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絵画
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- 私は男なんですが、年上の男性に好かれます。
当方、今年で25歳になる成人男性です。 私は芸術家になろうと絵画や写真等を使って働きながら作品制作をしています。 今年に入って3人の年配の方と、たまたま親しくなりました。 1人は地方の美術館に偶然立ち寄ったら、閉館中だったようで、その事を教えて下さった絨毯の会社を経営している個人事業主の方。身の上を話したら、今度作品を見せて欲しいとおっしゃっていただきました。 1人は近所の画廊の主人。これは私が興味を持って入ったら、いろいろと話相手になって下さり、絵を預かってくれると仰っていただきました。 1人は今の職場の上司で、私を採用して下さった方です。 私としてもご好意がとても嬉しく、また色々な御話が聞けるので楽しい時間を過ごさせて頂いていますが、今回、画廊の主人に絵を預けた3日後に、思う所があってその絵を取りにいってしまいました。というのも、自分の絵を自身でマネージメントをして売りたいと、思い立った結果です。実は画廊を訪れたのも、ただ絵を見たいと思って入り、そこでご主人とたまたま御話する機会があり、そうしたらご主人が「絵を預かってあげる」と言ってくれたのですが、実は当時の私はそこまで考えていませんでした。私は乗せられやすい性質なので、自分の絵の売り方も決まっていないのに、つい完成した絵をふわふわした気持ちでもっていってしまったのです。せっかくのご好意で無名の芸術家の絵を預かって下さったご主人に大変申し訳ないと、後々になって後悔していますが、なんだかそうしたご好意がとても有り難い反面、恐縮してしまうのです。私の考えが固まっていない間に、あれよあれよと話が進む事がなんとも言えない気持ちになります。職場の上司のご好意には仕事でお返しをすればいいと思うのですが、こと作品の販売に関しては、私という人間よりも作品から先に入って欲しいというのがつまるところの私の本音です。しかし、世の中には作品を見てももらえない方々がいることも重々承知です。大変、恵まれているとも思うのですが、そうした環境を振り切って私が自分でどこまで行けるのか試したいという気持ちが強くあります。それは自身の作品のブランディングから販売までの一連の流れについても同じ事が言えます。心配なのは今回の一件で、ご主人との友人関係が疎遠になってしまうのかと思うと、少し寂しい気持ちもあります。 私がお伺いしたいことは、そうした年の離れた方と損得勘定抜きでお付き合いできないものかという事です。おそらくご主人は「せっかく好意で絵を置いてあげたのに、それを断るなんて礼儀のない若者だな」とお考えだと思います。至極最もであるし、絵をもっていって引き下げた私の非でもあります。でも私はどうしようもないぐらい自分を信じています。そうしたご年配の方々と友人として付き合う分にはとても楽しいのですが、もし私の将来を案じていろいろご助力していただけるのであれば、確かな言質が欲しいのです。私が危惧していることは、そうしたあやふやな状況下で自分の将来の舵を切る事の不安定さです。これから進むべき道を自分ではない他の誰かに任せてしまうという事は、もしだめだった時、自分に対して言い訳ができてしまうことになり、私はそれについてとても恐怖を感じます。 いろいろと言いたい事が錯綜してしまいましたが、こうして文章に起こした事で頭の整理がつきました。要は私は画廊のおっちゃんと仲直りがしたいようです。笑 うーん、怒ってるのかな?私としては、自身でブランディングした結果が「こうだったよ」等と、また話にいきたいのですが、そうした話は画廊業を営んでいる方にとても失礼かもしれません。。。はー。。。皆さんだったらどうやって仲直りしますか?
- 絶景の家を新築です。間取りのアドバイスをください。
海を見下ろせる山の斜面の700坪の土地に新築で家を建てようとしています。 そこで、現段階の間取りについて、なにか問題点や改良点などがありそうでしたら教えていただけないでしょうか。 わかりにくい文章かもしれませんがどうかよろしくお願いいたします。 添付した図面は、上が南で、下が北というものですので、LDKの開口の方から南西~西の海を見下ろす感じです。 標高150mの場所にある私たちの700坪の土地は、土地の南西に4mの擁壁が40m~50mぐらいの長さであり、その下へと山の斜面が降りていきます。 斜面の下には海の眺望が広がりますが、直線距離で土地と海との間は500mぐらい離れている程度です。 家と、海の景色の間には遮るものはありませんが、擁壁までの距離を15mぐらいとる予定なので、二階からでないと良い眺望にならず、二階のLDKという案です。 LDKは、玄関の方から3段のスキップフロアなのですが、最初にピアノを置くフロアがあり、これは一階のフロアから1m上がった高さです。 そこからさらに1m上がって中二階リビングがあります。 さらに1m上がってダイニングキッチンがあります。 3段のスキップフロアにした理由は、どうせ二階建てにしなくてはならないのであれば、吹き抜け空間を楽しみたい、そして、どうせならそれが二階のLDKと繫がるようにしたい、という考えで、大きい空間を楽しみたいというアイディアです。 それでなければ、通常の平らな二階LDKを採用するのですが。 一階の間取りは、ピアノフロアの下は多分使用せずにデッドスペースになります。 真ん中中二階のリビングの下の部屋は天井高さの低い洋室ですが、収納空間として使用するかもしれません。 ダイニングキッチンの下は通常の洋室。さらにその隣の、一番西側の部屋には窓をあまり作らないで防音施工をして、シアタールームにするつもりです。 また、廊下の幅を1.5m(有効幅1.35程度?)にして、広めの空間を廊下の壁に絵画などを飾るギャラリースペースの用に楽しめたら良いなと考えています。 ピアノのあるフロアには、天井の梁からハンモックとブランコを吊るそうと思います。 LDKの景色の良い開口は、南南西~南西ぐらいに向けようかと思っています。 一番景色が良いのは真西方向なのですが、西陽がこわいので、真西は、風呂に西に向けた大きな窓をとり夕陽などを楽しめたら良いだろうか、と考えていますが、 それでも、LDK自体を真西に向けるべきなのかも多少今でも考えたりしますが、どうでしょうか。 景色のイメージは、土地から斜面真下方向(つまり真っ正面)の南西に向くと湾内の海と、少し右手に外海が見え、さらに右の真西方向に海が大きく外海へと広がります。 土地の正面よりも少しだけ左、つまり真南に向けると、遠くに広がる盆地の反対側の山の尾根が眺められるのでそれもなかなか気持ちの良い景色です。 土地の周りには家が左右に一軒ずつ、擁壁の下に一軒ありますが、いずれも景色の邪魔にはなりません。 以下はyoutubeに家の模型の動画をアップしました。 図面ではわかりにくいスキップフロアのイメージをお伝えできればと思いました。 間取りに関して、洗面所のサイズや、風呂場の近くの通常の階段の位置など、模型と図面とで多少違う点がありますが、模型より図面の方が正しいです。 http://www.youtube.com/watch?v=Auer7qihTlw また、スキップフロアの階段については図面に記載されていないものもありますが、模型のようなひな壇のような階段をつける予定です。 いずれは一階にウッドデッキと、二階にバルコニーを付けたいと思います。 真西の眺望は、バルコニーから楽しめるようにするのも良いかなと考えたりしています。 別荘ではなく、ここで生活する我が家です。 現在は妻とふたりですが、将来は子供が2人欲しいなと思います。 以上のことから、もし何かお気づきの点やアドバイスなどございましたらどうかお力をお貸しいただければ幸いです。 よろしくお願いいたします。
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- shinjiland
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- 刑務所には開発施設や物作りの施設はありますか?
刑務所には物作りをしたり、研究・開発などを受刑者が主になって行う施設というのはあるのでしょうか? 物作りといっても、普通の刑務作業にある様な、決まった物を単純作業で黙々と作らせる施設ではありません。 受刑者が自分で多種多様の作りたいものを作ったり、発明したりするための施設です。 別の質問でこんな話を聞いたので、あれっ?と思ったのです。 〝ジロジロ見てくる人などはある種の犯罪者にそう言う傾向が高いので、一見なんでもない様でも110番する人はいるし警察も受付けている〟 という話です。 それから思ったことです。 そういう、何かをジーッと見る人、普通の人ならスルーする様なものに見入ってしまう人。 ああいう人って、要は好奇心が一般人よりも強いと思うからです。 また、アスペルガー症候群などの人とかも、一部のカテゴリの物に没頭する傾向がありますが、周囲が理解してそれを伸ばしたところ、物凄いクリエイターになることが少なからずあります。 トーマス・エジソン(発明家)、スティーブン・スピルバーグ(映画監督・プロデューサー)、田尻聡(ゲームクリエイター・代表作はポケモン)などといった方々ですね。 だから、常人がいちいち見ない様な物や人を、ジーッと見る人っていうのは、刑務所なんかに放り込んでおかずに周囲が理解を示してその能力を伸ばしてあげればむしろ物凄く社会貢献に繋がると思います。 そんなところに入れて単純作業だけさせて、私語禁止、名前も呼ばれず番号で呼ばれるような人じゃない様な扱い。 そんなことをしたら彼らが持つ折角の大事なギフテッドな才能が潰れてしまい、社会の大きな損失になると思います。 無論、同じ好奇心でも何が好きかは違うでしょう。 作曲、プログラミング、お裁縫、DIY、電子工作、物書き、絵画や漫画などのアート系、書道、華道、料理など。 他色々ジャンルはあるでしょうけど、物作りというと今パッと思いつくのはこれぐらいですよね。 だからその好奇心のあまりに通報されて逮捕されてしまった人たちは、こういうことを自由にさせてみたらどうなのでしょうかね? 塀の中に押し込んどくよりは多分社会に役立つと思いますよ。 僕は好奇心の強さは短所ではなくて長所だと思うので、この手の犯罪者やその予備軍とされる人たちは、社会に本当は物凄く役立つ人だと思うのです。 そういうプロジェクトとかってやっているのでしょうかね? 僕も好奇心は子供の頃から比較的強い方でした。 工事の人が電気工事をしてるところを見てしまったり、NTTの人が公衆電話を開けて修理しているところを見てしまったり、YAMAHAの人が学校の電子オルガンを開けて修理してるところとかを見るのが好きでした。 子供の頃学研が出していた、いろんな機械の断面図が乗っている本とかも好きでよく良んでいました。 あと趣味でちょっとした曲を作ったり、自分でDIYをしてみたり、お裁縫を自分でしてみたりと色々チャレンジしたことがあります。 これはまあ遺伝なんだろうけど、母もそういうところがあって、母の子供時代、祖父(母の父)がDIYしているのを覗き込んでは、顔を出したら邪魔だぞーと注意されまくってた人です。 そんな母は今やもうアラセブのおばちゃんですが、テレビや録画機などは電器屋に頼まず、自分で設置して配線して画面が出る所まではやっちゃう人です。 (このジャンルは父よりも詳しいです) 僕が子供の頃はまだVHSなどの時代でしたが、そんな母の姿を僕が覗き込む人だったので、小学校の頃、教室のビデオデッキの設置を僕が一人でしてたり、場合によってはそばのクラスの人が、設置したビデオが映らないから教えて欲しいと僕に聞きにくることすらありました(先生でも分からない人が多かったです)。 僕はそんな人なので、自分以外でも好奇心が強い人ってのをもっと理解したいし、能力を腐らせる様なことになったら勿体ないと思うので、そんなことはやってるのかな?と思いました。
- 今の50代男性はなぜ中途半端な夢を持つのか?
