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あなたの「一番の思い出の競走馬」は?

日本のレースに出走したことがある競走馬のみでお願いします。理由などもお願いします。 一番ですの一頭です。

質問者が選んだベストアンサー

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  • yaasan
  • ベストアンサー率22% (2728/12284)
回答No.7

アルゼンチンタンゴ。 運さえあればね。運さえ。

popoumauma
質問者

お礼

私と同郷のライスシャワーが出ないので、同期のアルゼンチンタンゴで。

その他の回答 (8)

回答No.9

私は競馬歴が40年を超えておりますので、「思い出」のある競走馬はたくさんいますが・・・、 ・ウインザーノット この馬を挙げておきます。彼が2着になった天皇賞(秋)、私は友人たちと一緒に東京競馬場のゴール前におりました。ウインザーノットからしこたま馬券を買っていた私は、直線で「ウインザー、粘れ~!」と絶叫してしまったのです。そのお蔭か、馬券を的中させ、帰り道に勝ったサクラユタカオーのオーナーが経営する焼き肉店でお腹いっぱい焼き肉を食べることができました(優勝記念で半額セールをやっていました)。 で、当時の自宅に帰って夜のスポーツニュースを見ると、天皇賞の映像が流れ、私の「ウインザー、粘れ~!」の絶叫までオンエアされてしまいました(笑)。

  • ginga2
  • ベストアンサー率12% (576/4567)
回答No.8

シャコーミキスキー 朝から後楽園の場外に行って、外しまくりボロボロになって 最後の12R、全部突っ込んだ馬券の2~3着争いで 外したと思って馬券捨てて、帰ろうと歩き出しなかなか 確定しないからチラチラモニター見てたら2着に入ってて 急いで馬券捨てた場所まで拾いに戻った思い出が有ります。 捨てた馬券が当たってたのは、後にも先にもこれだけです。 その後この馬が出たレースは必ず買ってた記憶が有ります 随分と儲けさせてもらいました。

noname#198792
noname#198792
回答No.6

オルフェーブル♪ 理由はあの、阪神大賞典のインパクトが忘れられなくて。 馬券する人にとってはとんでもないことなんでしょうけど あの後の追い上げもありえない、と思いました 強いんだけどチョコチョコ「やらかす」感じが記憶に残りますね。 ああいうやんちゃな子は「馬だから」っていう競馬の面白さがあって好きです。

回答No.5

テンポイントにしようか迷いましたが、 オグリキャップにします。笠松で主にアンカツさんが乗っていましたが、 JRA転向後の連戦連勝(クラシック登録していれば3冠取ったと思います)、 1歳年上のタマモクロスとの激闘、最後の競争となった 有馬記念での勝利。故大川啓次郎氏の「ライアンライアン」の叫び声は今でも忘れません。 オグリキャップブームも巻き起こり大人気でしたね。UFOキャッチャーでオグリのぬいぐるみを 夢中で取ろうとした記憶があります。

popoumauma
質問者

お礼

このレースは浪人時代初めて馬券を買ったレースでした。大川慶次郎氏はノリを高く買っていたので。ただ、これで競馬ファンの多くから嫌われるだろうなと思っていました。という私もホワイトストーンからいっていましたが。 UFOキャッチャーでかなり競走馬を獲りましたが、オグリキャップは獲っていないですね。 タマモクロスとの芦毛対決は見応えのあるレースでした。どちらも主戦が南井克己で。このレースから約10年間秋の天皇賞は1番人気が勝てないと言われることに。ただ、この一戦は一騎打ちだったので。 テンポイントはリアルタイムではわかりません。映像は何度も見たことはありますが。

  • mota_miho
  • ベストアンサー率16% (396/2453)
回答No.4

イソノルーブル。 我が家の家族全員で応援していた馬でした。引退後、浦河の牧場にその姿を見に行ったことがあります。    

popoumauma
質問者

お礼

イソノルーブルと言えば松永幹夫。桜花賞で落鉄したオークス馬。

  • etranger-t
  • ベストアンサー率44% (766/1736)
回答No.3

一番を選ぶのは難しいですが、思い出と言うよりも思い入れが一番強かったのは「ビワハヤヒデ」ですね。 競馬友達と同じような話をすることがありますが、ほとんど共感されることがありません…笑 クラシックは菊花賞の1冠だけで、GIも3勝と飛び抜けたものでもありませんでしたからね。 しかし、デビュー以来15戦連続連対は、大昔のシンザンに次ぐ史上2位の記録で、未だに破られていません。生涯最後のレースとなった’94天皇賞(秋)でレース中に屈腱炎を発症して5着となりましたが、そのアクシデントが無ければ連対していた可能性は大きかったと思っていますし、その年の有馬記念での3冠馬ナリタブライアンとの夢の兄弟対決も実現されていたことでしょう。 ’93にはGIは菊花賞の1勝だけにも関わらず年度代表馬にもなったくらいですから、その安定性と強さは疑いようもありません。 ビワハヤヒデと入れ替わるように引退した名馬ミホノブルボンは生涯連対率100%ですが、出走数が少なく、綺羅星の如く去って行った印象ですが、ビワハヤヒデは2年以上にわたって連対を外しませんでした。 当時の馬券は3連複などはありませんでしたので、馬連でビワハヤヒデを軸にしていれば必ず勝たせてもらったことは今でも忘れません。 また、勝ち方も終始先行し、最終コーナーで早々と先頭に立ってそのまま後続を引き離す勝ちっぷりには凄さを感じたものです。 通算16戦10勝、15戦連続連対、距離も短距離から長距離まで苦にしない、というオールラウンドな強さと実績を持っていながら、世間の評価が低すぎると思います。GI3勝では物足りないのでしょうかね…。 オグリキャップやメジロマックイーンは「芦毛の怪物」と言われましたが、ビワハヤヒデは「最後の芦毛の怪物」だと思います。 決して裏切らない馬だったビワハヤヒデは、今でも私の一番です。

