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  • ウインドゥの大量オープン

     インターネットの時の特になんですが、たくさんのサイトを開いたときに、家のXPパソコンは6つ以上サイトを開くとタスクバーに「6InternetExplorer」クリックするボタンがひとつだけになり、クリックすると、どのサイトを開きたいか一覧が出ます。しかし、仕事場で使っているXPパソコンは、それよりも多くの数のサイトボタンがタスクバーにたまり、ある程度たまると右端に上下の別のボタンが現れ、別のページみたいな感じで、ページめくりしてサイトをクリックするタイプになります。私は前者に統一したいのですが、これを変更する手だてが解りません。ちと、文章では表現が難しく、伝わりづらいかと思いますが、ご教授願います。

  • 英訳をお手伝いいただけませんか?

    いつもお世話になります。友人に出産の経緯などを伝える手紙を書いています。 ようやく、文章もまとまってきましたが最後にどんな感じで締めくくったらよいのかでまたつまづいています。 「もうしばらくして、娘が歩けるようになったら家族でオーストラリアのあなたのもとを訪れたいと思っています。」 と書きたいのですが・・・・ I would like to visit Ausutralia to meet you with my family after my daughter will be walk well. またまた、なんかしっくりこないのですがこれで通じますか? ほかに良いひょうげんはありますか? あと、手紙の締めくくりに使う言いかたで気の利いた表現がありましたたら教えてください。 よろしくお願いします。

  • 「恋愛成就」以外の言葉を教えて下さい。

    絵馬に御願い事を書くときに、「恋愛成就」と書いたりしますよね? 恋愛とは、特定の相手がいるときの言葉のようですが(辞書を引くと)、 たとえば、特定の人がいなくて、誰かと恋愛をしたいということであれば 他にどういった言葉があるでしょうか? 「良縁成就」なども考えてみたのですが、良縁だと恋愛に限った言葉ではないので 恋愛相手に限った言葉であれば他にどんな言葉があるのでしょうか? 「いい人にめぐりあって、その人とつきあえますように」みたいな意味だけれど 文章にならず簡潔に表現したいのですが・・・何かあったら教えて下さい。

    • noname#14879
    • 回答数2
  • このような情景の俳句の作り方について

    俳句を初めてみようかと思っている物です。 今、現在知っていることといえば、575であることと季語がある。というぐらいのレベルのものです。 ひとつ、ふと思った疑問があるんですが よく季重なりは、よくないといわれていますが もし、季節の移り変わりを詠もうとした場合、どのように対応してるのでしょうか? 文章で表した場合、「秋が終わって冬が始まりますよ」となりますが これは季重なりになってしまうわけですよね? こういう場合は、「秋の終わり or 冬の始まり」だけを表現するのでしょうか?それとも、こういう場合の季重なりは、言葉の選択を間違わなければOKなのでしょうか?

    • noname#254154
    • 回答数4
  • 「~(場所)で見つけてくる」という表現は正しいですか?

    こども向けの童話を書いています。 たとえば以下のような文章があるとして、 カッコ【 】内のふたつの言葉の組み合わせの表現が、国語のルールとして正しいかどうか、教えていただけますでしょうか。 -------------- ねこのトラキチは きんじょの さかなやさん【で】 おいしいさかなを 【みつけてくる】 てんさいです。 -------------- この場合、 ~【で】~を【みつけてくる】よりも、本来は ~【から】~を【みつけてくる】のほうが正しいのでしょうか。 私としては文章の雰囲気から、【で】を使いたいのです。 が、子ども向けの文章なので、国語のルールとしておかしなものにはしたくありません。 また、【で】と【みつけてくる】の組み合わせは不自然なようにも感じるし、 一方で許容範囲内であるようにも思えてしまいます。 たとえば 「さかなや【で】おいしいさかなを【持ってくる】」はおかしいですよね? この場合、 「さかなや【から】おいしいさかなを【持ってくる】」が正しいですよね。 「持ってくる」という動作が、さかなやから(こちら側へ)持ってくるという動作なので、「から」が正しいとは思うのです。これは理解できます。 一方、たとえば「銭湯【で】汗を【流してくる】」は【で】が正しいですよね。これも理解できます。 しかし、「みつけてくる」の場合、見つける動作はさかなやさんでのことなので【で】でもいいと思うのですが、「みつけてくる」の「くる」が、「もってくる」という動作もニュアンスとして含んでいるように思われます。 そう考えると【で】なのか【から】が正しいのかわからなくなってきました。 【みつけてくる】をやめて 単純に「さかなやさんで【で】おいしいさかなを【みつける】」 にすればいいのでしょうが、 わたしとしては「みつけて持ってくる」という動作の雰囲気が面白いと思うので、「みつけてくる」にこだわりたいのです。 きんじょの さかなやさん【で】 おいしいさかなを 【みつけてくる】 は、正しいでしょうか? 間違っているでしょうか? グレーとしても許容範囲でしょうか? おとな向けの文章なら多少の間違いがあっても読む側が斟酌してスルーしてくれるでしょうし、間違いでもそれが意図的に「文章の味」としてOKかもしれませんが、こども向けなので私としては極力自然で正しい文章にしたく思います。 アドバイスなにとぞよろしくお願いいたします。