私は80代男性です。趣味は、乗り物、写真機、音楽です。息子を含め最近の50代の振る舞いを見て、われわれが命をかけて守った日本をどうするつもりかとても心配です。 最近の50代(二人の息子も含め)は、 (1)乗り物・・・スバルの内装オプション高め、絶対にミニバンはいや、と言っております。私は市販品にはこだわりません。(貴族気取りと怒られるでしょうか?休日は子馬の時から育て上げた愛馬の世話をして、ゆったり時間をすごしております。また、日本の将来に備えて、少ない資産と少ない脳みそを絞って電気自動車や水素自動車、飛行型車両を趣味で研究しております。路上走行の仮許可をもらって試走するときは、孫たちが目を輝かせてくれます。私もこの乗り物から将来の子供たちが世界を相手にビジネスをしてくれる日のことを夢見ています。少なくとも、余裕の時間や資金を人様の作ったものと、人様の並べた内装で埋め尽くして、消費に没頭する若者が今の日本の背負っていると思うと、孫たちに私の力不足をどう挽回しようか途方にくれてしまいます。 (2)カメラ・・・中学のころから、一眼レフ主体コンパクトデジカメ(1000万画素級)を併用で十分といっております。(私は被写体の話が少しも出てこないことに耐えられません。) 私は、昔からどうしても残しておきたい瞬間は思い出しながらデッサンや絵画に残すようにしています。下手ながらも気持ちを込めて書いており、家族が思い出してはニコニコ「へたくそだなぁ」と笑ってくれる瞬間を、また絵に書いたりキリがありません。特別な時や手を離せない場合は日ごろから交流のあるプロカメラマンに無理を言って、一番いい表情を残してもらうようにして、自分は自分の役割を果たします。その絵や、写真を見ると幸せだなと家族で実感できるのです。息子は、孫の運動会に行ってもファインダーを覗いてばかりで声もかけてやりません。家の本棚には綺麗な成長記録のDVDが増えていくのですが、ふと見ようと思う気にもならないようでほこりをかぶっております。写真ではありふれた景色を、撮影の技巧を比べあう仲間と撮りに行っているようですが、孫がつまらなそうにしており困ったものです。息子が子供の時にあまりにものがなかったからでしょうか? (3)音楽鑑賞・・孫が聞いているMDや、MP3などを、明らかに音がおかしいと言って、オーディオの充実を薦めています。(オーディオにお金をかければかけるほど繊細な音や原音を再現できると言って、専用の部屋を作って高い機器を買い込んでは儀式のように難しい顔をして聞き込んでいます。昔、誕生日にサプライズでコンサートに連れて行って感動して以来です。そんなに余裕があるなら孫をコンサートに連れていってあげればいいのに) (4)服装・靴…若い時から中途半端なブランドに大枚をはたいています。靴はなんとかガリ、コートはうんたらバリです。脱いだ時に見られるという理由ですが、外出時にどこでそんなに靴やコートを脱いでるのか不思議です。服は自分の内面の一番外側とは言ったものですが、仲良くしていた仕立て屋なら、体にあった服に裏地だけでなく息子に合った色々なディテールを付けてくれたものですが、息子は気付かなかったようです。外面からしか自分を 表現できない50代というのは、仕事にやられてしまったのでしょうか? (5)http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4129932.html?ans_count_asc=20 果てはこんな質問をするようになってしまいました。彼にこんな滑稽な「夢」しかないのはなぜでしょうか?5000年前のエジプトの古代文字の伝記にも「最近の若者は・・・」と出てきますが、ただの物欲を夢と言って若者を虐げるのは、史上稀に見る老害だと思います。 最後にひとこと、 50代の皆さん、子供を大切にしてください。
- この友達はお金持ち?
幼稚園から仲の良い女友達をずっとお金持ちに感じたので、どの度合いのお嬢様、お金持ちなのか教えてください。お願いします。m(_ _)m その人は一人っ子、キャンピングカー所有、車がバイク合わせて6台(車庫付き)、外車を2台乗ってる、屋根が空くタイプのもあった、バイクはハーレーでした。私は女だけどバイク好きなのですぐ分かりました。大豪邸と私は思っているその家には本物の暖炉と煙突がある、薪をくべれば使えるらしい、リビングが30畳くらいある、やりませんが端から端までダッシュ出来るレベルです。お風呂が3個あり片方は両側に階段があってジャグジー付き、もうひとつはテレビ付き、もうひとつは普通のやつ、パソコンが7台、レコーディングルームみたいなのがある、ギターやドラムなどの楽器が並んでるお部屋だった、高そうな絵画と壺が飾ってあった。ピアノが置いてあった、植物があった、高そうなロードバイクが2台あった、サンルームといわれるものがあった、庭にお花のアーチと季節折々の花壇がある、ウッドデッキがある、天文台がついている、天体観測ができる。躾のされた犬が2匹いる、おおきな木が1本お庭にある、2ヶ月に1度くらい鰻を食べる習慣がある、高級料理よく食べてる、でも何故か安物スーパーにもいる、その女友達はすごく謙虚で人を馬鹿にしないし見下す様子は無かった、お母様は優しくて穏やかな人だった、お父様は礼儀に厳しそうなお堅い印象だった。 よく旅行へ行くらしく、キャンピングカーじゃない時は1泊10万くらいするような所へ泊まったりしていた、家が何個もある(別荘もあった)、旅行先のお土産をよくくれた。お友達に新幹線や飛行機で会いに行くこともあるようです。女友達の友達も、みんなお金持ちのように感じるエピソードが多かったです。 高そうな家具とか物があった、でもCHANELやサンローランみたいなブランド物はなく、しまむらやINGNIみたいな安いものを着ていた→でもそれから、20歳を超えてから突然服装や見た目もキレイになってしまった、今までの親しみやすさが消えたような感じで、オーラ?みたいなのが出ているように感じるようになった。声をかけては行けないような。わかりやすくいえば、しまむら→CHANEL みたいな感じです。バッグもブランド物になってました。ネックレスは綺麗な宝石をつけたり、リングもするようになってきました。兎に角格差がよく分かるような感じです。。 お金持ちだな、お嬢様なんだなと思いました。今流行りのパパ活ではなく、生まれた時からの根からのお嬢様です。 そんな女友達がある日インスタを辞めてしまいました。彼女の投稿を見るのが楽しかったのに、犬の投稿もなくなり彼女が今何をしているのかわからなくなりました。何故かネットからいきなり姿を晦ましてしまったのです。LINEで聞こうにも、わざわざ聞くのは違うと思いますし、ネットに言わないことを聞き出すのはやっぱり無礼者ですよね? でも、すごく気になります。何故、突然辞めてしまったのだと思いますか? 今は私は遠くで暮らしているので、会おうにも誘えないです。幼稚園からの友達だけど、なんとなくこの女友達は、私たちとは住む世界が違うような気がします。差別された事は無いですが、やっぱりお金のない人や一般家庭とは付き合いきれなくなっていくものでしょうか? これからも、変わらずのお付き合いって難しいでしょうか? 彼女とは学生時代よく遊びに行ってました。大学生になるあたりから、少しづつ疎遠になりましたが、やり取りはしていました。 皆さんにお聞きしたいこと ①この女友達はどのくらいお金持ちですか? ②お金持ちはお金持ちの子と仲良くしますか? ③何故インスタを辞めてしまったと思いますか? ④このような方は周りにどれくらいいますか? ⑤この女友達は、上から数えたらどのくらいの所にいますか? ⑥この女友達とは、これからも仲良くできる関係でしょうか? よろしくお願いします。m(_ _)m
- 理系か芸術系か(長文です)
私は今高1で、そろそろ文理選択をしなくてはいけません。 私の通っている高校は、地方ではありますが一応県下三本の指には入るような、いわゆる「進学校」で、それなりに頑張って受験勉強をして入りました。 最初から書くと長くなってしまうのですが、 わたしは小さいころから「芸術系」の分野が大好きで、父親が建築家なので、よく父の書いている図面を、「早く寝なさい」と母に怒られるまで眺めていたものでした。写真も好きで、父のお下がりの一眼レフで遊んでいたり(笑)それから絵画教室にかよったりもして、小学生以下無料なのを良いことに毎週末一人で一日中美術館にいるような子供だったんです。 ところがわたしが中学校に入ると、勉強もすきだったので学年で一番になり(強がりみたいになってしまってごめんなさい)、周りは「国立大に行け」みたいな雰囲気になり、ただ褒められたい一心で、後先考えずに勉強し、その結果今の「理系=医療系」「文型=法学系」な高校に入ってしまいました。 ずっと憧れていた美大進学は、高校入学と同時に自分の中で封印しました。薬剤師になりたい、と言ったときの、母のうれしそうな顔を、裏切りたくなかったんです。母は医療従事者ですから、そういう意味でも嬉しかったんだとおもいます。わたしの高い塾代も払ってくれて、なにより子供の頃からの母の教育があったからこそ、今のわたしがあるようなものです。決して厳しいだけの教育ママではありません。 入学してからの5回の模試すべてに、「理系」「薬学部」と書きました。自分でも、わたしは薬剤師になりたいのだと思えてきた矢先、学校で早稲田大学の教授さんによる、模擬講義がありました。 それが、理系の人にも文系の人にもいいように、建築科(建築科学?)の教授さんだったんです。内容は建築の過去から未来への投影・・みたいなものでした。まわりの友達は寝ている人も多く、終ったあとも「つまらなかった」「建築とか興味ないし」と言っているひとがほとんどでした。 ところがわたしは、ものすごく楽しかったんです。 本当に聞き入ってしまいました。感想用紙も裏までかくくらい、感動した・・というか、「楽しかった」んです。こんな講義が毎日聞けるなら、どんなに楽しいことだろうと思いました。ずっと封印してきた美大への憧れが、一気に溢れてきて、この学校に入ったことを死ぬほど後悔しました。こんな模擬講義をセッティングした先生方を恨みました。 あるチェコの監督の映画に出逢ったこともあり、美大への憧れは日に日に強くなる一方です。 わたしの学校には理系・中間(教育)系・文系の他に、理系でいう化学のかわりに「美術」または「音楽」を4単位とるという「芸術系」があり、これは本格的に芸代・美大をねらう人が取るものです。人数はほとんどいませんが、それなりに本格的な指導をしてくれるみたいです。 こんなものがあるから、よけいに迷ってしまうんです。 わたしは1年生なので微妙ですが、先生方には頑張れば千葉大や東北大を充分狙えると言われていて、先生はすっかりその気です。 わたしが美大に行きたいと言えば、きっと親は応援してくれると思います。でも、ここまで塾のお金や教育費を払ってもらって、もし受験にしっぱいして浪人なんかしたら。卒業しても就職先がなくて、社会人になってまで親の援助を受けてなくてはならないなんて状態になったら。と思うと、このまま自分の思いはあきらめて、薬剤師をめざしたほうがいいのではないかとも思ってしまいます。 でも美大への気持ちもあきらめられません。 今まで勉強したことを無駄にしたくないという気持ちもあります。 親や先生の期待をうらぎりたくないです。 でもやっぱり、このまま後悔しながら生きていくのかと思うと、もう自分でもよく分からなくなってしまいました。 自分の気持ちは分かっているのに、リスクが怖くて美大にいくと決められない自分が本当に嫌です。 どなたかアドバイスいただければうれしいです。 長文になってしまってすみませんでした。
- 締切済み
- 大学・短大
- chidorikko
- 回答数9
- 帝国主義などについて
