ブッダターのハタラキとは・・・

このQ&Aのポイント
  • ブッダターのハタラキとは、アートマンなる神の霊のハタラキであり、次のふたりの女性の生きたさまに見られる。
  • 春香伝は、南原府使の息子・李夢龍と、妓生である月梅の娘・成春香の物語で、広寒楼で出会い愛を育む。
  • 山の井伝説では、安積の里の冷害に困る里人たちにより、笛の名手・小糠治郎と、許婚である春姫の愛が描かれている。
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ブッダターのハタラキとは・・・

 アートマンなる神の霊のハタラキであり それは 次のふたりの女性の生きたさまに見られる。――というのが 問いです。  ▽ (ヰキぺ:春香伝) ~~~~~~~~~~~  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E9%A6%99%E4%BC%9D  § 1 あらすじ  南原府使の息子・李夢龍(イ・モンニョン)と、妓生(キーセン)である月梅(ウォルメ)の娘・成春香(ソン・チュニャン)は、広寒楼で出会い、愛を育む。  しかし、父の任期が終わり、夢龍は都に帰ることになる。夢龍と春香は再会を誓い合う。  新たに赴任した卞(ピョン)府使は、春香の美貌を聞きつけて我が物としようとするが、春香は夢龍への貞節を守ることを主張して従わない。激怒した卞府使は春香を拷問し投獄する。  いっぽう夢龍は科挙に合格して官吏となり、暗行御史として南原に潜入した。夢龍は卞府使の悪事を暴いて彼を罰し、春香を救出する。 二人は末永く幸せに暮らした。  △ (山の井伝説:郡山安積の采女・春姫) ~~~~~~~~~~~~~  今から千二百年ほど前のこと、安積の里は朝廷への貢ぎができないほどの冷害が続き、このため都から、葛城王(かづらきのおおきみ。後の左大臣橘諸兄)が巡察の為に安積の里に訪れた。  里人たちは王に窮状を訴えるとともに、年貢を免除してくれるように頼んだが聞き入れてもらえず、困り果てていた。  安積の里の山の井には、笛の名手・小糠治郎と、相思相愛の許婚(いいなずけ)・春姫が住んでいて、二人は、ひとときも離れていたくないほどに愛し合っていた。治郎は野良仕事へ行く時はいつも春姫の絵姿を持って出かけるほどだったという。  里人が窮状を訴えた日に宴が催されたが、王の機嫌がよくなく十分にもてなすことができなかった。その時、出席していた里長の娘・春姫が王の目にとまり接待を命じられることとなった。春姫は言われるままにふるまい、盃を捧げながら王の膝を軽くぽんとたたき次の歌を王に献上した。   安積山 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を    吾思はなくに   (万葉集 巻十六 3807番)   (安積山の影を映す山の井の清水はあまり深くは   ありませんが、いつも私たちの心のように澄んで   います。わたしたちはこれでも精一杯、真心を込め   ておもてなしをしているのです。)  すると、王はたいそうよろこび、歌の美しさや意味の深さ、すばやく詠んだ春姫の才能を褒め称え、春姫を宮廷の采女(うねめ-女官)として参内(さんだい)することを条件に、貢物を3年の間免除してくれることとなった。  しばらくして春姫が都に上がり、愛しい許婚を失った治郎は嘆き悲しみ、夜毎、春姫への変わらぬ心を笛に託していつまでも吹きつづけた。里人の窮状を救う為と、悲しみをこらえる毎日であったが、ついにこらえきれなくなり、治郎は永久の愛を誓いながら山の井の清水に身を投げた。  そのころ春姫は帝の寵愛を受け、大変華やかに暮らしていたが、片時も治郎のことを忘れることができなかった。  そうしているうちに中秋の名月の宴が開かれ、春姫はこの時とばかり賑わいに紛れ猿沢の湖畔に駆け込んだ。そして湖畔の柳に十二単を掛けて入水を装い、治郎の住む安積の里へとひた走った。  ・・・(あとは サイトのほうでお読みください)・・・  ~~~~~~~~~~~~~~~~~

