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自分が嫌い。妄想におしつぶされて死にたくなる
私は自分が大嫌いです。 どう頑張っても自分を肯定することができません。なぜかわかりませんが小さい頃から自分には価値がないと思ってきました。最近では妄想の声が自分に襲い掛かってきて死にたくなります。本当に『声』ではないので幻聴ではないのですが、観念??として落ち込んだ時や何かを前向きに頑張ろうとすると襲ってきます。(『お前はだめだ』みたいな感じで)それに圧倒的に妄想の声の方が私より強いのでうちのめされて何もできなくなってしまいます。 これって直せるんでしょうか? とてもつらいのですが家族とはあまりにも性格が違いすぎて理解してもらえません。なんかの病気なのかと思って精神病棟に勤務している姉に言ったのですが、『妄想をもってる人はもっとつらいからあんたは何でもないよ。だから大丈夫でしょ』と言われました。けれど私が妄想で怒りや悲しみが抑えきれなくなって物にあたって暴れていると、『あんた頭おかしいんじゃないの?』と平気で言ってきます。 どなたかアドバイスお願いします(>_<)
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- 500歳の旅人(@tokusyubutai2)
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最近はやりの銭湯温泉や精神によく効く岩盤浴、鍼灸、整体(頭蓋骨調整ができる)、音楽療法・園芸療法など、されて、落ち着いてから、少し、考えて見られませんか?食事も影響していると思いますよ。(動物性蛋白質・白砂糖を控えて見られるとか?)・・・・玄米菜食は思考がよくなるのでされたほうがいいですよ。・・・・・・これは、データーですが、「アメリカの凶悪犯の殆どが、低血糖症(白砂糖の摂りすぎ)であった。・・・・・・・日本の少年院の暴力少年の殆どが、清涼飲料水をがぶ飲みしていた。・・・・・・・・アメリカの実験で、「不良少年たちに、食品添加物をどっさりかけた食品グループと自然食グループとに分けて実験したところ、自然食グループだけが、社会復帰していった」そうです。・・・・・・また、アカゲザルの寿命の実験で、カロリー制限あり、と無し(暴飲暴食)とで、寿命を比較したところ、制限ありの方が、長生きしたそうです。また、遺伝子(脳・腎臓・肝臓)の写真では、制限なし側の遺伝子が、欠けていた、そうです。・・・・・この様に食べ物も大きく変わります。・・・・食べ物を玄米菜食にかえて、なおかつ、温泉などに行かれて、柔軟にされてから、考えられてみませんか?
- reinosuke
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世界の見方を変えてみたら如何でしょう。 私は世界の見方を変えて随分楽になりました。 世界の中に自分がいるという見方をしていらっしゃるのではないでしょうか。 世界の中で自分を位置づけて、何か自分が世界の中で低い位置にいるとか思っておられるのではないでしょうか。 そうではなくて、自分のために世界があると見方を変えられたらどうでしょう。自分が世界をエンジョイするために世界が存在すると見方を変えてみたら如何でしょう。 自分が目を閉じたら世界はなくなる、目を開けたら世界が出てくる。自分が世界を生かしていると思われたら如何でしょう。 自分が主体で、世界が客体だと世界観を変えられたら如何でしょう。
私も同じ症状で苦しんでいますよ。 自分を否定するようなイメージばかりが浮かんできて、私の場合「叫んで」います。他人から見たら、頭がおかしくなったと思われるかもしれませんね。 家族も最近は慣れたみたいで、すかさず「大丈夫だよ」と言ってくれます。 (家族には私がこのような状態になることが多いことをあらかじめ話してあります) 家族の理解はありがたいものです・・・。 あなたが物に当たるのも、私が叫んでいるのも、辛いイメージ(声)から逃れるための・忘れるための儀式(ガス抜き)みたいなものかもしれません。 自分を保つための方法なのではないかな。だとしたら、あなたにとって必要な行為なんだと思いますよ。 中には、家族や弱いものに当たることで解消している人もいます。あなたのように物に当たるくらいはいいではないですか。 おそらく、「周りの評価でしか自分の価値をはかれない人」は、同様に辛い思いを持ち続けているのだと思います。 自分は自分のままでいいじゃないかと思えれば、症状は軽くなると思いますよ。 ただ、自分の考え方のくせを変えるのは時間がかかります。症状も急に良くなるものでもありません。 ですから、無理をせずにね・・・。 「心の声」が聞こえたら、「ああ、また私の考え方のくせだな」と思うようにするといいですよ。
- ace_in_the_hall