僕は現在「小泉八雲と日本」というのを読んでいます。 念のため書いておきますが、小泉八雲とはラフカディオ・ハーンのことです。夏目漱石が帝大英文科講師になる前の、同講師です。 だいぶ読んだんですが、小泉八雲は明治時代を生き、松江の中学の英語教師、熊本五高の英語教授、それから神戸でジャーナリストを経て、帝大英文科の講師になりました、日露戦争の時、静岡県の焼津で亡くなりました。54歳だったと思います。 僕はこれを読んでいて、慶應義塾を作った福沢諭吉とは対照的な思想だなと感じました。 というのは福沢諭吉は「文明論の概略」とか書き、そういった影響もあって西洋文化に人々は憧れ、風習や、外国語を学び、西洋の知識、科学技術などを学びました。学校制度が整備されたのもこの頃で、森有礼初代文相などが進めていきました。夏目漱石や森鴎外もこの雰囲気の中で英語やドイツ語を学びました。 富国強兵、殖産興業の時代です。ラフカディオ・ハーンはイギリス人とギリシャ人の間に生まれ、米国で40歳までジャーナリストをしていて、日本に憧れて来日して、松江の女性と結婚して帰化までしました。 最初に書いた福沢諭吉と対照的と述べたのは、小泉八雲は機械文明を嫌い、キリスト教も嫌いで、ピアノ・洋服・カーペットといった西洋風のものも嫌だったのです。むしろ英訳古事記などを読んだり、仏教や神道に関心を持っていました。当時、多くの西洋人が日本のことを未開の野蛮人だと思っていましたが、八雲はそうは思わず、西洋人の方が、植民地の争奪戦とかやり、野蛮だと思っていました。また政府が進めていた産業革命や資本主義も嫌っていました。いわば西郷隆盛のようなタイプで、西洋かぶれを嫌っていました。 一方、福沢諭吉は「脱亜論」を唱えていて中国や韓国との付き合いをやめて欧米の知識や技術を学ぶべきだと主張し、人々から支持されていました。 なんか令和の日本と明治・大正時代は似たようなところがあると思います。 今も英語とか数学は重視されていますが、古文や漢文は軽視する発言をする人は多いです。 小泉八雲は日本の自然の美しさを愛し、西洋化しない日本らしさを好みました。桜、浴衣、団扇、和食、浮世絵などです。 ただ当時の国際情勢は、そういった悠長なことを言っていられる時代じゃなかったと思います。明治27年には日清戦争、その10年後には日露戦争になります。政府は国家予算の4割を軍事費に使い、皇室費も削減し、官吏の給料も1割削減し、増税もしました。 帝国主義は当時の世界の潮流でイギリス、ドイツなどが最先端の国と目されていました。 伝統的な日本文化を賛美して、古典とかを悠長に学んでいる状況ではなかったと思います。 英語とか数学の方が重視される時代で、これは令和の現在とも同じです。 僕が葛藤するのは、何でも欧米文化の真似をすればいいのか?ということです。確かにヨーロッパの文化は素晴らしい。クラシック音楽や絵画、建築など素晴らしいです。また学問も数学や物理学など進んでいるように感じます。 しかし、お雇い外国人のフェノロサは日本の美術を評価して、岡倉天心は東京美術学校を作って校長になりました。 また資本主義は貧富の差を生み、経営者は安い労働力と、長時間労働を求めます。これはイギリス・ドイツなどでも問題になっていました。また工場とか鉄道の煤煙によって空気が汚くなっていました。 当時の貧富の差は現在よりも酷いものだったと思われます。こういった先進国の状態を見て八雲とか夏目漱石、芥川龍之介などは悩んでいたと思います。労働者は劣悪な労働環境で働かされて、また恐慌もしばしば起こりました。 長文失礼しました。まだ書きたいことはあるのですが、この辺にしておきます。明治・大正時代と令和の今日では似ていると僕は思います。 皆さんの意見を聞かせて下さい。宜しくお願いします。
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- ammgpattg2
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- ニコン製品で安めのお勧めがあったら教えて下さい
ニコン40Dの中古を買おうか検討中です。 ニコン40D以外でニコン製品で余り高くないお勧めがあったら教えて下さい。 撮影の目的は絵画の下絵とするイメージスナップを撮影します。 基本的には「ハっ」とした瞬間を撮り、後で写真を見て、その時の脳裏のイメージを思い起こすための物です。でも、カメラに慣れたら、ぜひ写真自体でも作品作りもしてみたいと思っています。しかし、今はお金がないので、なるべく3万円前後で購入したいと思っています。 今まではサイバーショットのDSC-T5を我慢して使用していましたが、機動性は良くても撮影画像の甘さに辛いものを感じています。DSC-T5では形だけ切り取れれば良いとしてオート撮影を使う場合と、もしくは色などから来る雰囲気を重視する場合にはプログラムでスポット測光にして、何とか自分の希望の雰囲気に近くなる様にして使っていました。でもとにかく撮影された画像にクリア感の様な物が足りないです。カメラで作画するという訳ではないのでどんなデジイチでもOKだろうと思っていますが、でも、プリントした時に写真が綺麗だと、絵を描く際に気持ちのノリが違うのでなるべく綺麗に写したいです。 ニコン機はデザインが好きなので、あまり範囲を広げずニコンの中で選ぼうかなと思いました。機能は、ライブビュー機能や、連写にはこだわっていません。シーンモードも恐らく使用しません。重視しているのは、とにかく絵が綺麗、すぐにシャッターが切れる、マニュアル操作がしやすい、等です。以前ズーム機能が大きなミノルタのDiMAGE Z3を持っていましたが、絞り優先モードで殆ど撮影していました。当然ですが、DSC-T5より握りやすいのとファインダーで覗けるので絵に集中しやすくて嬉しかったです。今度は光学ファインダ(と言うのでしょうか?)+レンズのマニュアル操作をしたいです。 被写界深度が身についてないので、被写界深度の目安が分かるボタンがついているのも勉強になっていいかなと感じています。(これを機会にカメラも勉強したいです) ニコンD40は、D50やD60、eos kiss X3 等と持ち比べた時に、自分の手が小さいので持ちやすく感じたので、まずはこれで始めてみようかなと思っただけです。しかし、以前プロの友人の家でEOS5Dを持った時は「重いのに、持ちやすい!安定するなぁ」と感じた思い出があり、軽ければ撮影しやすいとも言えないのだろうなと想像していますが、よく分かりません。。。レンズは18-50で当分使用する予定ですが、それでもニコンD40だとD50とかよりもボディが軽い分首から下げているとバランス悪くて疲れたりするのかなと少し気になっています。18-50のレンズを付けてD40を手で持った時に、少しレンズ側に重さが引っ張られる感じがありました。 また、新しい機種は画素数が高いですが、画素=美しさなのか分かりません。 例えばニコンD40よりD60の方が画素が高いですが、やはり綺麗に写りやすいのでしょうか?キャノンでハイアマチュアモデルとされているEOS D30は325万画素ですが、例えば600万画素クラスのニコンD40よりも「綺麗に写る」という事だったりはしないのでしょうか。入門機とハイアマチュア機の差は何でしょうか。入門機はシーンモードが充実していたり、肌色検出とか「家族の記念撮影」的なオマケがたくさん充実していて、基礎機能は劣るのかな。。等と想像しています。そうでしょうか? だとしたら自分の場合はハイアマチュア機を購入した方が良いのかとも。。 それと、中古の機種の主たるリスクとはどんなものでしょうか。 私の場合例えば、中古のハイアマチュア機よりは新品の入門機の方がお勧めでしょうか。 (どちらも予算を出てはしまいそうですが) 印刷は家庭用プリンタでのA4出力がメインですが、時々はA3程度にプリントしたり、よっぽど気に入ったものは印刷屋さんでA3~A2サイズ等でちゃんとした出力をして貰う事も予定しています。 質問が羅列ですみませんが、宜しくお願いします。
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- デジタルカメラ・フィルムカメラ
- applecount
- 回答数7
- 子供の教育で焦り始めました。。。
よろしくお願いします。最近、なんだか自分はノイローゼではないかと思うようになりました。 私には現在幼稚園の年長(もうすぐ6歳)の息子と年少の娘がおります。 私が住んでいる地域は、かなり裕福層が多く、一人っ子率も高いです。 そのせいか、とても教育格差を感じてしまい、最近とても焦り始めていて、子供にどのように教育の場を与えたらよいのか、わからなくなってきました。 年長の息子のお友達の殆どは、習い事を複数個しています。 スイミング、空手、サッカー、バレエ、体操などのスポーツ系のほかに、英会話、公文、習字、そろばんなどの学習系、そして、ピアノや絵画などの芸術系・・・これらの中で、3~4種類やっている子はザラです。 そして、当然ただやっているだけではなく、皆きちんと身についているんですね。 ママたちは「小学校に上がってからついていけなかったら困るから、年少の時から色々やってるけど・・・その割には全然身についてないのよ」などと言っていますが、私から見たら皆ホントにすごくって、ひらがなやカタカナの読み書きはもちろん、漢字が書ける子もいますし、英語でアニメや映画を見ている子、英語を読める子もいますし、算数の足し算、引き算だけでなく掛け算や割り算ができる子もいます。カルタやトランプ、オセロなどのゲームに強い子もいるし、サッカーや空手でぐんぐん才能を開花させて、MVP選手として表彰される子や、次々と昇段試験に合格していく子たちもいます。 本当に、悲しいけど、どうしても自分の子を比較してしまいます。。。 絶対そんなことしてはいけないこと、わかってるんです。うちの子には、うちの子の良いところがいっぱいあります。でも、いまだにひらがなの読み書きもうまくないし、カタカナなんて全然覚えてくれないし、時計も全然読めないし、算数なんてとんでもない。。。ゲームも「できないから負けても仕方ないじゃん」としか思わないし、英語も全然興味持たないし、スポーツは好きだけど、得意なことがあるわけじゃない。足の速さもフツーだし、スイミングをしてますが、なかなか昇級できません。 なんだか、お友達と比べてしまうと、本当に劣ってる感じがして、心配でなりません。 実際、あと半年で1年生です。なのに、こんな調子で小学校の授業についていけるのでしょうか。 皆があまりにもできるので、うちの子は小学校1年生にして劣等感を味わってしまうのではないかと、不安で不安で。。。。 お勉強はやはり、小学校に上がる前に、何かしらしておいた方がよいのでしょうか? ひらがな、カタカナ、簡単な漢字くらい読み書きできて当たり前なんでしょうか? 算数も、足し算、引き算、掛け算、割り算が、今からできてないと、1年生でついていけなくなるのでしょうか? ゲームができないと、一緒に遊べなくて、お友達ができなかったりするのでしょうか? 私は、自分が小学生の時と比べてしまって、全然時代が違うことを痛感しています。 私の時は、1年生のときに時計の見方を授業で勉強した覚えがあります。 1年生で自分の名前を書いていたような気がします。 でも、息子のお友達は、年長で、漢字で名前を書くのが当たり前とでもいうように、何人もの子が書いています。 我が家は、収入的には普通だと思います。ただ、我が家の周辺の家庭に比べたら、たぶん、中の下・・・くらいになるのかな?という気がしています。この夏休みも、お友達の家庭は海外旅行や沖縄旅行なんかに行った子もたくさん。でも、我が家はそんな余裕もなく、チョット遠出して海水浴したくらいです。ディズニーランドにも行かせたことないし、お金の掛かるレジャーはさせてあげれません。 お金がなければ、きちんとした教育をさせることができないとは思ってません。 私の工夫などで、なんとかできることも多々あるんだと思います。ただ、私が子供たちの勉強に付き合うと、あまりの情けなさにイライラが募って、怒鳴ってしまうことがあるんです。だから、どんどん子供たちが勉強嫌いになるのかもしれません。 1年生になっても、普通に授業についていける程度にするには、どのようなことを今のうちにしておくべきなのか、子供たちが楽しんで学習ができるようになるにはどうしたらよいのか、どうかご教授いただきたくお願いいたします。