    • maitama
    • 回答数5
  • 読書感想文についての疑問

    学校の国語の授業では、先生が指定した本の中から生徒が選択し『読書感想文』を書くという学習がありますが、私はこれについて疑問を持っています。読書感想文の学習で良い評価とされるのは「○○に感動した。○○が悲しいと思った」といような気持ちが書かれてものであり、生徒自身も先生が指定した本が“すばらしい本”であったと思っていることが求めらものです。 しかし、「○○がつまらなかった」「A君の気持ちに理解ができなかった」「私だったらこうするのに、なぜA君はそのように行動したのか不思議に思った」など理由も含めて詳細に批判的な文章を書くと、先生からやり直しされたり、本の内容について感動できなかったということで評価が下がってしまいます。たとえ生徒が心からつまらない本であるという感想を思っていて、それを文章に表現すると、先生から「この本がつまらなくないでしょ!?きちんと読みなさい」と注意されます。 『本』というのは全ての人が同じ感想を持つのではなく、一人一人が持つ感想が違うと思いますし、感動する部分も違ってくるはずです。「おもしろかった」と思う人もいれば、「つまらなかった」と思う人もいるので、読書感想文については批判的な文章が入っても良いと私は思うのですが、みなさんはどう思われますか??また、生徒が「つまらない」と感想を持ったことを、先生が無理やり「よかった」という感想に書き直させる指導についてどう思われますか??(長い文章を読んでいただき、ありがとうございます)

    • noname#263010
    • 回答数6
  • _アンケ~ト_お許しください_

    _アンケ~ト_お許しください_立て続けになってしまいますが_  _  _さまざまな角度から熟慮した上であえてアンケートです_  _で、実は、熟慮しているうちに、質問の 「像感」 が消散してしまいました_  _    _ただ、これだけは言えます_   _社会との接点がそのつど、ナトリウムと酸素の初恋の熱病みたいな、突発性とボラティリティ、を持つほどなにか、脱線している人間って、やはり、ネットに救いを求める以外に無い。。そりゃもちろん、、ここでも叩かれるでしょう。。それでも、、リアルで、その場の人たちや地域社会などに、不安定要因を撒き散らすよりは__この「QAコミュニティ日本語版」 で、、DATAだけのやり取りにしておくほうが、、実は社会、リアル社会の、向心性向上・・・言い換えれば、この現実世界でのカタストロフィ回避に効能がある___そう信じているわたくしがここにいます。。。_ __で、つまり書きたかったことは_アンケイトとして__自分はこの集落というかコミュニティというか社会というかソサイエティに__残りたいので__。。。。実は本当に言いたいことはうまく表現できないのですが、、文章をできる範囲で校正する。。修正の意思をいつも再確認する。。。こういう向きに心を落ち着かせている限りは__まだ参加資格剥奪されないと信じています__ ___と自分は思いますが、、、この文章を読んだ方IDペルソナのリアル人間な皆様は__どの様にお考えでしょうか>>> 。。。 回答例:  α: 読みにくい。 相手の気持ちをもっと・・・  β: 構成してこの文章ですか。。 もすこしクールダウンを・・  γ: 意見の表明が避けられない質問はアンケイトでOK  δ: ついさっきの質問と同じではありませんか!   ε: 目立たないように行動できること。それが草食動物の生きる道 一言コメント望むところであります。。 気軽うに回答うをお願いいします。。 これでも、、これからも、、一生懸命いや一緒賢明にQAします。 よろしくおねがいします。><

