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特別な練習をせず初めから英語のまま理解できたという人はいますか

変な質問ですみません。 このカテで「英語を英語のまま理解するにはどうしたらいいのですか」というような質問が結構ありますね。 実は私ははじめからこれが出来てしまい、逆に聞きながら日本語にすることや戻り読みがあまりできません。 ですからそのような質問に具体的に回答するすべがありません。 これは自慢でも何でもなく、むしろ数年前までコンプレックスでした。 私は英語があまり出来なくて処理スピードが遅いから日本語に出来ないんだと思っていたくらいです。 でも全て英語のまま理解しているか、英語の頭で会話しているかというと、 自分の言いたいこと、特に日本的なものだったり、自分の意見がまとまらない時は日本語から考えますし、 読み・聞きする時も全く日本語が介在しないというわけではありません。 また完璧に理解しているわけでもなく、書きとりをしてみれば聞きとれていない部分もかなり多いです。 このことに気づいたのは高校の修学旅行で初めて外国人に英語で話しかけたときでした。 聞こえてくる英語を聞きとって日本語で解釈しているわけではないのに 何故かわかり、その時なりの会話力で何とか会話出来ていました。 その後、父に「日本語に変換できない」とぼやいた記憶があります。 (父はそれは良いことらしいよと言ってくれましたが、当時はその意味が わかりませんでした) 理由として考えられるのは受験英語を体験していないことです。 少々特殊な学習環境にいまして(詳しくは割愛します)大人になって自分で勉強するまで 文法用語も知りませんでしたし、完了形って何?助動詞って何?の世界でした。 英検3級を2回目の受験で取ったのが高校2年生です。 当時は英会話練習が出来るような環境もなかったので当然いろいろな言い回しも知りませんし、 英語のまま理解することに慣れているはずがありません。 知っている単語数もその時はたいして多くはなかったと思います。 でも英語が理解できることへの憧れは強く、わからないなりにFENを流したり 洋楽や洋画を楽しんではいました。 ちなみに私は帰国子女でもなく、日本人の両親の元、日本語で教育を 受けています。両親はこれからの時代、英語だけはやっておくようにと 言いましたが、学校以外に何かやったことはありません。 両親はせいぜい Hello や Thank you が出来る程度です。 英語に関する経験も知識もなかった私が何故こんなことが出来るのかいまだによく わかりません。 今学習しているスペイン語でも、早口だったり知らない単語ばかりでは無理ですが 似たようなことが起こります。 今でこそ、これはギフトなのだと思えますが、頭の中でどんなことが起こり どのように人と異なるのか知りたいです。 このように特別な練習をせず初めから英語のまま理解できたという人はいるのでしょうか。 そのような方はどんな環境でそのように出来たと考えられますか。 また、英語のまま理解できる人とそうでない人に脳の構造の違いや 考え方の癖などは考えられますか。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • ucok
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回答No.11

>お暇な時で結構ですので気付かれたことがありましたらコメントいただけるとうれしいです。 では、お言葉に甘えて(笑)。 #10欄へのお礼を拝見しました。 >だとしたら良いのですが、私の場合本当に文法力がないのだと思います。 >例えば to do か doing かのどちらかを選択する問題があるとすると、フィーリングで選んじゃうんです。 >読んでみてこんな言い方は聞いたことないな、とか何となくすんなりするなとか。 >さすがにSVくらいは気にしますけど、品詞とか文の要素とかを考えて空白を埋めるだとか、 >他動詞・自動詞の区別とかよくわからないんですね。 私も同じです。知るかぎり、帰国子女の多くは、このようにしているようです。私はSVも気にしません。質問者さんも母語の日本語を書く時にはそうではないですか? フィーリングで選んでしまって不正解になる場合は、単に、そこまで正確な英語が身についていないだけです。たとえば、日本語を母語とする人でも敬語の使い方を間違えたりしますよね。英語を母語として育ったイギリス人やアメリカ人も、文法的に正しくない言い回しが生活の中で身についてしまった人はいます。それと同じ状態でしょう。外国に暮らし始めた子供なども、同様かと思います。 質問者さんのような人は、大多数ではないにせよ、いたってノーマルだと私は思いますが、もしもそう感じることができずにお悩みなのであれば、一度、帰国子女やハーフが集まるサイトなどに遊びに行ってみてはどうでしょう。

