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「わたしは貝になりたい」あまりにショック
- 「わたしは貝になりたい」のビデオを見ました。大変ショックでした。
- このビデオを見て、「戦争は二度としていはいけない。」という感情より、「アメリカが憎い。」という感情が先に経ちました。
- なんらかの刑は仕方ないとしても、絞首刑はあまりにも酷ではないか。
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>許される事ではないが、自らがその場にいて、そうしなかったと断言できる人がいますか。 おっしゃる通りです。率先してやらなかったとしても黙認はしたでしょう。捕虜の人権はたしかに国際法で保証されていますが、同時に「非戦闘員の虐殺」も禁じられています。一般市民が暮らす街を爆撃した時点で向こうも国際法違反です。 捕虜の殺害は、いわば私刑(リンチ)です。よくはない。けれど、それを建国から200年の間、無実の黒人を私刑で殺し続けてきた米国にいわれたくはない。そもそも東京裁判そのものが戦勝国による私刑のようなものではないか。 ……そういうことを考えていると、なんとなく彼が「私は貝になりたい」と思ったわけがわかってくるような気がしました。憎悪の応酬は、憎悪しか産まないのですね。憎悪が日本に爆弾を落とし、憎悪が爆弾を落とした捕虜を殺し、憎悪がそれを遂行した兵卒を殺す。もう憎悪をぶつけあってお互いに殺しあうのはこりごりだ。そう思ったのではないでしょうか。 負の感情って、実は一番大きなパワーになり得ます。けれど、そのパワーは、たいていの場合、よりよい方向へ向かうことはない。だからどこかでそれを切り捨てるしかない。そのためには、憎みあうどちらかの側が憎悪を相手に返すことを諦めなければならない。ならば自分が諦めよう。自分でその連鎖を終わりにしよう。彼はそう思ったのかもしれない。 であるならば、作品を見て、彼が断った憎悪をほじくり返して再び相手にぶつけ返すことだけは、やってはならないことだろうと私は思いました。彼の死を無駄にしないためには、おそらくは「憎悪をぶつけられたらそれを微笑みで返す」ことができるように人々が変わっていくことでしょう。
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- mozofunk
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私の曽祖父は明治維新のとき長州勢にいたらしく、なくなった時 陸軍小将の位をもらったようです。 その御蔭で祖父の世代 男5人女二人の7人は恩給で、昭和20年ころまで、 何不自由なく暮らしていたようです。 関東大震災の際 祖父は 街中で、外国人と間違われて暴行を受けたそうです、 たまたま一緒に居た人がなんとか周囲の誤解をとき、かろうじて小さくない怪我程度で 助かったらしいのですが、その経験は祖父のトラウマだったようで、祖父の家に遊びに行って泊まった折に、 いつも穏やかで優しい祖父の寝言の・・・(絶叫で) 「殺せー!(チェック)(チェック)人を殺せー!」というのを聞き 愕然とした覚えがあります。 関東大震災の頃から、今活躍している、ヘイトスピーチをするような輩は居て、 祖父は襲われたPTSDで、死ぬまで怯えていたのだと思います。 最近オリンピックを誘致できのは、日本人の文化が素晴らしかったから、とか持ち上げていますが、そんな完璧に素晴らしかったはずもなく、 つい最近もいろいろなところで謝罪会見の行われない日がないくらい、悲しい現実があります。 誰かのせいにするのでなく、自戒の念を持ち、常に自浄努力を怠らない、そんな日本人に私はなりたいと、思う次第です。
お礼
陸軍将校であったからといって、その子女が恩給を受けると言うのもおかしな話だと思われるのですが。日本ばかりが太平洋戦争の罪を謝罪し続けると言うのもどうかと、このドラマを見て思ってしまいました。関東大震災で朝鮮人暴動デマを受けた虐殺事件も日本人が反省するべき点、太平洋戦争を引き起こしたのも日本人の責任。たしかにそうだけど、でもなぜ日本だけが。と思ってしまう事はいけないことなのでしょうか。腑に落ちませんが、つぐない続けなければいけないのだろうなと戒めているというのが本音です。ありがとうございました。