    • i0f
    • 回答数10
  • 思慮の余白を残す言葉の文章

    私は趣味で小説を書いたりして文章に興味があるのですが、そういう文章めいた表現で、しくじってしまいました。 何でもないSNSに、肯定の意味で書いた言葉があったんですが、少し鋭い言葉を使って短めに書きました。ですが、相手からは「ひどい」と返ってきたんです。ほかの方の指摘で「ここの一言(単語)がいらなかったんじゃないの?」というのに本人が「それね」というのですが、まったく私にはそのニュアンスが計り知れませんでした。 以前、仕事でも似たようなことがありました。私はほめるニュアンスで書いたことが、上司にストップされました。どうしても皮肉にしか聞こえないのだとか。 今回の事件と前回の事件の共通点は、相手がとんでもないネガティブな精神の持ち主だということです。私には到底理解できない曲解をしているようなのです。 数日前、気の利いたことを言ったつもりで、実は影で傷ついた人がいたりしないのかなあと思ったのですが、それが今回の事件で現実になりました。システム的にはつながっていなかったのですが、何かの話の続きで、相手がいた内容だったのだとか。 私は今回の一件で、たとえ文章が長くなっても受け取り方で変わるような気の利いた言葉は今後一切排除しようかと考えています。小説や物語のようなものはいいかもしれませんが、SNSなどの相手に物事を伝える際は特にです。 特に仕事ではルール的に伝達が目的なので、かくあるべきなのだと冷静になるとそう思います。 みなさんはこれを聞いてどう思われるでしょうか。考えを聞かせてもらえたらと思います。

  • 上司の変な日本語、指摘すべき?(長文)

    上司の変な日本語、指摘すべき?(長文) アメリカに本社がある、某子会社です。 本社のカタログを和訳する必要があり、上司から丸々一冊の翻訳を依頼されました。 (翻訳は本来の私の業務からはずれますし、上司は英語が得意ではない人なので、「指示」というより「依頼」に近い雰囲気です) 私は、原文の内容を尊重しつつ、日本語として違和感を覚えない表現に書き下し、何度も推敲をした上で提出しました。 翻訳は、外大時代から得意分野でした。 上司は、それを元に(内容だけ摘み食いして)、自分の好きな言葉に書き換えるつもりだったようです。 それだけでも、時間をかけて言葉を選び納得の行く文章に仕上げた私としては不満でしたが、それはまあ立場というものがありますから、甘んじて受け入れることにしました。 ところが、上司が書き換えた日本語というのがどうにも“尻の座りが悪い日本語”というか、文法的に間違いだらけの文章だったのです。 内容的には原文を反映しているものの、「もしこれをこのままカタログに載せるなら、大いに問題ありだぞ」というシロモノでした。 下記のような間違いです。 ・日本語としては長すぎる文 (A4サイズのワープロ原稿で、5行くらい句点「。」がない) ・目的語(節)や副詞節の重複 ・開く括弧がないのに閉じる括弧がいきなり出現 ・括弧書きの多用 ・文がねじれ、主語と述語が対応していない ・漢字の誤変換 ・頭痛が痛い、抜歯を抜く的表現 ・地名なのに勝手に和訳(例:New York → 新しいヨーク) 半世紀以上も生きてきてこんなに日本語作文力のない人間がいるのか!と、暗澹とした気分になりました。 そして訳しなおしたその原稿を私に渡し、「おかしいところがあったら言ってくれ」と仰いました。 いえね、おかしいところだらけだし、日本語として崩壊しています。 とは言えず、「時間を下さい」と回答。 さて、これらのおかしな日本語を、私は指摘するべきでしょうか? するとなると、文章全体に言及しなければなりません。 波風は立てたくありませんが、会社としてのカタログならあまりに違和感のある日本語では格好がつかないというものです。 しかし上は私が翻訳のファースト・ドラフトを作ったことは知らないわけだし、もしかしたら後からちゃんとした校正にかけるかもしれないし、黙殺するならしても……いいかも?と思います。 23の小娘がアラカンオジサンに向かって日本語の間違いを指摘するなんて、できればやりたくないのです。 指摘して良いものか、気付かぬふりを決め込むのが賢明か……あなたなら、どうなさいますか?

