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- 長文:「同意」以外を受け入れない母について
先日、母と喧嘩になりました。 滅多に喧嘩はしないのですが、かなり言い合いになりました。 母は、基本的に自分の意見が正しいと思っている人で、違う意見は聞き入れません。 また、過去の事なども、都合のいいように言い換えて、自分の不幸はすべて人のせいだったことにします。 そして、他人の口頭から出た言葉だけが、本心だと思い込みます。 さらに、自分の人生で得た経験だけで物を判断し、短絡的に結びつけて思い込みます。 20歳くらいまでは、私も母の言う事が正しいと思っていましたが、大人になって行くにつれて 母のそういう性格を知り、現在は反面教師だと思っています。 先日の喧嘩の発端は、震災のことでした。 津波で壊滅した地域で、もう人が住めない場所なのに、そこに残りたいと言う地元住民は低脳なやつらだと、母が言いました。そういう事を言う人なので、何も絡む必要もなかったのですが、私も少しイライラしていて、「地元が津波でやられても、そこで産業があったり自分の土地があれば、残りたいっていうのも、わからんではないよ」と、私は言いました。 そこからヒートアップです。 「地元に愛着があるなんて、信じられないバカじゃん」「住民が嫌だっていうから、復興が出来ないんじゃないか」「全部土地を政府が直して、それなりの活用をすればいい」「政府が補償して、強行に計画を進めて、さっさとどっかへ移り住ませればいい」「もうそこで仕事だってないってのに、住民のせいで復興出来ない」 ざっと、簡単に言えば、これが母の意見です。 私は「地元に愛着があるないなんて、個人の自由だ」「反対もしないで素直に地元を離れるなんて、出来ないのも分かる」「土地を直して、何にするのかだって、住民にとっては重要で、それによっては大事な土地を離したくないのも分かる」「政府が強行して、やればいいなんて、そんなの独裁と変わらない、その土地全ての住民の同意を得るのは容易じゃない。4ヶ月で完了して計画に移れるわけない」「そういう被災者を低脳で、彼らのせいで復興出来ないというのはおかしい」 というような意見を返しました。 母は、上記の自分の考えに対して、同意するのが当然だと思っているので 「あたしは自分の考えを言っただけじゃないかよ!なんであんたに否定されなきゃならないの!」 と怒りました。 私も、自分の意見を言っただけで、世の中違う意見の人だっているんだから、全部同意はできないし、否定もしてないと返事をしました。 そこからは、話が逸れ、複雑な家庭ですので幼少期の話などに移ったのですが 私もヒートアップして、いままでずっと思っていたけど言わなかった事を言いました。 母が、自分のセンスじゃない服をあたしが着ていたら、「うわ、趣味悪い。ババァみたいな服」などと、日常的に言ってきたので、今でも私は、母が好みそうな柄の服ばかりを選ぶ事や 私が反対意見などを言うと「あんたは、昔からやさしさが無い人間だ。あたしは最初からそう思ってた」など、人格をけなされるような事を言われ、人が口から言った言葉だけを真実だと思いこむ事で、人を見下すこと 何でも自分の経験で、早合点して決めつけること、人の話を最後まで聞かずに結論を出すこと とにかく、色々な事を言い合いました。 「あぁ、そうかい。あたしは要らない人間だってことが良く分かったから、これから死ぬか生きるか考えるよ」 と、母が言うので(自殺したい願望は前から無い事はないので、冗談に聞こえません) 「自分が自殺して、はいおしまい。そんなのは勝手すぎる。あたしの言葉で自殺をして、あたしが一生悩んで後悔して生きれば、それで万事OKなのか」 と、私も言いました。 すると、自殺をするのはあたしの勝手だし、泣く必要もないし、後悔する必要もない。そんなもん、勝手に死んだ人間に対して、泣いたり後悔するほうがおかしいんだ。 というような事を言っていました。 それに対して私もも色々意見を言ったのですが、最終的には 母が、あたしはどうせ変わりもんだからね、どうせ。勝手にやらせてもらうよ。 みたいな感じになり、私は時間もあったので帰りました。 とてもがっかりしてしまって、私にもあの遺伝子が流れているのかと思うと 自分をコントロールする自信が無くなります。 遺伝子が・・というのは、母が忌み嫌い続けた母の両親のことにあります。 祖父は自分の意見が世界で一番正しく、自分以外はみんなバカだという人です。 祖母は返事の仕方に気をつけないと、すぐにへそを曲げて、どうせあたしなんて。という人です。 それが、母が両親を嫌いな理由として挙げていたのです。 まったく、同じ所がそっくりだと思うのです。 私は、あぁいう人の気持ちを考える事が出来ない人にはなりたくないし 暴言で、子供を傷つけても自分をフォローしかしない人にはなりたくありません。 でも私も、母と同じ血が流れているので、激昂したときに、とんでもない言葉で人を傷つけるのではないかと、怖いですし、娘にもその遺伝子を残してしまったのかとさえ思いました。 それから、母からの連絡はありませんし、私からもしていません。 これから、どういう付き合いをしていくべきなのかと、悩んで居ます。 これまで通りに、普通でいるのがいいのか でも、私は同意以外を許さない母に、いつも同意してきたと、喧嘩のときに言いました。 これまで通りには、あちらは話を出来ないと思います。 距離を置いたほうがいいのかとも、考えて居ますが 一人身の母ですから、やはり心配だし、今回のことで傷ついているはずなので 滅多な気を起したらどうしようかと、思って居ます。 相談できる人もいないので、ここで相談させて頂きました。 何か、思うことがあれば、ご回答いただければうれしいです。 長文をお読み頂き、ありがとうございました。
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- yuzuchan21
