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ドイツ 戦後

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  • なぜ日本人は必要以上に地上戦を恐れるのか。

    第二次大戦中日本の10倍の爆撃に耐えたドイツ。 当時の海軍力では江戸幕府の地上軍すら撃破できないレベルの海兵隊の数しか運べないのに、見かけ倒しの黒船に降伏した日本人。 それ以前の時代の、やっぱり対して数いない元寇を大変な事態であるかのように記録している日本人。 日本本土空襲の被害なんて限定的なものにすぎないと戦時中パニック防止のために正論を述べた日本軍中佐が戦後まるで悪人かのように扱われる日本。 島国だから地上戦や数十年単位のにらみ合いに慣れてないんでしょうか。 大陸国では頻発してる程度の事象でも日本国内で起こるとその当時大事件になるのは当然としても100年過ぎても依然そんな扱いなのはなぜなのか教えてください。 それとも逆に、ドイツや中国が怖いもの知らずなのが世界平均からみておかしいんでしょうか。

    • noname#207130
    • 回答数7
  • どうして、世界中のダメな国の人同士って似てるの?

    私が以前から抱いている素朴な疑問です。 「どうして、世界中の”ダメな国”の人同士って似ているのでしょうか?」 去年、テレビ東京の政治経済番組の"未来世紀ジパング"という番組で、ギリシャ経済危機を特集していました。みなさんの中にもこの回の放送を見た方もいるかもしれません。 http://www.tv-tokyo.co.jp/zipangu/backnumber/20111121/ この番組の中でドイツ人の夫とギリシャ人の妻を取材していて、現在、ドイツに住むこのご夫婦が、奥さんの実家があるギリシャへ里帰りするのに番組は密着し、そこでギリシャの様々な現状を紹介していました。 その中の一つで、ドイツ人のご主人が奥さんの家族達との会食中に、奥さんのお父さんから 「ドイツは昔、ギリシャを侵略したんだから、ギリシャ経済危機にドイツ政府が金を出すのは当たり前だ!!」などと言われていました。 私はこの事が気になったのでインターネットでこの事実について少し調べてみました。 当時、ドイツ軍は確かにギリシャに軍事侵攻して、多くのギリシャ人を殺しているようです。 そして、ドイツ政府は戦後、ギリシャ政府について賠償金などの支払いはしていなかったようです。 私も興味本位でちょっと調べてみただけなので、細かい事実については間違っているかもしれません。 しかし、よく考えてみれば、今回のギリシャ経済危機とドイツ軍の侵攻にはなんの関係もありません。 ドイツ軍が侵攻したから、現在のギリシャ経済が危機的状況を向かえたというのなら、ドイツ軍に侵攻された他の国も経済危機になってないとおかしいはずです。 もうドイツはギリシャ支援について、莫大な負担をしています。 ドイツ政府はこれ以上の負担はできないとも言っています。 私はこの番組を見て、「ギリシャ人というのは、理屈が通じる相手ではない。」そして、「ギリシャ人は感情的な人達」 という印象を持ちました。 そして、その事は世界中の”ダメな国”にも共通している事だとも感じました。 みなさんはどう感じますか?

    • Guan-Yu
    • 回答数6
  • フランスの軍隊について、

    私は、フランスという国が全くわかりません。 第二次世界大戦では、枢軸国と連合国の間で二股かけ、勝ち組に常にすりよります。 しかも、ノルマンディー上陸作戦で英米の多くの兵士が死傷するのに、自ら積極的に戦おうともしません。私だったらこんな国は相手にしません。しかも、戦後、戦勝国として国連常任理事国になるなど、不遜な態度が露骨です。 普通、ドイツに降伏して武装解除されたのでしたら、全く問題はありませんが、フランスは武装解除もせず、政府や軍隊もぐちゃぐちゃで、どちらについているのか全くわからない状態でした。人間であれば完全に信用を失うのですが、フランスは戦後ますます影響力を増しているように見えます。 私は、この国が理解できません。 質問1.こういった先進国は普通の国なのでしょうか。 質問2.それを受け入れる他の国々の対応にも問題はないのでしょうか。 個人的見解でもいいです。教えてください。どこかで納得したいのです。