    • rojo131
    • 回答数3
  • (318) ) Do not expose……この英文はどのように訳せばよいでしょうか

    (1)(ll. 733-736) Do not expose yourself befouled by the fireside in your house, but avoid this. (2)Do not beget children when you are come back from ill-omened burial, but after a festival of the gods. (3)(ll. 737-741) Never cross the sweet-flowing water of ever-rolling rivers afoot until you have prayed, gazing into the soft flood, and washed your hands in the clear, lovely water. (4)Whoever crosses a river with hands unwashed of wickedness, the gods are angry with him and bring trouble upon him afterwards. この文章は“Works and Days” by Evelyn Whiteの一節です。 (1)(2)(3)(4)は連続した文章です。 試し訳と語彙について質問します。 (1)(ll. 733-736) Do not expose yourself 曝すbefouled 汚すby the fireside炉端 in your house, but avoid this. <ためし訳> (1)(ll. 733-736) 家の炉端で汚れた自分を曝すな、これは避けよ。 <ちょっと、気付いたこと> 英文はもっと具体的に書くのが普通だが、この場合は具体的でない。 (2)Do not beget children when you are come back from ill-omened burial, but after a festival of the gods. <ためし訳> お前が縁起の悪い葬式から帰った時は、子供たちをもうけるな、神の祭典の後にならよい。 <質問> (a)beget childrenについて    普通はbeget a childではないか。双子のこともあるが。 (b)when you are comeについて    be comeという表現は今までにもありました。    訳は「帰った時は」と過去形の表現になる。意味が仮定法だからでしょうか (c) ill-omened burialについて     古代ギリシャでも、葬儀は「縁起が悪い」と考え、塩を撒くとある。 (3)(ll. 737-741) Never cross the sweet-flowing water of ever-rolling rivers afoot until you have prayed, gazing into the soft flood, and washed your hands in the clear, lovely water. <ためし訳> 絶えずとうとうと流れる河の流れの清らに流れる水を渡るな。穏やかな流れをじっと見つめ、手をきれいに洗い、素敵な水に祈りをすますまでは。 <質問> この文中に、同類の語が五つがあります sweet-flowing water, afoot, ever-rolling rivers, the soft flood lovely water。 この中で、afootが難しい。ever-rolling rivers とafootは同格の配置と 考えました。そして、文章としては「祈りを済ませてから、渡れ」という意味のようでうが、この考え方は正しいでしょうか。 (4)Whoever crosses a river with hands unwashed of wickedness, the gods are angry with him and bring trouble upon him afterwards. <ためし訳> 邪悪を洗い清めていない両手で河を渡る者は誰にでも、神々は腹を立て、後になって、厄介な問題をもたらすぞ。 <質問> (3)(4)ともに、主文に対し、従属文が長い。  従属文の配置によって、滑らかな文になるかもしれません。  しかし、素直に読む、書いてある通りに読むとすれば、この訳し方でどうで しょうか。

    • noname#171580
    • 回答数1
  • 文章系のサイトについて

    文章系のサイトをやっている者です。 自業自得を承知で書かせて頂きます。もしお暇があれば読んで頂けると幸いです。 サイトは拙い文章ながらに私の書くものを好きだと言ってくれる方がいて、細々と続けてきました。だけど最近、私が書いている物語のキャラが言っていることは人の行動を制限するとか(人がどういう時に苛立ち、悪口を言ってしまうかなどを私の思う観点から言わせました)、誰かに当てこすっているような内容だとか言われるようになって、正直参っています。 何が情けないかと言われれば、言われていることは図星で、確かに面と向かって人に言えないような皮肉を、あたかも正義のふりをして物語に盛り込んでしまっています。(つまり当てこすっています。やっぱり透けて見えてしまうんでしょうね) ただ、『誰か』を特定して攻撃していたつもりはありませんでした。誰にでも当てはまるような事を(つい内輪で悪口を言ってしまう、でもそれってどうなの?等)盛り込んでいたのですが、被害を受けた、お前の文章は傷つくというメッセージが届きます。 それだけきつい文章を書いているのなら批判もあって当然で、それを覚悟したうえで書くべきだったと反省しています。だけど、文章は書き続けたいし、物語も続けたいと思っています。お話を書くのはとても好きです。 あまり話をするのは得意ではなく、いつも聞き役の私にとって文章は唯一自分の表現を、自分の主張を、誰に遠慮するでもなく描けるものでした。 問題は、私がそんな批判に負けるのは嫌で意地になってサイトを続けていることです。 ストレス発散の場所が、逆にストレスになってしまっているのだったらやめてしまえば良いのに、プライドが邪魔をしてやめることが出来ません。やめてしまった後、嬉しそうに笑う相手の顔が思い浮かんでどうしてもやめられません。文章を書いていても、怒りが文章にうつって、面白くも何ともないものが出来上がるのに。 優しいお話が書きたいです。 『雄弁は銀、沈黙は金』で、そ知らぬフリをしてツイッターで何を言われようが、勝手な解釈を付け加えられようが無視して続けてきましたが、胸のもやもやは溜まる一方です。 馬鹿馬鹿しいこととは思います。 だからこそ、どなたか私に喝を入れて頂けないでしょうか。 「お前、面倒くさいよ。サイトやめたら?」でも「そんなこと気にしてるの?弱っ!」でも、何でも良いです。 情けないお話、長々と申し訳ありませんでした。 お暇があるときで良いので、よろしくお願いします。