popoumauma
質問者

お礼

成長力でライバルだったナリタタイシン、ウイニングチケットに秋以降差をつけ現役最強馬に。当時1番人気が勝てない秋の天皇賞の時は、今年はさすがにと思っていましたが。残念な結果で。浜田調教師の悔しそうな会見での表情は忘れられませんね。共同通信杯後降ろされた岸滋彦も降ろされた時悔しそうにしていましたが。 弟との最強馬決定戦は幻になりましたね。 (疲れてきましたので、その他回答をして頂いた方には、後でお礼のコメントを致します。有難う御座いました)

  • stm003
  • ベストアンサー率29% (46/154)
回答No.2

かなり昔の馬ですが、一番思い出(記憶)に残っているのは 『ヒシアマゾン』 です。 それは1994年の有馬記念での出来事です。 私は取引先の人と一緒に競馬場に行きました。 当時はネットも無く、競馬場やウインズに直接馬券を買いに行くのが主流で、私と一緒に行った取引先の人は共に、それぞれの会社の同僚から有馬記念の馬券を買ってくるように頼まれていました。 その有馬記念の一番人気は、名馬ナリタブライアンです。 ライバルの出走回避などもありナリタブライアンの一着が完全に決定している超鉄板レースだと言われておりました。 後はどの馬が2着に入るかを予想するだけです。 私は同僚13人から頼まれた分も合わせて約35万円分の馬券を購入し、一緒に行った取引先の人も彼の会社の同僚から頼まれた分も合わせて全部で80万円ぐらいの馬券を購入しておりました。 二人+それぞれの会社の同僚達の115枚の一万円札が全て馬券に変わりました。 レースが始まるのを待ちながら私達はその日の夜何を食べようかと相談しておりました。 もう少しすれば115万円を掛けた銀行レースが始まるのです。 大穴・中穴もすべてカヴァーしてあります。絶対に儲かるレースなんです。 レースが始まる直前に今夜は寿司を食いに行き、高い日本酒を飲もうという結論でまとまりました。 そして有馬記念が出走し、当たり前のようにナリタブライアンが2着を三馬身離してゴール! 問題は2着です。 私達は掲示板を見て震えました。 『ヒシアマゾン……。買ってねぇ…』 当時、牝馬は今のように強くなく、グランプリで連に絡むなんて絶対無理…というのが私達のレース前の見解でした。 同僚から頼まれた馬単・馬連の23通りの馬券の中にもヒシアマゾンの馬番号が書かれた物は一枚も無く、115万が露に消えました。 競馬場からの帰り道、二人の手持ちの金は合わせて1800円でした。 身体も心も冷え切った二人は、寒い師走の夕暮れの中、なけなしのお金で素うどんを食べて帰りました。 後日、会社の同僚にハズレ馬券を配り、13回の溜息を聞きました。 あんなに辛かった年の瀬は未だにありません。 恨むのは筋違いですが今でも『ヒシアマゾン』の名前は心の隅に刺さっています。

popoumauma
質問者

お礼

ヒシアマゾンの思い出は、当時の条件でのNZTのパドックでカメラ目線だったことです。大したもんだなあと思いました。レースも勝ってますし。 米国帰りだった高松宮杯(G2)で3頭買いしていてマチカネタンホイザとダンシングサーパスでの馬連を獲ったことです(40倍以上のオッズに5千円)。 その有馬記念の時はライスシャワーの単勝を買っていました。3着で。 当時外国産馬にもクラシック出走権があったら牝馬三冠は獲得できたでしょうか?やってみて欲しかったですね。エリザベス女王杯は意地でしょうね。

  • 23567
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回答No.1

トウカイテイオー 今のサラブレッドと走るフォームが違う

popoumauma
質問者

お礼

トウカイテイオーは可愛い顔をしていましたよね。フォーム的には首の使い方が上手いというイメージがあります。幻の三冠馬ですね。 当時府中に住んでいましたが、トウカイテイオーの昼休み中の引退式は寝坊のため間に合いませんでした。そのかわり東京のメーンで皐月賞2着馬シャコーグレイドが久々に勝利したので良かったなあと思いました(花を添えた形)。

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