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- izumokun
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多様を単一によって思索することを還元主義思考と言いますが、デカルトの場合、思惟実体としての「精神」と、延長実体としての「物体」とを峻別する物心二元論でしたが、心身の問題について理論的説明を断念し、実践的見地から自由な主体が身体の生を支配する可能性を吟味しようとしました。 この心身の結合から生ずる、とりわけ人間的な意識の現われを「情念」としたわけです。したがって、「情念」がデカルトの還元主義思考を象徴する概念であると理解しています。
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