    • hrn_k
    • 回答数3
  • 統合失調症と高機能自閉症持ちの者です。

    『心理学』カテゴリでは初めて質問する者です。 実は、自分は統合失調症と高機能自閉症を過去に精神科と障害発達センターで診断され、現在も統合失調症の治療薬を飲んでいます。 幻聴・耳鳴り・その他諸々症状があります。 その他の諸々症状は以下のとおりなんです。 ★印の≪   ≫内の文章を主に言い換えた表現が知りたいんです。 自分の中で起きたと思われる出来事は以下のようになります。 ★最近でも以前にもあったことである。「今までやったのを治す」「さっきやったのを治す」「診察で聞いたことは関係なく治す」「関係なくやったのも治す」「ブログに書いたことは関係なく治す」「関係なく治す」「○○さんがやったのを治す」などの言葉が頭の中や心の中で≪発せられたりした≫感覚があった。  それらの言葉は、≪精神病(症状)とかを何らかが治す意味である言葉≫だと思ったり感じたりしたんです。 ★自分の(頭の)中にあった「関係なく治す」と言う言葉が心の中や頭の中で出てきたが、何らか(例:職員さんの言動)のきっかけで「関係なく治さん」と言う逆の言葉に頭の中や心の中で≪変換されて発せられた≫ことがあった。 要するに、「関係なく治さん」と言うのは≪精神病(症状)などを動かさないと言う意味の言葉≫に思ったり感じたりした。 「関係なく治さん」と言う言葉が≪発せられる≫前までは「関係なく治す」と言う言葉が何らかの理由で≪発せられた≫ことがあった。 このような流れのことは何らかの理由で起きたことを感じた。 ★パソコンのネットで例えば○○さんからメッセージが来ているかどうかチェックするまで チェックする前に心の中や頭の中で「来てる(来てない)」と言った感じで≪はき出す≫と、幻聴の「おい」「コラ」という声などがきっかけで、「来てない(来てる)」というふうに≪心の中や頭の中で変換されて発せられる≫ことがあるかもしれなかったり、そういうことがあったりして辛く感じた。≪変換されて発せられた≫内容が的中したり外れたりした感じもあった。 ★実は喫茶店で働いている時でも家でも外出中でもあったんですが、「つなげて言う」「短く区切る」「ずっと鳴らす」「自分も動かす」「途中から読む」「朝もやる」「朝も言う」「何回も言う」「何回も変える」「考えが入ってくる」「捨てる」「まんまにする(=そのままにする)」「家にも何かやる」「体にも何かやる」「来週も操られる」「(曲の)題名を言う」と言ったような言葉が≪頭の中や心の中で発せられた≫感じがあった。それらの言葉が出る前までは自分の行為とかを否定した内容を≪心の中や頭の中で言わされたり、そのように動かされたような感覚があった≫んです。要するに≪自分以外の思うままに操られた感じだと思ったりした≫んです。 ここで質問です。 一番知りたいのは、★印の文章を言い換えた表現であらわして回答をしてほしいということです。 ヒントをあげます。 ・・・・・・「自分の意志で起こした」「自分の中で起きた」「感じがした」 ・・・・・・≪はき出す≫の別の表現が知りたい。(声には出さなかった。) ・・・・・・≪精神病(症状)とかを何らかが治す意味である言葉≫以外の表現が知りたい。 ・・・・・・≪精神病(症状)などを動かさないと言う意味の言葉≫以外の表現が知りたい。 また、★印の症状が起きるしくみなどを知っている人がいたらそれも具体的に書いて回答を下さい。