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回答No.5

こんばんは。 ☆ インスピレーションと言う所以でもあると思うのですが これに対して《良心》は どうか?  どうなんでしょう。けっきょくは ヒラメキに準じると言うべきでしょうか。 ◇社会的・文化的側面も有していますが、もっとも根源的なものは、ヒラメキに準じているのであろう、と思います。 自然本性的なハタラキとでもいうべきものに由来している。 bragelonneさんのいう《やましさ》を感じさせるとものといいますか、 《やましさ》を覚える対象の行為ではなく、《やましさ》反応を惹起させるものに由来しているのであろう。 そして、春姫の行為と歌によって、葛城王の魂が揺さぶられたんじゃないか。 和歌(やまとうた)の《ちから》なんであろう。 古今集 仮名序 ~~~~~~~~~ やまと歌は 人の心を種として よろづの言の葉とぞなれりける 世の中にある人  事 業しげきものなれば 心に思ふことを見るもの聞くものにつけて 言ひいだせるなり 花に鳴くうぐひす  水に住むかはづの声を聞けば 生きとし生けるもの  いづれか歌をよまざりける 力をも入れずして天地を動かし 目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ 男女のなかをもやはらげ 猛きもののふの心をもなぐさむるは歌なり この歌 天地の開け始まりける時よりいできにけり   天の浮橋の下にて 女神男神となりたまへることを言へる歌なり http://bluewind.oops.jp/kokin/kana1.htm ~~~~~~~ 日本人は、ロゴスではなく、和歌(やまとうた)と伴にあるんじゃないか(笑い)。 もっと自然本性に根付いている、主情的な部分に突き動かされるんじゃあるまいか・・・。 わたしは「をかし」派なのですが、 「もののあはれ」によって魂が揺さぶられ、突き動かされる・・・ な~んてね。 それはそれとして、 古今集の仮名序の 「花に鳴くうぐひす  水に住むかはづの声を聞けば 生きとし生けるもの  いづれか歌をよまざりける」 という言葉は、なんと素晴らしいのだろう♪♪♪

bragelonne
質問者

お礼

 こんばんは。ご回答をありがとうございます。  ◇ ~~~~~~~~~~~~~  bragelonneさんのいう《やましさ》を感じさせるとものといいますか、  《やましさ》を覚える対象の行為ではなく、《やましさ》反応を惹起させるものに由来しているのであろう。  ~~~~~~~~~~~~~~~  ☆ 一般に感覚は 対象と主体における器官とそして感覚そのものの三つがあると言われますが 器官じたいでもなく やましさ反応を引き起こさせるみなもとでしょうか。  つまりは いちおう自然本性の内にそなわると思うと同時に ひょっとしたらもっと広い世界にかかわって 自然界や社会やとそして主体なるワタシのすべてにはたらく電磁場のようなものなのかも知れません。あるいは 重力場。(このへんは あてずっぽで言っているだけです)。  ミラーニューロン現象が さらに明らかになるとよいように思います。  ◇ ~~~~~~~~~~~~~~~~~  日本人は、ロゴスではなく、和歌(やまとうた)と伴にあるんじゃないか(笑い)。 もっと自然本性に根付いている、主情的な部分に突き動かされるんじゃあるまいか・・・。  わたしは「をかし」派なのですが、  「もののあはれ」によって魂が揺さぶられ、突き動かされる・・・  ~~~~~~~~~~~~~~~~~  ☆ これについて ふたつ思いがあります。  《ロゴス》も 直感および直観としてのロゴスがありうる。と思われること。  なぜなら もののあはれなる情感も その思いや内容が熟すにつれて ことばで表わすようにもなる。自己表現が成され 互いにこれを分かち合うことが出来る。とすれば 《ロゴス》のみなもとも 感性とそれほど変わらない。・・・  もうひとつは 社会をふくめた自然環界について 有情と言いますか生物との交感( correspondance 英語はcorrespondence ですか)だけなのか? という問題です。  ◇ ~~~~~~~~~~~~~~~~  古今集の仮名序の  「花に鳴くうぐひす   水に住むかはづの声を聞けば  生きとし生けるもの   いづれか歌をよまざりける」  という言葉は、なんと素晴らしいのだろう♪♪♪  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ☆ この有情のあいだの交感 または ミラーニューロン現象。これは ひょっとしたら 鉱物自然とのあいだにも起きるかも知れない。と。  つまりは ひとは ミクロコスモスにたとえられる。  治郎と春姫が 自死をえらんだということについて考えるところを述べます。  けっきょく村がすくわれるには その当時の情況にあって どうしても犠牲にならねばならなかった。  仮りに春姫が 首尾よく都から逃げて生還したとしても もし見つかったら 何にもならない。村がもっとひどい苛斂誅求に苦しむだけである。だから どうしても むしろ春姫の生還をのぞむなら 犠牲になるという選択しかなかった。  仮りの話として 治郎の自死もそして村に戻って来た春姫の自死も 偽装だとすると おもしろい。  《公式》には 治郎がみづから死んで 春姫もあとを追ったという発表をしておく。じつは どこか隠れやすいところで ふたりは末永く暮らしたとさ。というような話だと面白いと思います。

