大和物語 姨捨の内容について

このQ&Aのポイント
  • 大和物語 姨捨の内容について詳しく説明します。
  • 大和物語 姨捨における「昔のとおりではなく」とは、妻と伯母の関係が変わったことを指しており、具体的にどのように変化したのかを解説します。
  • 「おろそかに扱うことが多くなっていった」とは、男が妻をおろそかに扱うようになったことを意味しています。具体的な状況や行動についても詳しく紹介します。
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大和物語 姨捨 内容について

大和物語 姨捨の 「信濃の国に更級という所に、男が住んでいた。若いときに親が死んでしまったので、伯母が親のように、若いときからつき添って世話をしていたが、この男の妻の心は、たいそうつらいことが多くて、この姑が年をとって腰が曲がっているのをいつも憎んでは、男にも、この伯母のお心が、意地悪くろくでもないということを言い聞かせたので、昔のとおりでもなく、おろそかに扱うことが多くなっていった。」                                 というところの「昔のとおりではなく」という部分は、「妻と伯母の関係が昔のようではない」か「妻と男の関係がむかしのとおりではない」 と、どちらの解釈が正しいのでしょうか? また、「おろそかに扱うことが多くなっていった」とは、具体的に、何をどうおろそかに扱うことなのでしょうか? どなたか回答いただければ幸いです。

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  • ベストアンサー
  • aokisika
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回答No.1

男も伯母を扱う時に、むかしのとおりの丁寧な態度でなく、おろそかに扱うようになっていった。

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