漢字と仮名のバランスについて
こんにちわ☆
文章を書くときの漢字、かなの配合のバランスのようなものが気になります。こちらのカテで回答される方々はそれぞれに文章の表記についても一家言お持ちかと思い、質問してみることにしました。
わたしはこちらのサイトに投稿するようになってから、じぶんが書く文章の漢字、かなのバランスというのが気になり始めました。本をよむことは好きですので、よく図書館から借りてきてよみますが、最近の作家の方の文章をよむと比較的かなを多用される傾向がつよいように感じます。わたし自身もそれになれてしまったのか、そういった文章をよみやすいと感じるようになりました。
一方でわたしは内田百閒のファンでもありますので、折にふれて全集から好みの一冊をとりだしてよんだりもしますが、最初ページをひらいたときなど、あまりに漢字が多いので一瞬めまいがします^^:。(すぐに慣れますが)
文学史的な知識については、せいぜいが中高生のレベルにも満たない程度のものしかありませんが、かな文学の系統をたどると、単純に漢字(漢文)=男性的、かな=女性的というようなイメージも持ってしまいます。なので女性であるわたしが、かなを多用する文章により親しみやすいのもそのためかな?などとも考えます。
少し質問の論点がぼやけてきたような気がします。まず、みなさまが感じる漢字、かなのバランス感覚についてのご意見を伺いたいと思います。つぎに、ご自身がこういったことに配慮されているとしたら、どういったバランスで文章をお作りになるのか、その実例を回答文としてご紹介いただければ、と思います。よろしくお願いいたします。
※この質問文はわたし自身がここちよいと感じるバランスで表記してあります。
お礼
回答ありがとうございました