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医学部についての質問です
医学部っていつから難関になったんですか?
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- nightcell01
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当然ながらカンタンだった時期は少ないよ。 戦前はずっと医師にはドイツ語やオランダ語など外国語が必須だったしアホではできないよ。 ただ 「帝国軍人医師輩出」がメインの目的だったから質より量だったし、誰もが大学に行けた時代じゃないから (現代は約50%、戦前は1%) 裕福な子弟の子には割合にラクだったかもね。 現代で勘違いしてる人が多いけど、日本は戦前、医学部をあれだけガンガン作ったのは 軍医輩出=富国強兵なんだ。 だから世界的にレベルが高いと思われてなかったし、別にそれで良かったんだよ。 医学部が加熱したのは1970年代から。 いわゆる「団塊の世代」で数が増え、豊かになり、 一気に私大も難化し、中高一貫私立進学校が人気になった(東大進学者数はそれまで灘や開成より日比谷や西が上だったんだよ)。 大体1990年代初めのバブル崩壊まで大学全体の難化は続くんだが、 バブルがはじけて、私立文系などサラリーマン向け学部の人気は下がった。 で、優秀層が理系、特に医学部に進む傾向になった。 感覚的には90年代が1番難関だったんじゃないかな。 今みたいに推薦採用も定員増もなかったし、不況で本来は東大や京大に行く 層が医学部に進んだから。 1940年代、50年代は大学入試の試験はどこもザルだったと聞くよね。 当然だけど戦後の環境的に大学に進めない人が多数いたし、戦争でライバルになるような 若い男子が多数死んでるわけだから。
補筆。 >医学部過熱・・・1970年代 このころ,国立医科大学が単科大学として新設されました。浜松医科大学,佐賀医科大学(現・佐賀大学医学部),高知医科大学(現・高知大学医学部)などです。ぼくの周囲の医学部志望者が騒いでいた記憶があります。「医者になるなら単科大学でもいいんだろうなあ」と,ぼくは醒めてみていました。 現在は,これでずいぶんと「緩和」された結果なんですね。
「難関」の定義がかかわってきますね。 ・定員からいえば,医学部はとても少ないので,必然的に「難関」になります。だから,しいていえば,「医学部が創立されたときから」。戦前は,そのまえに旧制高校に入るところが「難関」でした。 ・それに加えて「医学部過熱」というべき現象は,ぼくが受験生だった1970年代にはありましたね。No.1の方のお答えに近いとはいえますが,理科I類がそもそも「難関」でしょうからねえ 笑。「理科I・II類に入る学力があっても地方国立医学部に行く」という受験生が目立つようになる時期だろうと覚えます。東大の金メッキが,リアリストに対してはちょっとはげた。 ・私立医学部は授業料が高いので(とはいえ必要経費を徴収しているだけなんですが),ふつうの経済力の家庭には「難関」。 ・全国の何十万人という高校生からいえば,国立大学が(田舎国立でも,医学部をのぞいても)そもそも「難関」ですよ。
- moonin
- ベストアンサー率20% (77/382)
明治以降です。 帝国大学を卒業するか、試験に合格しないと医業につけないとなりました。 野口英世が受けた医術開業試験も合格者は4人だったのは有名な話です。
- tanuki4u
- ベストアンサー率33% (2764/8360)
50年から40年くらいまえでないか? http://www.kyorin-u.ac.jp/hospital/doctor/doctor_detail-34.shtml 昭和38年4月に医学部進学コースだけが分かれて理科III類というものができたのです。 60すぎの人(1949年生まれで、1967年入学)に聞いたら 「私の頃は、理三より理一の方が難しかった」と言っていた。