    • e_b_q
    • 回答数9
  • 映画のタイトル(戦争映画)について

    映画のタイトル(戦争映画)についての質問 なのですが→おそらく、そんなに古くない大作(有名な作品) の部類だと思います。ギャオで見たのかも知れません。  ワンシーンのみ、なんとなく思い出して 映画のタイトルを知りたくなったので 教えて頂けましたら幸いです。  そのワンシーンというのが 舞台は第二次世界大戦下のフランス、ドイツ軍に パリが占拠されレジスタンスの活動が活発化した 頃だと思うのですが、ドイツ軍将校?の愛人的存在に なった(→結果的に祖国を裏切った)フランス人女性が、 戦後、その居住マンション?から逃げようと?していた 際にマンション出入り口あたりで民衆に捕まり 髪を短く切られて、「反国民」のプラカードをつけさせられて いたかは忘れましたが、さらし者にされていた感じです。  で、そのドイツ軍将校は、その光景をみながら、 罪悪感に苛まれながらも私服に着替え、 その場を脱出していたような・・・。 これだけの情報しかありませんが、お分かりに なりましたら宜しくお願い致します。

  • アメリカ(英語圏)優勢のイメージの本当は?

    現代の西洋文明はどちらかいえば、アメリカと西洋(アングロサクソン?)が中心で、日本では進歩した姿はその姿との誤解もあるように思えます。 「ヤンキー」が進歩している姿ともとらえている人も多いのかと。 アメリカ、アングロサクソン、英語の文化が西洋でとか。 実際はギリシャローマの時代があって、イギリス(スコットランドも含む)、フランス他もありながらオーストリアドイツで哲学が発達して、フランスの時代などあって現代文明、科学に至っていると。ポストモダンではフランスなど哲学が発達して、アメリカ中心の戦後のビジネスなどの発展になっていくなど。 西洋文明を理解するには、完ぺきに近い形で理解しようと思えば、言語的にいうとギリシャ語ラテン語フランス語ドイツ語なども必要になると思います。 有機的に現代科学に対する西洋文明科学をアメリカ(英語圏?)とするのではなく、どのように説明すべきなのでしょう? 英語圏としてもドイツオーストリアやフランスの時代の蓄積があっての現代なのかと思ってます。

    • noname#209756
    • 回答数1
  • 中国の言う『戦後秩序』とは?

    中国の李克強が、ドイツを訪問したそうです。事ある毎に『日本は第2次大戦の戦後秩序を守れ』等言い出しますが、そもそも中国が言う『戦後秩序』とは、一体何なんでしょうか?この言い分ですと、『武力により、負けたモノ(国)は、勝利者には完全に服従しろ』と言う事か?と思えてしまいます。いかにも大戦の戦勝国が、一枚岩で、スクラムを組んでいるようなプレッシャーを与えているつもりなのでしょうが、少なくとも、中国が言う『戦後秩序』と、西側戦勝国のそれとは、かなり違うものと思います。西側戦勝国(邪魔臭いもんで短縮してます)+現ロシアが言っている『戦後秩序』とは、『何故、こうなったのか?』と言う反省の元にあるはずで、、『武力により、負けたモノ(国)は、勝利者には完全に服従しろ』とは、絶対に言っていません。アメリカにより、加えて貰っただけの中国には、少なくとも、『勝ち取った』などと言う権利は無いと思います。現にそれほど強くも無かったわけで、戦争になればてんでんバラバラになるのは国民性で、数が多いところで話にもならない国民という事は、他ならぬ中国自身が一番判っている事と思います。スイスとFTPだか、TTPだかを結んだそうですが、その際も『人権』の部分は削除したそうですが、これこそ『武力により、負けたモノ(国)は、勝利者には完全に服従しろ』と同じで、単純はいいのですが、稚拙過ぎる論と同じと言えるのですが、このような態度を他の戦勝国だった国は、どう見てるんでしょうか?内心中国と似たり寄ったりなんでしょうか?思いたくもありませんが?

