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自由を得る経験

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  • 貴方はこの質問論理的に答えられますか?

    飛行横は、鉄道の駅の対応物として空港をもつことになった。空港は飛行横の通過する空間と地表の接点として生じてきた。 しかし都市のさなかに入ってきた駅とちがって、空港は都市と結び付けられながら、たいてい都市からはるかに離れたところに ある。空港の建築はもはや都市建築ではなかった。空港にいると、われわれは砂漠のなかに立ったように、なにもない索漠たる 荒野のなかにいるのである。その名の示している都市を見ることはほとんどない。どちらの方角に都市があるのかきさえ分からな い。異様に孤立した場所なのである。だが現代という時代に顔をあたえている建築があるとすると、それは都市にある劇場でも、 美術館でも、官庁建築でもなく、空港ではなかろうか。そのことは空港があたらしい経験の場であり、同時に都市にあたらしい 変化をもたらすケイキであることを意味する。 空港での経験とはなにか。それは主として主体と他者の関係である。 しかしその前に空港建築について多少触れておいた方がいい。世界の大都市の空港の多くは、都市からさらに速くに移転して 改善が進み、金属とガラスを主たる素材とした、かなり巨大なハイテク建築として横たわっている。そのデザインがどうあろう と、結局は、出入国のチェック、飛行横への搭乗と降機、飛行機自体の離着陸、その整備などを中心とした、徹底的に合理化されたプログラムの現実化という機能では同じである。それだけの機能は満たさねばならないが、それ以上はなにも必要がない。 多くは空問のデザイン、レストラン、免税店などを多数用意して、なんとか居心地をよくしようとしているが、建築物のなかで もっとも機械に近い印象は免れない。われわれは、たとえば荷物が、コンピューターによってどう自動的に仕分けられていくか など、舞台裏を覗くことはないが、それでいてやはり機械のように機能する仕組みのなかを、きわめて厳密に決められた方針に したがって、自動的に行動させられていることには気がついでしまうのである。 空港での経験は、孤独の軽みとも、自由とも、完全に拘束された状態ともいえる。いくつかの経験が重なっているのだ。われ われの出会うのは見知らぬ人びとばかりである。 トランジットの長い待ち時間、たまたま隣に腰掛けた他の国の人びととそ のとき限りではあるが会話を交わす。しかも彼または彼女の旅が彼らの人生のどんな瞬間なのか、どんな目的でどこへ行くのか については詮索もしないし、まったく無関心でいられるのである。彼らは彼らなのである。完全な他者性。こうしてたまたま道 ですれ違う以上の他者、言葉も違う人びとと、双方の知っている言葉で交差してみるのである。多分、二度と会うことはなかろ う。われわれは、自分の慣れ親しんでいる世界とは異質な世界との接触を繰り返し経験する。彼らのことを私は知らない ー だが知らないとはどういうことか。 われわれは二つの経験をしている。ひとつは他者と主体についての経験である。他者はわれわれの日に透明な存在なのか、あ るいは反対にまったく不透明な存在なのかと絶え間なく自分に問いかけながら、こうした他者との接触を反復しているのである。 それは主体の経験にはねかえってくる。というのはわれわれ自身の方も、そのとさ自分がなにものであるかを主張しないばかりか、 自分の職業も、社会で占めている役割も諸関係もまったく無意味になる。ほとんど裸になっているのである。孤独かつ自由にな るとは、だれからも見られないことではなく、社会性をはぎとった裸の人間になってしまうことかもしれない。 第二の大きな経験として、われわれは異様な権力空間を経験しているのである。ここは一体どんな場所なのか。われわれはパ スポートを見せて国外に出ている。もちろんわれわれはパスポートを検査され、普通、国内にいるときには感じない国籍をあら ためて実感している。 パスポート・コントロールを通ったあとの人間の経験は、これまで味わったことのない政治空間の経 験なのである。空港は、どこにも属していないように見えて、その実、こうした自由を無化する権力の空間なのである。そこは どこでもないのに、イゼンとして権力の管理下にあるのを感じないではいられない。国家から解放されてまったくの自由であ るようでいながら、われわれはこのときほど、われわれをカンシする権力の働きのなかに拘束されていることはない。われわ れになにができるのか。ただ持つだけであり、一定の場所以外には踏み込むこともできない。いかなる自由も奪われ、権力に閉 じ込められている存在なのである。だが一体、だれの権力なのか。それは完全に国家に属しているとはいえず、だれのものでもない権力であり、いわばゼロの権力といっていいようなものなのである。たしかにそこにはまだ僅かながら ネーション・ス テートが残っている。 またネ-ションは、こうしたゼロとのどんな関係のなかにあるのであろうか。言い換えるなら空港とは、ゼロに限りなく近い空間である。われわれは主体と他者にかんしても、権力にかんしても、ゼロを掠めるように経験しているのである。われわれはこの主体と権力の関係を追求する必要に迫られるのである。一方でかつて ミッシェル・フーコーが論じてみせたように、主体を産出した権力をようやく理解すると同時に、権力の生み出すフーコー 的な主体化の論理をこぼれる主体の可能性をほんやりと感じているのである。フーコーの権力翰が近代社会の形成にかかわると すれば、 いま見ている主体は、近代社会をはみだしている。それがどんな社会かを言うことはできないが、主体がゼロである ことを感じることは、なんらかの兆候であった。飛行機の旅で唯一実感するのは、時差による異常によってほじめて知る身体で ある。われわれは身体を、今や、巨大な地球規模の空間と時間の間際で味わう経験との関係でコウサツしなければならなくなっ たのである。 空港とはこうしてゼロを経験する、これまでは現実にはなかった空間である。ところがこのゼロは、生産力とまでは言わない ものの、ある種の生産力、変容の能力をもっているのである。 飛行機による旅の簡略化によって、多くの人びとの旅が変質していった。都市は直接的でないにしても、きわめて容易に他の 都市と接続するようになっていったのである。こうした世界の都市をあたらしい関係に編成しなおす力の根底にあるものを問い 詰めれば、空港で感じ取っているゼロと同じものではなかろうか。そこになんらかの実体的な力の源泉を想定しても見つからな い。つまりこれまで 普遍空間と呼んできた理念とは、こうした意味でのゼロに近いのではないのか。そしてそのゼロの生み だす余剰に、われわれは身体や主体のありようを見いだそうとしているのではないのか。 あらゆる空港が都市と異様に速いことも、これと関係がある。それは今のところ、都市と航路の接点であり、都市への交通機関を整備する必要があり、直接に都市の構造に割って入らないまでも、都市の付属施放と考えられている。しかし日常の生活か ら離れたエアポートつまりゼロの空間を介してしか、都市がもはや他の都市との関係をもちえなくなったことは、都市が現在の 姿のままでも連合してあたらしい集合をつくることになっていく可能性を示している。したがってこれまでなら、都市と都市のあいだの田舎、農村、地方都市、さらに無人地帯としてあったものも、こうした連合のなかにホウガンされることになる。こ れは都市的なものから想定される都市というより、すでに ポスト・アーバン社会という集合体であって、その意味では都市 はもはや都市ではありえない時代が近づいている。 飛行機の旅では、ある都市から都市への移動において、「領土」の経験が失われてしまった。鉄道がいやでも国境を通過し、 したがって版図を知覚するのにたいして、飛行機の旅にはそれがない。確定した領土こそ国民団家の基盤であり、現在のわれわ れが惰性的にもっている都市の概念の底に、まだネーション・ステートが潜在していることを考えると、空港を経由する旅は、 布かち、いわば政治的、歴史的基盤を取り除く経験ではないか。想像的意識のなかでは、国家よりも上にいくつかの都市が 集合した状態を世界として知覚しはじめる感受性が育ちつつあるのは、こうしたエアポートの経験のせいではないのか。 いまや都市はその自立性以上に、世界化の力に動かされているが、その力が端的に表現できているのはエアポートのゼロの空 にほかならないのである。 この文章をよんだのですが、非常に読みにくく何を言っているのかまったく理解できません。できれば、ようやくと筆者のいいたいことを教えてほしいです。 問題 それは主体の経験に跳ね返ってくるとあるが、その具体的な説明として最も適切なものを選べ。 1空港における未知なる他者がどのような同一性を有しているかを探る反復的な接触は、一過性のゆえに互いの無関心に収束し、主体は自己の同一性の拘泥する必要から解放されるということ。 2空間で出会う人間の同一性は意味を持たないものであり、またその同一性は関心の対象でないため、そのような他者との接触は主体を社会的な役割から離脱した存在に還元してしまうということ。 問題 時差による以上によってはじめる身体とあるが、このことの言い換えになっている表現を本文から十字以内で抜出しで答えよ。 問題 現代という時代に顔を与えているという、筆者の空港についての考え方とは対照的な空港の意味つけが述べられた部分を七字で抜出しで答えよ。 かなりハイレベルな文章です。どなたか問題の解説お願いします

