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教員に研究の指導をしてほしくないと言った学生について
同じ研究室の4回生のことについてです。4回生は専任講師の教員がゼミをするのですが、毎週注意をされているのが腹が立ったらしくてその学生が先生に、「うるさいなー。講師の身分のくせに偉そうに喋らないでください。あなたたちの指導なんかなくても一人で卒論書きますからほっといてください。」といいました。僕や周りの学生は一瞬で凍りつきました。何を言ってるんだこいつはという感じです。 それ以来教員がその学生に関わることはなくなったので、その学生は1人で実験して1人で論文を書いています。僕たちは卒業できなくなるから謝ったほうがいいと言ったのですがその学生は絶対に謝らないらしいです。 本当にどうしようもない学生なのですがここで気になることがあります。 (1)指導教員なしの単名で卒論を提出したら受理されるのでしょうか? (2)もしその学生がとてもすばらしい卒論を書いたとします。それでも担当教員が卒業させないといったら卒業できないのでしょうか? (3)生意気な学生は卒論不合格にしても来年が邪魔なので卒業させるということも考えられるのでしょうか? 教えてください
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質問者が選んだベストアンサー
Ano.1です。 どうでも良い補足。 質問者様が「受理」をどういう意味で使っているのか疑問ですが。辞書通りの意味に取るならば、、受理はあくまでも受領するだけですので: 卒業論文の提出先は 1.指導教員 2.事務 3.学科長 と、大学(学科)によっていろいろスタイルがあります。 1.の場合は当然受理されません。 2、3の場合は受理はされると思いますが、表紙に「指導教員 ○○」が書かれていないわけですから、所定の形式を守っていないという理由で突き返される可能性もあります。 また、卒論の提出締め切り以前に指導教員が「今年度の卒論執筆者とテーマ一覧」を事務に提出するようなところもあります。この場合だと、当然そのリストに載っていない学生は論文を出しても受理して貰えませんね。 いずれにせよ、これはあくまでも受け取って貰えるかどうかだけのことで、その後の審査で不合格になるでしょうね。あるいは、審査の対象外とされて、審査以前で捨てられるか。
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数学あたりであればありえないとはいえませんが、それ以外ではすばらしい卒論を書くこと自体ほとんどありえません。 それで卒業させることもできるでしょうし、させないこともできるでしょう。 卒業させない根拠というのは、卒論というのは研究指導の単位というのも含まれるのが通例です。仮に卒業研究の単位が出ても、研究指導の単位が出なければ卒業できません。 (3)の可能性もあります。まあ、放って置けばこなくなるでしょうから、放置プレイという手もあります。まあ、いずれにせよとんでもない暴言ですね。私の判決は「謝罪があるまで放置」です。
(1)指導教員なしの単名で卒論を提出したら受理されるのでしょうか? 本サイトよりも、大学の事務室に聞いた方が良いと思いますが、通常卒業論文は、担当教員が認めないと(指導教員の署名がないと)受け付けてもらえないことになっているはずです。受け付けてもらえても卒業審査の段階で、取り扱いに疑義が生じる可能性もあります。 (2)もしその学生がとてもすばらしい卒論を書いたとします。それでも担当教員が卒業させないといったら卒業できないのでしょうか? すばらしい卒業論文かどうかは一義的には担当教員が判断します。明らかに教員に問題がある場合は、教授会等が介入する場合もありえますが、多数の学生にかかわることでなおかつ新聞沙汰になった場合がほとんどだと思います。暴言を吐いた文面の学生一人だけの話が、大事になるとは考えにくいです。 (3)生意気な学生は卒論不合格にしても来年が邪魔なので卒業させるということも考えられるのでしょうか? 特にトップレベルではない私大であれば、十分に考えられます。
- 430SCV
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No1の方がおっしゃっているのでほぼ間違いはありません。 被りますが、お答えします。 1)基本的に指導教員無しの場合受理されません。研究をしたことの無い者が行ってもただの自由研究の延長にすぎません。指導教官無しに個人で論文を書けるのは大学院に行ってからです。多くの大学は指導教官無しでは認めないはずです。 2)担当教官が「ダメ」といったら絶対卒業できません。多くの場合卒論の審議には『主査』と『副査』の二人(場合によっては副査が複数の場合もあります)と指導教官で審議します。この場合誰か一人でも認めなければ卒論が通らないため卒業はできません。 3)考えられなくも無いですが、おそらく卒業は無理でしょう。 教官と仲が悪いようなら教官だって人間ですからそんな生徒は通さないでしょう。 おそらく「来年もやれば?」ないしは「大学の評判も考えそんな生徒は卒業させない」「卒業させたら恥ずかしい」との見解で卒業は無理だと思います。 今の状況からすると、世紀の大発見でもしない限り卒業はかなり難しいと思います。卒論を甘く見すぎですね。 普通、論文は何度も指導教官に見せ、指示をもらい、真っ赤になるまで修正してやっと出来るものです。それでも卒業発表のときは他の先生に突っ込まれたりして、修正がかかる場合もあります。 どうしても指導教官に頭を下げたくなければ、研究室を変えて他の指導教官から指導をもらう手もありますが、 やはり今の指導教官に指導をもらうのが寛容かと思います。
- a-saitoh
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1.卒論と俗に言いますが、実態は論文ではありません。つまり、論文の出来を評価するものではなく、あくまでも「所定の指導を受ける」ことによって単位認定がされるものです。ここが、博士論文とは違うところ。 受理してはいけないというルールはないと思いますが、受理されなくても文句は言えません。 2. その通りです。 基本的には、卒業研究の単位認定は指導教員がするものです。ただ、卒業研究は即留年に繋がりますので、訴訟したら・どうなるかなぁ。??門前払いはされないと思いますが(卒業に関係のない科目の単位認定は担当教員の大幅な裁量を認めた凡例があったはず)、暴言を吐いて指導を受けることを拒否したという事実がありますから勝訴するとは思えませんが。 とはいえ、素晴らしい論文を書けるとは思えませんけどね。 素晴らしい論文が書けそうな人なら、毎週のゼミで注意を受け続けたりはしないのではないかと。かなりの優等生でも、論文は指導教員なしには書けません。真っ赤にペンを入れられて大幅に修正して何とかなるのがふつう。旧帝大の学生でもそうですから。 3.考えられます。 一方。うっと惜しい学生は卒業証書をくれてやってとっとと追い出すという場合もあります。