  • 議会の2つの陣営って均等ではない?(欧米など)

    戦後のイギリスやイタリア、スウェーデンなどどちらかの議会の陣営のどちらかが優位で1党優位性に近くなってもう一つの陣営の政権担当能力がとわれたり、あるいは、ドイツ、フランスなどのようにどちらの陣営がしばらく優勢な状況というのはあるように思えます。 比較的均等に交替して、政治にねじれなどもおこるということもあると思います。 均等に交替していくのと、時流、方向感覚から一方に偏るのとどちらが自然な現象でまたどちらがいいのでしょうか?

    • noname#209756
    • 回答数1
  • 古いスパイ映画のタイトルを教えて下さい

    制作年1950~1958年くらいのスパイもの映画だったかと思います。 ドイツが、第二次大戦の上陸場所(カルイかノルマンディ?)を知りたくて 戦争の最中、英(?米?)の将校を拉致します。 あたかも戦後の自国(英?米?)の病院のようなセットをつくり、将校に 戦争は終わったと思わせ、戦前の話を聞き出そうとする。 しかし、自国だとすると山の形が違うという事に将校が気づき… という内容だったかと思います。 記憶も曖昧で、古い映画ですが、よろしくお願いします。

    • chappee
    • 回答数1
  • ナチスに対する教育

    旧東ドイツには民族差別的な事件が起こる原因のひとつとして、旧東ドイツは戦後ナチスに対して反省するという教育が旧西ドイツと比較して緩かった。と今年発売された「NHKドイツ語会話」の巻末のコラムに書いてありました。 しかし、過去の旧東ドイツの指導者のエーリッヒ・ホーネッカーは若い頃、共産党員でありナチスに弾圧されていたことがあったそうです。 また、そういう政治思想の人は戦後には東側に流れていったと聞きます。私個人の考えとしては「ナチス憎し」の人達が西側よりも東側に多く存在すると考えてしまうのですが、では何故、ナチスに対する反省の教育が緩くなってしまうのか不思議です。ひょっとして旧東ドイツのやり方はナチスのやり方と似通った部分があったのでしょうか? ぜひお教え下さいませ。

    • dela
    • 回答数2
  • ドイツは本当に自分たちの戦時中の行いを反省しているといえるのでしょうか。

    ドイツはナチスドイツが戦時中に行った行為の責任を負い、謝罪しています。ナチスを支持する者は逮捕されるほどの徹底っぷりです。 罪のあるなしに関わらず責任を負うという言葉の揚げ足を取って、責任は負っても罪は認めないなんて曲解する人がいますが、戦後の世代に罪がないのは当然ですし、それにも関わらずそういった人々が戦前の責任を追い続けるというのは正しい姿勢だとも思います。 ですが、私は思うのです。フランスやイギリスのような他の欧米諸国が行った戦争犯罪や侵略行為は未だに謝罪される事はないのに、ドイツだけが戦争犯罪や侵略行為を謝罪し続ける事に違和感を感じます。ロシアなんて周辺諸国に侵略行為を続けまくったのに、その行いを謝罪したという話は聞いたことがありません。 彼らはナチスの行ったホロコーストだけを謝罪しているのでしょうか?それならば、特定の人種の根絶を目論むという行為はドイツだけが行った悪行ですので、その事を永遠に謝罪し続けるのは当たり前だと思います。ですが、他の国に行った武力侵攻まで謝罪しているというのなら、何故他の国も行った事をドイツだけが謝罪しているのでしょうか? 結局自分たちが負けたから謝罪しているとするならば、それは自分たちが悪いから謝罪しているという事にならないし、ましてや反省していることにはならないのでは? ドイツは自分が悪だから謝罪しているのではなく、自分が敗者だから謝罪しているとすれば、それは本当に自分の行いを反省しているといえるのでしょうか。私は勝敗によって決められる善悪に価値はないと思っています。 戦争犯罪に対する謝罪について、ドイツと比較して日本を非難する人がいるのに違和感を感じたので質問する事にしました。 それとも、私の考えが間違っているのでしょうか?勝った方が正義で負けた方が悪である以上、敗者であり悪であるドイツの謝罪は心から反省しているということになるのでしょうか?

    • beleth
    • 回答数12
  • ドイツ陸軍が、日本陸軍に代わって大陸打通作戦!