- 東大か京大か?多くのご意見をお聞かせ下さい。
みなさん、こんにちは。私は京大法学部(または東大文一)を目指している者です。休憩中に投稿します。 私は将来は日本文化の素晴らしさをワイドに伝えれる映画監督になりたいです。脚本(日本語の豊穣さで日本文化の真善美を表現したいです。言葉を大切にして伝えたいです)、絵コンテ、音楽、美術、衣装、照明、ヘアメイク、ポスターなど作品に関することほぼ全部自分でできるようになりたいです。だから、まずは東大か京大に進学し、卒業したら東京藝術大学の美術学部芸術学科か絵画科日本画専攻か建築科かデザイン科に進学も考えています。さらにその後ソウル大学校(韓国に興味があります)か、ケンブリッジ大学(スピリチュアルを学びたいです)か、ハーバード大学(やはり世界一かなぁ……)に進学も考えています。教養を高めたいのです。 将来の夢についてですが……他にも作家(文学とエンターテイメントとスピリチュアルとを融合し、昇華させたいです。日本語の美しさ、豊かさ、素晴らしさを伝えたい)、児童文学作家、絵本作家、紙芝居作家、エプロン芝居作家、(洋服、和服、靴、下着、帽子、水着、小物などの)ファッションデザイナー、画家になりたいです。みなさんに夢と勇気と希望と感動を与えたいです。真善美を伝えられる文化人になりたいのです。どんな悪をも軟化・柔華・浄化し、善に変えていきたいです。 それと、お金持ちになりたいです。何故かといいますと、理由は何個もあって……例えば、お金持ちになって悪い波動を持ったお金をもどんどん浄化したいからです。例えば、良いことをどんどん振興したいからです。例えば、上限額を気にせずに本を大量に購入して、本をのんびりと読みたいからです。例えば、社会的弱者さんたちのために大金を使いたいからです。例えば、どんな悪をも黙らせたいからです。お金持ちと繋がるためには東大の方がいいのかな……? ところで将来の夢が映画監督や作家やファッションデザイナーなのに何故文一か法学部志望なのかと言うと、政治思想と芸術で卒論を書きたいからと、山田洋次さんや三島由紀夫さん(三島さんの日本語が好きなのです)に憧れているからと、色々な考えに触れたいからです。 今、私としましては将来の夢が日本文化の素晴らしさを伝えれる文化人になりたいと思っているので、今のところは京都で(京大で)毎日日本文化を側に感じながら学問したいな、と思っています。 でも東大も良い大学で魅力がたくさんあり、進学したい気持ちもあります。 場所に関して考えると…… 京都には1200年の歴史があり、毎日雅な文化に触れられそうです。神社仏閣巡りを毎日できます。 関東にも日本文化に触れられる場所がたくさんあって、東大で学ぶのも良いなぁと思います。関東には美術館もたくさんあるし、建築も良い建築がたくさんあります。それから、関東では演劇もたくさん上演されていますよね。しかし、京都も良いぞ!!と思います。 ファッションに関しましても東京が一番ですが、日本伝統のファッションを学ぶのは京都が一番だよなぁ……と思います。 本探しについても、美術書、難しい本など探すなら東京かなぁ……と思います。(私は田舎生まれ田舎育ちなので、このあたりわかりません!!このことについても情報求む!!です)最近は本もインターネットで見つければ良いですが、本屋さん巡りはインターネット本屋さん巡りとはまた違った魅力があります……。 関東にはハイレベルな大学がたくさんあり、インカレサークルに入ると交遊関係も広くなっていいかなぁ……でも京都も良いぞ、と思ったりします。 美容院・ヘアサロン・ネイルサロン・眉サロン・美容整体なども京都より東京の方が充実していますよね……。でも、これは週末に上京すれば良いのかなぁ……とも思います。 お買い物・食事などするにしても東京には魅力的なお店がたくさんありますよね。しかし、京都も日本の伝統文化なお店がたくさんあります!!休憩中に『京都 佳つ乃歳時記』『婦人画報 おいしい!京都ごはんたべ』などを開いては、祖父母と両親を「このお店に連れて行ってあげたいな~」「大学でどんなお友達ができるんだろう……お友達ができたら一緒にこのお店に行きたいな~」などと考えてしまいます。 ディズニーランドとディズニーシーにすぐ行けるのも東大の良いところです(?)しかし、USJも良いですよね。 他にも習い事をするにしても京都より東京の方が選択肢がたくさんありますよね。お料理教室に関してだけでも東京ではたくさん開かれています。しかし、華道、茶道、香道、弓道、書道、日本舞踊、お琴など習うには京都の方が良い……のかなぁ……と、思います。習いたいことがたくさんあるのです……。 アルバイトに関しましても、東大生になれば(しかも文一だとかなり)高自給な塾講師や家庭教師のアルバイトがありますよね。でも、京都の方が日本文化に触れられるアルバイトがあるのかなぁ…と思います。祇園のバーでアルバイトや通訳ガイドなど。 東京と京都ではどちらが良いのでしょう……。みなさんはどちらの街がお好きですか? 大学自体を考えると…… 京大は入試問題が面白いです。東大の入試問題も面白いけれど、私は京大の入試問題の方にはもっと惹かれます。 そこから私が勝手に抱くイメージなのですが、東大は入試問題でもすばやく考えて答えを出すイメージですが、京大はじっくり考えて答えを出すイメージです。校風も東大は京大より速さが求められているイメージがありますが、京大はじっくりゆっくりなイメージがあります。だから私には京大の方が合っているような気がします。私はよく天然、のんびり、おっとりと言われるのです……。 しかし、やはり東大が日本一の大学なのかなぁ……。 テレビで『東大王』や『さんまの東大方程式』などを拝見するたびに東大への憧れを感じます。 一番心に引っかかっているのが…… 私が受験勉強を頑張っている一番の理由が祖父母と両親を喜ばせたいことなのですが、京大に進学してしまうと私が今住んでいるような田舎では町民さんたちに「東大じゃない」と言われてしまいそうなことなのです……(町民さんたち、ごめんなさい……日本一の大学はやはり東大……かなぁ。みなさんはどう思われますか?)。私の両親は「大学、どこでも良いよ。好きにしなさい」と言ってくれています。祖父母には聞いたことないですが祖父母は、私が京大法学部より東大文一に進学した方が嬉しいんじゃないかなぁ…と思います。祖父母なら京大生でも喜んでくれると思うけれど、祖父母が元気なうちに私が東大生になったところを見せてあげたい気持ちがとてもとてもとってもと~っても強いのです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 昨日も祖母と母が『東大王』を観ていて、「おばあちゃんは、やはり私が東大に行ったら喜ぶかなぁ……」と考えました。 二番目に気になるのが…関東で起こると言われている地震です。地震発生時にビル街を歩いていたら割れた窓ガラスが落ちてくるんじゃないかとか、メトロに乗っている時に津波が来たらどうすればいいんだろうとか、家が火事や津波に襲われた時通帳などはどうすればいいんだろうとか…考えてしまいます。 だから、京都にした方が良いかなぁと思ってしまいます。関東にお住まいの方々、ごめんなさい……みなさんのご無事をお祈り致します。専門家の方たちが仰るのだから関東で大規模な地震が起きるのだと思いますが、本当に地震が起きたとしても負傷者などでないと良いですね。みなさんがご無事に乗り越えれますように。 私は今の気持ちでは京大に進学したいのですが、みなさんは東大と京大ではどちらが良いと思われますか? 東大・京大関係者の方、東大・京大志望者の方、保護者の方、高校の教諭さん方、予備校関係者の方、関東にお住まいの方、京都にお住まいの方、その他どんな方でもいいのでみなさんのご意見をお聞きしたいです。どんな些細なご意見でもいいです。お時間ありましたらご意見下さいませ。また、この質問に関するおすすめの本、雑誌などありましたらお教え下さい。 ここまで読んでくださってお時間を使ってくださった方々、ありがとうございます。暑い季節ですので熱中症にはどうかお気をつけて。水分補給だけでなく塩分とミネラルの補給にもお気をつけて。 志望大学に関わらず受験生のみなさん、保護者さんたち、高校・予備校の方々、お互い頑張りましょう!!お互いに健闘をお祈りしましょう!! 今日は8月6日ですね。戦争がなくなるように、ひとりひとり努力しましょう。どんな些細なことでも良いから、社会に良い波動を増やしましょう!! みなさんにご多幸がありますように。
- 難解の文章
都市への/からの視線1 現代の都市に暮らす人びとの心は、都市の建物、雑踏、シッソウしたり渋滞したりする自動鮮、ショウ・ウィンドウや街旅 のテレビ・スクリーンに映し出される映像、郊外住宅地の風景、携帯電話の小きなディスプレイ上の文字列、小さなイヤフォン から流れつづけるリズムやビートといったものたちのなかにトウエイされ、表象されている。それだけではない。そこに暮ら す人びとの心的生活が、そうした事物に規定され、それらを通じて現れ、それらなしにはまったく別棟のものになるであろうと いう意味で、それらの事物は、そこに暮らす人びとの心の一部なのだ。 物質が見る夢、物が抱く感情、メディアのなかの記号やイメージとともに明滅する心や感情が、都市や社会のなかで私達 を捉え、私(たち)によって生きられる。私たちが見てきたのは、そのような場としての都市や社会ではなかっただろうか。 物質が夢を見る。あるいは、心が物の中に、あるいはものを通じて現れる。こうした一見すると奇妙な物言いは、ヴアルター・ベンヤミンやマーシャル・マクルハーン、ミシェルフーコーの思考を通過したあとの社会学的思考にとっては、必ずし も奇異なことではない。 、′ たとえば都市をめぐるベンヤミンのテクストでは、商品や室内、パサージユやその内外をイロドるモードといった、十九 世紀から二十世紀はじめの都市空間に見出される端的にモノである存在群は、そこに人びとの意識が表象されるだけでなく、そ れ自体が集合的な心的現象であるかのように取り扱われる。 芸術家が作る建物からエンジニアが作る建物へ。絵画から写真へ。これらは建築やイメージを「精神」から解放していくかの ように見える。だが、実際、そのようなテクノロジーとともに現れたパサージユやプルジョワジーの室内、博能会やパノラマと いった事物が示すのは、それらの事物を生み出した人びとの意識や欲望である。そしてそれらは、単に人びとの意識や欲望を表わしているだけで ではない。そのようなテクノロジーに支えられた事物はまた、積極的に人びとの意識や欲望を駆動し、作り出す ものであり、その意味で入びとの意識や欲望の一部をなしてもいるのである。 マクルーハンは、「メディアはメッセージ」という警句的教現によって、種々のテクノロジーが社会のなかに生み出す行為や 関係のペース、スケール、パターンへの注目をカンキしただけではない。彼はまた、みずからの警句をさらにもじった「メデ ィアはマッサージ」という言葉で、そうしたテクノロジーが生み出すペース、スケール、パターンが人びとの意識や感覚に働き かけ、たとえば「活字人間」や「テレビ人間」のような、特定の思考や感覚の形式を備えた人間類型を生みだすことに注目した。 マクルーハンによれば、メディアとはそもそも「人間の拡張」を可能にするものである。活字人間やテレビ人間にとって、活字 やテレビ、そしてそれらが可能にする意味や表現やイメージの空間は、人間に外在するものでほない。