multi_pon
質問者

お礼

ucokさん、コメント有難うございます。 深刻に悩んでいるというわけではないのですが、外国語として英語を学んで、何故文法が出来ないんだろう、 何故日本語に訳せないんだろう、根本的に英語がわかってないんじゃないだろうかと思っていました。 ダイレクトにわかるし、多少のコミュニケーションも出来るし、戻り読みもしないし、映画ならものによっては字幕なしでも あるいは英語の字幕だけでも十分に理解でき、学習方法についてのアドバイスも出来る。 あのキティちゃんの早口のアニメも100%とは言わなくてもちゃんと理解できる。 でもこのカテの達人たちが答えられる文法的な問題に何一つとして答えられない。 そのギャップをずっとコンプレックスに思っていたんです。 でも帰国子女の方々や、知識のないまま外国に行ってそこで言葉を身につけた人と同じ方法と似たような経緯をたどっていること、 「正しい英語が身についていないだけ」とアドバイスを下さって気が楽になりました。 いくら実地で身につけたといってもやはりそんなに多くの英語に触れているわけもないのでフィーリングで英語を使って間違うこともある。 それは普段使っている日本語でも同じことが言えますね。 スペイン語も同じです。文法や訳として日本語の感覚と照らし合わせて学んでも実際使う場面になると「音的にアリかな」とか「こんな感じかな」と フィーリングで使ってしまう。 それが私にとっては楽なやり方なので、経験を積めばいいだけのことなのだと思えるようになりました。 多くの皆さんが悩んでらっしゃる返り読みの問題や、ダイレクトに英語のまま理解できないことを悩まなくていいだけ ラッキーと思わなくてはいけませんね。 帰国子女の方々、ハーフの方々、バイリンガル(それ以上)の方々のコミュニティを探してみようと思います。 まだクローズしませんので、無理にとは申しませんがお気づきの点や興味深い話などありましたらお願いします。

multi_pon
質問者

補足

お礼を書いた後でこんな記事を見つけました。 http://mntrav.cocolog-nifty.com/kankyo/2006/06/post_c008.html 文中に >「バイリンガルの人間は、日本語を話しているときには日本語で考えていて、英語で話しているときには英語で考えている」、というのが間違いではないか、と思う。 という部分があります。 私はバイリンガルとまではいきませんが、まさにそのとおりだなと思いました。 ある言語に触れている時、その言語で考えているわけではなく、それは何語でもないという感覚です。 続いて >あらゆる言語に共通のメタ言語とでも言えるものを使っている」 とあります。 皆さんへの回答の中で「イメージで理解する」と書いてきましたが正確にはこれもちょっと違って、 イメージほど鮮明じゃないものがあり、まずそこにアクセスして次に言語を通す感じです。 話すことは何語であっても適切な言葉を探すのは難しいですが、聞いたり読んだりする分には (もちろん理解できるレベルの範囲で)直接メタ言語に働きかけられる感覚があるのですが ucokさんはいかがですか? (別トピを立てた方がいいかもしれませんが…)

その他の回答 (10)

  • ucok
  • ベストアンサー率37% (4288/11421)
回答No.10

>加えて文法力が弱いのがかえってリスニングやリーディングの邪魔をせず、すっと理解できるのかもしれません。 >ちなみにこのカテの文法に関する質問は回答ができません(汗) >もうちょっと文法ができたらなと思う今日この頃です。 #8欄にいただいた上記お礼について。だいたいおっしゃるとおりなのだと思います。ただ、厳密には「文法力が弱い」のではなく「文法を説明する力が弱い」だけのだと思います。例えば、母語である日本語を文法的に説明せよと言われても難しいですよね。でも、上手に話せているし理解できる。それと似ていると思います。もっと似ているのは、「私は東京育ちだから、大阪弁は上手ではないが、不自由なく理解できる。でも大阪弁を文法的に説明できない」という感覚でしょう。 で、私も、このカテの文法に関する質問は回答できないし、もうちょっと文法がうまく説明できたらお役にたてるだろうとは思いますが、文法を説明できないデメリットというものは、この世にほとんど無いのです。唯一あるとすれば、「文法を他人に説明できない」ことくらいで、ゆえに文法の授業ができません。しかし、文法を説明できなくても、通訳も翻訳も作文も会話もできるんですよね。 何度もごめんなさいね。ただ、回答ごとに、じわりじわりと理解が深まって言っているようなので(笑)。