    • luut
    • 回答数9
  • シングルマザーの恋愛

    40代前半のシングルマザーです。 10年前に離婚し、現在高校3年、高校1年の2人の娘がおります。 ずっと独りで頑張ってきましたが、最近 この先、再婚してもいいと思える方と めぐり逢えました。 もちろん娘たちのことは 一番大切ですし これからもそれに変わりはありません。 でも これから先の 自分の幸せも 考えるようになりました。 一緒に暮らしている父母には、彼とのことを既に話して理解を得ていますが 難しい年頃の娘に 彼との付き合いを どうやって切り出していいものか 悩んでいます。 娘達は、実の父親とは自由に会っており 今でもお父さんが大好きなので 母親の恋愛、再婚は受け入れられないんじゃないか、、 傷つけてしまうんじゃないかと思うと なかなか言い出せずにいます。 ですが 子供たちに隠れて彼と付き合うのも 心が痛むのです。。 同じような経験をされた方、また、お母様が再婚された方等で 娘たちの気持ちが 分かる方からの ご意見、アドバイスをお待ちしています。

  • おっぱいを触りながら寝る1歳児

    いつもお世話になってます。 現在1歳半の女の子&妊娠8ヶ月です。 妊娠がわかって、娘が1歳1ヶ月の時に卒乳しました。 その卒乳してから、おっぱいをすったりはしなくなりましたが、触わるようになりました。 ちょっと眠い時、泣いてぐずったとき、お昼寝や夜寝るとき、夜中ちょっと目が覚めたときなど、甘えたいときに私の服の首元から手を突っ込み直接握って安心感を得ているようです。 おっぱいっ子だったので、妊娠の影響も考え、半ば強制的に卒乳したこともあって、触って安心するならと思い、今まで自由にさせてきましが、そろそろ出産まで2ヶ月になり、このままでもいいのかなぁって感じ始めました。 私的には、まだ1歳だし触られることはいいけれど、出産して母乳が出だすと、確実に触ってにぎれると母乳が出てくるから、ややこしそうだなぁと想像しています。あとは、赤ちゃんが母乳を飲んでる姿を見て、触っちゃいけないと思ってくれればいいのですが・・・ どう思われますか? もしくは同じような経験のかたいらっしゃいますか?