    • noname#181272
    • 回答数1
  • 失語症でしょうか、虫歯にかかわりますか

    僕は十年余り前、声が出なくなり、口が開かなくなる異常な状態に遭いました。 けれども、あえて、思い切ると、モグモグと片言で言えました。 それ以前は、思う通りに、意思を理路整然と声に出して伝えることができました。 家族との会話はよくありました。大学生活の楽しみとか。 半年後、虫歯が発覚、この治療に思う通りにならずにぐずぐずとしましたが、 その一年後、完全に抜歯。 虫歯が発覚した時に、気になることがありました。左肩の肩凝り、あの異常な状態 のあとに起こった妙な知能停滞。顎の凝り。 左肩の凝りはその数年前からで、妙な知能停滞は計画や計算や推理や創造の停滞で、 芸術の創作はまったくしていません。顎のこりはカクンという音がするのです。 僕はひょっとしたら埋もれた親知らずのせいではないと思います。 埋もれた親知らずがあるとしたら、その異常があらゆる病の原因じゃないかと思います。 今は、口が開き、話せますが、知能の回復はしましたが、いまいちです。 声が出なくなり、口が開かなく異常は、親や医者は片言の声を聞くだけで、なにもない大丈夫だ と否定されたことがあります。しかし、親は、半分は認めているようです。 声の調子がおかしいことはある、それじゃないかと。 僕は生まれつきの発達障害があるだけに、言葉の表現が生まれつき拙いところが あります。「ああする。」という単純な文章とか、自分の好きな物を表す単語しか表さない ことがあります。 けれども、ふつうに文章で表現する言葉が僕の一生の会話にそこそこ多いです。 あの異常な状態の正体は何だったんでしょうか。

    • mazsan
    • 回答数1
  • 浮気夫への手紙

    3年ほど同じ相手と浮気をしていた夫に手紙を置いてしばらく家を出ようと思っています。夫との未来を信じて希望を持っていたので、責めずに過ごしてきました。許していたわけではなく、自分を磨くことで戻ってきてもらおうとしていただのです。 浮気相手に男ができ、二人は別れそうです。 ただ今になって、夫がしていたあまりにもひどい現実を知ってしまい、それでも添い遂げたいと思う気持ちと絶望してしまう気持ちと、すごく揺れてしまっています。 夫は前妻の浮気による離婚暦があり、私とは再婚、1歳の子供がいます。 あまり攻撃的な責める内容ではなく、手紙を書こうとしています。 ・結婚当時から愛している気持ちに変わりはないこと。 ・添い遂げたい気持ちは変わっていないこと。 ・何も言わなかったのは夫を未来を信じていたから。 ・だけどあまりに受けた傷が深かった。 ・乗り越えようと思ったけど、難しかったこと。 ・自分にも悪い所があったかもしれないから直そうと思っていたこと。 『浮気』というキーワードは直接使わずに、夫が自分の行動を振り返り反省してもらえるような手紙を書きたいと思っています。 それによって気まずくなったり、しばらく別居状態になったり夫が帰ってこれなくなることも覚悟しています。 この決断は私の中で初めての相当な覚悟を持ってのことです。 私は文章力、表現力が乏しく、どういう文章で伝えればいいのか正直わかりません。 浮気夫に対して自分の行動を反省させるようなフレーズ、表現を教えてください。

