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同感? 国のお荷物だから死ね 反論できますか?
私はひきこもりニートです。 とあるサイトで知り合った人に「ひきこもりニートはいますぐ死ね。親が死ぬ前に先に死ね。頼むから死ね。生活保護は汗水垂らして働いている立派な日本人の血税から出ている。それをお前みたいななんの価値もない奴が頂戴していいと思うか?思わないだろう?お前が消えるのが日本の為だ。愛国心ぐらいは持てこの屑。」と言われました。 みなさんも同感ですか? 私は「親が死んだら孤独でどうしよう」と言いました。上の発言はそれに対するレスでした。 反論できませんでした。 みなさんはひきこもりヒートじゃありませんけど、みなさんだったら反論できますか?反論しますか?
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質問者が選んだベストアンサー
ニートはお荷物ですが、それを背負うのが国というものです。 勿論ニートから脱し、勉強したり働いてくれる方が助かりますが。 国に属しその恩恵を受けているのだから、国の荷物を共に背負うのが国民です。 嫌なら出ていけば良い、国を捨て生きていけるなら、そうすれば良い。 それが自由というものです。 愛国心を持て、というのは同感ですが、それは「死ね」には直結しません。 日々感謝する事、身近な人を助ける事、それも愛国心です。 親の手伝いも巡り巡ってお国の為です。 情けは人の為ならず。 まずは出来る所から始めましょう。 そしていつか胸を張って反論しましょう。
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- o-yuki-o
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私が同じ立場なら、不快になって無視するか適当に聞き流すでしょう。 全ての人に反論する義務はありません。 私が「親が死んだら孤独でどうしよう」って聞いたら たぶん「生活保護もあるから、心配ないよ」って答えると思います。 日本では生活保護が受けられます。 それが日本のしくみなのですから活用しましょう。 日本のしくみにしたがって生きるのも、私は日本の為と思いますよ。 私がその立場になったら、胸をはって生活保護を受けながら 簡単な仕事で、数時間だけになるかもしれませんが、自立しようとします。 今までがどうであれ、取り戻せません。これから先をどう生きるかが大事です。 それがささいで、ちょっとしたことでもです。 「どうしよう」っていうのが、収入ではなくて孤独でさみしいのを差しているのでしたら 「全然さみしくないよ。ちょっと質問しただけでこんなに回答が返ってきてるじゃない!」と言うかな
- wamodan
- ベストアンサー率10% (13/123)
わたしもいわゆるひきこもりだし、定職にはついてないからニートになるんだろうけど別に死ぬ必要ないから生きてますしこれからも生きますね。 だって誰にも迷惑かけてないもん。 ちゃんと自活してるし。 ニートが必ずしも生活保護受けるわけじゃないしね~。 その人の言ってるコトは極端過ぎる気がします。 それに生活保護って受けれるとなったら、審査に通ったってコトなんだから別に血税がどうのとかどうでもいいじゃん。 もらえるもんはもらえばいいじゃん。 わたしはそう思う。 ただのひがみで言ってる奴らは相手にしないのが一番♪
- cucumber-y
- ベストアンサー率17% (1846/10420)
