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破壊や混乱の仏教思想

平和や安穏ではなく、破壊や混乱、乱世にこそ 真理や幸福がある、もしくは、そういう混沌に重きを置いている、ようなことを説いてある、 仏法の思想や経典があったら教えてください。 よろしくお願いします!

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  • ベストアンサー
  • sinfonia
  • ベストアンサー率42% (53/124)
回答No.2

答えではなくアドヴァイスとしてご一考頂ければ幸いです。 なぜ破壊や混乱に重きを置いた宗教があまり見受けられないのか ということですが、キリスト教にしても仏教にしても「混乱の 状態」とは初めからある、「ままの状態」(欲を優先させた世界と 言えばぶっちゃけ過ぎでしょうか)を指しているように思います。 そこにキリストなり仏陀なりが現れ、説き、布教していく流れが あります。つまり破壊や混乱というものには何か中心的な役割を 果たす「教え・人・その他信仰対象」というものが必要ではない ということを逆説的に説いていると思うんです。 「こう破壊しなさい」とか「こういう風に乱しなさい」とかって いう規定自体が破綻してしまうと思うのです。(それはそれで 一つの秩序・約束事ですしね) ですから思想としてテロリズムやアナーキズムと言ったかたちで こそ現れ、それを宗教として・経典として残すのはなかなか巧妙な 手段を必要とするかもしれません。 先の方の例にも出ましたが、ヒンドゥのシヴァは「創造」のため の「破壊」という意味合いを持たされていますから、混沌万歳!という 感じではないかもしれませんね。 煮詰まらない感じですみません。こういう話は追うと楽しいですね。

pennteru
質問者

お礼

ありがとうございます! 言われてみれば、最初に混乱がある。 これを見落としていました。 やばいです。平和呆けの極地かも知れません。 貴重なご意見ありがとうございました!

その他の回答 (1)

回答No.1

ヒンドゥ教なら思いつくんですがね。 カーリーとかシヴァ神とか。 でも仏教の源は多分インド古来の土着宗教でしょうから(たとえば不動明王とかは元は神様らしい)何かそれらしいものはあるんでしょうか。 日本だって昔々「僧兵」という猛々しい存在があったそうですから。 仏教って平和第一っていうイメージがありますけど宗教に付きまとう勢力拡大の性からは、やはり免れないのでしょうかね。 あ、でも仏教のシンボルである蓮の華、あれは混沌汚濁のなかからこそ咲き出ずるものでしたか。 無学ゆえ直接の回答にならなくて御免なさい。 珍しい御質問ですので識者の御意見が聞きたいですね。

pennteru
質問者

お礼

そうなんですよね。仏教だけでなく、ほかの宗教を探しても、なかなか思い当たりません。 平和だけが求めるべき真理ではないと思ったので、ひょっとすると、昔の人も破壊の方に真理を求めていてもおかしくない、そのようなものがあるのか、と質問をさせていただきました。 早速の回答ありがとうございました!

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