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プリンセス・プリンセスは、赤坂小町時代、本当に全然売れなかったのですか?

vjxdsqの回答

  • vjxdsq
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回答No.5

知識はそれほどありませんが、一プリプリファンとして思うところを書かせていただきます。 プリプリ期の映像によると、スタッフ&メンバー用と思しき赤坂小町Tシャツもあったようで、所属事務所も多少は力を入れていたんでしょうね。 赤坂小町期なのかどうかはわかりませんが、今回2012年のプリプリ再結成においてリーダーの渡辺敦子さんが、10人程度のお客さんの前で演奏したことがあるという趣旨の発言をしていたと思います。 純粋に歌として聴けば、『コアラボーイ コッキィ』は確かにいい曲だと思います。当時のアニソンとしてはよくできている、というような意見もありますね。 ひいき目かもしれませんが、奥居香さん(当時)、声は可愛いですが、歌詞中の「ちがう ちがう」「きみ きみ」という箇所の歌い方からは、後年のパンチ力ある歌唱の片鱗を感じます。曲全体でも必要な分の情感とグルーヴは出せている。16~17歳の(敢えて)「アイドル歌手」としては、上手いと思っています。 『コアラボーイ コッキィ』発売の頃、メンバーは皆十代後半。一般的に言って、子ども向けのことをやるのが一番気恥ずかしい時期ではないかと思います。 大ヒットしたゴダイゴの『銀河鉄道999』など一部を除き、アニメソングは1984年当時には現在ほど市民権を得ていなかったと思います。「アニソン」なんて言い方ももちろんなかった。 80年代半ば、私はロボットアニメが好きでしたが、それらの主題歌は、ポップスやロックとは別物とされていたように思います。 その感覚を、メンバーも持っているのではないでしょうか。プリプリ後期の奥居さん、今野登茂子さんのソロ作品からは、大人の女性として見てほしいという印象を受けます。 無理があるのは承知ですが、赤坂小町はプリンセス プリンセスとは別の「アイドルグループ」(←敢えて、です)として、一定の評価が与えられるべきだと個人的には思っています。 ロックバンドも実はそうですが、アイドルは本人(たち)だけで成立するものではなく、評価は本人(たち)とともに所属事務所やスタッフをも評価するものだからです。 当時の所属事務所やスタッフが、彼女たちに何をどういうふうにやらせたかったのか、どうしてそれがうまくいかなかったのかという点、プリプリサイドからだけではなく所属事務所やスタッフサイドからも聞ければ、後進のためにもなるのではないかと思います。大げさかもしれませんが、音楽業界のためにも。 楽曲だけ見ても、幼児向けアニメの歌の一方でちょっとお色気路線もありと、何をどうやらせたかったのかわかりにくいですよね。 『コアラボーイ コッキィ』を観てステージに小さいお子さん連れで来たお母さん方が、中山加奈子さんが歌う『合宿しない?』を聴いたらどう思うんだろう‥‥なんて考えると、メンバーの気持ちとはまた別に、所属事務所やスタッフの間でも意思の疎通がはかれておらず、方向性をうまく定められなかったのではないかと思います。よくも悪くも大人が作った歌という感じがして、私はこの2曲が好きなのですが‥‥。 赤坂小町期に渡辺さんと奥居さんとでパートチェンジをしているのですが、楽器ごとのオーディションを経たメンバー間でのその希望がすんなり通るというのは、結果は別として、プロジェクトとしてどうなんだろうとも思います。 1984年の赤坂小町の演奏の映像を観ると、真面目に演っているなあと思います。個人的には『放課後授業』の演奏がいいですね。 今回2012年の再結成で感じたのですが、彼女たちは凄く真面目な人たちだと思います。昔も今も。「真面目」の方向性はいろいろあるわけですが。 当時も若いなりに真面目に考え、やろうとして、移籍の上バンド名も変更して再出発、という道を選んだのではないでしょうか。オーディションを突破してデビューしたのに思い通りにやらせてもらえず、言うことに従ってやっても結果を出せずよい見通しも持てずという状況では、妥当な判断だったと思います。これは他のアイドルの本を読んだりした上での推測ですが、寮生活(「合宿」ですね)ということもありますから、お給料なんかはたぶん、びっくりするくらい低かったんだろうと思います。 自分の進路を考えることを要請される年齢ですから、皆さん一度は脱退という選択肢が頭に浮かんだと思います。しかしそこで結束を崩さずに、自分たちの夢を追いつづけ遂に花開かせたという点で、プリンセス プリンセスは確かに「ロックバンド」だと私は思っています。 