multi_pon
質問者

お礼

ucokさん、貴重なお時間を本当に有難うございます。 回答を拝見するたび、より深く考える機会をいただいてるなと感じます。 前回のお礼で1ヵ所、補足させていただきます。 >そして相手が英語がわかる人ならばちゃんぽんで話すというのは変換作業がいらないので >私にとってはわりと楽なコミュニケーション方法です。 これは主に自分が話す時です。ルー大柴ぐらいゆっくりならちゃんぽんでもかまわないのですが、 マジシャンのセロくらいノーマルな(ちょっと早い?)速度でちゃんぽんで話されると 「あれ、今どっちで話してるのかな」と混同するので非常に疲れますね。 集中して英語を聞いた後に日本語を聞くと、日本語が英語に聞こえたり、一瞬何語なのかわからなく なるときがありますが、あんな感じです。(英語が日本語のように聞こえることは絶対ないです) hydrangea_さんがおっしゃるように日本語と英語の関連付けがなされてないんでしょうか。 さて、 >ただ、厳密には「文法力が弱い」のではなく「文法を説明する力が弱い」だけのだと思います。 だとしたら良いのですが、私の場合本当に文法力がないのだと思います。 例えば to do か doing かのどちらかを選択する問題があるとすると、フィーリングで選んじゃうんです。 読んでみてこんな言い方は聞いたことないな、とか何となくすんなりするなとか。 さすがにSVくらいは気にしますけど、品詞とか文の要素とかを考えて空白を埋めるだとか、 他動詞・自動詞の区別とかよくわからないんですね。 日本の中学生・高校の参考書をやってみたこともあるんですが、解けるのは最初だけで、 名著English grammar in Use の方がよっぽど理解できました。 でもucokさんがおっしゃる通り、運用する上で(私はプロではないので)文法がわからなくても コミュニケーションは成立するし、だいたい日本語だって教科書のように正確に話してるわけでも 1字1句聞いてるわけでもないですから全体として理解は出来るんです。 それともわかったような気がするだけなのかなぁとも思うんですが。 お暇な時で結構ですので気付かれたことがありましたらコメントいただけるとうれしいです。

noname#97497
noname#97497
回答No.9

>挙げていただいたスペイン語を読んだとき、スラッシュの区切りにしたがって時間がどんどん戻っていくような感覚がありました。 くだらない文ですよね。(笑) 意味が気になった方もいるでしょうけど、意味を教えるまでもないくらいにつまらないですね。でも、そう言われると余計知りたくなるのが人情か。それとも私が意地悪なのか。でも、冗談はこれくらいにして、これは英語でもスペイン語でも 前置詞+関係代名詞の構文は日本語では表現しにくいことを明確に表現できる便利な用法ですね。 >例えば I went to the park. という文があったとして、「公園へ」行ったのか「公園に」行ったのか、それはずいぶん違いがあるじゃないか、と言いました。 そんな細かい部分まで気にする人もいるんですね。ちょっと関係がありませんが、このカテの単語の覚え方の質問で acceptという単語は 「受領する」と「受諾する」の両方を覚えるべきかという質問がありました。これはacceptに意味が二つあるんじゃなくて、あくまで日本語の使い分けの問題ですよね。(どっちも小さな子どもは知らないような単語だし、日常会話ではそれほど重要な言葉ではありませんよね。)そして、英語で説明すれば “to take something offered by somebody”というように簡単です。結局、英語を起点に日本語の類義語の使い分けのトレーニングをやっている人が多いんですよね。 >私の場合英語と日本語の喧嘩はありませんが、英語を日本語にしたりその逆をしようとすると出来なくはないですが、非常にストレスになります。 これは multi_ponさんが日本語モードと英語モードを切り替えられるアビリティーがあるのに、英語と日本語の関連付けがうまく出来ていないからだと思います。ucokさんの場合は、この「関連付けの」のトレーニングをかなりなされているんだと思います。 multi_ponさんは英語だけでなく、他の外国語への学習意欲も高いですね。多くの人は英語だけで満足しているか、英語だけで精一杯だというのに。語学の素質がない人でも英語だけなら努力次第でなんとかなりますが、multi_ponさんは素質があると思いますので、その調子で頑張ってください。他の外国語を学習することで英語も客観的に見つめ直すことができるようになります。そして、英語とか日本語の枠を超えた言語として普遍的なものもおぼろげに見えてくるようになることと思います。multi_ponさんのこの質問の真意は字面で書かれていることよりももっと深いところにあるような気がします。これから色んな外国語を学習していく中で少しづつ解決の糸口が見つかるでしょう。一生をかけての研究テーマの一つとして気長に構えられたらどうでしょう? 乱文失礼しました。