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回答No.6

安積山の歌の話は、古今集の仮名序に出ているんですね。 ~~~~~ 安積山の言葉は采女のたはぶれよりよみて   葛城王を陸奥へつかはしたりけるに   国の司 事おろそかなりとて まうけなどしたりけれど   すさまじかりければ 采女なりける女の かはらけとりてよめるなり   これにぞおほきみの心とけにける http://bluewind.oops.jp/kokin/kana1.htm ~~~~~ 気づかなかった・・・。 勉強が不足している(ポリポリ)。 古今集の仮名序を読んだの、数年ぶりだったので、気づきませんでした。

bragelonne
質問者

お礼

 いえ わたしも知りませんでした。  つづきまして ご回答をありがとうございます。  すでに  ▽ 采女なりける女  ☆ なんですか。このあたりが よく分かりません。  むつかしいなぁ。

回答No.4

~~~~~~~~  ◇ ~~~~~~~~~~~~~~~~  もし、仏性のハタラキがあるとするならば、  葛城王を情深い人と思った春姫と、その思いを察することが出来た葛城王の心の中にあるんでしょうね。  ~~~~~~~~~~~~~~~  ☆ どうでしょうね。 ~~~~~~~~ 春姫の歌によって、 葛城王が自身の過ちに気づいた、 それが仏性のハタラキという意味です。 杓子定規に税を取ろうとした自身の過ち───しかし、法律にしたがう官僚としては当たり前の行為───に気づいた。 とはいえ、葛城王は、上から目線、アマテラス的な目線からなのでしょうけれども、それでも、スサノヲ村に降りた・・・。ヒトに近づいた。 でもまぁ~、スサノヲ村には春姫はもったいないとばかりに、アマテラス世界・雲の上(宮中)に連れて帰りますので、どこまで理解できたのかは、疑問符がつきますけれども。

bragelonne
質問者

お礼

 お早うございます。ご回答をありがとうございます。  ◇ ~~~~~~~~~~~~~~  春姫の歌によって、  葛城王が自身の過ちに気づいた、  それが仏性のハタラキという意味です。  ~~~~~~~~~~~~~~~  ☆ これは 一般に《良心》という問題だと思います。  ヒラメキというのは その源泉が人間の理性や思考能力あるいは感性そのものにあるのかと問うとき どうもそれら自然本性としてのチカラを超えたところにあるのではないか。とすれば――それの起こるところは 人間の自然本性にかかわった《非思考の庭》ではないかと考えられる反面で―― 源泉としては 《非経験の場》ではないか。すなわち 神からではないか。  インスピレーションと言う所以でもあると思うのですが これに対して《良心》は どうか?  どうなんでしょう。けっきょくは ヒラメキに準じると言うべきでしょうか。  けれどもヒラメキを起こす推進力が ブッダターなるハタラキだとすれば これが 自然本性を超えたところのチカラとして自然本性にそなわる。と想定される。  このアートマンのやどる自然本性のうちに ヒラメキに準じて良心がはたらく。こう見てよいでしょうか。  《あやまつなら われあり》ということのようです。われに立ち還るチカラのことだと。  その上で 葛城王については:  ◇ でもまぁ~、スサノヲ村には春姫はもったいないとばかりに、アマテラス世界・雲の上(宮中)に連れて帰りますので、どこまで理解できたのかは、疑問符がつきますけれども。  ☆ というような・それまでのアマテラス者としてのクセ(振る舞いのかたち)がまだ《生きて》いた。  春姫と治郎とにそれぞれはたらいたブッダターは けっきょく《義無きを以って義とす》なる空観ではないか。  これをもう少し具体的な生活世界のこととして捉えるなら ひとつの世界観としてたとえば《信義則》といったツキアイの倫理が挙げられます。  人間の為すこと考えることはみな 空であり うつろいゆかざるものは無い。しかもそこに 人間の生きる現実を見る。捉える。おのれの生きる道(ないし義)を得て(あたえられ)これを受け留め 一生のこととして引き受ける。  しかも生活世界の取り決めや定めを・つまりは 時にシガラミとなってわれわれの前に立ちはだかる現実を 避けることなくやはり引き受け その《ゆづった》ところの道の中からおのれの道をつらぬこうと問い求めて行く。  これは おそらくアートマンなる霊我のみちびくところでなければ 成就しないであろうし たとえ成功したところで あまりうつくしくはない。  ブッダターのハタラキを得るのでなければ 世界は 何を成功させても むなしい。    この自性清浄心のハタラキをじゅうぶんに得てそれをさらに享受する人間も 世の中にはいるもんですね。との思いに いまもおどろかされます。

