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カウンセリングが不安定な状況から始まっていく不安
先日、薬を変えたこともあって動揺を抱えたままカウンセリングを受けました。カウンセラーを信頼していましたし、自分でも現状に満足していて、このままカウンセリングを受けていきたいと思っていました。しかし、カウンセラーのこの日の様子はガラリと変わっていて(裏返りというのでしょうか)、治療開始の時間前に呼ばれ、慌てて面接室に行きました。面接室に行くと、思い切りカーテンを開けたり、恐怖症のその行為をしたり、途中で席を立ったり、かなり「カチン」ときました。それまで(もう始めて3ヶ月くらい経ちます)支持的だったのが、一気に分析的になり、散々直面化を迫られるプレッシャーで困惑しました。 次の予約の話しになると、自分の希望を言っても、例え空いていてもカウンセラーの都合が第一優先で、「しんどいから」とかいう理由で必ず妥協を求められます。それを断ればまた2週間後という訳で、ちょっと断れません。まるでサド・マゾをやりにいっているかのようです(そんなことはカウンセラーにいいませんが)。印象として、クライエントが手に余るので、クライエント側から治療を辞退させようと仕向けているのではないかとも疑ってしまいます。本当は降りたいのに病院勤務の保険診療行為だし、スタッフの手前もあるでしょうから、カウンセリングを断れないのかも知れないと、なんだか煮え切らない思いが渦巻いて、昨日・今日まで持ち越してしまい、腹が立ってしょうがありません。 カウンセラーもその日、面接の前に何かあったのかもしれませんし、何か理由があるとは思うのです。 腹は立っていますが、まだ人間的に信頼しているのも事実で、自分から辞退する意志はありません。 舌足らずで申し訳ありませんが、カウンセリングの枠や守りなどというものは所詮理屈であって、実際にそれ程厳密ではないのでしょうか。ワタシのほうこそ融通のきかないクライエントなのでしょうか。
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質問者が選んだベストアンサー
思っていることを感情的にならずに、カウンセラーに話してみてはどうでしょうか? 案外、簡単に解決するかもしれませんよ。 カウンセラーはどういう態度、表情がどの様に患者に映るかも分かっているはずですし、何かわけがあったのかもしれません。 もしそうでなければ、病院とのことですので主治医とも相談してみては? このまま胸に秘めて続けて行くのはよくないと感じました。
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- hamanasu_2005
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初めまして。 私も現在カウンセリングを受けている身でございます。 他の皆様もおっしゃられるようにカウンセラーに今の 状態を言うか、相手を変えるのがいいかと私も思います。 私も今のカウンセラーさんに出会うまで何人かのカウンセラー の方と対面しましたがなんといいますか、しっくりいかずに カウンセラーを変えました。質問者様のように不安定な状況 という訳ではなかったのですが、やはり相性の問題だと思います。 私の場合は大抵初回で自分がしっくりこないと、自分のその後の 精神的労力や自分の性格も踏まえて早々に変える事を選択しました。 色々思い悩んだり、気を使ったりしてしまいますので。 私もカウンセラーが定まらない当時は質問者様と同じ様に自分の 方が融通のきかないクライアントじゃないかと色々と思いました。 でも、カウンセリングってその負担をなくす為に行うもので カウンセリングそのものが負担になるのでは意味がないですよね。 初めは支持的でそれが途中で反対になってしまう、知識も経験も ある人が恐怖症のその行為をしてしまう、というのも問題かと。 傾聴がお仕事の人が取るべき行動ではないと思います。 初回の対面からそうならば納得のしようもあるかもしれませんが、 途中からそれだったら私も戸惑うと思います。 メンタルな事には信頼関係が不可欠ですよね。 遠慮なくカウンセラーを変えてもいいと思います。 私だったら、そのカウンセラーに何も言わずに変えます(笑) その事に煩わされて心をすり減らす方がキツイので。 また初めからやり直しですが今の負担を引きずるより精神的 にはずっと楽かと。
お礼
はじめまして。 回答下さってありがとうございます。 >私も現在カウンセリングを受けている身でございます。 そうなんですか。お大事になさって下さいね。 >他の皆様もおっしゃられるようにカウンセラーに今の 状態を言うか、相手を変えるのがいいかと私も思います。 ご心配いただき、恐縮です。この度の問題は治療の枠付けに関する事で、面接の中の事は面接の中の事として、責任は両方にあると思います。ただ、面接の枠付けに関してはカウンセラーに責任があるのではないのだろうか。どうなのか?というのが質問の本旨なのです。 「どうするつもりか?」「選択肢はそうないだろ」という当然の皆さんの問いかけに、正直戸惑いました。 今の所は時期をみて「その時のこと」を尋ねてみようと思っております。 >初回の対面からそうならば納得のしようもあるかもしれませんが、 途中からそれだったら私も戸惑うと思います。 ありがたいお言葉、ありがとうございます。本当に戸惑いました。 >私だったら、そのカウンセラーに何も言わずに変えます(笑) そうなんですか!なんだか、少しほっとします。(笑) 長くなって申し訳ありませんでした。
- taro2006
- ベストアンサー率32% (15/46)
#1です。 見当違いでしたらお許し下さい。 カウンセリング受けていて、同じような経験があるのですが、おそらく、カウンセラーは3ヶ月カウンセリングを行ってきて、そろそろ病気について触れていこうと試みたのではないのでしょうか? 患者としてはその分析が自分に当てはまらない様な気がして不安になり、カウンセラーに対しても不信感を持ってしまった。 カウンセラーの方もうまく行かなかったことで取り乱した。 もし、そうだとするならば、自分の心の中のわだかまり解消する意味で 思っていることを話してみては? と思いました。 あまり、人間関係として捕らえない方がよいと思います。 あと、不安感についてですが、よくなろうとしている最中です、あって当然だと思います。
お礼
>見当違いでしたらお許し下さい。 全然かまいません。回答して頂けるだけで本当に嬉しく思います。その割には抵抗ばかりしているとお見受けされるかも知れませんね。再度の回答ありがとうございます。 >あまり、人間関係として捕らえない方がよいと思います。 一部分だけ取り上げることをお許しください。「関係志向」から「問題志向」へとシフトしていっているのかも知れませんね。そういう途上であるという自覚がなくもないです。「自分がやろうと思ったことを面接者がやっている」今ここで起っていることは、自分が面接者に振付けたもので、面接者はそれを演じているのではないか。そんなことも考えたりしました。 不変不動の「枠」の中でならそういう了解の仕方もあろうかと思います。 「枠付け」に問題が及んでいることが問題であるというのが、なんとも切ないのです。それが壊れると、サド・マゾ関係の温床にもなりかねないと危惧しております。少しオーバーでしょうか?