    もしドイツ陸軍が、日本陸軍に代わって大陸打通作戦を発動していたらどうなりますか? ドイツ陸軍だったら、大陸打通作戦なんてケチなものではなく、大陸消滅作戦になってましたか? 南京大虐殺とか性奴隷とか、日本軍は占領地の至るところで住民を苦しめたそうですが、どうせなら中国人を「劣等人種」としてホロコーストしておけばよかったと思います。何しろ中国人絶滅収容所が戦後もそのまま残ってしまうのだから、言い訳のしようがなくなり、侵略戦争の反省もしっかりしたものになり、日中関係はずっと良くなってたはずです。それからもしできれば虐殺した中国人を潰して航空燃料を精製すればよかったと思います。文句があるなら米軍はオーバーロード作戦を中止にして、中国戦線に派兵したらいいでしょう。 「フハハハハ!笑止千万!攻撃力や防御力が何だというのだ?チハのその真の実力は機動力にあったのだ!九七式中戦車チハは中国のチンピラゴロツキ専門の殺戮マシーンとして天命を受けた。チハは大陸打通作戦で3000キロを駆け抜け、チンピラゴロツキ3500万を殺戮したのだ!!」 旧日本軍弱小列伝 九七式中戦車チハ http://www.luzinde.com/meisaku/tanks/chi-ha.html キングタイガーならもっと進軍できましたか? もっと大勢の中国人を殺戮できましたか? 四式戦疾風ではなくMe262が出撃してたら、シェンノートの在支14空軍は壊滅してましたか? ウルツブルグレーダーと88ミリ高射砲があれば、防空は万全でしたか? 今からでもドイツ語を勉強してドイツ留学して、髪の毛染めてドイツ人になりすまし、こういう発言をしてみたいと思ってます。「たかが中国チンピラゴロツキの3500万なんて取るに足らん。97式中戦車チハなんて、あんなへっぽこな戦車モドキ、工業水準低いわー。わがドイツ軍のキングタイガー戦車だったら、3500万どころか5億人皆殺しにして、中国に中国人は一人も居なくなってたはずだ!」

    • motactn
    • 回答数5
  • 国連憲章について

    国連憲章53、77、107条では敵国なる表現がなされています。明らかに日本、ドイツ、イタリアを指しているものだと思いますが、戦後64年経過し、金銭的であろうが国際貢献を他の大国以上に行っている上に、国内大論争となってまで自衛隊の給油活動やアフガン派遣をしている日本って悲しすぎます。(アメリカの言いなりになって・・) スイスみたいに軍事力を持って永世中立国化するか・・・今一度鎖国をしてにては・・・とまで考えてしまいます。 皆さんはどうお考えでしょうか?

    • noname#98046
    • 回答数2
  • 中韓とオーストリア

    都知事が第三国発言をして物議をかもしましたが、この第三国というのは元々アメリカが使った言葉で、第二次大戦の戦勝国、敗戦国以外の当事国といった意味であったそうです。中国、韓国のように勝ったわけではない当事国を指したわけですね。(別に差別語ではないと思います) 今では中国はすっかり戦勝国と認められた(?)のか、国連常任理事国として、拠出金はすずめの涙しか負担せずとも、大きな顔をして横車を押してきています。 韓国も光復節では「勝った」気分で気勢を上げているようです。 そこで同じくドイツに併合され大戦を戦ったオーストリアについて質問です。 私はまだ東西に分裂していたころドイツに滞在していましたが。そのときゲーテインスティテュートの先生(ウィーン生まれ育ち)が「私たちはドイツにやられた側なのに 戦後は敗戦国として酷い目にあった」という風なことを 泣いたり喚いたりしながら主張していました。興奮して すごく早口でしゃべっていたので、正しく聞き取れたのか 自信がありませんが、本当にオーストリアは敗戦国として扱われたのでしょうか? もしそうなら、その理由、また中韓との扱われ方の違いなどについて教えていただければ幸いです。