回答No.3

さらに付け足し。 この詞書は、たぶん、古事記などに出てくる仁徳天皇の故事が深く関係していると思うんですよ。 古事記の下巻、仁徳天皇の記述に、 「国中に烟たたず。国みな貧し。かれ今より三年にいたるまで、悉くに人民の課役を除(ゆる)せよ」 と、仁徳天皇が言って、税金を三年間免除した。そして、国が栄えた、とあります。 さらに、この前に、仁徳天皇が「葛城部を定めたまひ」みたいなことも書いてあるんですよ。 もちろん、万葉集に出てくる葛城王(のちの橘諸兄)ですけれど、 これは決して偶然ではないと思います。 当然、万葉集の詞書をした人は、この仁徳天皇の故事を知っているわけですから、予定調和的なお話なんであろうと思います。 万葉集の専門家や研究者は、「こじつけだ」というかもしれませんけれども。

bragelonne
質問者

お礼

 ご回答をありがとうございます。  あっ。サイトの URL を忘れていました。  ▽ 山ノ井伝説(うねめ物語)  http://www.bashouan.com/ppYamanoi.htm    ○ 仁徳オホサザキ市長(オホキミ)による徳政  つまり その頃にはまだ《天皇》はなかったので。  この政治事情とは 関係ないところで 春姫と治郎との恋と愛とは進行していたし 進行していると思うんですけれどねぇ。  税免除の三年などの符合があるようですが。    どうなんですかねぇ。  たぶん 春姫が都にまで行くという命令に従ったということが 大きいのではないでしょうか。そこの問題で拒み続けたなら 話は反乱物語のようになってしまう。  ううーん。どうですかね。ふたりの愛のきわめて近代人ないし かしこき現代人のごとき実存の動態を鑑賞すべきでは?・・・

回答No.2

#1のつけたし。 私が思うに、治郎なるものが出てくる伝説は、 紀貫之の 「むすぶ手の しずくににごる 山の井の あかでも人に 別れぬるかな」 という歌が下敷きになっているんだと思います。 山の井から手で掬った際の、手からこぼれ落ちるしずくで濁るくらいに底の浅い水なんですよ、山の井は。 とてもとても、ここで入水自殺なんかは出来ませんって。 むすぶ手の・・・ http://manapedia.jp/text/index?text_id=1721

bragelonne
質問者

お礼

 つづきましてのご回答です。  《あか》は aqua ですかね。  ▼ (『むすぶ手のしずくににごる・・・) ~~~~~  「あか」とは「仏壇にそなえる水」と「飽か」(飽きる)をかけています。  仏壇におそなえする水はほんのちょびっとですから、それと同じぐらい水飲み場の水の量が少ないということと、女性と飽きるまで話したかったという気持ちをかけているわけです。  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  《しづくに濁る》と言うからには 《山の井》はどうも小さな池のようなのでしょうね。水は外からも外へも流れていない。  そういう浅い池のような水場に限るかどうか。ですかね。

回答No.1

こんばんはです。  安積山 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を    吾思はなくに   (万葉集 巻十六 3807番) この歌は、質問に示されているような意味ではないと思います。 「安積山の影がうつる山の井のように浅くはないでしょっ、あなたさまのお心は。 わたしは、あなたさまが誰よりも情深い方だということを知っていますよ。 (ですから、税を免除して~♪)」 という意味です。 誰が何といおうと、絶対にこの意味だ!! 葛城王は、『一本とられたな。ポリポリ。あなたの勝ちですよ』ということで、税を免除した。 と同時に、『こんな草深い田舎にも、心やさしく、雅な人はいるのだな。このような女性は帝(みかど)にこそふさわしい』と思い、采女として宮中に参内させた。 大体ですね~、 山の井は浅いので、身投げして死ねるような深い清水じゃありません。 http://www.bashouan.com/ppAsakayama.htm もし、仏性のハタラキがあるとするならば、 葛城王を情深い人と思った春姫と、その思いを察することが出来た葛城王の心の中にあるんでしょうね。

