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戦艦大和 沈没について

浮沈間といわれた戦艦大和ですが、沈没した主な原因とは何だったのでしょうか。

みんなの回答

  • donbay312
  • ベストアンサー率45% (92/203)
回答No.9

ちなみに最後の大爆発については、機関部(エンジン)に海水が一気に流れ込んだことによる水蒸気爆発という説もあるようです。

回答No.8

日本製軍艦共通の設計上の欠点、攻撃と航続距離、速度等に特化したため、防御がおざなりになったことに遠因があります。 米海軍の軍艦は、日本軍艦なら、確実に沈没していたであろう損傷でも、沈没せず、戦線復帰を果たしています。 大和型戦艦でも、米アイオワ級と比して、総重量に占める船体構造重量比で下回っています。 このため、米軍航空機による単一方向集中攻撃のため、損傷箇所からの浸水、及び浸水圧力による隔壁破壊、浸水増加により傾斜限界の突破を招き横転・転覆、弾薬庫内での信管作動による爆発と誘爆により艦体の破断を招いたと思われます。

  • sidennkai
  • ベストアンサー率25% (74/295)
回答No.7

武蔵は魚雷、爆弾を20発以上被弾。 大和は魚雷を8~11発被弾。 にもかかわらず、沈没までの時間は武蔵の方がかかっています。 その理由の一つに被弾が両舷側だった為にバランスが保たれてしまったことに有るようで、米軍はこの経験を生かし、大和には左舷を集中的に攻撃、これによりバランスを保つことが困難になり、努力もかなわず、転覆、あの大爆発・・・。

  • yato-gayo
  • ベストアンサー率41% (12/29)
回答No.6

注排水システムという当時最先端の不沈システムが導入されていたのですが 魚雷を左舷に集中させた攻撃には限界があったようです。

  • myeyesonly
  • ベストアンサー率36% (3818/10368)
回答No.5

こんにちは。 一番最後は、横転して弾薬庫が荷崩れを起こし、主砲弾などの弾薬が爆発したようです。 同行してた駆逐艦初霜が、一番近くにいたらしく、クルーの手記などに記述があります。 大和は左右あわせて10本程度の魚雷を受けたようですが、姉妹艦武蔵は20本以上でやっと沈んだので、米軍も魚雷を片方に集中するなど、苦心したようです。 それでも方舷10本ってのは、まさに化け物戦艦だったといえるでしょうね。

  • Tsan
  • ベストアンサー率20% (184/909)
回答No.4

米軍の攻撃で穴が開いてそこから浸水して沈んだか弾薬庫が爆発して穴が開いてそこから浸水して沈んだかそれらの複合かというところでしょうか。 まあ大和をほぼ1隻で出港させるしか策がなくなるまで出し惜しみをしたこととか真珠湾攻撃により航空空母の時代を切り開いた日本が戦艦にこだわりすぎたこととか。

  • junra
  • ベストアンサー率19% (569/2863)
回答No.3
回答No.2

すごい攻撃を受けたみたい・・・ 魚雷8本て・・・

参考URL:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C_%28%E6%88%A6%E8%89%A6%29
  • AVENGER
  • ベストアンサー率21% (2219/10376)
回答No.1

航空機の魚雷攻撃による浸水。最終的には弾薬の誘爆か。

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