    • nyagora
    • 回答数4
  • 「日本、日本人は素晴らしい」と思うことは。

    身近なことや、ニュースで見たこと、文献で知ったことなど、なんでも結構です。 「日本や日本人は素晴らしい」と思ったことがあったら教えてください。 最近、多くなりすぎた「移民・難民」が世界各国で問題になっていますが、戦前戦後に日本人もいろんな国に移民として数多く渡っています。 そして、その人たちが開拓し、住んでいる街の殆どは今、治安が大変良いと地元の人に言われてるようです。 同時に、日本人は真面目で勤勉と高く評価されてるようで、少し鼻が高くなります。         ( ドイツ・ローテンブルクの入り口 )

    • 5mm2
    • 回答数15
  • 俘虜と捕虜

    第一次世界大戦の時に捕虜としたドイツ兵を人道的に扱った所として、徳島県にあった「板東俘虜収容所」があります。 ここの所長が大変情に厚かった方らしく、日本兵と同様に給料を支給したり、クリスマスパーティーを許可したり、外出は自由、アルコールもある程度入手可能にしたとの事。この時のドイツ兵が近隣の日本人にサッカーを教えたり、ビール、パンの製造法を伝授したり、絵画、西洋楽器等も教えたりして、大変交流が盛んだったと聞きました。 普通なら収容所生活など思い出したくもない忌まわしい過去のはずですが、戦後まで生き残ったドイツ兵が当時を懐かしんで小説に書いたり、日本学者、中国学者になった人もいたとか。一部は日本にとどまり、招聘されてパン会社の役員になった人までいたらしいです。そのメーカーは聞くと、今でや誰でも知っている大手のパン会社でした。 前置きが長かったですが、この時の資料、本を読んでいるとどれも彼らドイツ兵を「俘虜」と表現しています。これは「捕虜」とは何か意味合いが違ってわざとこういう表現にしているんでしょうか。または当時の古い言い方なんでしょうか。 ご存知の方、宜しくお教えください。

  • フェミニストの蔑称”フェミナチ”について

    フェミニストの蔑称”フェミナチ”についての意見です。 女尊男卑傾向の強いフェミニストを”フェミナチ”と呼ぶ人がいます。呼び方の発祥はアメリカだったような気がします。 でも僕はこの言い方は、好きではありません。 こういう言い方をすると、第二次世界大戦は全部ドイツが悪い(ホロコーストについてそう言われるのは仕方ないと思いますが)という印象を僕は受けるからです。 フェミナチという言葉のみならず、バカの一つ覚えみたいに、○○ナチとかやたらにナチスの名を使いたがる人がたまにいます。 それは、先ほども書いたように第二次世界大戦は全部ドイツに責任があるという印象を与えるので使うべきではないと思うのですが? 第二次世界大戦は、ドイツだけが悪いかというとそんなことは決してありません。 ヒトラーの台頭の背景には、イギリス、フランスの第一次大戦の戦後処理のまずさがあったのは言うまでもありませんし。イギリスなんか、ドレスデンなど無差別爆撃で民間人虐殺を繰り返してますし、ソ連だって帝政ロシアの時代に”ポグロム”というユダヤ人虐殺をやってますし、第二次大戦中は、強制移住の名の下にチェチェン人を虐殺してますし。 ドイツのみならず、日本もソ連もアメリカもイギリスもみんな悪い国だったと思います。 ですから、”フェミナチ”という言い方ではなく”クレイジーフェミニスト”という言い方のほうがいいと思います。 どうでしょうか僕の意見は?

