でも、アベさんにはこうかがあったのかも… という理解でいいでしょうか? でもそう考えると、ある法律が違憲とされても、国会が正しいと思うなら法律を改正しなくてもよい??? 違憲とされた場合の効果がどういうものなのかがわかりません…

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  • kaka06
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回答No.1

最高裁判所の法令違憲の判決の効力については長いこと議論されています。 大きく分けて二つの説があります。 ひとつは、最高裁判所が下した法令違憲の判決といえどもその効果は、 その判決がなされた事件においてはその法令は適用されないという 効果にとどまるとする説(個別的効力説)。 もうひとつは、最高裁判所によって違憲とされた法律は、当該事件を 超えて一般的に無効となるとする説(一般的効力説)。 もし、後者、一般的効力説の考え方をとるならば、たとえ国会が改正し なくても、その法律はもう無効なのだから、その法律に違反する行為 をしても何にも問題にならないことになります。 例えば、極端な例ですが、もし最高裁判所がある事件において刑法199 条(殺人罪)は違憲だ、と判決を下せば、その後、人を殺して刑事訴追 されても裁判所は適用すべき法律がないので無罪とすることになります。 これに対して、前者、個別的効力説の場合は、違憲判決がなされた事件 においてのみ法律の適用が排除され、法律自体は無効になりません。 詳しくは書きませんが、どちらの説にも合理的な理由があり、また 問題点があります。 ただ、現実では違憲判決がなされた法律が一般的に無効になるとは されておらず、個別的効力にとどまります。 そもそも違憲判決自体が少ないですが、それぞれほぼ、違憲とされた 法令は国会が速やかに改正しています。それが現実です。 個別的効力であるのだから、もし国会が改正しなければその法令は 効力を持ち続けます。でも、裁判所はまたその法令に違反する事件 が起きたとしても、やっぱり違憲だから適用なし!とするでしょう。 結局国会が作った法律を現実に適用するのは裁判所ですから、国会 からしてみれば、いくら法律をつくってもそれを守らないやつに 裁判所が適用してくれなければどうしようもないのです。 それが裁判所に違憲審査権を認めることが超強力ということであり、 法の支配の原理に基づく日本国憲法の考えなのです。 ただ、靖国のように法律ではなく、「首相の参拝行為」が違憲、と 言う場合はまた違います。 この場合参拝は違憲無効だ!といっても何の意味もないですから。 仰るとおり、単に世論を動かしたり、首相に思いとどまらせるぐらい の効果しかないかもしれません。違憲違法な行為ということで国家 賠償の対象とすることも考えられそうですが(現に靖国の原告は損害 賠償求めてたはず)、それはやっぱり、参拝行為によって誰がいったい どれだけの損害受けたんだ?ってことになるので難しいと思います。 あやしげな知識のみで書いているので、正しいとは限りませんが、 参考にしてください。

herbie2001
質問者

お礼

丁寧にありがとうございました。 法律が違憲の場合と、参拝行為が違憲の場合が違うのがよくわかってないのがそもそも疑問に思った原因だというのがわかりました。 毎年戦没者追悼式やっているのに、靖国神社に行くのがよくわかりません…

その他の回答 (1)

  • tiuhti
  • ベストアンサー率66% (447/668)
回答No.2

一般論(法令の違憲)については既に回答されているので、靖国問題に限って回答します。 靖国参拝について、政府を訴える側の主張は、突き詰めると「首相の靖国参拝によって精神的な損害を被った。よって賠償しろ」というものです。そして、その判決に至る過程で、首相参拝に関する憲法判断を裁判所にさせよう、というのが、原告の目的です。 仮に、賠償も含めて原告側全面勝訴の判決が出たとします。すると、原告は賠償はもらえます。しかし、物理的には、首相の参拝は止めようがありません。また参拝して、また別の人が訴えて、原告が全面勝訴したとしても、やはり首相は物理的には参拝が可能です。 ただ、これを本当にやると、裁判所の違憲判断の意味自体がまるでなくなります。国会議員や政府の憲法遵守義務を完璧に無視している事になります。言ってみれば、この問題に関する司法の権限は、憲法遵守義務がある行政が、憲法を解釈する立場の司法の見解を、公然とかつ繰り返して、無視する事はありえない、という前提に成り立っています。ですから、靖国参拝違憲判断が出た際の小泉首相の「わからない」を連発したコメントは、司法界では、公然・非公然を含め反発を受けたと聞いています。「わからない」という理由で無視されたら、裁判所の違憲判断の意味がなくなりますからね。別の言い方をすれば、裁判所が違憲とはっきりいったものを、政府がずっと無視し続け、かつ国民がそういう政府を支持し続ける事はありえない、もし続くのなら、日本の憲法制度自体が崩壊するので、そんな事を政府も国民もする訳が無い…、はずなんだけどな、という事です。(実際に違憲判断が出た際に、「傍論だから、従う必要は無い」という、あまりに低レベル&無知の主張が、一部の大手マスコミに出て、ひょっとしてこの国って、憲法制度を崩壊させられるのかも・・・、なんて思った記憶があります。) 小泉元首相の「わからない」発言はこの際横に置いて、国会議員選挙の定数問題でも、裁判所は何回か「違憲の疑い」「違憲状態」とかいった感じの警告のようなものを出していますが、選挙の無効そのものは命じてなかったはずです。これは、無効&再選挙を命じれば、政治が混乱するので、「早く定数是正をしないと、無効にするぞ」と警告を送って、違憲状態の解消を政府&国会に促しているわけです。今のところ、国会は裁判所に選挙の無効を命ぜられない程度には、定数を是正しています。だから、裁判所の牽制は働いている、と言えます。 このように、日本では、現実には、裁判所、政府、国会が、いくぶん曖昧な形での牽制をお互いにしています。

herbie2001
質問者

お礼

どうもありがとうございました。 傍論を書くなという意見もありますね。

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