multi_pon
質問者

お礼

>acceptという単語は「受領する」と「受諾する」の両方を覚えるべきかという質問がありました。 >これはacceptに意味が二つあるんじゃなくて、あくまで日本語の使い分けの問題ですよね。 そうです、その通りです。「公園へ」か「公園に」にこだわりを持った知人も日本語の枠に 捕らわれて肝心の「誰が何をした」という部分には目を向けていませんね。 >これは multi_ponさんが日本語モードと英語モードを切り替えられるアビリティーがあるのに、 >英語と日本語の関連付けがうまく出来ていないからだと思います。 ああ~ そうなんです!とっさに日本語の意味が出てこない、イメージはわかるのになーという感じです。 先程のacceptで言えば、広げた両腕の中にドンと何かを受け止めるイメージを浮かべたのですが 「受諾する」なんていう日本語は思いつきませんでした。 >これから色んな外国語を学習していく中で少しづつ解決の糸口が見つかるでしょう。 >一生をかけての研究テーマの一つとして気長に構えられたらどうでしょう? 英語の時と違ってスペイン語の文法は最初からきちんとやったのにやっぱり英語の時と同じように 日本語を介さず「あ、わかる」という感覚があり、ちゃんと返事もできます。 でも確認のために日本語で言ってみるようにすると日本語が出てこないことがよくあります。 他の言語を勉強しても同じことが起こるなら、私はそういう方法で言語処理をするタイプなのでしょうし、 他の言語では必ず日本語を介すということなら英語やスペイン語の学習途中に理由があるのでしょう。 いろいろ回答いただきましてありがとうございました。 客観的に自分のアビリティを考えることができ、自信が持てました。

  • ucok
  • ベストアンサー率37% (4288/11421)
回答No.8

>母語はあくまでも日本語なので、日本語寄りの言語処理をしてると思うのですがucokさんはいかがでしょうか。 #6欄にいただいた上記お礼を拝見しました。「日本語寄りの言語処理」が具体的にどういうものを指すのかわかりませんが、#6欄に書いていただいたことは、すべて当てはまりますよ。皆さん、そうだと思います。 例えば、とかく、海外で暮らしている海外邦人の子供や日系人は「セミリンガル」だと言われますが、あれは誤解で、単に、相手に通じるとわかっているのでルー大柴やってるだけなんですよ。私も親相手には、ちゃんぽんで話しています。また、長年連れ添った国際結婚夫婦など、新婚ほやほやの頃こそ、言語を統一してしゃべりますが、やがて「イギリス人の夫が英語で話して、日本人の妻が日本語で返す」という感じになる人がほとんどではないでしょうか。言語の切り替えを速くやっている人々の代表株が同時通訳者だと思うのですが、それとて、テレビなどでよく聴いてみると、言葉がつっかえたり、言葉をしぼりだすのに苦戦している様子がうかがえます。たまに、ドラマなどで、とおりすがりの人の言葉をよどみなく通訳する場面などが出てきますが、あんなのはフィクションですよね。

multi_pon
質問者

お礼

>日本語寄りの言語処理」が具体的にどういうものを指すのかわかりませんが わかりにくくてすみません。 私の場合は母語はあくまでも日本語ですので、英語のまま受け取ることが出来るとは 言ってもやっぱり日本語がベースなのです。 相手がの言ってることが直感的にわからなければ日本語で意味を考えるとか 自分の言いたいことが英語でうまくいえない時は日本語で考えてしまうとか、 そんな感じなのです。 そして相手が英語がわかる人ならばちゃんぽんで話すというのは変換作業がいらないので 私にとってはわりと楽なコミュニケーション方法です。 昨年アメリカ国籍を取得されている日本人でノーベル賞を受賞された先生がいらっしゃいましたが ご夫婦(奥さまも日本人)でちゃんぽんで会話されていました。 その方々も英語の中で暮らしていて英語に慣れており、お二方とも英語がわかるので 一番楽な方法でコミュニケーションしているのでしょうね。 通訳さんの仕事に触れたことが何度かありますが、言い直したり英語的な日本語になっていたりしていますよね。 以前書いていただいた回答中の >基本的には、帰国子女と同じような方法で英語を身に付けてしまったがために、 >質問者さんは、英語をそのまま理解しているのだと思います。 部分ですが、はじめそれを読んだ時はなかなかピンとこなかたったのですが、数日考えてみましてなるほど納得できました。 例えば映画を観ている時、はっきり聞きとれた単語が数語だとしてもその時の状況や会話の流れを考えれば わざわざ日本語にしなくても、だいたいこんなことだろうなっていう想像はつきますよね。 実際の会話もその時の状況や流れで把握できる部分がかなりあるので、リスニング力がそれほど高くない 私でも理解できるんだろうなと思います。 加えて文法力が弱いのがかえってリスニングやリーディングの邪魔をせず、すっと理解できるのかもしれません。 ちなみにこのカテの文法に関する質問は回答ができません(汗) もうちょっと文法ができたらなと思う今日この頃です。