反論募集と感じました。 ======以下反論========== ニートでは無い人もたくさんの人に迷惑かけながら生きています。 誰もが申し訳ないという気持ちもありますが、コレについてはただただ感謝。 いつか返せたらいいな。くらいで真剣に全ての方に返す方法を模索し続けながら生きているわけではありません。 「迷惑かけた。では死のう。」と実行できるのはご回答者さんだけではないでしょうか。 (よく今まで生きてこれたと感心しきりです。) 愛国心?国のため? 私は日本という国より自分の命が大切なのでそんなことで死ぬわけありません。 『愛』というのは強要されて持つものでも無いでしょう。 もっと身近な大切な方々に迷惑かけて生きているのに国なんて話もしたことない相手を持ち出されても・・・。 国も私の名前などイチイチ覚えてないでしょう。 たかが税金や福祉で個人に掛かる金額程度と「命」を天秤にかけられるとはご回答者さんの命は破格の安さですね。 そんなに安い命なら気軽に死ねるのでしょうね。 命に価値がないと単純に考えられて楽そうで、ある意味羨ましい。 ご回答者さんが自分の命にどれだけ安値を付けられても自由なように私にもその自由はあります。 残念ながら、私の命はご回答者さんの命ほど安くありません。 =====以上===================== こんな感じでそのサイトにおける「補足」か「お礼」に書き込んで、後はブロックしておけば幾分気が晴れませんか? 私はよくされるほうですが。(笑)
- Lupinus2
- ベストアンサー率26% (1802/6710)
結局あなたはどうでしたいのですか? 自分がひきこもりニートであることに満足して、今の生活を死ぬまで続けて生きたいのですか? 親が死んでも自分の生活が続けられればいいのですか? そうであれば、死ねとまではいいませんが、あなたが死んでも私は悲しみません。 生きようと必死になって、もがいて、苦しんだ末に亡くなったのなら、涙を流します。 生きる価値のある人間と無い人間。どこに違いがあるかと言えば、生きる気力があるかどうかです。 この質問にはあなたの気持ちがありません。 人から何と言われたかではなく、自分が何をするかです。 人間の命なんて、安いものです。 重いのは、人の気持ちです。 生きたければ必死になって生きればいい。 死にたいのなら、止めません。私の目の前で死なれると気分が悪いので、見えないところで死んでくれれば文句は言いません。
- もこ猫ミクにゃん(@miku-chi)
- ベストアンサー率31% (3133/9934)
ニートの引きこもりでなくとも親が死んだら孤独になるのは結構いるのではないでしょうか。 ニートの引きこもりみたいな状態になったことはあります。 病気と怪我そしてリストラの結果ですが・・・ なりたくてなったわけじゃないからそんなこと言われる筋合いは無い!と反論します。 今の時代まともな給料がもらえる所なんて病歴がない人しか雇ってくれないんです。 ましてや闘病中なんか相手にしてくれません。 体の一部が不自由でも日常生活ができる真っ正直な人になんか障害者手帖も交付されないのです。 仕事を選ばないで今の仕事をやっていますが、体力的にかなり辛いし本当に給料が少なくて結局援助なしでは生活できません。 (俗に言うワーキングプアです) ちなみにこちらでの最低賃金は生活保護より安いです。。。 外に出ているだけでニートとはそんなに変わらないように感じることが多多あります。 時々耳にするニート(ネット)起業家のほうが世のためになっていると思います。
- iwashi01
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質問者さんは、「親が死んだら孤独でどうしよう」と言ってどんな答えを期待していたのかなあと思いました ひきこもりニートに限らず、身内が少ない人は、「この人が死んだら孤独になっちゃう」と思っていると思います 質問者さんだけじゃないです よって、反論するとしたら、 「あなたは親が死んで孤独に思わないのか?」ぐらいかな 税金で養われるか云々は、反論しようもないでしょう 自活する気があればそう反論したらいいと思うけど
まぁ、言い方とゆうのが、あると思いますが。 でも、それ以上に、死んだ方が世のためになる人間は、いっぱいいると思います。 「天下り」で、通勤だけはしているが、ひがな一日、何もせず高給、高額退職金をせしめる者。 悪質な出会い系などのサイトを運営する者。 老人専門に、詐欺を働く者。 その他大勢!