bragelonne
質問者

お礼

 こんばんは。ご回答をありがとうございます。  次のように書き込んだことがあります。     色即是空: 〔世の中(ここは男女の仲)の〕義無き     空即是色: ・・・を以って義とす  つまり この心をそのまま生きた。《春》つながりのふたり。そしてそれぞれ相手の男たち。  これだけでいいのですが。・・・    ◇ 大体ですね~、 / 山の井は浅いので、身投げして死ねるような深い清水じゃありません。  ☆ まぁ。《井》と言えば せせらぎのように流れているのでもなく また滝のように落ちてくるのでもないのでしょう。  ただし滝壺のごとく捉えれば 身投げすることは考えられるかも分かりません。(ポリポリ)。  ◇ ~~~~~~~~~~~~~~~~  もし、仏性のハタラキがあるとするならば、  葛城王を情深い人と思った春姫と、その思いを察することが出来た葛城王の心の中にあるんでしょうね。  ~~~~~~~~~~~~~~~  ☆ どうでしょうね。  反論するような問題ではないと思いますが 葛城王が  ◇ 『こんな草深い田舎にも、心やさしく、雅な人はいるのだな。  ☆ というような世界観を持っていたということが気に成ります。  《草哲学》と《み(霊⇒御)や(屋)び(ぶる)〔宮⇒宮処=都⇒雅び〕の哲学》との違いでしょうね。  スサノヲ市民社会は 《やへがき(八重垣)》ですが これに輪をかけて《九重》としたのが 宮中・内裏です。  アマテラス普遍語は 誰が見てもとうとく大事ですが つねに上から目線に成りがちです。  葛城王が 春姫らと同じ水平の目線であったかどうか。これのみ 気に成ります。  うたの解釈は どうですかねぇ。  要するに意味は 次の部分にあるのでしょうね。   ○ ・・・浅き心を 吾思はなくに   そうしますと ヲ格が もんだいですね。  《吾》とだけ言っていますが 春姫は自分をふくめた村の人たちのことを言っていると読めるのならば その《わたしたちの心は 浅き心であなたさまをお迎えしているのではありませんのに》と言おうとしている。――という線も捨てきれない。・・・  ううーん。どうなんでしょう。ヲ格は むつかしいですね。

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     次のような歴史として伝えられている春香について言っています。  ▽ (ヰキぺ:春香伝) ~~~~~~~~~~~  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E9%A6%99%E4%BC%9D  § 1 あらすじ  南原府使の息子・李夢龍(イ・モンニョン)と、妓生(キーセン)である月梅(ウォルメ)の娘・成春香(ソン・チュニャン)は、広寒楼で出会い、愛を育む。  しかし、父の任期が終わり、夢龍は都に帰ることになる。夢龍と春香は再会を誓い合う。  新たに赴任した卞(ピョン)府使は、春香の美貌を聞きつけて我が物としようとするが、春香は夢龍への貞節を守ることを主張して従わない。激怒した卞府使は春香を拷問し投獄する。  いっぽう夢龍は科挙に合格して官吏となり、暗行御史(身分を隠して地方を巡察する官吏)として南原に潜入した。夢龍は卞府使の悪事を暴いて彼を罰し、春香を救出する。 二人は末永く幸せに暮らした。  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  なお次の小論は 春香が妓生であったことから その振る舞いをめぐって伝承(または解釈)にいろんな種類があることを示しています。  △ 厳基珠「多様な 『春香伝』の世界」  http://www.hakusuisha.co.jp/essay/2004/03/post_65.html  ☆ 春香は 信義則をまもったところより 李夢龍とともに さとりを得たブッダである。と考えます。どうでしょうか?

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