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読書ならではの良さとは?
こんにちは。読書についての質問です。 自分は、 1)気に入った本を人生の節目などで何度も読み返し、その年齢で読むことで新たな発見をすることが楽しい 2)辛い時、周りに理解してもらえない時、本の中の住人が支えになる という良さを読書に感じているのですが、これらは他の事柄からでも行えると思います。 よく挙げられている、「想像力」「理解力」「心の豊さ」なども同じで、 「好き」という気持ちが想像力などを養うと思うので、読書に興味の無い人でも、他の事柄から学ぶ。 というのが自分の考えです。 [読書]という行為でなく、それをすることで自分がどうなるかが大切。 しかし世の中、少し[読書]を押し付けすぎでは?と思うので、本ならではの特別な何かがあるのか、気になります。
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- himiko_1947
- ベストアンサー率21% (118/549)
読書 と云うよりその場に逃避している自分自身を見つけたりします。 小説、文学、それを読むという自分は、 本が繰り広げていくめくるめく素晴らしい世界に没入している、 という形になっていて、 現実の自分から乖離している体験の世界であるという風に感じてます。 その世界はあまりにも素晴らしすぎて、自分自身の事を忘れてしまいます。 もっとも、そういう立場でなくては本って読めないのでしょうが。 自分を対比しながら本を読むことができる人っていない様に思います。 ただ、本には色々な種類がありますよね。 まぁ、文学や小説というジャンルの話ですが。 今の世の中読書を押しつけすぎ という質問者の意見には反対です。 でも、押しつけの手法はあるので、 読め読めというかけ声ばかりでは、それは最低です。 こういう事柄ではこういった人がこんな本でこう言っているとか、の言い方が必要なのでは。 書物に書いてあるから正しいと云うのを教条主義と云うらしいけど、 書物に書いてあるから正しいことって、確率から言えばインターネットで検索して得られる回答よりは遙かに正しい。 インターネット、特にこのサイトで得られる回答は正しいのか正しく無いのか分からないのが現状です。 本ならではの特別な何かは一杯あります。 それがいにしえから淘汰されて人々を感化してきた文学という芸術の力だと思いませんか?
- Tropfen
- ベストアンサー率57% (4/7)
某氏(私も東野圭吾が大好きです!)の回答を追って、本件に辿り着きました。 アルコールが入っている為、少し暑く語らせて頂きます。 >本ならではの特別な何かがあるのか? 論理を飛躍して最終的な結論から述べさせて頂きます! 答えは「厳密にはないが、比較的よい事柄はある」。 それは「心理、精神活動を伝える上で比較的効率が良い」点だと考えています。 言い換えると「文章によって伝達することで最も正確で効率良く事柄を伝える媒体」というのが、本の特徴だと思います。 文章の欠点は、文章以外の方法で表現した方が効率が良い時がある点です。 具体的には、視覚情報が該当すると思います。 視覚情報が不得手とする事柄は、何か? それが「心理、精神活動」だと思う訳です。 現実の本は、文章のみじゃないです。 イラストや図によって説明していたりもします。 でも文章を伝達手段の主とする媒体こそを本というのではないでしょうか。 何か説明が飛躍している、考察が漏れている気がしますが、現状の認識だと、こう考える次第です。 読書を「小説を読む行為のみ」に捉えてしまっている気がしますが、小説というのが読書に求める事の理想型だ!と極論しておきます。 そして小説は「心理、精神活動を追体験する上で優れた媒体」だろうと思っている次第です。 他の媒体でも「字幕、アフレコの声、吹き出し外の台詞」とかで心理状態をみせる事ができますが、それらを伝達する上で「密度、量、正確さ、受取る側が伝達速度を調節できる点」を求めた場合「本」で伝えた方が効率が良く優れていると思うからです。 心理、精神活動以外にも「文章によって伝える事が最も適している事柄」があれば、それが本ならではの特徴になると思います。 偉そうに持論を展開(酔いに任せて「自信あり」を選択)してしまいましたが、参考意見として認識してくださいますよう、お願いいたします。 私は、小説家でも文章表現を生業する人間でもありません。 単なる無学な消費者です。
こんにちは。 >[読書]という行為でなく、それをすることで自分がどうなるかが大切。 そうですね、同感です。その本を読んで自分が何を得るか・学ぶか、学んでどう活かしていくか、これが「歴史(他人の経験)に学ぶ」ということであり、大事なことだと思います。 娯楽性のある小説からでもそれは可能で、作家は物語を構成する時点で何かしらのテーマを据えています。主要となるテーマの上にストーリーで肉付けしていくわけですよね。だから小説でも人生訓の宝庫、作家の人生哲学だと私は思って読みます。 話が反れましたが、今回のご質問について私の考えを書きます。 >本ならではの特別な何かがあるのか まず本は、自分の自由な時間に自由なスタイルで読めるということがあります。前記したように、本を読む行為は他人の経験や考えを学ぶ行為だと思っています。現実世界で誰かに同じ事を求めるとなると、相手の時間とこちらの時間との調整が難しいです。また、話を聞きたい・学びたい人が身近にいるかという問題も出てきます。 本であれば、他人の経験や考えを、自分の時間のある時に自分のペースで読むことができますよね。線をひいたり考えるために立ち止まったり。著者にとっても、時代を問わず伝えたいことを活字とすることで後世にまで伝えることができます。本当に大事なこと・本質が変わらない物事についての話というのは、時代が変わっても人間に共通する物事という点で色褪せないものですよね。古典というのはそういう理由で残っているのだと思います。本は、そんな活動にとって時間と場所を選ばないから、著者と読者の双方に都合がいいです。 まとめると、「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」、この活動においての「時間制約のなさ自由度」があります。伝えたいことが活字にしてあることで可能になるのです。一番の利点は、ここに尽きると思います。 またまた余談になりますが、私も質問者さまと同じく読書が大事なことは分かるけれど、あまりにも読書読書って言い過ぎだと思っていました。本じゃなくても学べることはあるのに、と。それに、なぜ読書が必要なのか、その重要性や必要性といったものを語れる人は少ないんですよね。なので、私は読書論について書かれた本を大量に読みました。で、私なりに得られた答えを今回書いています。
- k16399638
- ベストアンサー率33% (342/1035)
特に小説でですが、自分の好きな配役で読むと、おもしろさ倍増です。 この場合、俳優は2次元、3次元問いません。マンガ・アニメキャラでも、実際の俳優でもOKです。 この遊びができるのは、活字になっている書籍の特権だと思います。