    • ahah14
    • 回答数5
  • 《信じる》を哲学として定義せよ

     たたき台として次を参照してください。参照無しでもかまいません。  ○ 《信じる》とは  ~~~~~~~      一般に《神》(*1)と呼ばれる《非経験の場 X 》(*2)を対象(*3)としつつ    神の名(*4)をシルシ(*5)として 心に受け容れる(*6)ことである。  ~~~~~~~~~~~~~~~~~     *1 神:    次に出てくる項目の《非経験の場 X 》が 経験的に認識され得るような《有る・無い》を超えているゆえ 神については それが《有る(有神論)》と仮りに言っても 《無い(無神論)》とやはり仮りに言っても 同じことである。   *1-1 また神は 世界の中で見れば いろんな名がつけられている。これらも 次の《非経験の場 X 》の定義から言って どの名であれ 《全体としてひとつ》なる神のことを言っていることになる。=普遍神。   *1-2 たとえば 次のごとく:    類   型:   神・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人    __________________________   ・ ブラフマニズム:ブラフマン・・・・・・・・・・・・・アートマン               (梵我一如)   ・ ゴータマ・ブディズム:無(ア‐ブラフマン)・・・無(アン‐アートマン)               (無梵無我一如)   ・ マハーヤーナ・ブディズム:ブッダ・・・・・・・・ブッダター(仏性)               (仏仏一如)   ・ ヘブルイズム:ヤハヱー・・・・・・・・・・・・・・人(神の霊のやどる)               (霊霊一如)   ・ プラトン(?):プシュケー・コスムー・・・・・・・人(神の霊のやどる)               (霊霊一如)   ・・・・・・・・・   *2       非経験の場 X : 前項(1-2)の《神》の項目のそれぞれが 非経験の場の具体的な事例である。   *2-1 《経験世界における因果関係から自由である場》 これを言う。したがって《有・無》からも自由である。   *2-2 人間にとってその能力によっては それが何であるか・またあるか無いかが 分かるか分からないかが分からないもの これが 非経験の場のことである。そういう想定になるものであり これを《非知》と言う。   *2-3 この神は 得たいの知れない・雲をつかむようなナゾであるゆえ 《霊》とも呼ぶ。   *2-4 《アートマン》は 神の霊がやどったその場のチカラを称して言っている。《霊我》と言われる。   *2-5 《ブッダター(仏性)》も 神の霊のことである。呼び名が違うだけである。   *2-6 この《非経験の場 X 》の意味において《イデア》と言っても それはかまわない。神の名は ただのシルシである。ただし・また従って イデアに概念内容や意味はない。(として扱うということになる)。   *3    対象: 何が何だか分からないナゾの霊であるゆえ これが信じるの対象であるということは 《非対象》ということである。   *3-1 それゆえまた この非対象を どんなシルシとしての名で呼んでも 基本としての違いはない。   *4    神の名: 前項の(1-2)などを参照。   *5   シルシ: (2-6)などを参照。   *6    心に受け容れる: たとえばアミターバ・ブッダなる神のシルシとしての名を介して 非経験の場 X を心に受け容れるとは どういうことか?   *6-1 雲をつかむがごとく心に受け留め 何の思考も疑問(=つまり思考)もなく 受け容れる。これは あたかも賭け事において賭けるようなものでもある。相手(対象)は 何もないものであるゆえ・つまり非対象であっても 心でその領収証を発行しておく。これで 《信じる》の完了である。   *6-2 《信じる》が完了すると わが心に《非思考の庭》が成る。非経験の場 X を受け容れたというそのかたちである。   *6-3 この非思考の庭で わが信仰はみづからの動態過程をたどる。具体的なかたちとしては わづかにヒラメキが生まれるといったことがある。あるいは 良心。ほとんどそれらのみである。   *6-4 信仰は おのれが日々あらたにされるごとくして 動態となってあゆむ。みづからの思考がもしあやまったなら これを捉えてワレをもとのワレに立ち帰るように仕向ける。良心のしわざ。それがヒラメキにおいて知らされる。   *6-5 そしてそれは 実際には むしろ感性においてその信号がおくられて来るようにして 作業がなされる。非思考の庭は 感性ともつながっているか。(直感と直観つまりヒラメキ)。つまり 良心がらみであるから ヤマシサ反応となって現われる。

  • 神 信仰および宗教についての一般理論

     神および信仰ならびに〔信仰の偽造物なる〕宗教についての一般理論  第一章 《信じる》と《考える》とを分けること   ○ 真理と事実と真実  ~~~~~~      真理――信じる    事実――考える    真実――《信じる》+《考える(感じる)》   ~~~~~~~~~~~~~~~~~  1. 真理は 非経験の場――そういう想定です――である。事実としての経験事象を超えている。  2. 事実については 確かにそのいわゆる客観なる事実は じつは 人間の主観にとっては最終的な確実性においては 分からない。(つねに 未知の部分をのこす)。けれども 経験事象を認識すること・それについて考えること このことと事実とは 一対一において対応している。  3. 真理は 人間の能力によっては 認識し得ない。考えても それが何であるかについて分かるか分からないかが分からない。  4. ただし 事実が 主観によって認識され 主観真実の一環を占めるとき あたかも同じように 真理もそれが ともかく心に受け容れられて 主観真実を成すことになる。真理が 非経験の場であるとき これを受け容れたなら わが心に《非思考の庭》が成るという寸法である。信仰と呼ばれる動態である。  5. このとき 真理についても じつは・じつに 人間は《考える》ことを成す。たとえば 《真理とは 愛であり 慈悲である》とか 《この上なき善である》とか あるいは《真理はきみたちを自由にする》などなどです。  6. このとき 経験事実についての主観真実と 真理についての主観真実とが 紛らわしくなり 互いに混同されてしまうことが起きる。  7. ついには 真理についての《考える》の結果としての思惟や思想が オシエとして持たれ このオシエが あたかも真理そのものであると錯覚されるに到る。  8. 真理そのものを《信じる》のではなく そうではなくなり 真理についての誰かの主観真実としてのオシエが ついには《信じられる》という事態に発展してしまう。  9. まづは このマゼコゼについて 注意をはらうことが 大事ではないだろうか。信じると考えるとは 明らかに別のふたつのことがらである。  これを問います。

