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ちょっと前なんですが、バック・トゥ・ザ・フューチャー2で……

2で未来のビフが1955年の自分に、マーティが買ったスポーツ年鑑雑誌(?)を渡しますよね。 その後、ビフはまた同じ未来に戻ってきてますけど、ビフ中心の世界になった1985年で、ドクが言ってた理論と矛盾してませんか? (まぁ、矛盾点を挙げてたらキリがないんですが)

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  • 回答No.4
  • alidon
  • ベストアンサー率26% (292/1091)

…無理やり…やってみます(笑) ○マーティが過去に行った時点で、その瞬間から時間軸に沿って別の宇宙が生まれ、マーティが変更した現実を持つ宇宙と元のままの宇宙に分かれます。つまり、一つは今までの宇宙。もう一つはマーティが突然現れることによって歴史が変わる宇宙。 ○元の宇宙からはマーティが消滅(まあ、行方不明)し、新しく枝分かれした宇宙に存在し始めます。 ○1で未来に戻った時は歴史の変更は無いので枝分かれした宇宙での未来に行きました。ややこしいので元の宇宙を宇宙A、枝分かれを宇宙Bと呼びます。 ○宇宙Aではドクは死に、マーティがいなくなった現実が残っているわけです。また、宇宙Bは過去にマーティが行った行動の結果の歴史が作られていますので、ドクは生きており、また、マーティの家庭もビフの現状も変わっています。 ○宇宙Bからドクが未来に行き、マーティの子孫の危機を探知して、再び過去に戻ります。しかし、宇宙Bには未来へ行っていたドクが還ってくるという現実はありませんでしたので、ここで宇宙Cが生まれます。宇宙Cには、ドクが還ってきてマーティ達を未来へ連れてゆくという現実に沿って歴史が流れますので、彼らが未来に言った時はドクが戻る前にいた宇宙Bの未来と同じ状況になっています。 ○更にマーティが未来から持ってきた雑誌により引き起こされる様々な事件の結果、宇宙は増え続けます。多次元に。物語はどんどん生まれる次元宇宙を移動する登場人物に付き添って進みますので誰もそれには気が付きません。それどころか登場人物さえも、自分がたった今生まれた宇宙で突然存在し始めた人間だ等とは思っていません。理論上では当然ドクが気づいて然るべきですが、ドクも落雷のショックか殺されかけたショックでちょっと可笑しくなっているのでパラドックスに気が付かない… …駄目?

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質問者からのお礼

おお! こんなしょーもない質問に詳しい解説をどうもありがとうございましたー!! ドクも気づかないという辺りが笑えました(笑)

その他の回答 (4)

  • 回答No.5
noname#14127
noname#14127

 公式的な見方かどうか裏をとってないのですが、よく言われる説を。  このシリーズでは現在と過去、未来は並行してすすんでいると言う説をとっています。「1」でマーティーの持っている写真の家族がちょっとずつ消えていき、最後にマーティーが少しずつ消えそうになります。何かが起こってすぐに反応が起こるわけではないのです。「2」の場合だと雑誌を手渡した時点ではまだ未来は変わらず、その価値に1955年のビフが気づき賭けはじめてはじめて未来が変化しはじめるのです。雑誌を手渡した直後だったのでビフがちゃんと戻ってこられたのです。  ちなみに未公開ですがビフが消滅するシーンがあるそうです。変化した過去で耐え切れなくなったロレインに1996年に殺されたためだとか…。

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質問者からのお礼

なるほど……時間差なのですね。じゃあ、2でマーティ達がもっと早く帰っていれば元の世界に戻ることもできたのか…… ビフが消滅するシーンがあったというのは初耳です。

  • 回答No.3
  • mango05
  • ベストアンサー率25% (87/342)

この後、未来の老人ビフは消えてしまいましたよね? で、残ったのは腰も曲がっていないギラギラしたカジノの オーナービフ。 タイムトリップにおいては、矛盾だらけですう(^^;; ドラ●もんなんて、じゃあその空白の数時間(長い時は  数週間とか)は、残された方はどうなったんだ!?って 突っ込みまくりですよ 回答にならずスミマセン

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質問者からのお礼

ご意見どうもです。 確かにタイムトリップを扱った話なんて矛盾だらけなんですけどね^^;

  • 回答No.2
noname#13986
noname#13986

そんなの確率の問題ってことで片付けてはいけませんか?

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質問者からのお礼

確率の問題?どういう意味なのでしょうか?

  • 回答No.1

ん~~~矛盾と言ったら..矛盾だらけですね(笑 でも大筋の流れでは本当に上手く作ってあると思いますし、スピルバーグの作品の中ではかなり好きなシリーズです。 矛盾点を考えるだけでも楽しいじゃありませんか。 独り言ですが...

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質問者からのお礼

回答どうもです。 確かに矛盾点を探すのは楽しいですよね(笑)

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