  • 「日本はドイツの歴史教育に学びなさい」

    以前から読んでみようかなと気になっている本に、石田勇治『過去の克服―ヒトラー後のドイツ』というのがあります。ユダヤ人の大量虐殺など、血塗られたナチズムの歴史を持つドイツが、いかにしてその過去を受け止め、後世に伝えていくか、そういった戦後ドイツの歴史清算の歩みをまとめた本のようです。 私は歴史のド素人ですが、日本にも虐殺とか侵犯の歴史がありますよね(虐殺はなかった、「侵略」ではなかったという見解もあることは承知していますが、あえてこの表現をします)。その本を読んでないし、詳しい事情もわかりませんが、日本も学ぶべきところがあるのでしょうか。 つまり、小泉首相なんかが靖国神社を参拝すると、必ず日本の歴史問題が取りざたされて、中韓などの近隣諸国から「謝罪しなさい」と非難されているのを見ています。 じゃあ、日本にも歴史の清算が必要なのか、そうであるならば、日本の歴史の清算とは何か、つまりどのような条件を満たせば、近隣諸国から咎められなくなるのか、と素朴な疑問を持ったりします。その点で、ドイツの「過去の克服」は参考になるのかな、と思ったわけです。 歴史教科書問題においても、主に左翼の方から、日本はドイツの歴史教育に学べ、大量虐殺行為も行ったのだから、キッチリ清算しろ、過ちを認めて教科書に明記しろ…というようなことも言われました。 一方で、保守の方からは、日本とドイツとでは根本的に事情が異なるという反論が出ました(忘れてしまったので、どう異なるかもぜひ教えて欲しいのですが) うまくまとめられませんが、日本が歴史清算をしなければならない、という前提の上で、ドイツの歴史清算は参考になるか、なるとすればどの点か。ならないとすれば、どういう理由でか。先の石田勇治氏は、意図的に日本の問題には触れなかったようです。やっかいな問題だとは思いますが、入門程度で構いませんので、教えてください。

    • nes_
    • 回答数3
  • 容共と赤狩り(極端と思想の自由)

    戦後、容共から赤狩りになったのは、ドミノ倒しを危惧してかと思います。 アイゼンクのいうとおり、心が硬く急進的で暴走するので、ナチスも同じくヨーロッパ大陸を占領していきました。 ドイツで急進の極右の関連で強盗などがあって、連邦裁で争われることになりました。 極端なのは過激になりやすいようで、アイゼンクも暴力的になるという実験をしていると読みました。 思想の自由、あるいはよくないのなかで、極論に対してはどういう態度であるべきでしょう? ポピュリズム的で広がらないようにするのは大事かと思いますけど。 (現在の共産党はかなり当時の思想とは違うそうですけど)

    • noname#209756
    • 回答数4
  • 日本の連立の交渉はうさんくさいイメージ?

    アングロサクソンの国といわれるところは2大政党で、連立などしなかったりもします。 でも西洋の大陸の国々では、連立交渉してドイツなどは交渉次第で第一党だから政権にいるというのはかぎらないようになってます。 日本だと人脈や選挙の人気取りなどどろくさい連立という感じあるいはイメージで、それに対して理念の原理を守るになっていてかたくななというのが最近に思えるのですけど。 連立交渉というのは、政策合意がきっちりしてたら悪いものでもないように思うのですけど。 日本も戦後とは違い、現在は自公政権ですけど。 知っている範囲ですが。どういう状況なのでしょう?

    • noname#209756
    • 回答数1
  • もしも日本が三国同盟を結ばず単独で戦ったら。

    第二次世界大戦の「枢軸国」に関する質問です。 ブリタニカ国際大百科事典小項目事典の『枢軸国』の解説に ~~ 第2次世界大戦時に連合国と対立したアルバニア,ブルガリア,フィンランド,ドイツ,ハンガリー,イタリア (のちに脱落して連合国側に参加) ,日本,ルーマニア,スロバキア,スペイン,タイの諸国をさす。 1936年 10月にドイツの A.ヒトラーとイタリアの B.ムッソリーニが両国の共同行動について協定を結び,11月ムッソリーニが演説のなかで,ドイツとイタリアの提携関係をローマ・ベルリン枢軸と呼んで以後,ローマ・ベルリン枢軸という言葉が一般的に用いられるようになった。さらに 36年 11月の日独防共協定および 37年 11月の日独伊防共協定の成立によって,日独伊3国の関係についてローマ・ベルリン・東京枢軸という言葉が生れ,それ以後,第2次世界大戦中に日独伊3国側に加わった交戦国を枢軸国と呼ぶようになった。 ~~ とあるのですが、36年 11月の日独防共協定および 37年 11月の日独伊防共協定の成立によって、日独伊3国の関係についてローマ・ベルリン・東京枢軸という言葉が生れて以降、日本も「枢軸国」扱いになったとするなら、もしも日本が日独伊防共協定や日独伊三国同盟 を結ばず、他の国とも協定も同盟も結ばず、完全に単独でアメリカと戦争をしていたら、戦後日本は「枢軸国」とは呼ばれなかったのでしょうか?