noname#97497
noname#97497
回答No.7

>hydrangea_さんの体験されたスペイン語をスペイン語のままで理解、というのもイメージ処理ではなかったですか? 多分そうですね。私がスペイン語を学習した時は、英語やフランス語の時と違って 文字よりも音を重視しました。長い文は区切りながら聞き取ると理解しやすかったです。例えば、文法が少し間違っているかもしれませんが、次の文です。 Sabes /que esta noche Carlo pensa de leer el libro /que ha comprado ayer quando vuelvaba del cine/ donde ha visto el film esplendido /el billete de cual habia reservado hace dos semanas? この文なんか内容的にはそんなに難しくないのに、 和訳しにくいし、しても逆に分かりにくくなりますよね。この文は和訳よりもはるかに仏訳が簡単です。でも、仏訳するより イメージをつかむ方が早く出来ます。あまり参考にならないと思いますが、一応、私の体験話として書きました。 多分、普通の人は頭の中で英語と日本語が喧嘩するんじゃないでしょうか? つまり、脳の中で日本語という先住人が英語という部外者を排除しようと無意識に拒絶反応を起こすのかもしれません。そう言った人が無理に英語を覚えようとする時、何でもかんでも英語を日本語に置き換えるという防衛反応が働くと思うんです。そうすると、ネーティブが思いつかないような疑問が生じ、納得が行かないと なかなか上達できなくなるんでしょうね。ただ、高度な抽象的概念を認識する力は日本語と共有しているというか、日本語によって育てられたので、その点では日本語の知識やスキルが外国語学習の大きな助けにもなるわけです。 ウベドブレ・イグリエガ・ウノさんが典型的な例だと思います。 私の場合は英語、フランス語を勉強することで そういった拒絶反応が弱まり、スペイン語も抵抗なく覚えて行けるんだと思います。しかも、 英語とフランス語の知識やスキルもスペイン語の習得に対して大々的に応援ことになります。

multi_pon
質問者

お礼

hydrangea_さん、再び回答いただきありがとうございます。 挙げていただいたスペイン語を読んだとき、スラッシュの区切りにしたがって 時間がどんどん戻っていくような感覚がありました。 ちょうどフィルムを逆回しに したような感じです。 日本語にしようとすると時間の古いものから持ってこないといけないので すごくやりにくいですが、そのまま読めば非常に明快ですね。 >多分、普通の人は頭の中で英語と日本語が喧嘩するんじゃないでしょうか? ああ、なるほど。理解し処理をするために部外者を排除するわけですね。 外国語のまま理解してしまう人はこれを防衛せずにwelcomeしてしまうと。 英語の嫌いな友人がある日、 例えば I went to the park. という文があったとして、「公園へ」行ったのか 「公園に」行ったのか、それはずいぶん違いがあるじゃないか、と言いました。 私は「へ」か「に」かは日本語の概念だし、そういう置き換えは出来ないけど ともかく公園に行ったんだからそのまま理解すればいいんじゃないかと答えました。 私の場合英語と日本語の喧嘩はありませんが、英語を日本語にしたりその逆をしようと すると出来なくはないですが、非常にストレスになります。 私はおそらくucokさんがおっしゃっている「原文から離れる」ことが出来ずに、 そこに執着してしまうのかもしれません。 あくまで母語が基本ですが、英語が中途半端に混在しているんでしょうか(笑)

  • ucok
  • ベストアンサー率37% (4288/11421)
回答No.6

>なるほど、多くの皆さんは英語を日本語に訳して理解するという訓練をたくさん行なうからそれが出来るわけですね。 >そしてそういう訓練を行った結果、必ず日本語を通すという習慣づけがなされるのかなと思いました。 #5欄にいただいた上記お礼を拝見しましたが、ちょっと誤解を与えてしまったようで申し訳ありません。あくまでも私の知る限りですが、翻訳者、通訳者、帰国子女の大半は、「英語を日本語に訳して理解するという訓練をたくさん行な」ったりはしませんし、「必ず日本語を通すという習慣づけがなされ」てもいないと思います。少なくとも、私は英語を理解し、それを日本語に訳すこともできますが、英語の文法を日本語で説明することは殆どできませんし、英語を理解する時にも、日本語を通して理解しているわけではありません。 おそらく質問者さんと同じだとは思うのですが、具体的に言うと以下のような感じです。例えば誰かが「I live in a big house.」と言ったとします。これを私はいちいち「私は大きな家に住んでいる」と理解したりはしません。「Oh, he lives in a house, and that house is huge, huh?」と理解するか、あるいは単純に大きな家の映像を思い浮かべるでしょう。そして、英語ができない友人に「ねえ、今、この人、英語でなんて言ったの?」と尋ねられたら、そこで初めて私は情報を頭の中で整理して、「ええとね、大きな家に住んでるんだって」と日本語で言えます。 通訳を職業としている人なら、これをもっと素早くできるでしょう。しかし、通訳とて、最初から日本語で「私は大きな家に住んでいる」と理解しているわけではないはずです。単に、「Oh, he lives in a house, and that house is huge, huh?」から「ええとね、大きな家に住んでるんだって」まで移る速さが速いだけのことです。 逆に、英語が苦手な人は、「なになに? ええと、私は、住んでいる? 大きな家に? つまり、『私は大きな家に住んでる』って言ってるの?」と考えてしまうので、この単純なセンテンスを即座に理解できないのです。だからみんな、「Oh, he lives in a house, and that house is huge, huh?」と理解したいと願いわけです。 つまり、「日本語を通して英語を理解する」ことを目指している人など殆どいないし、それを目指したところで大して意味はないわけです。翻訳や通訳をする人も皆、「英語を通して理解した英語を、改めて日本語に言い換える訓練」をしているだけのことです。 余談ですが、翻訳をする時には「原文から離れろ」と、よく言います。つまり、原文である外国語につられていると、母語に訳した時に直訳調になってしまうのです。だから、例えば上記の例で言うと、「私は、住んでいる、大きな、家に」と日本語で理解するのは、かえって邪魔で、英語は英語として理解し、それによってイメージしたもの、例えば「巨大な家で暮らす男の映像」をイチから日本語で表現するものなのですよね。 話がややこしくなってしまいました。言いたいことは単純なのですが。