- agnler
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アメリカ嫌いというよりも、「命令で仕方なく実行した」といいますが上司の命令に逆らえなかった当時の日本軍がおかしいと思いました。 自分で選んでしたことに、自分で責任をとるというのなら納得がいくのですが、無理矢理やらされたことには全責任はとりたくないですね。 アメリカ人には「当時の日本文化理解して!」と思いました。
お礼
裁判でもはなかっら理解しようとしなかったですよね。「上官の命令は天皇陛下の命令である。」と言ったときアメリカ人から嘲笑がもれていましたよね。あなたは天皇に会ってもいないのにどうしてそんなことが確認できたのかと。あの戦争の真実を追求してほしい。しかし、真実などはなく勝者が正義なのかもしれないですよね。ありがとうございました。
城山三郎の「落日燃ゆ」を思い出しました。 立場の違いはあるでしょうが、人の世とはあの様なものなのでしょう。 戦後日本では、何人もの人が無実の罪を着せられて、死刑囚となり、死刑を執行されていきました。
お礼
せっかく戦争で命を助かりながら、幸せに暮らす中、突然GHQに連行される清水の姿があわれでした。GHQは処刑される者の家族の事も考えないのかと憤りを感じました。
>このドラマを見た人は、どんな感情が湧きましたか。私と同じ感情が、湧きませんでしたか。 「悪魔の飽食」を読んだ人が日本人を憎むのと同じようなものですね。 もっともアレは取材に基づいた記録だそうですが。 口だけデカい私の場合、何らかの形で加害者にならないよう自重しなければならず、それだけで精一杯です。 >空襲で、街が焦土と化す姿を目の当たりにしながら、捕まえた米兵をリンチしなかったと断言できる方はいますか。 目には目を? では、米兵にリンチを加えた場合、後で自分がリンチされていいんですよね? そんな暇と体力あったら、もっと先にやることあるでしょ? そこに気付かない方が鬼畜では?
お礼
「悪魔の飽食」がどんな話か知りませんので、なんともお答のしようがないのですが、清水二等兵が戦争の加害者だったか。また、私はいままで、実行した二等兵に罪はなく、命令した上官が悪いと思っていました。しかし、このドラマを見て、捕虜の殺害を命じた片岡愛之助(日高大尉)がかっこよく見えてしまった。捕虜の殺害を躊躇した清水二等兵をなぐりつけた立石上等兵(六平直政)も憎む気持ちになれなかった。ということをお伝えしたかったのです。当然、このドラマはフィクションでありあくまで娯楽番組としてそのような感傷に酔いしれる自分を楽しまなければいけないと考えています。理性では憎悪の繰返しはさけなければいけないと考えています。回答者様は自分があの立場におかれて、米兵をリンチしなかったと言えますか。私はリンチされようが何しようが、あの場では感情的に米兵殺害に積極的に協力したと思います。もちろん、二度とあのような状況をつくってはいけないと思いますが。
- Beholders
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この話はフィクションです。 モデルになった方はいますが、死刑にはなっていません。 作り話を真に受けてアメリカ嫌いになったと言われてもアメリカ人も困るでしょう。
お礼
たしかにフィクションです。ただ、このようなドラマを見て、「このような悲劇は二度と繰り返してはいけない。戦争反対。平和憲法を守る。」という感情が湧かなかった。ということをお伝えしたかったのです。「戦犯に罪はない。あの戦争は日本だけが悪いのではない。靖国神社参拝によって、戦死者の英霊を休めるべし。」という感情が湧いてしまいました。わたくしのこの感情が、みなさんの考えとかけ離れているのか確認したかったのです。
- 戦艦みかさ(@mikasa1905)