- localtombi
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その人はかなり辛辣な言い方ですが、言っていることは分かるような気がします。 ニートの状態で親御さんがなくなったら生活の糧を得られなくなるのですから、生活保護なり福祉の力を借りないとどうにもならないでしょうね。 ただ、その人が言いたかったのは、“将来そんな寂しい思いをすることが分かっているなら、だったら今のうちにニートから抜け出して働くなり、引きこもりから脱却するなりの努力をしろ・・・”ということなのかも知れません。 またその人は、“税金を払わないのに福祉サービスを受けるなどもってのほか”とも言いたげですが、「税金を払わない」のと「払えない」のでは大きな違いがあります。 ニートは「働く意思のない怠け者」のような感じで見られることが多いですが、そのやむにやまれぬ背景でそうなってしまったことがあるとしたら、一種病的な感じもあるので、まずはカウンセリングなどを受けるべきかと思います。 親の庇護の元で、何の不自由もなくただ歳を取っていくだけで自分からアクションを起こさないのならば、「税金を払わない」と思われても仕方がないような気がします。
引きこもりも、ニートも、鬱病も、失業者も、病人も、いずれは元気になって健康に仕事について、社会のためになりたい。 学歴が足りないなら、夜間に勉強する。仕事経験がないなら、簡単に出来るバイトを頭を下げて探しまくる。うつは手強いけれど、専門家に任せるか、せめて体だけ動かす。失業者は健康なんだから、時間をボランティアや育児など今まで出来なかった事をして、社会に貢献する。病人は快復に専念しながら、将来のプランを立てる。 その醜い罵倒に対する私の回答。もし私が言われたら、「どうしても今は家から出られないけれど、1年だけなら許してくれますか?」と休養中であるとうったえます。 実際そう思うのです。精神的に外との交渉を持ちたくなくとも、永遠に中に隠れる事は出来ません。季節が変わって衣替えをするように、自分も少しずつ変わって行かなければ。ゆっくり落ち着いたら、後は階段を上ります。
そういえば、ひきこもり同然だったときがあった気がします。といっても、まったくそういう自覚はなかったのですが……。一人で独立して仕事をし始めてしばらくした頃です。仕事は、メールのやり取りで済み、納品もメールで済んでしまいます。食料品や生活必需品は今やネットでなんでも届けてもらえます。気がつけば何ヶ月もアパートに閉じこもったままだった気がします。けれど、自分がひきこもりとまったく思わなかったのは、仕事をしてお金を稼いでいたからだと思います。 「本の雑誌」というのがあります。これを始めた目黒さんは、もともと仕事もせず自宅にこもって本ばかり読んでいた人です。それで読んだ本の感想などを書いたりしているうちに、知人などに「面白いから雑誌にしてみろ」と言われ、気がついたら社長になっていたようです。 ひきこもりとか、ニート(無職)というのは、人間、ときとしてなることはある気がします。というか、そういう境遇に絶対にならないとは誰しも保証できないと思います。ただ、そうしたケースと、いわゆるひきこもり・ニートは、やはり何かが違います。 ひきこもりと、引きこもって何かをしたい人は違います。またニートと、無職や失業者も違います。それは、うまく表現できませんが「やるべき何かを持っているか」ということだと思います。私は一時期、何ヶ月も部屋に引き篭っていましたが、それはやるべきことがあったからでした。失業している人も無職である点はニートと同じですが、次の仕事を見つけようと考えている点でニートではないでしょう。 つまりは、「ひきこもりニートかどうか」は、実は物理的な要因ではなく、多分に心的要因に過ぎないのかも知れません。ある日あるとき、心の持ちようが変われば、そうでなくなるのかも知れない。相変わらず自宅に引きこもり、お金を稼いではいないとしても、心構え一つで「ひきこもりニート」ではなくなるのかも知れない。 今は、外出せず、人と合わずとも、何かできる時代です。時間だけはたっぷりある、でしょう? 自分の好きなことを何かおもいっきりやってみるとか、その成果をWebで発表したりとかするだけで、ひょっとしたら何か新しいことにつながるかも知れない。ひきこもりだけどネットで自分の好きなことをいろいろ発信しているうちに広告費でそこそこ収入もできてその分野で仕事も来るようになった……なんていう「ひきこもり社会人」という人もいます。「今はひきこもりニートだが、明日からは違うかも知れないぞ」ぐらいに返事してみたらいいんじゃないでしょうか。やることはかわりなくとも、心構え一つ違うだけで世の中違って見えることもありますから。
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お礼
人がどう言おうとも、それは何十億分の1の意見であって、それに左右されることは無い。と念頭に置いておこうと思います。 ありがとうございました。 みなさんありがとうございました。