multi_pon
質問者

お礼

ucokさん、再び回答いただきありがとうございます。 こちらこそ読み違えてしまって申し訳ありません。 >例えば誰かが「I live in a big house.」と言ったとします。これを私はいちいち「私は大きな家に住んでいる」と理解したりはしません。「Oh, he lives in a house, and that house is huge, huh?」と理解するか、 >あるいは単純に大きな家の映像を思い浮かべるでしょう。 >「ええとね、大きな家に住んでるんだって」と日本語で言えます。 そうです、そうです。日本語に訳せと言われたら「えっとね…」の一言がはいり、その間に 日本語にまとめるという感じです。そうして出来上がった日本語は語彙をはぎ合わせたような 感じで変になってしまいます。 例えば日本語がわかる外国人ならば英語で聞いて日本語で話すとか、 英語がわかる日本人ならば英語交じりの日本語(ルー大柴風に)で話すことは可能なんです。 聞くことと話すことは別の練習が必要ですから英語で話すことの練習が足りないせいもあります。 つまり英語でダイレクトに受け取ったり、英語の概念のまま単語を扱うことはできても 母語はあくまでも日本語なので、日本語寄りの言語処理をしてると思うのですが ucokさんはいかがでしょうか。 >余談ですが、翻訳をする時には「原文から離れろ」と、よく言います。 翻訳や通訳をする人というのは、限られたスペースや時間の中でもっとも適切な変換を行うわけで、 本当に素晴らしいと思います。 私などは英文を訳せと言われてもそれ以外に適切な単語なんてないと思ってしまうので(笑)

  • ucok
  • ベストアンサー率37% (4288/11421)
回答No.5

#1さんもお書きになっているように、質問者さんのような現象は、ちっとも不思議ではありませんよね。英語をそのまま英語で理解できる日本人は少ないとしても、「脳の構造」や「考え方の癖」は、たいていの人が質問者さんと同じなのだと思います。 そもそも、「英語を理解できて、なおかつその内容を日本語に変換する」ということを初めからできる人などいるのでしょうか。多くの人は、「いちいち日本語に変換してしまうので、英語を思うようには*理解できない*(仮にAとする)」状態で苦しんでいるわけで、それを乗り越えて、やっと「英語を英語のままで理解できる(Bとする)」域にまで達するわけで、「その理解できた英語を日本語に訳す(Cとする)」のは、また別の技術を要します。質問者さんの場合は、Aをすっ飛ばしてBにいる、というだけですよね。 帰国子女ではないとのことですが、基本的には、帰国子女と同じような方法で英語を身に付けてしまったがために、質問者さんは、英語をそのまま理解しているのだと思います。私のような帰国子女は、英語の予備知識がないまま、英語圏で英語を身に付けたわけで、年齢差はあれども、その方法論は、「日本の学校では英語の成績が悪かったが、遊学先で英語が身についた人」と変わらないはずですし、質問者さんのように、「英語を日本語で考えない、つまりまっさらな状態のところに英語を、それも教科書とは違う生きた英語を、身につけた人」と同じなのだと思います。ちなみに、帰国子女の親の多くは英語を話せません。