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1. 戦争の不条理さを感じました。無力な庶民の悲しさ。 こういう事になるから戦争はやってはいけないって論法もわからないでもないけど、ハーグ陸戦条約が浸透していない・守らない風潮になるまで追い詰められ、盲目的に戦争を続けてしまったのがいけない。やっぱ絶対国防衛圏が破られて日本全域が空襲されるようになった時点で降伏するべきだったなと思います。 2. リンチといっても、感情にまかせて襲いかかるようなのではなく、上官が新兵に根性試しで銃剣で拘束された虫の息の米兵を刺させるシーンだったはず。あの状況だったら、一応の軍隊としての統制が取れてはいるわけで、感情にまかせて行動してるわけじゃないですから、怒りの感情が湧いて刺すというより、抗えない上官の命令を正当化するために、自分の怒りの感情を利用するといった形だと思います。 はだしのゲンであったけど、空襲で大事な人を殺され、ちょうどそこに米兵が落下傘で降りてきたらやっちまうと思います。 私があの映画を見て感じたのは、「大勢(たいせい)には抗えない」という事。よく戦争被害を描いたドラマなんかでは、主人公やその周辺の人が当時において戦争批判なんかしてるのが多いけど、実際そんな事できない。現代だって間違っているとわかってても、上司の命令に背くことはなかなかできない。自分と家族の生活が一番大事だから。 みんながみんな、自分の家族を守るために、国が焼け野原になるまで戦ってしまうというおかしな「力学」をなんとかしないと、現代でも同じような事がいくらでも起きると思います。 戦時になったら大勢には抗えないけど、平時のうちに抗う。普段から政治を監視し、国防や外交をしっかり考え、責任ある大人にならなきゃなと思います。
お礼
そういうように考えられた回答者様は立派ですね。私などは我欲の塊ですので、目には目をと考えてしまいました。
- mshr1962
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1.このドラマを見た人は、どんな感情が湧きましたか。私と同じ感情が、湧きませんでしたか。 「アメリカが憎い。」という感情はそれほど強くありません。 ただ「狂気に晒されると、人間なにをするか分からない」という恐怖ですね。 2.空襲で、街が焦土と化す姿を目の当たりにしながら、捕まえた米兵をリンチしなかったと断言できる方はいますか。 いないと思いますよ。 現に中国だって、アメリカだって戦中・戦後に日本人・日系人に対して同じようなことはしていたと思います。 >絞首刑はあまりにも酷ではないか スケープゴートだったのでしょう。 ・殺された捕虜の家族向け→仇は討ったという感情抑制効果 ・リンチに加わった日本人向け→「同じことをすればどうなるか分かるだろう」という見せしめ ・日本政府向け→「戦犯には責任を取らせろ」という強迫 今日になってみれば、「絞首刑はあまりにも酷ではないか」と思う人も大勢いると思います。 でも、当時にしてみれば、「日本人に戦争は終わったのだ」と実感させる効果のほうが必要だったのでしょう。
お礼
誰に仇打ちしていいかわからないアメリカ人遺族が実行犯を見せしめに絞首刑にした。という背景もあるでしょうね。誰でもよかった。という印象があります。
- Reosoul
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1.湧きました。。。 2.殴り殺しています。。。 が、いつの世も勝てば官軍 負ければ賊軍! >直属の上司は有期刑で命令で仕方なく実行した二等兵が絞首刑なのでしょうか。 この意見 現在も同じではないでしょうか? 上司の命令は業務命令として絶対だし いざ自分の身が危なくなれば トカゲのシッポのごとく下の者を切り捨てる。なにも戦時中だけの話ではに様な感じで見ていました。 今は命までは取られませんが。。。 日本も戦時中は、わたしは貝になりたいの様な事、原子爆弾など痛手を負いましたが でもそれが戦争なんですよね。 やっぱアキませんね! だからと言って 日本人は原爆を投下したアメリカ人に対して 何処かの半島の人間達みたいに 詫びや訴訟を起こすデモ または試合の席で、相手の国を扱下ろす態度はしませんよね! そこが、良い国だと思いますし 悲しいですが戦争経験者も方も少なくなってきています どこかの国の様に、昔をほじくり返すのではなく、もうこんな事を起こしてはアカンとゆう 認識でドラマや映画を鑑賞して行く事が大事だと思います! 私のお薦めは 火垂の墓です。小さい時から子供に見せていました。 長々とスミマセンでした