  • 低収入、転職するべきか、どうか

    夫35歳、私も同じ年です。 子供は2歳です。 現在、住宅ローン、今度は夫の希望で車のローンが加わります。 税込み年収ギリギリ400万です。 私は、中卒・無資格・未経験でもいける、配達の仕事で、月4万です。 子供は今のところ預けていません。 月の手取りにすると大体24万ぐらい、ボーナスは40万です。 これだけの収入で、将来やっていけるでしょうか? 子供を大学までやりたいと夫は言います。 そして、老後のことは全く考えもないようです。 夫の会社は小さな会社で、従業員も正社員が3名しかいません。 その分、土日休み、平日も6時上がり、自由が比較的あります。 正直、将来が不安です。私もこれ以上働ける場所もありません。 今で手一杯です。 貯蓄は僅かにできていますが、それも学資保険やら、義実家などの付き合いに消えていきます。今度車のローンが加わると・・・。 転職して欲しいのが本音です。これから昇給もありえないとはっきり言われてしまいました。 夫は一応そこそこいい大学出、資格は持っていません。今の会社で勤続11年目になります。 どうか、アドバイスをお願いします。

    • leochan
    • 回答数11
  • 職人さん(塗装・防水加工等)の奥様いらっしゃいますか?

    カテゴリに悩んだのですが、「彼氏が」ではなく「ダンナ様が」という前提でお願いしたいので、こちらに質問させていただきます。 ダンナ様は正社員として会社に所属されていますか? それとも個人事業主としてお仕事されていますか? またはご自分で起業されていらっしゃいますか? 結婚後に仕事環境が変わった(例:個人→正社員)場合、 それは「結婚するから安定を求めて」という理由でしょうか? 実際、生活的(給与や社会保険加入の有無等)に困ったことや、 逆に良かったことはありますか? 彼(職人歴:約10年)が私との結婚を考えてくれているようで、 不安定だけど、比較的自由に仕事ができる今の状況(個人契約。給与等が不安定)を続けるか、 どこかの会社に入社し、”正社員”として仕事をするか、 思い切って自分で起業するかで悩んでいます。 起業については、友人が苦労しているのを間近で見ているので、 二の足を踏んでしまうようです。 もちろん、彼本人とは話をしていますが、 私にとっては未知の業界の話なので、できれば「奥様目線」でのお話を聞いて、 良い話も悪い話も、予備知識として得たいと思っています! 差し支えのない範囲で結構ですので、よろしくお願いします。 ※経験者(奥様)からの実体験をお聞きしたいので、  申し訳ありませんが、経験に基づかない一般論や、  質問と直接関係のないご意見等はお控え願います。

    • noname#17944
    • 回答数5
  • 神のイメージ

     三位一体論から入ります。  ◆ (創世記1:27) 神はご自分にかたどって人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。  ☆ したがって――と言ってもこれは タトエですが―― ひとは神の似像(にすがた)であると言われるわけですが そのすがたを 三位一体なる神に似ているという意味に採ると 次の図式が得られます。   ○ (神学および ひとと社会の成り立ちについての図式) ~~~~~~~~~~~~  光のたとえ・・・・・・・・・光(光源・・・・・・発耀・・・・・明るさ・暖かさ)  三位一体なる神・・・・・神(父なる神・・・子なる神・・・聖霊なる神)  ____________________________   スサノヲ市民( S )・・・アマテラス公民( A )  ____________________________  身体〔の運動〕・・・・・精神・概念(記憶・・・・・知解・・・・・意志)  ・・・・・・・・・・・・・・・・・↓・・・・・・・ (↓・・・・・・・↓・・・・・・・↓)  [S者/S圏]  個体・・・・・・・・・・・・家  族 ( 秩序・・・・・労働・・・・・・愛)  社会主体・・・・・・・・自治態勢(自治組織・・〔生産〕・・共同自治)  経済主体・・・・・・・・生産態勢(組織・・・・・・生産・・・・・・・経営 )  政治主体・・・・・・・・・↓ ・・・・・・・↓・・・・・・・・↓・・・・・・・・↓   [A者/A圏] ・・・・・・・↓・・・・・・ ・↓・・・・・・・・↓・・・・・・・・↓  社会科学主体・・・・・社会形態(社会組織・・経済活動・・・政治 )   〃・・・・・・・・・・・・・(国 家 : 司法・・・・・立法・・・・・・・行政 )  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ☆ ここから 神のイメージを考えるにあたって次の図式を取り出します。  ○ 三位一体(神)と三一性(経験存在) ~~~~~~   神: 父なる神―――子なる神―――聖霊なる神:三位一体   ____________________   人: 記憶行為・・・・・・知解行為・・・・・意志行為:三一性   国家: 司法・・・・・・・・立法・・・・・・・・・行政   :三一性      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ☆ 問題は端的に言って 神なる三位一体は 時空間を超えており 父なる神と子なる神と聖霊なる神とのあいだに 時間差がない。というのに対して 人間や社会においては 記憶(秩序作用)や司法の判断内容と 知解(認識)や立法(法律条文)と そして意志や行政の執行内容と これら三者のあいだに いかんせん 時間差がありまたその内容にも 食い違いが生じるということ ここに問題はあります。  三位一体は 即時に その一体性が成ると考えられるのに対して 経験世界における《三一性》は 互いの内容に齟齬を来たし 実行が成されるときに 時間差がある。  これが 神のイメージを示そうとしたひとつの説明です。  問いは 次です。  1. もしこの神のイメージがその図解のとおりだとすれば そのような神の意志は 存在すると思うか?  2. むろん人間には分からないという前提で言うのですが 経験世界における行為や出来事にかんして じつは神の意志が そのままではないが はたらいていると見る見方は ありうるのか?  3. つまりそれは ものごとが即時に成るのではないわけだけれども 神にとっては千年が一日だと言われるがごとく 少しづつ 神のこころづもりに沿って じんるいの歴史はいとなまれて来ていると見る見方は ありうるのか?  4. つまり 三位一体なる神にあっては すべてその意志は即時に成るのだが じっさいに人間とその世界にあっては 時間差をともないつつにでも 成就――たとえば 自由の――に向かってあゆんで来ている〔と見る〕のか?  5. それとも 神のイメージは まやかしであり まったくのまぼろしであると見るのか?  6. つまりは ここで《非思考の庭 つまり 信仰》の観点を持ち出すなら この信仰は いったい何をのぞんでいるのか? 何を 将来ヘむけて予感しているか? あるいは 信仰もまぼろしであって 何もないか?