それらは拡張きれた人間 の一部なのである。同じことは、鉄道、高速道路と自動車、高層ビルといった〝メディア〝についても言えるだろう。現代の都 市に暮らす私たちほ、〝鉄道人間″や〝自動車人間〝高速道路人間〝や〝高層ビル人間〝であり、私たちの意識や思考、精神は、そうした〝拡張された身体″と相関した存在でしかありえない。 また、フーコ-が監獄の誕生で示したことの一つは、監獄や教室、兵舎のような物的施設の空間内の配置が特定の運用規 則と組み合わされることで、その内部に位置づけられる人びとのなかに、「不断に自分を監視し、管理する自分」という という特異 心的メカニズムを生み出すと同時に、そのような心的メカニズムに支えられた身体間の相互関連のなかの存在へと、人間を形成 していくということであった。「身体の監獄たる精神」という監獄誕生のなかの言葉は、身体に内在する多様な運動性が精神を蝶番にして規律・訓練されていくことを示しているのだが、その精神は人びとの身体のなかにだけあるのではない。監 獄の建物に、そして教室や兵舎の建物にそうした精神が宿り、身体を攻囲しているのである。 十九芸世紀以降の都市と社会を特徴づけていることの一つは、こうした物質的であると同時に社会的な世界のなかに、高速交通や高速通信を可能にするメディアに媒介された、それまでに存在しない「場」や「地形」が生み出されていったとい うことである。 たとえば、鉄道敷設は、その沿線の空間を線状に結び付けていっただけではない。以前であれば五感によって経験されて いた移動する途中の空間が、そこでは車窓の外を飛び去っていく「風景」という像として経験されると同時に、「移動する車内」と という新たな場と、居眠りや読書、とりとめのないおしゃべりや、車内の中吊り広告をほんやり眺めるといった、新たな行為や経験の様式を作り出す。して、そのような行為や経験を通じて、鉄道路線で結ばれた駅の数珠状の鎖列を軸として国土や地域や都市をイメージする空間了解の形式が共有されていく。と同時に、通勤や通学、業務のための移動などの活動を、鉄道の運行時間にしたがって管理・調整するという、時間的・空間的な行動の管理も、日常生活を送るための必要な技術として浸透 く。それは、社会化された機械装置を軸とするものへと社会的な空間や時間が編成されて、そのような機械装置とそれに媒介さ れた空間・時間のなかで、身体の集合的な活動が編成されていくということ、それを通じて新たな質や構造をもった「場」や「社会の地形」が、社会生活の物質的な基盤であり、かつまた時空間上の広がりをもったイメージとして、成立していったというこ とである。私たちが知っている「都心」や「郊外」という場は、物質性とイメージと、そこでの人びとの行為や問係のスイコ ウを通じて編成された社会の地形のなかに現れるのであり、そのような地形のなかで固有の実定性を与えられるのである。また、映画のうな映像メディアや、電話やテレビのような電気的な通信メディア、グラビア化した雑誌のようなプリント、メディアの普及と浸透は、地理的な場とは異なる言語やイメージの伝達の場を、聴覚や視覚という物理的かつ身体的な位相で存在することを可能にすることで、新しい社会的な環境を形成していくものだった。こうしたメディアは、文字や絵画を媒体とするそれ以前のメディアに媒介された環境とは異なる遠近感、身体感覚、現前性をもつ場を、社会の中に切り開いていく。そこでは、ひとびとにとって有意味な社会の広がりが、みずからの身体の近傍に経験される広がりだけでなく、種種のメディアを通じて拡張され、自己や生活の理想的なイメージメディアもメディアを通じて日々降り注ぐファッショナブルな幻像のなかに求められるようになる。そして「経験」「結びつき」「理想的」といった言葉が意味するものも、かつてそれらの言葉が意味していたものとは異なるものへと変貌する。それはつまり、「世界」や「社会」に対する人々の了解と想像の形式が変わるということ、端的にいって「世界」や「社会」のあり方が変わってしまうということだ。都市の「境界」という伝統的には地理的空間上に見いだされる存在すら、そこではメディア媒介的な現実の位相において思考され、経験されるのである。私たちが生きる世界は、十九世紀以降に出現したこうした諸メディアが切り開く新たな物質性の次元も、その素材として取り込むとこに成立している。 映画スタジオにおいては、器械装置が現実の奥深くまで侵入しており、その程度たるや、現実の純粋な姿、器械装置という異物から解放された姿のように見えるものはある特殊な処理の産物、つまりその目的のために特別にセットされたカメラで撮影したものを、同種の他の撮影フィルムとモンタージュした結果なのである。器械装置から解放された現実の姿は、ここでそのもっとも人工的な姿となった。なまの現実の光景は、技術の国の青い花となった。ここで述べられているのは、映画というテクノロジーのなかでは、器械装置が現実の構成に深く浸透しており、最も自然に見えるものこそが器械的な技術や処理を通じて現れてくるということだ。そして、映画というテクノロジーとその表現が、大衆的な娯楽を通じてひとびとの日常的な環境の一部になっていくとき、映画をつうじて現れてくるさまざまな映像は、ひとびとにとっての現実の一部を構成していくようになることができるだろう。このとき、そうした技術に深く支えられた技術の国では、なまの現実なるものは伝説の青い花のような、決して手の届かないロマン主義的な憧れの対称という位置を、技術化された環境のなかで、夢みられるものとしてあてがわれることになる。 この文章の論理展開と筆者が何を言っているのかまったく理解できません。できれば、解説お願いします。
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- 美術大学に通いたいです。
美術大学に通いたいです。 小さい頃から、絵を描くのが好きでした。 とくに、鉛筆と紙だけですぐ描けるので、漫画絵をよく描いていました。 中学生になって、パソコンを使えるようになると、毎日パソコンで漫画絵を描くようになりました。 今は大学生(普通の学部の)ですが、いまだにパソコンでよく漫画絵を描きます。 一方で、実際に絵の具などを使っての、漫画絵でない絵は、描く機会が全くなくなりました。 本当に、ただの趣味だと思います。 ネットで投稿をしても、評価されることは滅多にありません。 それでも描きたくなるから描いているだけです。 上記のように漫画絵ばかり描いていますが、本当は、水彩画(昔描いてた)や油絵(一度も描いたことがない)も描いてみたいです。 でも、実際のところ、画用紙一枚すら買っていない自分は、口先だけなのかもしれないです。 要領を得ない文章で申し訳ないです。 ネットで、専門学校や美術大学で絵を学んでいるということを学生さんから聞くと、羨ましく思います。 私は絵がうまくないので、そういうところへの進学は、周囲の誰も思っていなかったと思います。 それに、私も、絵だけで食べていけるとは思っていなかったので、学歴欲しさに、適当な大学へ入りました。(芸術とか関係ないところです。) 適当な大学を卒業して、適当な職業で食べていきつつ、趣味で絵を描けばいいと思っていました。 でも、最近よく、人から「本当に好きなことをしなさい、後悔するよ」と言われます。 もう一度、受験をして、学部を選び直してはどうかとまで言われます。 今いっている学部は、とても興味のない分野の学部です。 しかし、もう一度入り直してまで学びたい学問は、これといってありません。 色々なものに興味を惹かれるので、わりとどれも楽しそうだとは思いますが、逆に言えば、特に学びたいものがない、というわけです。 けれど、矛盾するようですが、美術大学なら行きたい、と思います。 実際に大学生になりたての頃、美術大学に通えないかと調べたり、安くて本格的な講座(絵の)はないかと調べたりしていました。 もしも、今の大学を卒業してから、単体で、美術大学に通えたりしたら、とても嬉しいです。 入ってみたら、合わなくて、失望するかもしれませんが、今はそう思っているわけです。 でも、自分には才能もなさそうだし、あくまで趣味であって、普通に就職したほうが無難だとは思います。 絵で稼げるようになる可能性がとても低い以上は、美術の学校へ通う費用は、自分の気持ちのプラスになるだけで、投資としてはマイナスのものだと思います。 そもそも、美術大学へ入学できる実力も多分ありません。 親にも、笑い飛ばされる自信があります。(絵を習いたいと言っただけで笑われました。) 本当に要領を得なくて申し訳ないですが、客観的に見て、どうすべきだと思われますか? 趣味は趣味で、「本当に好きなこと」は趣味の部分でやればいいと思いますか? 隣の芝生は青いので、本当に、絵を専門的に学んでいる人を見ると、羨ましいのです。 もし将来、仕事をする傍ら、趣味として絵を絵画教室などで学んだとしても、要するに、それだけに打ち込むということはできないわけで、 好きなことだけしていたい、なんてのは、我が侭だと思いますが、いや、だからこそ、専門的に学んでいる人が羨ましいのかもしれませんが、 また、私は、目の前の、経済学やら何やらから逃げたいだけなのかもしれませんし、 美術大学でも、実際描く以上に、美術史だの何だのと言った面倒くさい科目があるのだろうとは予想しますが、 趣味は趣味と割り切ったほうが、いいのでしょうか? 好きなことをすればいいと言われる度に哀しいです。 親も、好きなことをしろと言っておいて、どうせ、「絵を学びたい」と言ったら笑い飛ばして終わらせるのは確実なのです。 実際、過去に何度か笑い飛ばされて終わりました。 実際のところ、少なくとも絵よりは普通の勉強のほうが、人並みにできると思います。 だけど、芸術系が気になって仕方ないのです。(と言いつつ行動してこなかったあたりでもう駄目なのかもしれませんが。) 愚痴みたいな質問で申し訳ないですが、考えていたら訳分からなくなってきたので、冷静な御意見を、お聞きしたいです。 よろしくお願いします。
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- 韓国文化に対する評価について