お礼
そうですね。もうこのような悲劇を二度と繰り返してはいけない。という意識でドラマを見るべきですよね。頭では、分かっているのですが、無性に憤りを感じてしまいました。
文化の違いですよ。上官の命令が絶対なんて想像さえできないのでしょう。 いまだにこんな事件があるくらいですから。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131023-00000036-rcdc-cn 1 米軍がどうというより、日本の文化、メンタリティがいまだに この当時のままだなと思いましたね。 会社でのパワハラとかいじめとか。 2 この映画でもそうですが、中居君は米軍に焦土にされたからリンチした わけじゃありません。上官に強要されてやむなくやったんです。 自分だって立場が同じなら、同じようにしたでしょう。
お礼
1.上官の命令は天皇陛下の命令の意味が、米人には理解できなかったのでしょうね。あなたは天皇陛下に会ったのかと聞き返されていましたものね。 2.1回目は失敗して上等兵に散々なぐらてていましたよね。中隊長に「アメリカ兵が憎くないのか。」と聞かれて、心を強く持ってやっと「憎いであります。」と答えられた程度ですから。殺す意思がまったくなかったとは言えないが、あんな状況ではだれでもそんな感情になってしまいますよね。 こんなことは二度と起こしてはいけないと思うこころと、そこまで非情にならなくてもいいだろう米人よという感情が交錯しています。
- KoalaGold
- ベストアンサー率20% (2539/12475)
モラルではなく、勝った方が正義になる。 正義と思う側が自分に都合の良い法律を作り施行する。 負けたらおしまい。プライドを捨てじっと我慢。 世界の正義と照らし合わせて、世論が動くまでに半世紀を要する。 こんな当たりが浮かびました。その場その時には人間の視野は狭くなっています。脅されたらこわばるのが普通だし、チャンスがあれば反撃も出来るし、自分が優位に立てば復讐出来ます。これが毎日のように起きるのに、気持ちを平静に保てる訳がありません。 国際法がなんだって?と当時の現場に居合わせた人は思うでしょう。 傷ついた人を見ると助けたくなるのが女性ホルモン、敵とみなしたら防衛シャッターが降りて攻撃に転ずる男性ホルモン、子どもを守る為には自分まで犠牲に出来る母性愛。 逃亡者でもこっそりかくまっていた人もいたでしょうね。ただし集団ヒステリー状態は止めようがありません。
お礼
このビデオを見て、毎年閣僚が隣国の不快感を押して靖国神社に参拝する理由がわかるような気がしました。中国、韓国から見れば、靖国に祭られている英霊の中には戦犯もいます。しかし、その戦犯も集団ヒステリーの中の犠牲者でなかったか。戦犯は、多くの日本人を代表して絞首刑になった尊い犠牲者のように思ってはやはりいけないのでしょうか。絞首刑になった多くの軍人の家族のためにも、「あなたの夫は絞首刑になるようなことをいっさいしていない。」と告げてやりたい気分でした。冷静に戦争を失くすためには、このような感傷的な気持ちを持ってはいけないのでしょうか。
お礼
ありがとうございました。あなたの回答を読んで、少し自分が救われた気がしました。憎しみの連鎖。確かにそれはどこかで歯止めをかけなければいけない。確かにそうですが、それがなぜ清水豊松でなければならなかったのか。もし、わたくしがその立場に置かれたとして、遺言に「米国を憎むな。」と書けたか。自信がありません。その辺がまだ、釈然としません。
補足
みなさん、素晴らしい回答をいただき、ベストアンサーを差し上げたいのですが、最初に回答いただいた貴殿に差し上げます。