  • 《非在》なる神をどうして理解できないか

     § 1 不在と非在  たとえば ○○さんご在宅でしょうか? と尋ねて いえ あいにく○○は不在です。といった会話があります。  けれどもこのとき《不在》だと言っても ○○さんは どこか他のところにいるはずです。  すなわち 《存在(在宅)と不在(留守)》とは互いにこの同じ時空間――《宇宙》としましょうか――にある或る人の存在についてふたつのあり方を表わしています。また それだけのことです。  ところが もし《非在》と言ったらそれは何を表わすか? 《存在に非ず》とは どういうことか?  § 2 不在でありうる存在は 《感じる・考える》の対象となる  在宅と留守とのあり方を交互に変える○○さんなる存在については 見ることも触れることも声を聞くことも出来ます。つまり 《感じる》ことが出来て さらにその知覚を 概念で認識して《デカイ》とか《だが声は小さい》とか言葉で表現し得ます。  さらにあるいは その小さな声で言ったことが妙に気に成ってその内容について《考える》ことをもおこなう。  では 《非在》とは 何のことか?  感じることが出来るのか? 考えることができるものなのか?    § 3 《非在》とは 想定である  《非在》とは 存在・不在なるこの世界(宇宙)をこえたところに想定したものです。  世界の合理的な理解としての経験法則――たとえば これがあればあれが生じるといった因果関係――から自由な場(ないしチカラ)を想定して名づけたものです。  この経験法則としては ○○さんは 在宅であれば会社には不在であるということを示します。家と会社とに同時に存在することは出来ない。という世界です。  あるいは ○○さんであって 同時に別の人たる△△さんであることは出来ない。あり得ない。という世界です。  《非在》という想定は このような居たり居なかったりする経験存在を超えた場としてなのである。  § 4 《非在》という想定が 神のことである  《存在が有るでもなく無いでもない》。《この原因でその結果が生まれるといった因果律に支配されない》とは どういうことか?  ということは 《どこにも有るのではなく どこにも無いのでもない》とすれば 当然のごとく――このささやかな人間の知性で考えるに―― 《因果律に支配されない出来事が起きる》ことを 想定として表わそうとしている。  ここにもあれば 同時にあそこにもある。  という存在(つまり非存在という別個の場 つまりお化け)のことを 人間は想定することができる。想定して来た。《神》として。  § 5 神は 人間やモノについて言う《存在》とは 別個の場として想定されている。すなわち 《考えるや感じる》の対象ではない。  非在なる神は したがって あまねくそのチカラがはたらくという意味で《遍在》だと 人間の理性では推し測られた。あるいはしまいには 全知全能なる存在ではないかと。  この神は すでに存在の有るか無いかで推し測る宇宙の次元を超えているからには 《感じる》ことも《考える》ことも出来ません。  出来たと思っても それが合っているのかどうかが 人間には分からない。考えて分かったというのは この経験世界における思考や想像によって得た補助線――神を理解するための補助線のこと――を言っている。神本体ではあり得ない。  それゆえに・あるいはそれでも 分かったと宣言する人が出て来ても ほかの人においても納得することが出来るかどうかは分からない。(だから分からないながら ある程度の人数の《賛同者やさらには崇拝者》が出る余地はある)。  § 6 神を受け容れるかどうか。受け容れるというのは 《考える》でもなく《感じる》でもなく 《信じる》と言う。  この神は その想定として受け容れるかどうかは ひとの自由である。ひとの選択にまかせられている。  ただし《受け容れない》と選択した場合も 神という想定じたいは 消えることはない。《感じる・考える》を超えている非在を どうして人間が消すことができよう。  だから 神とわれとの関係は 受け容れたと受け容れないとに分かれるとき それらは《有神論と無神論》とに分かれたことを意味する。  一般に有神論は 神を信じると言い 無神論は 神を信じないと言う。  すなわち後者は 《無い神を信じる》と言うのにひとしい。  《信じる》というのは 《感じる・考える》を超えた《非在》とわれとの関係をあらわす言葉である。  § 7  信仰とシュウキョウ  《信じる――または わが心なる非思考の庭としての動態――》は 信仰としてありうるが この神をオシエとして《考えるや感じる》の対象にすることは――それが シュウキョウである―― いただけない。シュウキョウはその起こりからして 思考に非ざるものを思考したオシエを 信じるという自己矛盾である。  § 8 この神をどうして理解できないのか?