- ベストアンサー率11% (2/17)
こんにちは。 心中お察しいたします。 自分もどちらかとういうと世の範疇からはみでているほうです。生きていることに意味は特別ないだろうと。これではいけないと思いつつ、何もしないで惰性で生きている感じです。 失恋に近い経験をし、本やCDを聴いているうちにぴったり来るものにめぐり合い、そう重く考えることでもないと思いはじめました。でもまだ克服できていませんけれどね☆ ちなみに五木寛之さんの著書と柴田淳さんのCDです。多少は支えになってくれると思います。 自分もこの不安定状態のまま一人生きていくでしょう。心細い、支えがほしいとは正直思ったりしますが、それでもこんなもんさ、と思いながらゴーインマイウェイ! 所詮他人事となってしまいますが、人間というものは結構タフで、世の中うまくできているものかもしれませんよ。それでは。
- sleek
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自分が嫌い、自分を肯定できない、という悩みは、若い時にはよくあるものですが、 azukimaruさんの場合は、そのことで死にたいと思うほど苦しんでおられるのですね。 それほどの辛い気持ちを、家族が理解してくれないということが、苦しみをいっそう強くしているのではないかと思います。特に精神科勤務で精神疾患に対する知識をお持ちのお姉さんにも受け止めてもらえないといのは、読んでいて私も少しショックでした。 しかし、精神科といってもいろんな特性のある病院がありますから、お姉さんの職場では思春期・青年期の精神疾患を得意としていないのかもしれませんし、統合失調症の患者さんの中には発作的に死を選んでしまうほどの幻覚妄想に苦しんでいる方もおられるので、それに比べるとazukimaruさんの苦しみが取るに足らないように思えたのかもしれません。 また、精神科の勤務は大変なことが多いですから、おうちに帰ってからまでもそういったことで煩わされたくないほどお疲れなのかもしれません。 病気については医師でないものが軽々しく診断してはいけないことになっていますから答えなかったのでしょう。それに、専門的な知識があっても身内から病人が出るのは嫌なものなので、認めたくなくて冷たく突き放してしまったのかもしれませんし。 このように、たとえ家族といえどもそれぞれの事情があり、思うようにやさしくできないこともあるでしょうし、家族といっても別々の人間ですから、他人を理解するのは難しいものなのです。 家族の理解が得られないというのは、他の問題についても、実は良くあることなんです。ですから、家族の無理解について過剰に悩まないで下さいね。 お悩みの中心は自己肯定感の低さによるものと解釈しましたが、誰しもが感じる苦しみとはいえ、azukimaruさんの場合は少し心配な症状がありますよね。何かの病気と思えなくても、色々症状があるのでしたら受診することは可能と思います。 精神科の思春期・青年期外来というところでは、こういった症状を抱えた人が多く受診していますし、人それぞれの色々な経緯をたどって、それなりに落ち着いた大人に成長する人も大勢います。azukimaruさんの症状も専門的な治療で少し楽にできるかもしれません。しかし、薬だけで治るものでもないことがほとんどですから、azukimaruさんが悩み苦しむ中で自分で解決しようとする姿勢も大切なのではないでしょうか? >なぜかわかりませんが小さい頃から自分には価値がないと思ってきました。 なぜそう考えてしまうのか。そこを深く追求するのはとても苦しい作業ですが、多くの人が自分なりの答えを求めてもがいています。何かきっかけがあって、自分に自信を持てることがこれから先にあるかもしれませんし、時間をかけてゆっくり、自分を育てていく心構えも必要なのでしょう。
- kaitaradou
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私は誰にも価値などないと思っています。価値があるというのは何かの一部に組み込まれて役に立っているということです。しかし誰でも自分が存在するということそのものには価値を見出していないと思います。これは話が逆で、他の何かの役に立っているから自分には価値があると考えているだけだと思います。だからこのふたつを混同すれば、自分がいることには価値がない殻苦しいという誤った観念が生じるのではないですか。じぶんが存在することには価値がないと考えて当然と思えば気が楽になるのではないでしょうか。しかし人は生きていくためには何かの役に立たない煮たないと無理です。具体的には社会における仕事を持たなければならないということになります。社会における仕事をもてないことは自分には価値がないということと同じことだと思います。
お礼
返事が遅くなってしまい本当にすみません!!! 『誰にも価値がない』と聞いて少し楽になりました! ありがとうございます。