  • “小論文”800文字にどうしても到達しなくて困って

    “あなたの考える保育者像について” というテーマで書いております。 800字程度との事ですが、690字程度しか書けていません😭 ここから文章を付け足し、最低でも730字程まで伸ばしたいと考えています。 宜しければアドバイスをお願い致します、、😭 また、既存の文章の改善点がありましたら是非教えて頂けると幸いです😭 よろしくお願いします。 私の考える保育者像は、子どもの目線に立ち、常に寄り添えるような柔軟性を持った人物です。保育者には子どもたちが抱える様々な感情や思いを理解し、その一つ一つを真っ直ぐに受け止め、適切な対応をすることが求められます。動画内での「子どもの気持ちを受け止めて寄り添う関わりを大切にする」という言葉は、私の考える保育士像と強く合致し印象に残っています。 子どもたちの心の成長や自己肯定感を築くためには、保育者が子どもたちの感情や思いに共感し、適切に対応することが不可欠です。 保育者は、一人一人の子どもたちが持つニーズや個性を理解し、臨機応変に対応する能力が求められます。保育者はその多様性を受け入れながら、適切な関わりや声がけをする必要があります。また、子どもたちが自信を持ち、安心して自己表現できる環境を作るためには、保育者の姿勢が極めて重要だと考えます。子どもたちが自らの感情や考えを表現できるように、保育者は子どもたちをサポートし……(思い付きません😭) このように、保育者としての役割は非常に重要であり、保育者の姿勢や行動が子どもたちへ大きな影響を与えます。そのため、保育者は常に学び、成長し続けることが必要です。

    • noname#260493
    • 回答数2
  • 私も「何かがおかしい」思春期だったのでしょうか

    大阪の家族殺傷事件関連で逮捕された女子高校生のHPの内容がTVで公開されていました。TVではその子のファッション・HPでの表現方法等を「独特な世界」と評し、「理解出来ない」というようなコメントを残していたのが非常に気になりました。 というのも私もちょうど思春期の頃、そのこがやっていたっと言うような奇抜なファッションを好み、ちょっと変わった表現方法を好んで使っておりました。 ファッションは実際お金がなかったので「欲しいなぁ」と思ってただけですが、時に自分で作ったりすることもありました。 また当時絵や詩を描く事が好きで、その子がやっていたような表現方法、また中学生の頃切断された手足や頭部等がずらりと並んだ絵を描いて、当時の美術教師が言葉を失った事が記憶に残ってます。 その後も「完全自殺マニュアル」は流行ったこともあり当然購入、麻薬関係の本なども沢山持っていました。 私は痛いことが死ぬほどダメなので、リスカなどには向きませんでしたが、絵などでそういう表現をよくやっていました。 私は「痛いのが嫌い」「本物の血が怖い」と言うだけで、事件性があることは起こさず、絵や文章など「表現」として発散するのみでした。多分今の時代ならば私もあの子のようなHPを作っていたのかもしれません。 「私もこんな中高生だったわ」と思わず懐かしく(?)思ってしまったのですが、私も下手したらああいう大きな事件を起こす可能性を秘めていたと言う事なのでしょうか。今、神経症で心療内科にお世話になってるのは何か繋がりがあったのでしょうか。私が事件を起こさなかったのは、たまたまあの時代だったから?事件を起こさなければああいう趣味でも「正常」の範囲なのでしょうか。

    • noname#5522
    • 回答数8
  • 群論について

    ジョージャイの「物理学におけるリー代数」を読んでいるのですが、次の文章の意味がわかりません。 物理系の変換には自然な掛け算則が存在する。g1とg2を2つの変換とすれば、g1g2は、先ずg2を行い、次にg1を行うことを意味する。ただし、合成則を我々が今やったように右から左へと定義するか、左から右へとするかは全くの約束であることに注意しておきたい。どちらでも、完全に矛盾のない変換群の定義を与える。 この変換が量子力学系の対称性である場合には、変換はそのヒルベルト空間を等価なヒルベルト空間に移す。各々の群の元gに対し、ヒルベルト空間を等価なそれに移すユニタリー演算子D(g)がある。変換された量子状態は変換された物理系を表すので、これらのユニタリー演算子は変換群の表現をなしている。かくして対称性の任意の集合に対し、ヒルベルト空間上の対称性の群の表現が存在する。ーヒルベルト空間はその群のある表現にしたがって変換する、と言う。さらにまた、変換された状態はもとのそれと同じエネルギーを持っているので、D(g)はハミルトニアンと交換する。 (引用終わり) 以下の5つの部分がわかりません。 (1)「この変換が量子力学系の対称性である場合」とはどういうことでしょうか?この場合の対称性とは何のことですか? (2)「等価なヒルベルト空間」とはどういう意味でしょうか? (3)「変換された量子状態は変換された物理系を表すので、~変換群の表現をなしている」というロジックがわかりません。 (4)「ヒルベルト空間はその群のある表現にしたがって変換する」とはどういう意味でしょうか? (5)最後に、変換された状態はもとの状態と同じエネルギーを持っているというのは、どうしてですか? 分かる方ご教授ください。よろしくおねがいします。

    • sa10no
    • 回答数3
  • 訳のわからない覚書。どう解釈すればいいでしょうか?

