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霊も、死後の世界も、宗教も信じていないのにお墓参りをするのは・・・

KENUNOの回答

  • KENUNO
  • ベストアンサー率66% (2/3)
回答No.2

私は無宗教です。1980年生まれの30歳です。 私たちは昔から「バチが当たるぞ」「お天道様が見てるぞ」とか、いわゆる『神様』という言葉は使わなくても、なんとなく『神様みたいな存在』というものを教えられてきたと思います。そういう『神様みたいな存在』が日本人の倫理観や生き方の支えになっているんじゃないでしょうか。そして、それに逆らうと何となく悪い事をした気になるんじゃないでしょうか。 そもそも日本の宗教は、明治政府が神仏分離令を出すまでは、お寺と神社が一緒になっているという独自の宗教体系が千年も続いていました。神社は神道ですから、アミニズム的な発想(自然崇拝的な信仰)、仏教はお釈迦様やヒンズー教などから受け継いだ、いわゆる多神教です。これら一緒になっていたんですから、何というか「神様」という存在は、絶対的なものでもありながら、一神教であるキリスト教のようにその存在をしっかりと定義づけられるものではなかったのかもしれません。そういう名残がおじいちゃんやおばあちゃんから受け継がれ、日本には「神様みたいな存在」だけが漠然と人の倫理観や生き方にそっと横たわっているんだと思います。 私は無宗教ですし、神様が何かをしてくれると思っていません。ただ、何となく「これはやっちゃいけない」「こうするべきだ」ということを私に言ってくる、「神様っぽいもの」は「自分の中に」あると思っています。

noname#125237
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 確かに、「バチが当たるよ」という言葉は、物心ついた頃からおばあちゃんやおじいちゃんから言われていたので、言葉は大げさかもしれませんが一種の「マインドコントロール」みたいな形になってるのかと思ったりもします。 >それに逆らうと何となく悪い事をした気になるんじゃないでしょうか。 おっしゃる通りです。 「信じていない」と頭では考えながら、それをしないことになぜか罪悪感を感じるんですよね。 >「神様みたいな存在」だけが漠然と人の倫理観や生き方にそっと横たわっているんだと思います。 そうですね。 「みたいな」とか「漠然と」とか・・・まさに私の心の中がものすごく曖昧な状態なんです。 「神様っぽいもの」の存在。まさに私の心の中も回答者さんと同じだと思いました。

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