日本では何度目かの韓流ブームが訪れて若者を中心に人気を得ているのは事実ですが 韓国文化の実際の評価は冷静に見てどうなのでしょうか? また、現代韓国社会において韓国・朝鮮文化に対する高い評価と いまだに続いている起源説運動は何が理由でそうさせるのでしょうか。 わたくしめの見解も書いておきます。すこし長くてすいません。 ・現代音楽編 アメリカやイギリスの現代音楽の影響を大きく受けているのは韓国も例外ではありませんが歌って踊れるK-POPの層の厚さは世界トップレベルでしょう。特にダンスは凄い。何組かは実質世界トップだと思われます。ただし、一部のファンがいうほど次元が違う、完成されたとは思いません。細かい動きや前後の脈で見るとキレがあるけれど実際はそこまで踊れないし、すごく踊れているように見せる技術や演出がうまいことに気づきました。歌唱力は声量のある人が多いと思います。歌声が似たり寄ったりで綺麗な声でも同じような歌声が多く、飽きてしまう。事前に知らなくても歌声を聴くと韓国の人かな?と結構当たります。 工芸・絵画・服飾編。 李朝白磁を美術本で見たのですが一目ぼれしました。チマチョゴリにも言えますが 非常に洗練された見事な単純さ。シンプル・イズ・ベスト。 シニョンにも通じる伝統の髪型や王室が身に着けていた装飾品も麗しい。 三国時代、馬が装備していた黄金色の装飾・防具は絵になります。 ただし、どの時代も似たような美術が多い。 独自の流派もあまり栄えず、特に名画と言えるものが少ない。 韓国茶道は昔からあったかのように見せる運動をしてますが 急ごしらえ、急いで作ったように見えてしまうなんちゃって文化に見えます。 武芸も残っている資料があまりに少ないようですし、史実を元にした古代の時代劇に 剣道にそっくりな武芸が登場しており、疑問に思う面もあります。 韓国文化に対する評価をまとめると 歌って踊れるダンスは世界トップでしょう。何人かはダンサーレベルです。 日本の若手も韓国勢のすごい努力を見習ってほしいくらいです。 残念なのは歌声が魅力的でない。見た目も似た人が多いですが歌声まで似てる。 しいて言うなら声量のあるただの上手なカラオケみたいな人が多い。 日本もそうですけど表現力の点では世間一般ではマイナーな歌手のが凄い人が多い。 歌声は日本勢のが魅力あると判断してますが メディア露出の多い歌手はただ歌っているだけに聞こえる場合が 珍しくないのでそこは共通しますね。 音楽としての韓国語はリズム自体は良いんだけど 発音が心地よくない。むしろ気分が悪くなる時もある。 もちろん主観です。韓国語版K-POP好きの方、不快にさせたらすいません。 何だか韓国語に聞こえない、おかしいなと調べたら 歌詞の一部は韓国人が聞いてもわからないレベルの曖昧な発音だそうで 日本でもたまにいます。英語っぽく発音してかっこつけたい若手さん。 極一部のやきものや工芸の骨董品は素晴らしい。現代のはいまいち。 映画やドラマは日本のドラマよりは演出が優れていると思う。 俳優さんはベテラン以外そんなにうまいとは思いません。 ただ、若手に関しては日本のモデルやアイドル系より よっぽど演技はいいと思います。 海外に向けて発信するときに韓国文化だと紹介される一部には 歴代の豊かな文化を発展させてきた中国の文化を自分たちが起源だと主張したり 元になった文化が中国や朝鮮半島由来だったとしても日本風に 変化を遂げたとしても丸めてわれわれのものだ、韓国文化だと主張する、怖いくらいの自己評価の高さは怒りよりもある種のなんでそうなってしまったのかという悲しみに近い感情があります。古代からの韓国朝鮮文化があるのに。 短期間で経済的に先進国の仲間入りを果たしたと世界的にも認められ、ブレイクダンスやゴルフなどの一部のスポーツでも何人もの優秀な人を輩出して好成績を残し、液晶・スマホで大成功した世界的大企業もある。そういう所はすごい国だと思います。それでも国際的に知名度や印象が韓国社会が思うほどにはいまいちなのは文化力だと考えて、無理のある起源説やわれわれのものだアピールをしてるのかなと推測します。
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- 海外アーティスト
- ceijehgboiaer
- 回答数4
- 私のプロフィールを見てどう思うか、客観的な意見を。
お願い致します! 今後の参考にしたいので、厳しい意見でもアドバイスでも、感想でも、なんでもよいのでご意見をお聞かせください。 27歳女性。 国立大学卒。元フリーランスで働いていたが、病気(精神系の疾患と発達障害)のため公務員(司書職)に転職。 貯蓄は2000万円。実家から離れた田舎の町の新築2LDKで一人暮らし。諸事情で家族とは離縁していて、天涯孤独状態。 黒髪ロングで色白。159㎝で3サイズは88/52/82のHカップ(本当は78/52/78のDだが、男の人はグラマーな人が好きではないかと思いサバ読んでいる)。化粧はナチュラル志向で眼鏡をかけている。今風の美人ではないと思うが、昭和の女優や絵画作品のモデルにいそうなタイプ。出会う人のほとんどに「よく食べるのに細いね」「色白だね」と言われる。芸能関係の仕事経験があるため、容姿は悪くない方だと思われる。 今まで恋愛経験はないが、最近は彼氏や夫がほしいと思うようになった。相手に求める条件は第一に経済力。交通費やデート代は1円たりとも出さない。第二に、肉体関係を求めないこと。それ以外は一般的な常識や思いやりがあり、一緒に居て不快でない方ならなんでもよい。容姿は清潔感さえあればそれでいい。デート経験は豊富だが、人を恋愛的に好きになったことが無い。人間関係は浅く広くあっさりとが基本。 不合理や面倒ごとを嫌うサバサバした性格。マイペースで好奇心旺盛。コジコジのおかめちゃんを礼儀正しくマイルドにしたような性格。我慢することが苦手で、時に図々しい。心理学の本を読むことや、人間観察が好き。物怖じせず、情に流されないタイプ。好きな言葉は「情けは人の為ならず」「布施無い経に袈裟を落とす」。 趣味は料理、旅行、絵を描くこと、美術館に行くこと、ピアノ、猫と戯れること、歌うこと、読書、節約、お金をかけずに楽しめる趣味を見つけること、何かにチャレンジすること。 マイブームは海外の文化に触れること。現地の人が営んでいるレストランを食べ歩くことが大好き。 他人を利用して楽しいことや有意義なことをする企画を立てることが得意。レストランや映画はもちろん、現地のおじさんに車とお金を出させての旅行など、大きな企画も何度も成功させてきた実績がある。良いおじさんを見抜き、またそのおじさんのよいところを引き出した上で、財布も出来る限り引き出すこと、また自分も相手もお互い楽しい気持ちで過ごすことが信条。 大好きなものは児童文学、絵本、自然の中でお散歩すること、空いてる電車に乗ること、ポケモン、子猫、AxesFemmeなどのメルヘンチックな洋服、美味しいもの(特に激辛料理や外国料理、オムライス、甘いものなど)。 精神疾患を持つ両親、祖母、ダウン症の妹に囲まれ、家を出る前は学校にも家にも居場所がない状態だった。暴言、暴力、監禁、自〇未遂は当たり前の家庭だった。 小学校時代…友達と仲良くできない。アリプロ、ポケモン、イラスト描き、本、ピアノが友達。 中学校時代…成績は学年トップ。オタク系の友達とは少し仲良くなる。ただ、集団行動大嫌いでクラスでは浮いている。成績表は体育以外はオール5。この頃から醜形恐怖障害や無茶食い障害を発症する。コミュニケーション能力や社会性の低さ、太っている容姿や誰が見てもぎょっとするような顔立ち故に、劣等感が増大していく。 高校時代…家庭と精神疾患故に進学校への進学をあきらめ、エンカレッジスクールへ進学。勉強は好きだったので、なんとか国立大学文系に合格。 大学時代…友達が沢山できて楽しい学生生活を送る。サークルは人間関係のこじれとルールの面倒くささに嫌気が差し1週間で辞める。ゴスロリファッションやランジェリー、コスプレ系のモデルのお仕事、塾講師、図書館、巫女、ケーキ屋など趣味にまつわる仕事やアルバイトに励む。学業についても楽しみながら学ぶ。大学4年時に親との関係が最悪になり、家を出ざるをえない状況になる。整形やダイエットにより、容姿は劇的に変わり、自信が持てるようになる。 社会人…諸事情につき嫌々受けて内定をもらった企業を1週間で辞める。その後はフリーランスに。充実していたものの、コロナや障害者であること、頼れる身内がいないことを考慮した上で社会人4年目で公務員に転職。 心身共に健康的な生活を送ること、よい人間関係を維持すること、日々勉強してより良い生活を送るための知恵を付けることを目標にしながら生活をしている。素敵な彼氏を作ることも目標のうちの一つ。 他人の好意をお金や労力に変えることばかり考えてしまう少し歪んだ性格は、家庭環境の不和や、容姿や社会性の低さによる劣等感により、学校に馴染めなかったことが起因している。
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- アートとデザインの違いについて
アートとデザインの違いについてみなさんはどうお考えでしょうか? 今年3月に美術系短大を卒業します。 学校ではデザインを勉強していました。 就活をしていて、実際に世に出ている広告の会社などを訪問したりその会社の作品を見て感じた事、実家に帰省し、デザインから離れて考えた事があります。 長く拙い文章ですが、よろしければお付き合いください。 学校では作品を制作するにあたり、ターゲットを設定し、コンセプトやテーマを決め、また、その理由や根拠も決めて作品を制作しプレゼンするということをしてきました。 私はウェブデザインを専攻していて、ウェブでは特にターゲット、コンセプト、テーマは重視される部分で、先生にも口を酸っぱくして言われていました。 他分野の先生も同じような考えを持っている人がほとんどです。 先生ごとにセンスやし好は違いますが、「何かのためのデザインでなければ意味がない」という考えは同じのようです。 私はデザインの全ての作品に意味や目的がなければならないという気持ちで制作していました。 ただ、それ故に自分のやりたい事をすると先生に怒られます。 先生に良い評価をもらってもなんだか物足りない気がしていました。 自分のやりたいことができなくて先生に反発していく人もいました。 2年になり、いざ就活ということでデザイン会社の制作実績を拝見しました。 もちろん素敵な作品もありました。あまり面白くない作品もありました。 様々な制作実績を拝見したほとんどは基本的な構造(レイアウト)は同じで中身(グラフィックや写真)が違う作品ばかりじゃないかという印象がありました。 確かに、デザインの法則やレイアウト、システム 、配色のパターンはあります。 でもそれに捕われすぎて作り手の個性的な部分が失われているのではとも感じました。 世に出ているデザインの多くが儀礼的・機械的で感情のないものなような気がしてきました。 デザイン会社の制作実績ですから、誰かのためのもの、目的を持ったものです。 もちろん、素敵なデザインもあります。 でもそれは私が勉強してきたデザインの法則やシステムを無視したものもあります。 素敵だと感じたのも「この部分がこうだから」「どういう技術を使っているから」などという専門的な知識に捕われない理由です。 実際に他の学校の卒業制作展で拝見しに行き、素敵な作品があり、作者さんにコンセプトやテーマを訪ねると「自分はこういうのが好きなので作りました」というコンセプトやテーマが全く決まっていない作品が多いです。 こちらは自己満足のものです。 他の誰かのためでもなく、目的もはっきりしていません。 学校の授業もなくなり、実家に帰省してデザインから離れました。 私は自分の時間のほとんどをネットでイラストを見たり、コンペ作品を見たりするのに費やしています。 その中で採用されているものや「良い作品だ」と評価されているものはテーマに沿っているのか?本当にこの作品がいいのか?という作品も採用されています。 これもテーマに沿っているものはあるものの、大部分は自己満足のものだと感じました。 でもこれって誰かのため、何かのためのものじゃない…つまりデザインではないのでは? じゃあ自己満足のものはアートなのかもしれない… まとめると、 「誰かのためのもので、目的を持ったもの」=デザイン 「自己満足のもの、目的のないもの」=アート なのではないかと思いました。 デザインとはこう、アートはこうであるべきというのは定義しかねますが、実際に世に出ているデザインはとても機械的で淡々としているものだとは思います。 広告代理店やデザイン会社では一般企業でのエクセルやワードの代わりにイラレやフォトショで書類を作ってる様なものではないかと感じました。 アートは自己満足な分、自分の感情が入りおもしろいもの、個性的なものが誕生するのではないでしょうか。 みなさんはどう考えますか? 他分野からみて、一般からみて、アートとデザインってどういうものだと思いますか? よろしければご意見をいただきたいです。 蛇足ですが、以前学校で「アートとデザインの違いは?」という問題が出題されました。 私は「デザインはアートの中のもの、アートはデザインや絵画など全てをアートという」という考え方をしていました。 今思うととても難しい問題です。
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- noname#205752
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- これは幽体離脱ではないのか!?
