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アイデンティティの喪失
1人暮らし大学生です。 現在学業において自分のやりがいを見出せておらず、自己の存在意義を自問自答しております。 サークル活動においても自己の熱量が完全に醒めてしまい、ただ事務をこなすだけの日々に嫌気がさしています。 学業、サークル、バイト全てにおいて無責任、無気力な、堕落した生活です。 自分が、日々何かに向かっている実感がないからか慢性的な無気力に陥っており、さらにその無気力に対する危機感もなくずるずると毎日を過ごしている現在です。 激しい鬱に悩まされる日もあれば、よしやってやろうとエネルギッシュなな日もありますし、こんなに悩む必要もないじゃないかと楽観的にいられる日もあります。 過去の話になりますが高校まで「自分でこれをやりきる」という強い決意や意志をもって何かに臨むことがなく、なんだかんだなんとかなるという人生を送ってきました。 当時もこのままでは将来苦労するだろうと焦ったり、過ぎた日々を振り返って後悔する事も多々ありました。 現在その恐れていた将来が現実となり自堕落な自分に染まってしまっています。 これまでは強い意志がない事に危機感を覚えていました。 しかし今はその意識すらも薄れてしまい、ただ流されるように生きてきます。 その様な過去もあり青年期特有の症状を調べていた所、ふと目に止まった言葉で 「アイデンティティの喪失」 があり、調べてみても今の現状とピタリと一致します。 病名がある = 一対一で処方箋や解決策がある とは思っておりませんが過去にも同じ様に悩まれ、立ち直った方がおられると思い書き込ませていただきました。 その様な方にどの様に立て直していったのかを伺いたいと思っています。 よろしくお願いいたします。
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- kaitara1
- ベストアンサー率12% (1154/9141)
要するにできることを丁寧にやっていないということ。アイデンティティというのはできることを続けていることの別名。
- trytobe
- ベストアンサー率36% (3457/9591)
「アイデンティティの喪失」というのは、もっと深刻であり、その人が人間であることを維持できなくなるくらいの出来事ですよ。 自分の存在意義に悩むのはありがちですが、「自分は他人かもしれない」と思うようになるのがアイデンティティの喪失であり、自分のために行動することすら何が誰のための行動なのか、把握出来なくなるという致命的なものなのですから、うかつにそんな言葉を使って「青年期特有の症状」を語ってはいけません。 さて、ご質問の対策は、「流されるように居場所は移ろい続けるけど、それぞれの場所で自分はこれが担当できる、という社会貢献・共同作業ができている人生であれば、それは十分にあなたである価値がある」と思うだけでいいと思いますよ。 目標を立てても、そんなに目新しい目標が思いつくわけもなく達成できるわけもなく、そんな高い目標を立てるよりは、日々常に新しい物事や人々、風景などに触れておいて、社会人になってから行けないところ・過ごせない過ごし方をしておくだけでいいのです。 それが他人より多くの引き出しを作ることになって、いつになるかわからないけど、いざというとき役に立つかもしれない、他人にはできない自分なりの体験から生まれるものにつながるかもしれないからです。