プリプリとしてのデビューは1986年から、自作曲を多く発表するのはその後、大ブレイクを果たすのは1989年なので、TV等での紹介ではその時代の申し子のように言われるわけですが、本人たちよりもあくまで企画という面から見て、1983年にすでにそういうものがあったことは、もう少し掘り下げて語られてもよいのではないかと思います。「普通の女の子アイドルグループ」を前面に押し出したおニャン子クラブの誕生が、1985年です。それ以前に「バンドスタイルの10代の女の子アイドルグループ」の企画があり、短期間ながら実際に活動していたという事実を。 男性ですが、同じ1983年にバンドのチェッカーズがデビューし、その頃はアイドル的な要素もあって、爆発的人気を得ていました。そういう時代だったのです。 1982年にデビューし赤坂小町もオープニングアクトを務めたこともあるというガールズバンド「タンゴ・ヨーロッパ」、同じ1984年にデビューし難度の高いステージアクションをこなしてヒットを飛ばしたものの、事務所やレコード会社の問題で1987年に解散することになった女性アイドルグループ「セイントフォー」と並べて語られてもよいかもしれません。 検索すると水着姿などきわどい写真も出てきて、女性としては複雑な心境になることはわかるつもりなのですが、プリプリの楽曲も懐メロとされるようになった現在、あくまで歴史の一ページとして、語ることをメンバーの方々にもご理解いただければと個人的には思っています。きょんちゃんこと富田京子さんは、まんざらでもない感じのように思えます。 ただ、現在発売されているCDは1996年のプリプリ解散の時期に、メンバーの了承を得ずに赤坂小町当時のレコード会社が発売したものだそうで、それはさすがにみっともないと思いますね。『Diamonds』の大ヒット時にも、これは元所属事務所サイドが過去の水着写真の載った本を売ろうとしたこともあるようですね。あまり言われていませんが、メンバーはそりゃ怒ったと思いますよ。赤坂小町としての評価が遅れる責任が生ずるとすれば、この元所属事務所やレコード会社の行為にその一端はあると思います。メンバーサイドにちゃんと謝ったのかはわかりません。イメージですが、岸谷(香)さん、中山さんは、そういう筋の通し方をとても重んじる方だという印象があります。 なお、過去のアイドル時代/アイドル的な活動の時代を語りたがらない歌手/アーティストは、彼女たちだけではありません。同時期の人では、あまり気にしていないように見える渡瀬マキさんは少数派だと思います。ただ彼女たちは、バンドという形態で、しかもメンバーが全く同じままでの転向という点が、やはり珍しいでしょう。 これはちょっと難しいのですが、岸谷さんは、今回のプリンセス プリンセス再結成においても「同窓会にはしない」「演奏技術を向上させる」という趣旨のことを公言しています。「なるべく」とか逃げ道を作らない、そういう「言い切り」をあの人は好むところがあるように思いますね。私も含め、この「言い切り」体質がファンにも転移しているところがあると思います。というより、そういう姿勢が好きだからこそファンであり続けたというか。彼女が言うだけではなく、実行してきた努力家であることを、皆知っています。古くさいかもしれませんが、やっぱりかっこいいんですよ。 プリプリには奥居さん作詞の曲はとても少なく、メンバーが書いた歌詞を彼女が歌う、という形態がほとんどです。プリプリの大きな魅力のひとつは彼女の情感を込めた歌い方だと思いますが、そこでは作詞者や周囲の人間と彼女との信頼関係が重要だったのだと思います。作詞数が多い中山さんの作品には「この自分」からの視点の歌詞、つまり主人公=中山さんという形式のものが多いのですが、この「この自分」を奥居さんがご自分にスライドさせて歌うには、歌詞の説明が得やすい関係の近さが必要だったのではないでしょうか。 奥居=岸谷さんは、プリプリ後のソロ活動においても中山さん作詞の歌を歌っています。プリプリではないソロ歌手としての作品にも中山さん作詞のものがあります。詩風が好きなのだと思います。これは想像ですが、なぜ「この自分」が「コアラボーイ」なのか、というような疑問を、赤坂小町期に抱いたのではないでしょうか。その疑問を発し当時のスタッフがそれにちゃんと答えられていたなら、あるいは赤坂小町は存続したかもしれません。 表現はきついかもしれませんが、プリンセス プリンセスは赤坂小町を事実上否定して誕生したバンドだと思います。だから「全然売れなかった」というような「言い切り」が、ファンから出てくるのだと思います。「全然」は、具体的な数字の表現というより、このような構造の産物だと思います。 いかがでしょうか。 あくまでも一ファンとしての私の考えです。 長文、失礼いたしました。

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