とても変な体験をしました。 嘘でもネタでもありません。 1回目・・ (1)ある事でかなりイライラしていたので、いつも行う自分なりの「瞑想」を行いました。自分なりの「瞑想」というのは、気持ちを落ち着ける為に時々行うのですが、仰向けに寝たまま呼吸をゆっくりとし、吐く時にストレスを含め体の中の悪いものが出て行く事を思い、吸う時に自然や宇宙のエネルギーを吸い込む事を思う、というのを繰り返す事です。(←これは本当に自己流です)この時はいつもよりも少し集中して行いました。 (2)いつのまにか体がふわふわしてきて、ポーンポーンとボールが跳ねる様に上下に揺れている感じがしました。 (3)薄く目を開けると、薄暗く、天井が近くに見えました。もう少し意識を集中させれば今にも自分の体から抜け出してしまいそうで、とても怖かったので、目を閉じました。 (4)しばらくして薄目を開けても、さっきと同じ状態でした。「大丈夫」と自分に言い聞かせながら目を閉じました。 (5)すると今度はふわふわする感じはなくなり、体がぎゅーっと床に押し付けられ苦しい感じがしました。 (6)いつの間にか元の自分(布団の中で普通に仰向けになっている自分)に戻っていました。(この時夢から覚めたという感じではなかったです)((1)~(6)まで15~30分くらいの出来事だったと思います) (あれは何だったのだろう)と思いながら数ヶ月経ちました。 3日に1度の割合で「自己流の瞑想」を行いますが、それとなく(またあの時みたいになったら嫌だな)と思い、全集中力ではできませんでした。 2回目・・ (1)この時もかなりイライラしていました。そしていつもの自己流の「瞑想」を行いました。イライラを消す為に集中していたかもしれません。 (2)吐く息と共に体の悪いものが出て行くイメージをし、次に自然や宇宙のエネルギーを吸い込むイメージをした途端、体の中で悪いエネルギーと良いエネルギーがごちゃ混ぜになる気がしました。その瞬間、「あっまたこの感じだ!」と思いました。 (3)そこで瞑想を止めたからか(?)1回目の様に体がふわふわする感じはしなかったのですが、今度は1回目よりもかなり冷静に観察していました。 (4)薄目を開けると薄暗く、天井が見えました。体は全く動かず、何と言うか、「空気」がいつもと全然違う感じがしました。何と言うか、すごく不安定で色がないような感覚でした。「いつも」がマジックで1本の線ではっきりと描かれたものなら、「その時」は絵画用の炭で線をぼかしながらシャッシャッと描かれたものという感じがしました。 (5)この時も、もう少し集中すれば体から抜け出してしまうのではないかという感覚でした。でも、この時は冷静に、(体から抜け出してしまって元に戻れるのだろうか、もし戻れなかったら自分は孤独死となり両親や周りに迷惑がかかってしまうだろう<自分は一人暮らしです>)と思い、そのまま目を閉じていました。怖かったです。1・2度、手を動かそうとしましたが、動きませんでした。 (6)ふとした瞬間、「空気」が「元」に戻った感じがしました。目を閉じていても「空気」が変わったのが分かりました。手を動かすと動きました。夢から覚めた・眠りから覚めた感じではありません。(2回目も15~30分くらいの間でした) 自分は今までに「幽体離脱」に特別興味はなく、特別信じてもいませんでした。 でも上記の2度の体験は嘘ではありません。 夢だったのでしょうか。でも夢という感じはなかったです。(特に2度目の時は冷静に観察しておりました) これは「幽体離脱」しかかったのではないかと、とても気になります。 周りの者にも相談できません。(信じてもらえるわけがない、頭がおかしくなったのだと思われます) どう思われますか? こんな感じの経験がある方はおられませんか? もし、本当に体から抜け出てしまって元に戻れないという事もありえるのでしょうか? 今後、「孤独死」にならない状況(例えば隣に誰かがいる時など)で上記の状態になったならば、本当にできるのなら抜け出てみたいと考えているのですが・・ 変な体験談にお付き合いいただきありがとうございました。 からかい半分のご回答はどうかご遠慮ください。
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- nomonomo2
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- 国語の質問(難)
現代の都市に暮らす人びとの心は、都市の建物、雑踏、シッソウしたり渋滞したりする自動鮮、ショウ・ウィンドウや街旅 のテレビ・スクリーンに映し出される映像、郊外住宅地の風景、携帯電話の小きなディスプレイ上の文字列、小さなイヤフォン から流れつづけるリズムやビートといったものたちのなかにトウエイされ、表象されている。それだけではない。そこに暮ら す人びとの心的生活が、そうした事物に規定され、それらを通じて現れ、それらなしにはまったく別棟のものになるであろうと いう意味で、それらの事物は、そこに暮らす人びとの心の一部なのだ。 物質が見る夢、物が抱く感情、メディアのなかの記号やイメージとともに明滅する心や感情が、都市や社会のなかで私達 を捉え、私(たち)によって生きられる。私たちが見てきたのは、そのような場としての都市や社会ではなかっただろうか。 物質が夢を見る。あるいは、心が物の中に、あるいはものを通じて現れる。こうした一見すると奇妙な物言いは、ヴアルター・ベンヤミンやマーシャル・マクルハーン、ミシェルフーコーの思考を通過したあとの社会学的思考にとっては、必ずし も奇異なことではない。 、′ たとえば都市をめぐるベンヤミンのテクストでは、商品や室内、パサージユやその内外をイロドるモードといった、十九 世紀から二十世紀はじめの都市空間に見出される端的にモノである存在群は、そこに人びとの意識が表象されるだけでなく、そ れ自体が集合的な心的現象であるかのように取り扱われる。 芸術家が作る建物からエンジニアが作る建物へ。絵画から写真へ。これらは建築やイメージを「精神」から解放していくかの ように見える。だが、実際、そのようなテクノロジーとともに現れたパサージユやプルジョワジーの室内、博能会やパノラマと いった事物が示すのは、それらの事物を生み出した人びとの意識や欲望である。そしてそれらは、単に人びとの意識や欲望を表わしているだけで ではない。そのようなテクノロジーに支えられた事物はまた、積極的に人びとの意識や欲望を駆動し、作り出す ものであり、その意味で入びとの意識や欲望の一部をなしてもいるのである。 マクルーハンは、「メディアはメッセージ」という警句的教現によって、種々のテクノロジーが社会のなかに生み出す行為や 関係のペース、スケール、パターンへの注目をカンキしただけではない。彼はまた、みずからの警句をさらにもじった「メデ ィアはマッサージ」という言葉で、そうしたテクノロジーが生み出すペース、スケール、パターンが人びとの意識や感覚に働き かけ、たとえば「活字人間」や「テレビ人間」のような、特定の思考や感覚の形式を備えた人間類型を生みだすことに注目した。 マクルーハンによれば、メディアとはそもそも「人間の拡張」を可能にするものである。活字人間やテレビ人間にとって、活字 やテレビ、そしてそれらが可能にする意味や表現やイメージの空間は、人間に外在するものでほない。それらは拡張きれた人間 の一部なのである。同じことは、鉄道、高速道路と自動車、高層ビルといった〝メディア〝についても言えるだろう。現代の都 市に暮らす私たちほ、〝鉄道人間″や〝自動車人間〝高速道路人間〝や〝高層ビル人間〝であり、私たちの意識や思考、精神は、そうした〝拡張された身体″と相関した存在でしかありえない。 また、フーコ-が監獄の誕生で示したことの一つは、監獄や教室、兵舎のような物的施設の空間内の配置が特定の運用規 則と組み合わされることで、その内部に位置づけられる人びとのなかに、「不断に自分を監視し、管理する自分」という という特異 心的メカニズムを生み出すと同時に、そのような心的メカニズムに支えられた身体間の相互関連のなかの存在へと、人間を形成 していくということであった。「身体の監獄たる精神」という監獄誕生のなかの言葉は、身体に内在する多様な運動性が精神を蝶番にして規律・訓練されていくことを示しているのだが、その精神は人びとの身体のなかにだけあるのではない。監 獄の建物に、そして教室や兵舎の建物にそうした精神が宿り、身体を攻囲しているのである。 十九芸世紀以降の都市と社会を特徴づけていることの一つは、こうした物質的であると同時に社会的な世界のなかに、高速交通や高速通信を可能にするメディアに媒介された、それまでに存在しない「場」や「地形」が生み出されていったとい うことである。 たとえば、鉄道敷設は、その沿線の空間を線状に結び付けていっただけではない。以前であれば五感によって経験されて いた移動する途中の空間が、そこでは車窓の外を飛び去っていく「風景」という像として経験されると同時に、「移動する車内」と という新たな場と、居眠りや読書、とりとめのないおしゃべりや、車内の中吊り広告をほんやり眺めるといった、新たな行為や経験の様式を作り出す。して、そのような行為や経験を通じて、鉄道路線で結ばれた駅の数珠状の鎖列を軸として国土や地域や都市をイメージする空間了解の形式が共有されていく。と同時に、通勤や通学、業務のための移動などの活動を、鉄道の運行時間にしたがって管理・調整するという、時間的・空間的な行動の管理も、日常生活を送るための必要な技術として浸透 く。それは、社会化された機械装置を軸とするものへと社会的な空間や時間が編成されて、そのような機械装置とそれに媒介さ れた空間・時間のなかで、身体の集合的な活動が編成されていくということ、それを通じて新たな質や構造をもった「場」や「社会の地形」が、社会生活の物質的な基盤であり、かつまた時空間上の広がりをもったイメージとして、成立していったというこ とである。私たちが知っている「都心」や「郊外」という場は、物質性とイメージと、そこでの人びとの行為や問係のスイコ ウを通じて編成された社会の地形のなかに現れるのであり、そのような地形のなかで固有の実定性を与えられるのである。また、映画のうな映像メディアや、電話やテレビのような電気的な通信メディア、グラビア化した雑誌のようなプリント、メディアの普及と浸透は、地理的な場とは異なる言語やイメージの伝達の場を、聴覚や視覚という物理的かつ身体的な位相で存在することを可能にすることで、新しい社会的な環境を形成していくものだった。こうしたメディアは、文字や絵画を媒体とするそれ以前のメディアに媒介された環境とは異なる遠近感、身体感覚、現前性をもつ場を、社会の中に切り開いていく。そこでは、ひとびとにとって有意味な社会の広がりが、みずからの身体の近傍に経験される広がりだけでなく、種種のメディアを通じて拡張され、自己や生活の理想的なイメージメディアもメディアを通じて日々降り注ぐファッショナブルな幻像のなかに求められるようになる。そして「経験」「結びつき」「理想的」といった言葉が意味するものも、かつてそれらの言葉が意味していたものとは異なるものへと変貌する。それはつまり、「世界」や「社会」に対する人々の了解と想像の形式が変わるということ、端的にいって「世界」や「社会」のあり方が変わってしまうということだ。都市の「境界」という伝統的には地理的空間上に見いだされる存在すら、そこではメディア媒介的な現実の位相において思考され、経験されるのである。私たちが生きる世界は、十九世紀以降に出現したこうした諸メディアが切り開く新たな物質性の次元も、その素材として取り込むとこに成立している。 映画スタジオにおいては、器械装置が現実の奥深くまで侵入しており、その程度たるや、現実の純粋な姿、器械装置という異物から解放された姿のように見えるものはある特殊な処理の産物、つまりその目的のために特別にセットされたカメラで撮影したものを、同種の他の撮影フィルムとモンタージュした結果なのである。器械装置から解放された現実の姿は、ここでそのもっとも人工的な姿となった。なまの現実の光景は、技術の国の青い花となった。ここで述べられているのは、映画というテクノロジーのなかでは、器械装置が現実の構成に深く浸透しており、最も自然に見えるものこそが器械的な技術や処理を通じて現れてくるということだ。そして、映画というテクノロジーとその表現が、大衆的な娯楽を通じてひとびとの日常的な環境の一部になっていくとき、映画をつうじて現れてくるさまざまな映像は、ひとびとにとっての現実の一部を構成していくようになることができるだろう。このとき、そうした技術に深く支えられた技術の国では、なまの現実なるものは伝説の青い花のような、決して手の届かないロマン主義的な憧れの対称という位置を、技術化された環境のなかで、夢みられるものとしてあてがわれることになる。 問題1 それらの事物は、そこに暮らす心の一部なのだとあるが、そのように言える理由として、最も適切なものを選べ。 1人々の欲望から生み出された都市の事物は、一方で人々が抱く欲望の多様性を奪う拘束となるから。 2都市の事物は、そこで暮らす人々の心の反映であるとともに、人々の欲望を現出させるものであるから。 どちらが正しいか解説お願いします。
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- luut
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- 40代、交際相手の不倫発覚。
