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ゆとり教育と学力低下問題

  • 質問No.2682795
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学力低下のため、ゆとり教育をやめようという話になっています。

・そもそもゆとり教育を立ち上げた時に、授業時間を減らしても基礎学力は低下しないという前提だったのでしょうか。もしそうだったとしたら、その根拠は何だったのでしょうか。

・逆に、学習者自身の多様な能力を伸張させるという目的に対するトレードオフとして基礎学力の低下も前提として考えられていたのだったとしたら、今になってそれが問題視されている原因は何なのでしょうか。ゆとり教育ではそれが無理だという結論が出たのですか。

以上が理解できません。どなたか分かりやすくご説明いただけると助かります。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.3
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ベストアンサー率 39% (27/68)

「ゆとり」とは、「余裕」ではなく「幅広く」という意味で用いることを本来は意図していました。その「ゆとり教育」は

・週5日制(多様な生き方を認める)
・総合学習の導入(主体的な学習の仕方)
・学習内容をよりいっそう精選する

これらの3つによって、学力低下やいじめ、校内暴力問題に歯止めをかけようとしたものです。

特に、3つめの「精選」については、結果的に「単に教科書が薄っぺらくなった」だけのように報道されていますが、「よりいっそうの合理化」を目指していたものです。改訂当時、世間では特にマスコミを中心として「詰め込み教育」の批判が大々的に行われていました。そこで、文部科学省は「子どもの成長には幅があっていい。」として、小学校などでは教科の指導内容を「学年ごとから2学年ごとにゆとりをもたせよう。」としました。同時に、教科書の内容について「量より質」を目指したものでしょう。

ですから、わかりやすく言い換えれば、
「勉強時間は減らして1時間あたりの質を濃くしよう。総合学習で、主体的な学習をする訓練をさせるのだから、子どもの自主性は伸びるはずだ。そのほうが結果的に学力も伸びるのではないか。」

という目論見だったと思いますよ。

結果は、失敗だったかどうかは定かではありません。
一年生入学の時点ですでに学級崩壊を起こしているような子どもたちがいるのも現実です。学校教育だけの問題ではないことは明らかです。

たとえば週6日制に戻すとして、やる気のない子どもに、週あたりたった3~4時間の授業時間が増えたところで学力向上するとはとても思えません。学力低下について、学校内の問題と同時に学校外にも問題があることを自覚し、両面からの策を講じる必要があると思います。
お礼コメント
noname#44146
学習内容の合理化と子供の主体性の育成によって学力は低下しないという前提だったのですね。また、ゆとり教育の成否自体もその原因も明確ではないということですね。分かりやすいご説明ありがとうございました。
投稿日時:2007/01/21 16:34

その他の回答 (全3件)

  • 回答No.4

ベストアンサー率 38% (586/1527)

1977年の指導要領が「ゆとり教育」のスタートとされています。
当時のキャッチフレーズは「ゆとりと充実」でした。

加熱する受験戦争と授業についていけない「落ちこぼれ」の問題に対して「内容をしぼって授業時間にゆとりをもたせたから基礎学力は低下しない」という対策を出したというわけです。

これが、さらに、「日本人が働きすぎているのでアメリカが貿易赤字になる」と圧力をかけられて週休2日制が導入されて内容・時数を減らします。

校内暴力や不登校・いじめが社会問題化して、責任回避のために「総合的な学習」で「生きる力」が身につくという宣伝が始まります。

そのためにさらに授業の内容・時数は減らされます。

「学力低下」は公式には「ない(はっきりあるとは言えない)」ことになっています。

しかし、「ゆとり教育の完成」と言われた現行の指導要領スタート直前に、遠山文部科学大臣は「学びのすすめ」という文書を急に出して「システムはこのまま行くけど学力低下対策もやってね」という内容でおおいに学校の先生達を混乱させました。

「ゆとり教育」の背景には、教育予算をどんどん減らして、ゼネコン型公共事業や軍事費にまわしたいという政治的要請がありました。

それは現在も同じです。

しかし、国の経済破綻を軍事国家化でのりきろうとしている人たちが政治の実権をにぎっているので、「兵隊としての国民教育」をしっかりすすめたいのです。
「命令に従順な忍耐力」と「命令に対応できる基礎能力」の育成のために、完全に「ゆとり教育」は転換されようとしています。

教育基本法を変えたのは、「子どものための教育」から「政府のための教育」に転換するためなのです。
お礼コメント
noname#44146
学力が低下しないという前提だったということは分かりました。
また、ゆとり教育の背景に対してそういうネガティブな解釈を持っている人もいるということが分かりました。ありがとうございました。
投稿日時:2007/01/22 00:02
  • 回答No.2

ベストアンサー率 37% (4288/11421)

保護者としては、時間的な「ゆとり」を増やしたことよりも、どういう事情かは知りませんが、本来すべき勉強をしない子に対して、丁寧な指導をしなくなったことなどが、かなり大きいような気がしています。

例えば、特に小学校では、宿題をしてこなくても大して叱られない。そもそも何が宿題として出ているのか分かっていない子供も多く、それを教師がとことん分からせようとしているわけでもない。親が面談に出向いても「このままで大丈夫」と言われる。そして、成績だけがしれっと悪くなり、結果、子供は自信をなくし、ますます勉強をしなくなる。そんな調子です。

なので、中学生にもなってからですが、親が直接先生に宿題の中身を確認して、やらせるようにしたり、勉強でわからないことがあれば、親が直接先生に質問して子供に指導するようにした結果、少しずつ学力が上がってきました。
お礼コメント
noname#44146
>本来すべき勉強をしない子に対して、丁寧な指導をしなくなった

うーんこれではどうにもなりませんね。
投稿日時:2007/01/21 16:18
  • 回答No.1
ゆとり教育の本来の狙いは、放課後や空いた時間に外で遊ばせるっていう目的の為でした。
外で遊ぶ=「遊ぶルール作りや協調性を学ばせる」と言う意味においては重要です。
そこで、経験等から導かれる数値化できないテクニックや発想の転換、コミュニケーション能力等を高めるハズだったのですが、
実際の子供は、ゲーム機等で遊んでしまいました。ってのが学力低下の根本的な理由です。この責任は、親にもあります。

おそらくなんですが、大学から上の学問は答えのない世界なりますから、子供の時の経験等がかなりモノを言います。で、現状では受験勉強以外の勉強をかなり削っていますので、発想の転換等が出来なくなっています。
なので、確実に大学生の学力まで低下してます。
お礼コメント
noname#44146
ゲームで遊んでるだけじゃ空いた時間の意味がなさそうですね。
投稿日時:2007/01/21 16:16
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