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東城和実先生の小学館時代の作品

「炎の蜃気楼」の初代挿絵として有名(他色々活躍されてますよね)の東城和実先生の、小学館時代の作品の行方をずっと知りたかったので質問いたします。 公式サイトのプロフィールに「1983年に少女コミック(小学館)でデビュー、4年間くらい小学館で描いていた」旨が記されています。 作品リストも載ってますが、小学館で描いたものは一切載っていないんです。 1983年頃、私は小学生でちゃおを愛読していました(1974年生まれ)。ちゃおの増刊号に、今の東城先生の絵とほとんど同じ絵柄で、でも違うペンネームのまんが家がよく作品を発表されていて、私は当時その作家がとても好きでした。 しかし中学生になりマンガから一時完全に離れたため、その先生がその後どうしたかどころか、名前まで忘れてしまいました。 その後高校生になり、文芸部に所属、自然に本屋の文庫コーナーに立ち寄ることも多くなり、そんな中見つけたのが集英社コバルト文庫「炎の蜃気楼」第1巻の表紙。イラストは「東城和実」。 正直驚きました。 部活仲間が新書館の「ウィングス」とかをよく買っていたので、東城先生が当時新書館で描かれていた(黒いチューリップシリーズのこと)のはすぐに解ったのですが、インターネットどころかパソコンも普及していなかった時代、小学館時代のことは調べようがありませんでした。 どなたか当時のペンネーム、当時発表された作品がどうなったとかご存知の方はいらっしゃいませんでしょうか。うろ覚えですが当時のPNは「○子」と子付だったような(苗字に関しては完全に記憶がありません)。 今から20年くらい前の話で今更と思われると思いますが、どうしても気になるので回答いただけたら幸いです。よろしくお願いします。

noname#18656
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東城和実さんの以前のPNは『宮畑牧子』ではないでしょうか? 「ちゃお 宮畑牧子」で検索すると、いくつかのページに「宮畑牧子→東城和実」というものがありました。 URLは貼りませんが、ご確認下さい。

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質問者からのお礼

確かそんな名前でした!!検索してみたら、改名したまんが家についての掲示板があり、その中にもはっきりと書いてありました。 しかし当時のちゃおの付録のコミックスがオークションに出ているくらいで、ほとんど残ってないみたいですね…。 でも長年の疑問が解けました!!ありがとうございます!!

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