お互いに×あり、交際5年の40代カップルです。 私は離婚して8年、子どもが居ますが、現在は自分が引き取り育ててます。 彼女は離婚して12年になります。 彼女にも子ども達がいて、彼女独りで育ててます。 お互い諸事情はありますが、結婚を前提に交際してきました。 彼女から籍を入れる話を再々されましたが、踏みきれないまま今に至ります。 私が再婚に踏み切れない理由は、彼女に男性の影があったからです。 彼女は交友関係が広く、男友達や知り合いの多い人です。 SNSにどっぷり嵌っていて、いわゆる携帯依存症の様です。 私は、元妻の浮気が原因で離婚しました。 なので、パートナーの異性関係には敏感で、 浮気や不倫はトラウマに近いものになってます。 彼女には、交際開始当初から伝えています。 先日、彼女の携帯が鳴りました。 何か虫の知らせというか、直感が働き、彼女の携帯をみてしまいました。 結論は、別れた不倫相手からの熱愛メールでした。 要約すると、私と逢う直前に不倫相手とラブホテルへ行き、 その内容を赤裸々に綴った内容でした。 彼女は当初ガンとして認めず、メールは即座に消去。 その後、機会を何度か分けて話し合った結果、事の経緯が分かりました。 彼女が、私との交際5年で関係を持った人物は7人。 発覚原因の元不倫相手を含め、交際開始前から関係のある人物が4人(うち3人既婚)。 5年以上、丸々かぶってた事になります。 2股?交際だったが別れた人が1人。(彼女曰く上記4人は遊び相手) 1度の関係だった人が2人(既婚者)。 つい最近まで、私を含め5人と並行して関係をもっていた事になります。 私以外と逢うのは数カ月に一度程度らしいですが、 驚きなのは、5~6人と並行に付き合う倫理観、気力と体力、性欲も凄いなと。 自分なら精神的にも身体的にも、疲れてとても無理です。 更に驚きだったのが、その内の一人が彼女が20代で独身時代からの関係だった事。 つまり、前の結婚前から、足掛け20数年にも及ぶ浮気関係だった事です。 (途中5~6年ほど空白あり) 私と彼女は週3くらいで逢います。週末休みが合えば一緒に過ごします。 数年前、歩いて5分の距離に彼女が引っ越してきました。 外で会ったり、彼女が私の家に来る事が多いです。 双方家族そろって食事や、お出かけも良くしてました。 子ども達同士は仲が良く、彼女の息子さんもよく我が家に遊びに来ます。 傍からみれば、普通の家族ぐるみの付き合いの様に見えるでしょうし 自分もそう思ってました。 普段の彼女は、行動派で向上心、勤務意欲も非常に高く 自分を鼓舞して頑張る人です。 料理や家事全般も得意で、清潔好き。 考えはどちらかといえば概ね保守的で、 子ども達への対応も寧ろ厳格で、教育には熱心です。 多趣味で、音楽や絵画、英会話、登山、アウトドアスポーツに熱心にとりくみ 散策や寺院、カフェ巡りなども好きです。 ただ、友人は広く浅くの関係が多いみたいです。 依存心が強いと言うか、常に人と絡んでいたい感じです。 誰かに頼み事をして、それで友人関係がトラブルになのを何度か見ました。 彼女はそういう相談を自分にはしてこないのですが、 彼女曰く、私は見切りが早いと。 彼女と共通の知り合いが何人かいますが、よい評判と、あまりよくない評判が半々です。 男性は概ね肯定的ですが、特に女性の友人、知人に否定的な方が多かったです。 結婚するなら良く考えなね~と、何人かアドバイスされました。 前置きが長くなりましたが、実は彼女とは別れていないのです。 彼女は「全部の関係を清算します。もう貴方以外とは逢いません」と平謝りで約束しました。 私にも5年付き合った情もありますし、 今回の件もようやく頭で整理しつつある状況で、最終判断をしてません。 私には彼女の考えや行動、価値観がよく理解できないのです。 彼女は結婚願望が物凄く強く、今回の件で話し合う中でも 未だ私との結婚を望んでいる様です。 交際関係にある事を公にしてるのは私だけで、後は遊び?だと。 強引に迫られたとか、話を聞いて欲しかっただけとか 私が冷たかったからとか、浮気の理由もコロコロ変わります。 酷く怒ったり、泣きだしたり、放心状態になったり。 憔悴してるので逢わない方がいいねといえば、逢いたいと懇願してきます。 メールも返答がないと催促や様子伺いがあったり、セックスも盛んに求めてきます。 反省しているのかな?と思えば、未だに携帯をいじってばかりなので 彼女は、何も変わってないのかな・・・と。 彼女をこのまま放置すべきか、どう対応するべきか、非常に悩んでおります。 自分も割切った関係になれば、などど頭を霞めたりもしますが 奈落に落ちそうな気分になってしまい、其れも自分には、無理そうです。 彼女は悪い人ではないけど、こと男女関係にだらしない面が非常に気がかりです。
- 作品を守りたいです。芸術・アート 作品の特許・著作などについて
先生が私の作品(絵画とオブジェの中間みたいなもの)をとても気に入ってくれているのですが 先生は、さっそく私が考案したスタイルで作品を作って、しかも方法に改良を加えてオリジナルにするような事を考えていると言っていたそうなんです。 さらに今度、ご自身が講師の講座でも、講座内容の一つとしてそれをやるよう考えているそうなのです。 私には講座の日の前日に「作品と、道具や失敗例から研究した物を全部見せて」とだけ連絡してきたので、私は評価してもらっていると人づてに聞いていたので、ただ素直に観てもらおうと思って持って行きました。そういった事を考えていると先生は私には一言も言いませんでした。 ちなみに私はアシスタントでもなんでもなく、毎年1年に1度、その先生の講座を数日間受講している、ただの受講生です。お金を払って受講しています。先生は某大学の教授です。 先生にはこの講座のためのアシスタントがいます。彼らは先生にべったりで先生もそれに満足しているようです。彼らは私に対して疎外的でした。以前アシスタントの仲間に入って手伝えばと先生に言われました。私は勉強や研究したいし、先生に質問しやすいのでその点はいいなと思いましたが、その方々は他のサークルを私に勧めます。結局私は居心地悪いのは嫌なので仲間には入りませんでした。先生は彼らには、私の作品を何ヶ月も前に一度、出展しているのを見て、ものすごく気に入っているという事を熱心に話しているそうなんです。その方たちからよかったねと言われながら聞きました。 先生が私の作品を認め、気に入ってくれた様子になったらその人たちも私をほめてくれるようになりました。 私は先生には色々教わって感謝していますから、一言、私に承諾をとったり言ってくれたらこんなに不信感を持たなかったかもしれません。他の受講生の前で私の持参した作品を見せてこんな風に発展させた人がいると(私の名前は言わないけど)作品を紹介はしました。でも私には一言も「良い作品だ」とか「使わせてもらってもいいか」とか言わないです。私のいないところで私の作品スタイルを種として発展させようとアシスタントと話をはずませています。私がそれを知っているのはアシスタントの中の一人と友人としてメールしているからで、その人から聞いています。その人は悪い事と思わず「先生に作品が気に入られて良かったね」と言って教えてくれます。私には良い事とは思えなくなってきました。嬉しい事?良い事でしょうか? 私は私の作りたい物の為に考えて研究して作ったのに「会や先生の為になってあなたの努力の実が結ぶね」なんていってます。勝手にアイデアだけさらって話を進めていかなければいいですが。仮に今後、先生が私に相談してきたり許可を得ようとしても不愉快で絶対に許可したくなくなりました。 私はたった一人で自宅でデザインを考え、素材を研究して試行錯誤の末、そのスタイルを完成して作品にしあげました。私にとっては自信作です。シリーズのアイデアもまた浮かんでいます。作品がほしい方もいてくれたので、いくつか販売しました。その作品で初めて個展をしたいと思ってギャラリーを借りるお金を貯めていました。趣味ではなく作品を発表して売って生活をしていくつもりでいます。アシスタントの一人が、本気かわかりませんが「先生はこれのスタイルで作品を作るって言ってるから特許をとって先生からお金をもらったら?」と言ってくれました。しかし、その時は先生もそこにいましたし、その人の連絡先は知らないので真剣に聞くチャンスもありません。また真剣に特許はどう取るか聞いたとしても笑われたりおごり高ぶっていると言われそうで深く聞けませんでした。 それで、お知恵をかりたいのですが著作権は作品ができた時点で自動的に発生するようなのですが、他者が少しでも手を加え、アレンジしたら別のものとして作れるようで著作権はあまりつよい効力はないように感じました。・仮に真似されて、さも自分が考えたように言われても何も言えないのでしょうか?・法的に罰金が課せられるとかもないのでしょうか。・著作権のこういう場合の有効な活用方が知りたいです。 ・また、芸術作品、発案、そのスタイル、方法、技術等の特許って取れるのでしょうか?特許を取るには大金がかかるとも聞いて悩みます。 ・私のばあいは「意匠権」というものでもあてはまるのでしょうか? ・どうやったら自分の作品とアイデア等を守れるのでしょうか? ・また近々にまた先生と会う日があるのですがどう対応したら良いのかアドバイスしていただきたいです。喧嘩腰でも良くないし。自然に対応できる自信がありません。拙い文章でわかりずらいかもしれませんがどうぞよろしくお願い致します。
- ベストアンサー
- 法務・知的財産・特許
- pi5n
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- 良い男性に出逢えません。客観的な意見をお願いします
男性と逢うアプリを使っているのですが、なかなか良い出逢いに恵まれません。 寄ってくるのは目的を勘違いした人、お金の無い人、実のある話が出来ない人、一緒にいて不快な人が多いです。 そうでない人もいますが、少し仲良くなっただけで体の関係を求めるゴミばかりで辟易します。 私の好みは以下のような男性です。 ・お金があって、私のために尽くしてくれる人 (お金や物品をもらうと心が安定します) ・建設的な話が出来る人、高め合える人 ・好奇心を満たしてくれる人 (外国籍のメッシーがいます。その方は海外の文化を教えてくれるし、優しくて気前が良いので一緒にいるとワクワクします) ・セクハラしてこない人 (無銭でセクハラしてくる人が一番嫌いです) 客観的に見て私をどう売り出すのが良いのか、どうすればよい出逢いがあるのか、皆様のご意見を聞いてみたいのでお願い申し上げます。 今後の参考にしたいので、客観的なご意見やご感想、アドバイス、忠告などがあれば教えてもらえると嬉しいです。厳しい意見でも構いません。よろしくお願いいたします。 27歳女性。 国立大学卒。元フリーランスで働いていたが、病気(精神系の疾患と発達障害)のため公務員(司書職)に転職。 貯蓄は2000万円。実家から離れた田舎の町の新築2LDKで一人暮らし。諸事情で家族とは離縁していて、天涯孤独状態。 黒髪ロングで色白。159㎝で3サイズは88/52/82のHカップ(本当は78/52/78のDだが、男の人はグラマーな人が好きではないかと思いサバ読んでいる)。化粧はナチュラル志向で眼鏡をかけている。今風の美人ではないと思うが、昭和の女優や絵画作品のモデルにいそうなタイプ。出会う人のほとんどに「よく食べるのに細いね」「色白だね」と言われる。芸能関係の仕事経験があるため、容姿は悪くない方だと思われる。 今まで恋愛経験はないが、最近は彼氏や夫がほしいと思うようになった。相手に求める条件は第一に経済力。交通費やデート代は1円たりとも出さない。第二に、肉体関係を求めないこと。それ以外は一般的な常識や思いやりがあり、一緒に居て不快でない方ならなんでもよい。容姿は清潔感さえあればそれでいい。デート経験は豊富だが、人を恋愛的に好きになったことが無い。人間関係は浅く広くあっさりとが基本。 不合理や面倒ごとを嫌うサバサバした性格。マイペースで好奇心旺盛。コジコジのおかめちゃんを礼儀正しくマイルドにしたような性格。我慢することが苦手で、時に図々しい。心理学の本を読むことや、人間観察が好き。物怖じせず、情に流されないタイプ。好きな言葉は「情けは人の為ならず」、「布施無い経に袈裟を落とす」。 趣味は料理、旅行、絵を描くこと、美術館に行くこと、ピアノ、猫と戯れること、歌うこと、読書、節約、お金をかけずに楽しめる趣味を見つけること、何かにチャレンジすること。 他人を利用して楽しいことや有意義なことをする企画を立てることが得意。レストランや映画はもちろん、現地のおじさんに車とお金を出させての旅行など、大きな企画も何度も成功させてきた実績がある。良いおじさんを見抜き、またそのおじさんのよいところを引き出した上で、財布も出来る限り引き出すこと、また自分も相手もお互い楽しい気持ちで過ごすことが信条。 大好きなものは児童文学、絵本、自然の中でお散歩すること、空いてる電車に乗ること、ポケモン、子猫、AxesFemmeなどのメルヘンチックな洋服、美味しいもの(特に激辛料理や外国料理、オムライス、甘いものなど)。 精神疾患を持つ両親、祖母、ダウン症の妹に囲まれ、家を出る前は学校にも家にも居場所がない状態だった。暴言、暴力、監禁、自〇未遂は当たり前の家庭だった。 小学校時代…友達と仲良くできない。アリプロ、ポケモン、イラスト描き、本、ピアノが友達。 中学校時代…成績は学年トップ。オタク系の友達とは少し仲良くなる。ただ、集団行動大嫌いでクラスでは浮いている。成績表は体育以外はオール5。 高校時代…家庭と精神状態の事情故に進学校への進学をあきらめ、エンカレッジスクールへ進学。勉強は好きだったので、なんとか国立大学文系に合格。 大学時代…友達が沢山できて楽しい学生生活を送る。サークルは人間関係のこじれとルールの面倒くささに嫌気が差し1週間で辞める。ゴスロリファッションやランジェリー、コスプレ系のモデルのお仕事、塾講師、図書館、巫女、ケーキ屋など趣味にまつわる仕事やアルバイトに励む。学業についても楽しみながら学ぶ。大学4年時に親との関係が最悪になり、家を出ざるをえない状況になる。 社会人…諸事情につき嫌々受けて内定をもらった企業を1週間で辞める。その後はフリーランスに。充実していたものの、コロナや障害者であること、頼れる身内がいないことを考慮した上で社会人4年目で公務員に転職。 心身共に健康的な生活を送ること、よい人間関係を維持すること、日々勉強してより良い生活を送るための知恵を付けることを目標にしながら生活をしている。素敵な彼氏を作ることも目標のうちの一つ。
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- mochi_momo_chin
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