multi_pon
質問者

お礼

ucokさん、回答有難うございます。 >質問者さんのような現象は、ちっとも不思議ではありませんよね。 これを読んで何故かはわかりませんがちょっと安心しました^^ 自分が天才だとか特別だとかは思っていませんが、多くの方が英語を そのまま理解することが難しいとおっしゃっているのを不思議に思っていたのです。 >そもそも、「英語を理解できて、なおかつその内容を日本語に変換する」ということを初めからできる人などいるのでしょうか この言葉、目からうろこでした。 なるほど、多くの皆さんは英語を日本語に訳して理解するという訓練を たくさん行なうからそれが出来るわけですね。 そしてそういう訓練を行った結果、必ず日本語を通すという習慣づけが なされるのかなと思いました。 私の場合はそういう練習が少なく、文法も知らないので、この語順だから 日本語ではこういう文章だなどと理解できる土台がなく、聞こえてきた単語を 目安にイメージ処理するしかなかったのでしょう。 受験や学校英語を体験しなかったのはある時期までは恥ずかしいと思って いましたが、今でもそれでよかったんだなと思えます。

  • east42
  • ベストアンサー率21% (7/33)
回答No.4

私も質問者さんと全く同じです。 英語を日本語に訳して…と言われると、意味は解っているのに日本語はうまく説明できず、英語を英語で説明する事ならできるのですが、やはり困っています…。 質問者さんと違い、社会人になってからアメリカへ留学しました(1年ちょっとですが)行く前は全く話せず、普通の教育を受け、受験英語しか習った事がありませんでした(行く直前に少し英会話を習った程度です) ただ、ずっと音楽をやっていたおかげか耳が発達してくれていて、英語が頭に入りやすかったということがあります。 あと、あちらの生活に馴染みすぎて、スラングで話す事も普通になってしまいました。日本に帰ってきてから中学の英語免許を取得する勉強を始めましたが、中学の英語教育というのはいまだに「文法を分析する」「英語を日本語に訳す」「膨大な量の単語を覚える」という受験英語中心で、私のように「英語を英語で考え、コミュニケーションする」というだけでは難しく、悩んでいます。。 で、思うのですが、 >少々特殊な学習環境にいまして(詳しくは割愛します)大人になって自分で勉強するまで文法用語も知りませんでしたし、完了形って何?助動詞って何?の世界でした。 やっぱりこの辺りではないかと想像します。 そういった環境で育ち、洋楽やFENに触れることで、脳がそちらに強く反応したのではないかと…。 私の場合は音楽をずっとやっていた事だと思われます(小学校1年生位~25歳位まで)なので脳が「理屈」ではなく「音」で考える構造になっているのではないでしょうか? あまり参考にならなかったかもしれませんが、そんな感じです。。

multi_pon
質問者

お礼

east42さん、回答有難うございます。 そういえば私も一時期、音楽をやっていました。 楽譜は読めましたが耳コピも普通にできました。 >意味は解っているのに日本語はうまく説明できず そうそう、こういうことなのですよね。 思い出す限りですが、ゆっくりした英語だったらたぶん 母語を介していたような気がします。 ところがノーマルな音声を聞くと、それに追いついていかず、 でも全体として言わんとしてることはわかる、という感じです。 今は逆にゆっくりすぎる英語はわからない時があります^^ FEN(っていうと年代がわかってしまいますね(笑))は流していても 全くわかりませんでしたが、洋楽を理解したくて辞書を頼りに 自分なりに訳そうとしてみたことがあります。 文法がわからないから、わかるのは単語だけ。でもつなげればおぼろげに でもなんとなくわかるかな~っていくくらいでした。 そういった体験が英語のまま理解できたことにつながったのかもしれません。

noname#97497
noname#97497
回答No.3

小さい時から英語を習っていれば大いにありうるでしょう。本来は英語は英語のまま理解するのが正しいんですよ。 私は漢文ですが、いまだにレ点とか返り点の規則がよく分かりません。 あんな記号がごちゃごちゃしていると こんがらがっちゃいます。 私は中国語も勉強したことがあり、漢文を中国語読みしたりするんですが、そっちの方がはるかに分かりやすいです。それと似ているかもしれません。 私はフランス語を介してスペイン語を学習したことがありますが、多分、multi_ponさんに近い感覚を経験しました。スペイン語とフランス語は語順がほとんど同じなので、スペイン語の単語をそのままフランス語に置き換えるだけで ほぼ対応する訳文が出来上がります。少し慣れて来ると、スペイン語のまま理解していました。 一つ言えるのは、multi_ponさんはとりわけ天才というわけでもありませんが、 ウベドブレ・イグリエガ・ウノさんよりは はるかに語学の素質がありますよ。 脳の構造とかは分かりませんが、語学の得意な人は右脳と左脳のバランスがよく、言語中枢が発達していて、言語の処理能力が高いんでしょう。