>腹は立っていますが、まだ人間的に信頼しているのも事実で、自分から辞退する意志はありません。 ということであれば,変える必要はないと思いますけど・・・ カウンセラーも人間ですから,波があるのでは。何か治療上の思惑があるのかなあ。 しばらく様子をみてはどうでしょう。
お礼
回答下さり、ありがとうございます。 >カウンセラーも人間ですから,波があるのでは。 そういう面も含めて信頼していました。しかし、リミットの範囲内で治療が成立する以上、それを揺るがすような振る舞いは如何なものかと思うのです。 「枠」が成り立たなけれは治療の意味をなさないと思うのです。治療者ー患者関係が成り立ちませんから。 >しばらく様子をみてはどうでしょう。 以上の面を含めて信頼できるかどうか、様子をみたいと思います。
- hina_beautiful
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私は今、カウンセラーになるために学校へ通い、心理学を学んでいる者です。 少ない知識の中で触れさせて頂くと、カウンセラーは受容的であるべきポジションです。 >支持的だったのが、一気に分析的になり、散々直面化を迫られるプレッシャーで困惑しました カウンセラーは、絶対に『支持的』であってはなりません。 あくまでも、クライエントさんの「手助け」をするのみです。 >カウンセラーもその日、面接の前に何かあったのかもしれませんし、何か理由があるとは思うのです カウンセリングの枠や守りなどというものは所詮理屈であって、実際にそれ程厳密ではないのでしょうか。ワタシのほうこそ融通のきかないクライエントなのでしょうか これは、クライエントであるhelplessさんが、気を遣うことではありませんよ!!! カウンセリングは、クライエントに極力合わせて行うべきです。そして、カウンセラーは、自分の感じ方や考え方等を一度横に置き、クライエントの感じ方考え方を受容する立場です。 一度、向かい合ってみるのも必要かとは思いますが、堂々巡りをするのであるならば、別のカウンセラーにカウンセリングを受けるほうが、helplessさんのためではないでしょうか?
お礼
回答頂きありがとうございます。 >これは、クライエントであるhelplessさんが、気を遣うことではありませんよ!!! まさにそこなんです。 そんなことは心配しないでこれまでこれたのですが、この間はカウンセラーの振る舞いにちょっと驚いてしまいました。時間を守らない、粗暴な振る舞い、席を離れる、恐怖症の対象となる行為などです。自分の問題だけでなく、同じように悩んでいられる方がいらっしゃるのではとも思い、質問させて頂きました。 >カウンセリングは、クライエントに極力合わせて行うべきです。 そのへんの理屈、治療構造と生々しい現実とのギャップに不安を持った次第です。あくまで治療の場は治療の場としてあって欲しいと思うのです。「形」はとても重要だと思うのです。 >一度、向かい合ってみるのも必要かとは思いますが、堂々巡りをするのであるならば、別のカウンセラーにカウンセリングを受けるほうが、helplessさんのためではないでしょうか? 正念場だと思います。クライエントの振る舞いに「限界設定」をカウンセラーが求めるのが通常なのだと思うのですが、これでは逆(ギャグ)のようです。 自分が感じた「限界」を話した上で、辞退するなりを考えたいです。ほんとうはこの日だけのことであって欲しいというのが、今の率直な思いです。 補足的なお礼で申し訳ありませんでした。
お礼
回答いただき、ありがとうございます。 >思っていることを感情的にならずに、カウンセラーに話してみてはどうでしょうか? >このまま胸に秘めて続けて行くのはよくないと感じました。 仰るとおりだと思います。このままでは泥試合をすることになってしまいそうですので。 多少、クライエントの責任の範囲を超えていると感じますが、融通をきかして話し合うのも現実的かもしれないです、落ち着いた精神状態であれば。 目下の気がかりは「枠付け」と「守り」がカウンセラーのさじ加減でコロコロと変わってしまうことで、それがなければ「治療関係」と「普通の人に相談」するのと、なんら違いがないのではと思うのです。 不安定な枠の中に入るのは御免こうむりたいのです。 他の方はこうした不安を持たれたことはないのでしょうか。治療内容に対してではなく、始まる前から不安定な枠の中にあると感じられたことはありませんか。