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古文 「~やせむ」とは

ある参考書より抜粋 「やらん」は「にやあらん」の 転であり、「~であろうか」と、はっきり疑問となる場合と、「~であろう」と、疑問が軽くなってほとんど推量となる場合がある。「~やせむ」と同じことである。 とあったのですが、~やせむ、とはなんのことなのでしょうか? 何かの転であれば、元の言葉と、またその意味まで教えていただけると有難いです。 回答よろしくお願いします!

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回答No.1

「~やせむ」は何かの転訛ではなく、普通に単語を活用させてつないだものです。 ・「や」:疑問を表す係助詞 ・「せ」:サ行変格活用動詞「す(為)」の未然形 ・「む」:仮定や推量などを表す助動詞「む」の連体形   (「や」があるので係り結びになっています) 意味は「~するのだろうか」という疑問の意味と「~するんじゃないかな」という気軽な推量の意味とがあります。場合によっては「~するのかな、したら困る」という不安を表すこともあります。 ここでの「『~やせむ』と同じことである」ということの意味合いですが、書いた人の考えでは、「やらん」に明確な疑問としての使い方と、推量としての使い方との2通りの場合があるのと同様に、「やせむ」にも疑問と推量の使い分けがある……ということを述べたいのでしょう。

Crepes1
質問者

お礼

回答ありがとうございます! てっきり、~やせむ、も何かの転訛という意味だと思っていたのですが、そのような意味合いで、同様だと書いたんですね。納得しました!うっかり文意を取り違えていたようです。 単語の意味や~やせむの意味だけでなく、筆者の述べたいことまで、丁寧に回答していただき、腑に落ちました。 ありがとうございました!

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