  • アメリカのビザの更新について

    アメリカで自由気ままに滞在された経験のある方から できれば新しい情報が得られればと思います。 友人がアメリカでしばらく生活してみたい ということでビザをどうするか考えています。 入国時に3ヶ月のビザがもらえるそうですが その後、続けて滞在したい場合には どのようにしたらよいのでしょうか? とりあえず1年ぐらい何とかならないかと 考えているようです。 語学学校に通うなどの予定は今のところありません。 手続き上有利になるのであれば検討したいと 思っています。 ずいぶん昔になりますが英国滞在中、 私自身は英国内でビザの更新と ポリス・レジストレーションの手続きをして 滞在期間を延長しておりました。 友人たちは、ビザ期限が近づくとフランスなどに 旅行して第三国に出国>>再入国という形で 更新をしたりもしていました。 帰国のためのチケットを持っていること、 語学学校に在籍していたということもあって そのような方法が簡単に行えたと思います。 学生でもない、ただの旅行者として 滞在期間を延長したい場合には アメリカでどのように手続きをしたら良いのでしょう? また、それは可能でしょうか? テロ以降、色々と事情が厳しくなっているそうですが お勧めの方法などご助言頂けると助かります。 アメリカ滞在経験がありませんので 的外れな点があるかもしれませんが 宜しくお願いいたします。

    • tizzy
    • 回答数3
  • 都会で一人暮らしの「経験」について

    アンケート的な質問です 気軽に回答頂ければ幸いです 長文ご容赦下さいませ 田舎の地方出身で 都会の大学・大学院に通っていて 卒業後は地元に戻り現在は実家暮らしで 会社員(地元で就職)もしくはフリーターだけどアルバイト等で 一応働いている(詳細は不明) と言う人がいました 彼は再び都会に出て一人暮らしがしたいと思っています 両親や友人は 出費の多さややりくりの大変さを説き お金や生活に関して少し甘い一面のある彼に対し 「一人暮らしを実際した事のない奴が そこら辺ちゃんと分かってて覚悟があって言ってるのかな」 と言って心配したり反対したり苦言を言います →「一人暮らしの経験なし」と見なされていると思われます 本人は 「大学の頃一人暮らしをしていた 都会の方が楽しかったし 高校までと今の実家暮らしの生活よりも都会の一人暮らしの頃の方が自由で好きだった」 のだそうです →自分は「一人暮らしの経験あり」だと見なしています 実態は ●彼は東京の大学に進学し都会で暮らしていた ●住んでいた1Rマンションかアパートかは親が契約した ●学費・家賃は親が払っていた ●その他生活費として毎月生活するには十分な仕送りを受けていた ●それでも足りない時(臨時の出費等)は更に送金して貰もらう事もあった ●アルバイト等で自分で収入を得ることもあるがそれは全て趣味・交際費・遊興費等(基本生活費は仕送り) ●都会の「文化」(流行・ファッション・お店・男女の事・都会のノリ・趣味等)には精通している ●それ以外での完全に経済的に自立しての一人暮らし経験は皆無 さて質問です 2択です 皆様の個人的な見解で結構です この様な人は 一人暮らしの経験や実績が A:あり B:なし どちらだと思われますでしょうか?

  • 誰か助けてください。

    現在、僕は極度の寂しさと焦燥感で一杯です。精神的な病気(うつ病)のせいもあるのかもしれませんが、「寂しい」のです。 僕は、恋愛経験については人一倍コンプレックスが強いのです。全く恋愛経験を積んでいない。もう28歳にもなるのに今までに付き合ったことは6年前に一人だけ。それ以外はずっと片思いか、振られ続けっぱなしでした。そこまで自分に魅力がないのかと思うとはっきり言ってどうしようもないと思うしかないです。 僕自身、身長(179cm)、体重(67kg)、顔だってまぁまぁそこそこだと思っています。そうなってくると後は自分の人間性に問題があるのかと不安になってしまいます。今まで、色々な習い事や、会社の女性とも一緒にお昼に行ったり積極的に行動しているのですが、両思いになれません。おそらく振られたことや、片思いが、今まで30回ぐらいはあると思います。ここまでであるとやはり自信がなくならざるを得ません。 最近気になっている人がいるのですが、彼女は自由奔放なため、休日は常にどっか行っている人で連絡がつきません。そうなると仮にお付合いできたとしても、その後もそうした行動をとることが多くなることは必至です。だからあきらめようと思っています。そんな中、本当にもう自分自身どうしたらよいか分からなくなっています。 こんなとりとめもない質問ですが、もしよろしかったら、お救いの言葉をおかけくださいませ。よろしくお願いいたします。