参考URL:
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa668032.html
multi_pon
質問者

お礼

hydrangea_さん、回答有難うございます。 残念ながら小さい時に英語を習っているということはありませんでした。 関心はあったのですけどね^^ 漢文の中国語読みは私には出来ませんが、(日本語読みでさえ既に怪しい) 感覚としてはそれに近いと思います。 聞くことに限らず読む場合、例えばthat節なんかがあるときも、先行詞を そのままイメージの核としておいて、それに付随するイメージをもや~っと 想像する感じです。 hydrangea_さんの体験されたスペイン語をスペイン語のままで理解、というのも イメージ処理ではなかったですか? 私はおしゃべりな方で、相手が何かを言っている時には聞きながら 次に何を言おうか考えているタイプなので言語処理能力という点では 多少有利なのかもしれません。

noname#111031
noname#111031
回答No.2

かなりの妄想か天才/奇跡でしょうね。英語を母語とする人々でも最初から英語を理解していた訳ではありませんよ。両親/兄弟などと生まれた時から訓練を重ね身に付けたものなのです。 母語と略同等に複数の言語を使う人はママあります。私が知っている友人でもそういう人がおります。しかし、母語以外は勉強して身に付けたものです。最初から外国語を理解していた訳ではありません。

multi_pon
質問者

お礼

wy1さん、回答有難うございます。 私は天才ではないので妄想ですかね(笑) まぁ、そういじわるなことおっしゃらないでくださいな(笑) さて、wy1さんのご回答の趣旨は、人が外国語を学ぶときは 必ず母語の介在が必須であるから、初期段階で英語を英語のまま 理解することはない、という理解でいいでしょうか。 ちょっとわかりにくいので下記の部分のご説明をお願いしたいのですが、 >英語を母語とする人々でも最初から英語を理解していた訳ではありませんよ。 >両親/兄弟などと生まれた時から訓練を重ね身に付けたものなのです。 母語の習得に両親・兄弟あるいは教育などのサポートが必要だというのは わかりますが、母語を習得するのに母語以外の言語を使って覚えるという ことはありませんよね? 例えば母親が林檎を指さして「これは林檎というのよ」と教えれば、 赤くて丸くて良い香りがするものを「これを林檎という単語で表すのだ」と いうふうに覚えていきますね。そして丸くて甘くて良い香りのものがすべて 林檎だというのではなくて、その特徴を概念として記憶してそれを林檎と 呼ぶのだと学んでいくものだと思います。 同様に外国語も概念と単語がダイレクトに結びつくこともありかなと思いますがいかがでしょうか。

  • dmk2113
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回答No.1

I will answer you in English, since you do seem to have great confidence in your ability to speak and understand. I fit your qualifications of somebody who learned to understand English "as English" from the start, but that's because I'm a native speaker. But with respect to foreign languages, I have studied many of them, and I've never bothered to use my native language as a means of understanding a foreign language. You can't really say you "speak" a foreign language until you can understand it without having to use your native language. Even when I spoke very little Japanese, the little that I knew would go into my head as Japanese and stay that way. But the truth is that translating into one's own native language is a counterproductive exercise when it comes to foreign language acquisition. Translation is, in fact, an entirely different skill set, and I believe that you actually CAN'T translate something into your native language until you understand the foreign language very well, because the nuances differ so greatly. Using Japanese as an example: 1)「時々」という単語はどういう意味ですか? 2)だから「時々」って一体どういうことだよ! The sentences mean the exact same thing, but they couldn't be translated into English the same way. If you translated both of them as "What does phrase 'sometimes' mean?", you'd be incorrect. The first one could be translated as such, but the second would be more like "So what the hell do you mean by 'sometimes'?!" or "So what the hell does 'sometimes' mean?!" depending on the context. つまるところ、俺は日本語を最初から日本語として理解することができまして。そして、英語を勉強してる外国人(僕の立場から見ると)はみんな母国語を介して英語を理解しようとするのですが、これこそが習得を阻むと思われます。

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質問者

お礼

Thank you for giving me your opinion. dmk2113さん、回答有難うございます。日本語でお礼させていただきますね。 まず非常に理解できるのはある言語を別の言語に置き換えるのおは 根本的には無理だということ。(技術的には可能だけども) それに気づいたのはある程度出来るようになってからでした。 私が「あれ、言ってることがわかる」と感じた時はもっと単純に ああ、わかる、っていう感覚でした。 dmk2113さんは日本語を外国語として学ばれて、その過程で 日本語で理解できるということですが、日本語を母語としない方が 日本語を学ぶときはやはり母語が介在することが多いのでしょうか。 それともたいていの方が自然とdmk2113さんのように日本語のまま 理解することができるとおもいますか?

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