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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:高島屋と三越の昔話について)
高島屋と三越の昔話について
このQ&Aのポイント
- 明治、大正時代に東京で発生した電話の敷設競争に関する逸話
- 三越が「電話番号 一番」を手に入れ、高島屋は「電話番号 三番」に敗れるも、巧妙な策略で一番を手に入れる
- バスガイドさんから聞かれたという逸話で、同じ話を知っている方の経験談を募集
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noname#99985
回答No.2
う~ん、私もどこかで聞いたことがあるのですが、 話の出所を思い出せません^^; 私の場合、バスガイドさんではないです。 すごく気になる~! 回答にならずごめんなさい。 因みに私は35歳、よく日本橋三越と高島屋に買い物に行っています。 どこで聞いたんだろう?
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noname#104909
回答No.1
電話の開通は明治32年 ダイヤル1番は東京府庁、2番は逓信省、3番は司法省です。 一般には全く復旧せず、商人を集め説明会を開いたが 商売は対面販売でそんなものは不要とされた、 商売で電話を引くようになったのはずっと後で 遺族の家庭からの普及が先でした。
質問者
お礼
ご回答ありがとうございます。
お礼
ご回答ありがとうございます。 あなたも聞いたことあるんですね 私もどこで聞いたのか覚えていませんが聞いた記憶があります。 もしかしたら冗談話として出回っている話なのかもしれませんね。