    ある出版社から本を出しました。それは、著者が費用を全額負担するという自費出版でした。初版は、発行部数が少なかったことからすぐに売れ切れました。そこで、増刷をどうするかということになりました。出版社と協議した結果、費用は出版社が全額負担するが、売れ残りが出た場合、それを著者が買取るという条件で、1,000部の増刷が実現しました。 契約期間終了後、800部の売れ残りが出ました(売れたのはわずか200部)。そこで、出版社から「覚書」に基づき、売れ残りに対する買取り金額の提示がありました。しかし、その買取り金額は、私が解釈していたものとは異なるものでした。 「覚書」は、次のとおりです。果たして、どう解釈するのが妥当でしょうか。法律上の問題としてではなく、文章表現の問題として質問します。 (残部の買取り) 甲(著者)は、本件書籍の増刷部数1,000部のうち700部について、契約終了時点で残部があった場合、甲は残部すべてを定価の80%にて買い取ることとする。 出版社の解釈は、800部売れ残ったのだからそのうちの700部(残りの100部は買取り対象外)。 私の解釈は、出版社の担当者が「700部が採算ライン」と説明していたため、買取り部数は、700部-200部=500部。 解釈が分かれるのは、「覚書」の「1,000部のうち700部について」の部分です。これは、極めて紛らわしい表現だと思うのですが、皆さんはどう解釈されますか。 「700部が採算ライン」という説明について、それは文章という形では何も残っていません。ですので、「そんなことは言っていない」と言われればそれまでなのですが・・・

  • ブログに出てきた理解できない日本語(しょぼい、からに、ガード、こうもいびつ)

     日本語を勉強している外国人です。日本人のブログを読んでいますが、理解できないところがありますので、質問します。 1.「こんな、液晶も白黒のしょぼい携帯電話が、今でも1万円弱くらいで売ってあります。」  「しょぼい」の意味は何でしょうか。「しょぼい」の意味に近い擬態語の表現もあるのでしょうか。 2.「僕の住んでいるアパートは、部屋の割に、エレベーターなどは、常に機材を運ぶため、木のガードが張ってあるなど、見るからにみすぼらしい作りです。」  「ガード」の意味は何でしょうか。  「見るからにみすぼらしい作りです」の「からに」はどんな意味なのでしょうか。 3.「こういったちょっとした事を見ても、中国の消費構造って、なんでこうもいびつなんだろう…と思ってしまいます。」  「こうもいびつ」は方言なのでしょうか。どういう意味なのでしょうか。  日本語を何年間も勉強していますが、まだまだ文章がうまく書けません。質問文の中で不自然な表現があれば、それも併せて指摘していただければ助かります。質問が多すぎて、申し訳ありません。よろしくお願いします。

  • 「セッションをとじる」について教えて下さい。セッションとは、英語で会期

    「セッションをとじる」について教えて下さい。セッションとは、英語で会期、活動期間、初から終等と表現されていて、書き込みを終える行為のようだと推測できますが、意識的におこなったことはありません。行うのとおこなわないのとどう違いがありますか。必要ありと必要なしの状況があるのでしょうか。なを、書き込み後、行うか否かきいてきた場面を見たことがありません。 現在扱っているメィデアはCD-Rをライフファイルシステム方式にフォーマットしたものです。普段CD-RWを多用していますが、CD-Rをライフファイルシステム方式にフォーマットしたものをつかっていることと何か関係してますか。 追記  編集、上書き保存後、ドライブをコンピューター―右クリックー取り出し(普段はメカ的に排出をしている)を用いて、取り出しをおこなったところ、右下画面に「お待ちください、セッションをとじて他のコンピューターで利用できるようにしています」とバルーンが出ます。メカ的に排出した時と終了の形がちがうのでしょうか。文章がうまく表現できずすみません。

    • noname#159660
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