• ベストアンサー

個人間の暴力とか武力抗争は批判するのに国同士だとOK?

戦争のこととか、テロの事とか考えてみるとすごく不思議に思えてきたのでアンケートです 9.11のテロの時も正しい戦争だったと日本政府も表明していますよね これって暴力が正しかったと言ってるのと同じだと思うのです 過剰防衛というかなんというか 日本の考えとして「暴力はダメ」「話して聞かない人は絶対にいない」「言葉で伝わらないのは言い方がまずいからだ」 というものがありますっていうかよく聞きます! だって個人間でも悠長な事をしてた結果死んだとかありますから… (1)なんで国同士のとかテロ相手だと暴力は正当化されるの? (2)一般市民を殺した場合は過剰防衛以上にダメなんじゃないの? (3)(2)を支持する政府は暴力を認めている?、言って聞かない相手には暴力はやむを得ないと思っている? (4)関係のない一般市民を巻き込んだことは仕方ないで済むと思ってるの? 日本政府がどう考えてるかを想像して回答してくれてもいいですし、 個人的にどう思うって回答でもいいです^^ 半分皮肉った感じのアンケートになると思うんですがお願いします^^;

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
noname#13872
noname#13872
回答No.1

国内で暴力が禁じられているのは、 争いに対して第三者が判断を下す仕組みが整っているからです。 即ち、体系化された法律であり、それに基づいて判断を下す裁判所であり、 法律に反する行為を取り締まる警察、検察であります。 ところが、国際社会では、そのような仕組みはまだ整っていません。 国際法はある事にはありますが、体系化されておらず、基本的に罰則規定はありません。 国際司法裁判所は当事国両国の合意がないと判断すら下せません。 自国を世界の警察と名乗る国はありますが、第三者として活動している事の方が少ないです。 従って、当時者間で話し合って折り合いがつかなければ、力で解決する以外に方法が無いという事態が発生するわけです。 以上を踏まえて (1)上記の通りです、他に方法が無いから力で解決せざるをえないのです。 (2)一般市民の保護はジュネーブ条約(第四)に規定されていますが、それに反した場合の処置は規定されていません。 あくまで禁止されているだけです。 テロリスト相手の場合はさらにジュネーブ条約の範囲外ですから、当事国の国内法及びROE(交戦規定)にのみ制限されます。 (3)上記の通りです。話が通じない相手には力を使うことも止むを得ないと判断しています。 (4)犠牲になる一般市民は最小にしなければなりませんが、0にしなければならないわけではないというのが一般的です。 今、銃撃戦をして10人の犠牲者を出し、明日の100人の犠牲を防げるなら、前者を選ぶという感じです。 犠牲者を0に出来るならそれに越したことは無いですが、 下手に出て1000人の犠牲者をだす可能性があるなら、 そのような博打を打つわけには行かないという判断です。 また、自国民の10人の犠牲者と他国民の20人の犠牲者なら、前者の方を重く見るというような判断も働いています。

noname#14955
質問者

お礼

公平に判断できる機関がないからということですね 確かにそれは言えてるかも~迂闊でした! ありがとうございました^^

その他の回答 (1)

回答No.2

わたし 自分自身の欲望のためだけでは 戦いません たとえば 威嚇されたとしても だいたいは我慢します 怖いですし・・・ でも 家族が 威嚇されたり 危害をくわえられたりしたら いろいろな方法で 戦います 話し合いをしている間にも もし 家族がいたぶられていたら 耐えられません 私は 家長です おかしいですか?

noname#14955
質問者

お礼

おかしくないですよ? ただ日本の論調でそれはいけないと言われているので質問しました ありがとうございました^^

関連するQ&A