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戦艦大和製造での生産管理技術とその後の波及について

呉市の大和ミュージアムやWikipediaの説明では、 戦艦大和製造での生産管理技術は、戦後の民間の 生産管理のあり方に大きな影響があったと記載されています。 生産管理技術というのは、科学技術と違い、 どこかがやっていたからということで 統制もなしに波及的に広がることは難しいと思います。 通産省がガイドラインを作って云々などの用意周到な プロセスが有った為に出来たのか… それとも、 似たような技術が独立発生して広がったのを 勝手に大和のおかげとしているだけなのか…。 このあたりの事情について誰かご存知の方はお願いします。

みんなの回答

回答No.3

生産管理技術は、今では品質管理,QCと言われています。 大和に関わらず戦闘機の技術も世界に誇る物だと思います。 この技術は当時の財閥企業が行っていましたので、今も脈々と引き継がれています。 日本文化は元々師弟関係で成り立っていることもあり、職人が多く必要以上に仕上げることが当たり前と考えていたこともあると私は考えます。 その間にTQCなど様々な手法が考案され、今ではISO9001にまで発展し世界標準にまでなっています。 なお、ISO9001は日本企業の品質管理を元に考案されたと言われております。 しかし、ヨーロッパ的な考え方が一部にあり日本ではなかなかなじめないのが現状です。 大和のような建造物は一人で作ることができませんので、多くの人の手により作られるのは誰でも分かります。 しかし、一人一人が勝手にやっても作ることが出来ないことも分かっているので、設計する人,指示する人,組立てる人と分担するようになります。 それに、設計者は自分が考えた通りの性能,機能を出すために細かい指示を図面で示すです。 それが、必然的に今のQCになっていたと言われていますので、大和ミュジアムに紹介されていたことは嘘ではないと思います。

  • tanuki4u
  • ベストアンサー率33% (2764/8360)
回答No.2

http://ja.wikipedia.org/wiki/生産技術 簡単にはここ。

  • poolisher
  • ベストアンサー率39% (1467/3743)
回答No.1

「戦艦大和誕生」という本は大和をエンジニアリングの視点から追いか けたドキュメント本です。 その方面に興味があれば是非読まれることお勧めします。 読んだのがだいぶ前なので定かではないですが、大和の生産技術が 戦後に果たした貢献についても記述があったように記憶しています。 確か、多数の技術将校が戦後の主要産業の中核人材になり、彼らが その部下にそのアーキテクチャを移転していったという内容だったと思います。

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