  • 不動産屋を営む親を手伝いたいですが経験がありません

    父が数年前に他界し、仙台で母が一人で小さな不動産屋を営んでいます。 私は不動産業界のことは良く解らないのですが、母の話では最近は管理の収入が7割、賃貸の収入が3割くらいの業務をしているそうです。一人で生活してゆける程度の収入は得ているとのこと。 母は「仕事一生は続ける」と言っています。でも私としては少なくとも母へ助言や母が体力的に辛くなった場合に備えて手伝いが出来るようになりたいと思っています。時々自らアパートの壁の紙を張り替えることもあるようです。 どうやったら不動産の経験が積めるようなるでしょう? 私は都内の出版社のIT部門に勤務している39歳の男です。 親の影響もあって、宅建は7年くらい前に取得しました。取引主任者証はまだ申請していません。 仕事の勤務時間は比較的自由なので、たとえ日中でもフルタイムは難しいとして、アルバイト程度は今の仕事と並行して行うことが可能です(今の会社にバレたら何らかのペナルティがあるかとは思いますが)。 しかし、家業が不動産屋である私のような者を使ってくださるようなお人好しなところはあるのでしょうか? アルバイトではなくても、他に何か経験が積めるような方法があるでしょうか。 アドバイスのほどよろしくお願い致します。

  • お医者さんについて

    カテゴリーが不一致かもしれません 説明下手ですが質問します 開業医になるプロセスがよくわからないのですが どれを専攻するかは自由だと認識しています このサイトで歯茎が腫れて痛いが医者からはどうすることも出来ないみたいな質問者さんがいました それを見て感じた事ですが もしその医者は医学部を卒業しとりあえず歯科医に なってしまったという医者だったらと思うとゾッとします 医者とは卒業後即資格が与えられるものですか? それとも医大のようなところや開業医である親の元などで経験を積まないとなれないものなのですか? 上記のようなケースで仮に新米医者で医療ミスだったとしたら・・・ 医者はミスを認めるわけないし何も知らない患者が 被害者になるってこともありえますよね? 素人の感覚として自分で外科、産婦人科、脳外科・・・・を選択した医者が突然開業医として 自分の街にやってきたら怖いと思ったから 変な質問をしました 多分認識が間違っている部分が多々あると思いますがよろしくお願いします

  • 自由!だけど寂しい? 一人旅したことある?

    こんにちは。 ニュースサイト「イザ!」(http://www.iza.ne.jp/)編集部です。  一人旅をしたことはありますか? 自由気まま、だけどちょっと寂しいイメージもあるひとりだけの旅は、ほかでは得られない楽しさがあるはず。最近では1人参加限定のツアーも登場。参加者には女性が多く、女性の一人旅のニーズも高まっている模様です。  経験者の方は一人旅に出たきっかけや体験談、これからチャレンジしたい人におすすめの地域やモデルコース、注意すべき点などを教えてください。 男性の方も、女性にもおすすめできる一人旅のコースをご回答ください! 回答例  今年の夏休みに初めて車で北海道へ一人旅しました。ホテルはユースホステルを利用。ほかにも一人で旅行をしている人もいて、夕食後に色々お話をして楽しかったです。 道に迷って途方に暮れたり、一人で大変なことはありましたが楽しかったです。 皆さんのご回答をお待ちしています! 【関連記事】 「一人旅」シニアにも人気 「いいね!」でツアー商品化も http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/hobby/644057/ ※質問は予告なく締め切らせていただきます ※投稿文は「イザ!」内で紹介させていただく場合がございます

  • フランスで日本の商品を売るお店を開きたいです

    フランスでは「KAWAII」ブームで、日本のキャラクターグッズや文房具・雑貨が人気です。 パリに住んでいないのですが、私の住む街には漫画を売るお店があったり、コスプレのイベントがあるなど日本のカルチャーが人気だと実感しています。 かねてよりフランスで「日本の雑貨を売りたい」と思っていたのですが、全く経験がないためどのように物事を進めていいかわかりません。 フランスには13年住んでいますので、フランスで開業する際の言語の不自由はありません。 主人もフランス人です。 一番気になるのが、「商品の仕入れ先」です。 日本から仕入れてフランスのお店で売る場合、どこで商品を仕入れたらいいのでしょうか? 日本からフランスまで郵送してくれる卸売業者があるかどうかも知りたいです。 また、申告しなければならないことなどはありますでしょうか? 主に売りたいのは、海外で「KAWAII」と思われているキティちゃんなどのサンリオグッズや、フランスでも人気のジブリ映画の雑貨、とにかくキャラ物の可愛い雑貨です。 ネットで探してみましたがピンポイントで情報を得られなかったためこちらで質問させていただきました。 宜しくお願いいたします!

  • 読書とは何か?

    過去のQAを探しても一致する質問・回答が無かったので、ここに質問させて頂きます。 読書とは何でしょうか?  何の役に立つのでしょうか?  どのような意味があるのでしょうか?  なぜその行為が勧められるのでしょうか?  その目的や効用を究明したいのですが、 「読書に意味なんてない」 「読書に意味を感じた事はない」 「単なる暇つぶし」 という軽いご意見でも構いませんので、回答をお待ちしております。 どちらかというと、私は読書が好きか嫌いかで言えば好きな方です。 「読書とは何か? 」の命題に関しまして、私なりの答えは持っているのですが、読書が好きな方、嫌いな方、あるいはどっちでも無い方などなど、多種方面の皆様からあまねくお聞きしたく思っております。 人によっては考えるべくもない当然である命題だとは思うのですが、これに関してあえて言語化して読書の目的やその効用を再定義したいと思っています。 よく言われる読書の目的と効用については、「教養・知識が身に付く」「文章力がつく」「説明力がつく」「一般常識を得られる」という意見があるのですが、私はこれらに対し、説明上の浅さから少し不満を持っています。 私自身は、読書は次のような効用があると思っています。 ・ノンフィクションは、他者の生涯や過去の情勢、遠く離れた地で起こっている事件を代理経験する事によって、自己の判断基準となる哲学を、自己意識の内部論理・内在的倫理に組み込む事ができる。そして、その哲学を取捨選択するのは自己の自由である。 ・文芸作品は、その時代を映した擬似的人間社会を映し出す事によって、ノンフィクションと同様の効果が得られる。 上記は作家の佐藤優氏が雑誌に記載していたのを自分なりにアレンジしたものです。 時間がございましたら、是非皆様の考えをお聞かせ下さい。

    • booter
    • 回答数11
  • この場合ハロワのどこに相談したらいいですか?

