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考え始めた年頃

僕は今(2006年現在)16歳、つまり高校生です。 僕が何かについて自分の頭でしっかりと何か考え始めたのは去年の冬頃から今年の春にかけての間です。僕の顔はお世辞にもかっこいいものではなく世間一般水準で言ったら下の下のほうです。困った事にそんな僕にも人並みに性欲があり、そんな自分を恥ずかしくも思っていました。 自分は元々、本をよく読むほうでそんな時に梶井基次郎の「檸檬」という小説に逢いました。 はじめは何を言いたいのか分からなかったのですが、この本には自分が探していた答えがあると思い2度3度と読むうちに何となく「この本は感覚で物事を判断することは実は愚かな事である」といっていると結論を下しました。 それから、自分はある映画批評サイトの批評を読んで感動し、自分で考えるという事がいかにすばらしいかを知りました。つまり、僕が自分で真剣に考える事をはじめた(ルソーの言うところの第二の誕生)のは15歳の冬だったのです。 自分では世間一般と比べてかなり遅いほうじゃないのかと思います。それで、他人に依存するなといわれそうですがどうしても気になって仕方なく、もやもやするならここで質問してやろうと思い至りました。 皆さんが自分で真剣に物事を考え始めたのはいつですか? 長文になってしまい申し訳ありません。

質問者が選んだベストアンサー

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  • ucok
  • ベストアンサー率37% (4288/11421)
回答No.3

私は30年経った今もハッキリと覚えていますが、考え始めたのは中2のときでした。リビングのソファでボーっと寝転がっているときに、ふと、戦争や環境問題について、ハッと真剣かつ論理的に思い当たったのです。 とはいえ、頭の中が自分の考えで溢れ返っていて、人が書いた本に感銘を受けている余裕は全然ありませんでしたね。読書に集中できるようになったのは、確か、早くても大学時代、下手すると30歳過ぎてからだったような気がします。 それに、たぶん、他の同級生が友達関係について真剣に考えていた時期に、私は平和や公害についてばかり考えていたので、人間関係についての考えは人よりも未熟だったのではないかと思います。平和も公害対策も、人間関係あってのことなのに。 それから、頭の中では、かなりいろんなことを綿密に考えていて、それを言葉で表すこともできたのですが、それを実践できるようになったのは、たぶん、20代も後半になってからだったような気がします。そのときは、それまでいかに自分が口先だけだったのかを思い知り、愕然としました。 その後も、強固な意志を持っていると思い込んでいたのが、案外と人の意見に流されやすいことに、30代半ばで気付いたりと、今も頭の中は現在進行形ですよ。 15歳で「真剣に物事を考え始め」るのが遅いのかどうかは知りませんが、早さの問題じゃないと思います。 ちなみに、私はルソーをまともに読んだことはないし、「檸檬」はここにありますが、内容はすっかり忘れました。「檸檬」の漢字も書けません。

kazube
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 中2で戦争や環境問題について思い当たるなんてすごいですね。 自分も人間関係を上手く結べずに今苦労しています。 そのせいか戦争や環境問題については余り考えていないなとハッとさせられました。 やはり、何年たっても悩み、考え続けるのだなと改めて思いました。

kazube
質問者

補足

僕もルソーは読んだ事がありません。 学校で習った事をなぜか覚えていました。

その他の回答 (3)

  • fortune1
  • ベストアンサー率71% (32/45)
回答No.4

 わたしも高校生の頃だったと思います。 それまでにも、何かについて発狂しそうになるほど考えずに居られないということはありましたが、頭の隅に追いやらずに何とか悩みと向かい合おうとし始めたのは、その頃です。   ちなみに「…自分では世間一般と比べてかなり遅いほうじゃないのかと思います。…」とありますが、決してそんなことはないと私は思います。 これまで、高校を卒業し、大学生活、就職など経験してきましたが、残念ながら自分と同年代の人間で、例えば自分の好きなものまで「洗脳」されていない人、ちゃんと自分で選び、判断しているような人には、なかなか巡り合えませんでした。  「…他人に依存するなといわれそうですがどうしても気になって仕方なく、もやもやするならここで質問してやろうと思い至りました。」 それでも良いのではないかと思います。 よく使われる文句なので恐縮ですが、自分だけで考えていると行き詰まることもしばしばありますから。 私の場合、自分のとりとめのない話を真剣に聞き続けて下さる先生方が高校に居り、幸運だったと今でも思っています。  

kazube
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 実はこの悩みを持ったのは「13歳の夏に僕は生まれた」という映画(未見)の題名を知り、もしかしたら普通は12、3歳で考え始めるのではと少し不安になったからです。 回答を見てなんだかホッとしてしまいました。

noname#21327
noname#21327
回答No.2

さて、「考える」といっても、「何を」によって変わるので、質問の趣旨を「自分を理解し受け入れる」ということだとしますと、私は、40代ですが、未だに分かりません。ルソーの誕生など、まだまだ先だと思います。 性的な事は、小学校3年くらいから興味ありました。夢精もその頃です。

kazube
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 自分も最近はもしかしたら一生かかっても自分の全てを理解するのは無理かもしれないなと考えています。(生意気でスイマセン) と同時に親や周囲を見ていて上や下を見るより今の自分をまっすぐ見ることが一番の幸せじゃないかとも思うようになりました。(クソ生意気でスイマセン) 自分を理解できない、だからこそ知りたい。だからこそ自分は考えるのかもしれないと回答者さんの言葉を読んでいて自分なりに感じました。 しかし、小学3年で夢精とはすごいですね。

  • ayumu0102
  • ベストアンサー率19% (29/151)
回答No.1

16歳でそこまで考えているのは凄いと思います 自分が恥ずかしい… 自分は恥ずかしながら真剣に自分のことを考え始めたのは18歳、大学に入学してからです 本を読まない、また努力もしない、怠けた生活を送っていたのですが ある人物との出会いによって、今までの自分の生き方がどれほど情けなかったかを痛感し 自分の考えを持とうとし努力し、真剣に悩むようになりました 今思えば、もっと努力したり真剣に悩んでいたら違う人生が送れていたかもしれません と、今更後悔しても遅いので、今できることを全力でやっていこうと思っています

kazube
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 今思えば、もう少し早くしていればと思う事自分にもたくさんあります。 過去は変わらない、だからこそ今を全力で生きる。 ありきたりの言葉かもしれませんが回答者さんの生きた言葉で聞くと自然に受け入れる事が出来ました。

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