    今、基金訓練受けてます そして無職です。 もちろん仕事(アルバイト)は探してますが、その基金訓練がネックとなってしまっていて 学生扱いされてしまい全く相手にされません… どういうことかと言うと、昼間はその訓練があるため出られず 訓練は朝早いので、夜遅くまで働くこともできません。 なのでシフトは学生さんと殆ど同じになってしまうためか 学生禁止のところでは断られてしまい、学生可のところでは学生さんと同じようなシフトは 既に埋まっていたりして断られてしまいます。 さすがに訓練所で勉強するか、早く収入を得る事を比べたら 収入のが良いですので訓練は辞めて、完全にシフトが自由の状態で探そうと思うのですが これらを相談するに当たって、まず誰に相談したら良いのでしょうか? 受付が教えてくれますかね? ちなみに基金訓練は受けてますが訓練支援金は貰っていません(対象外) 今は貯金と身内からの生活支援でなんとかなってますが… ハロワ関係者、またはハロワをよく利用していた経験があるかた、似たような事例の方など よろしければ教えて下さい

  • 本当に恋愛感情?

    恋愛経験少ない大学生です。 前の質問と少しかぶっています。 バイト先であった25歳ぐらい年上の独身男性についてです。 バイトの用事のメールから世間話のような感覚で暇な時にリフレッシュとしてお茶とかお昼に付き合ってよ(笑) とか来たので冗談まじりで返していると本当に行く事になりました。 話しやすく営業の話しとかしてくれるので、いい経験になると思い行きました。 その男性は営業的な感じですが自由行動で仕事ができ私もそれに同行する感じで朝から夕方までで、お昼をごちそうになりました。 その日の会話は仕事の話し中心で、たまにプライベートな事を話す程度です。 また時間が合えば付き合ってよ的な話しで帰りました。 また違う日にバイト終わりに用事がなければ夜ご飯でもと言ってくれたので、行きました。 またまた仕事の話しと今までの経験の話し中心でした。 その帰り車で送ってくれる時に突然キスをされ「好きになってしまった」 と言われました。 私はその気(恋愛感情)はなく、歳の離れからして子ども的な感覚で話してくれていると思ってました。 ちゃんと話したのはこの2日だけで、バイト先でも1回ぐらいしか会って少し話したぐらいでした。 これだけで、こんなに年下の女性を好きになるってありえますか? この男性は仕事人間で、久しぶりに仕事の事やプライベートの事を話す相手ができたので好きって思ってしまったのでは? と感じましたが、皆さんはどう思いますか? これからの恋愛の参考にもしたいと思うので、 よかったら意見のほどヨロシクお願いします。

    • 33march
    • 回答数3
  • 結婚するに当っての性交の有無に対する意識調査

    アンケート意識調査です。 よく男性は自分が最初の男性であることを求め、女性は自分が最後の女性であることを求めると言いますが、実際の所はどうなのでしょう?。 もしそうであるならば、結婚するなら処女の女性という男性に対して、ならお前は童貞なのか!というツッコミは成り立たない様な・・・。 それまでは幾ら女性経験があろうと、男性に求められるものは結婚後の貞節だということなので。 結婚時点では非対称であることの方が寧ろ理想の状態に近いということになる。。 なぜなら童貞はキモいから結婚相手として無理という意見の方をよく見掛かるので・・・(その逆はほぼ見かけない)。 結婚する相手に対して A.処女又は童貞でないと絶対無理。そうでない異性は始めから結婚の対象にならない。 B.処女又は童貞である方が極めて望ましいが、結婚したいと思う(思った)相手がそうで無かったので、大変残念だがそうでないことを受け入れるしかない。 C.処女又は童貞である方が出来るならば望ましいが、結婚するにあたってはさして重要な要素ではない。 D・経験があろうがなかろうが、全く欠片も結婚するに当ってはどうでもよいこと。 E.経験がある方ができれば望ましいが、結婚するにあたってはさして重要な要素ではない。 F.経験がある方が極めて望ましいが、結婚したいと思う(思った)相手がそうで無かったので、大変残念だがそうでないことを受け入れるしかない。 G.経験がないなんて絶対に無理。そうでない異性は始めから結婚の対象にならない。 性的なものを通して相手に求めるものとして、Aよりの回答は過去を含め貞節重視、Gよりの回答はセックスの相性や経験などを重視。 Dに近い回答が多ければそもそも性交を通して得られるものが、結婚に於いて大したウエイトを占めないと。 1.自分の性別 2.結婚する相手に対しての回答(A-Gから選択して回答) 3.その理由 4.自分の性交経験の有無やその経験の程度や内容(付き合った数や経験人数など、付き合っても性交が無い場合やまたその逆も。) (これは自由回答、空白でも可。) を書いてご回答下さい。 但し3の理由に於いて、自分と違った価値観の者を誹謗・中傷することはご遠慮下さい。 どの様な価値観でも尊重されるべきですので。 またこういったアンケート自体が結婚を考えるに於いては意味が無いなどという事もご遠慮を。 大学などでも性交年齢と離婚率などのデータ調査を行ったりしますので。 勿論ネットでの意識調査は一般的な調査とは異なるので、この集計がそのまま世の中の傾向という訳ではないことは、予めお断りしておきます。 (別にこの質問は学術的なものではなく、個人的なものです。)