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- 欲の強い彼とどうすればうまく付き合っていけるか
長文ですのでお時間に余裕のある方推奨です。 いろんな方の意見をお聞きしたいです。 独占欲や性欲が強い彼に困っています。 彼は20代後半、私は20代半ばです。 最近付き合い始め、彼はどうやら結婚も考えているようです。年齢的に焦っていると本人も言っておりました。 彼と私は同じ職場なのですが、職場では男性8に対し、女性2の割合。必然的に男性と話す機会が(もちろん業務内容です)出てくるのですが、それを私が愛想よく返すのをよく思っていないらしく、頻繁に怒られます。 笑って話しているのを見ると、私語してる暇があったら働けよといった内容の電話をかけてくることも少なくないです。 私の職場は服装が自由な職場で、私自身が洋服が好きなのと体質の関係もあり(アトピーや女性器官関連です)、ほぼ膝上のスカートかショートパンツだったのですが彼は仕事にスカートで来るなんて本来なら許されない(職務規程にそのような記載はありませんでしたので知りませんでした)そんなに男を誘惑して何がしたいのか。パンツスタイルか、せめて膝丈のスカートにしろと言われました。今は手持ちの服はほぼ処分し、彼の許可を得たスカート(彼が買ってくれました)とスキニーで仕事をしています。 アトピーが悪化したときや、女性器官の調子が悪い時にはやむを得ずスカートを履くといったスタンスなのですが彼に頂いたスカートを履いてもやはり心配なのかその日一日ずっとスカートなんだから立ち回りに気をつけて、男の傍に寄らないでと言い続けます。 服が好きなので制限されるのはとても辛かったのですが、まあ確かに一般的に仕事にスカートはあまりよろしくないか、と思い自分を納得させています。 ここまでは私のことを心配している、大事にされているんだと自分を納得させることが出来るのですが 休みの日も彼と一緒なので(断れません)自分の着たい服が着れないことがやはりかなり苦痛になってきています。(それを伝えるとまた男を誘惑して~の話になるので)彼自身も女性に対してそういう視線を送っているんだろうかと思うと気持ち悪くもあります。 又、私が生理の時や体調不良の時も彼は行為を求めてくるのでやめてほしいと伝えると、自分でも止められないので全力で拒否してくれと言われました(男性の力には到底適わない+運良く拒否できた時にはそんなに本気で断られると男としての自信が~と言っていました) 一度別件で喧嘩した際に、ついでだと思い体調不良の時まで求めてくるってどうなの?私がいいというまで行為を禁止します。という内容のメールを送りました。(丁度不正出血と下腹部の痛みで辛かったのでいい機会だと思っていました) 最初は承諾してくれたものの、結局は期間を待たず(確かその話から3日目くらいに)行為に及び挙げ句、いつでも君の気分次第で行為が出来るか出来ないかが決まるのか、これから行為を禁止することが幾度となく繰り返されるのであれば悪いけれど君と続けてはいけない。と言われてしまい、数ヶ月前のことながらその言葉が深く胸に刺さっております。 こんなに好きになったのは君が初めてだ、結婚したい等言っているこの言葉達はいったい…と複雑な心境です。 彼は特別性欲が強いので歯止めがきかないんだなと自分を納得させる毎日ですがこの度とうとう心の病院のお世話になってしまいました 私としては好きだから我慢できる、好きだから信頼できる それが愛だと思っていたのですが彼としては好きだから我慢できない、好きだから心配なのだと譲らない現状です。 経験上、付き合ってから相手を好きになることが出来るのでまだ好きになりきれてない今、別れを決意するのにはとても躊躇しています。 付き合っていれば変わってくれるんじゃないかという期待もあり(彼も変わると言っていますし)今のところ別れは考えていません。 あまりにも彼が理詰めで返してくるものですからやはり私が間違っているのではと思い始めています。 私は決して胸元が大きくあいた服や、ボディラインのくっきりと出る服を着ていたわけではなくガーリー系と言えば伝わりますでしょうか、ふわっとした服を好んで着ていたのですがやはり男性としては恋人のファッションは許容できないものでしょうか?相手を好きであればあるほど性欲は我慢出来ないものなのでしょうか? こういったタイプの男性とうまくいっている方は彼に対しどういった対応をしているのでしょうか?
- 公務員と、私(試験受験中)の将来が不安です。
24歳、男です。よろしくお願い致します。 私の家族は全員公的機関でしか働いた経験がなく、幼いころより「公務員になれ、公務員じゃなきゃ人じゃない」という価値観を刷り込まれて育ちました。 そうした価値観に一度は納得できずに、借金をして就職したのですが、結局うまくいかずに地元に帰り、半年間受験勉強するという経過を経て、なんとか一次試験の筆記を通り、現在面接試験の結果待ちです(以前、私の悩みに回答して頂いた皆様には感謝しております)。 ですが一方で、かねてから公務員になることへの虚無感と、公務員になった場合、地域社会とのいびつな繋がりのなかで、いかにして役割を果たせるかという点で、不安を感じています。 以降、少々長文になりますが、いろんな世代の方に自由な意見を頂ければと考えています。不快に感じる方もおられるかもしれませんが、なにとぞよろしくお願い致します。 不安の原因は大きく二つあります。 第一に、地域社会や家庭のなかで、病的なまでに、世間体を気にする風習が根付いているという点です。とりわけ地方近郊、田舎における、若い世代の風当たりはひどいの一言です。 まず、名の知れた企業か、公務員にならなければ、たとえ働き口があっても地域社会から排除されます。 事実として、中学、高校生時代の同級生は全員県外にでて、ほとんど音信不通の状態です。連絡のとれた友人も、県内の工場や農業に携わろうとしたけど、「みっともない」との家庭の評価で、地元を出ることを余儀なくなった奴が大半です。 わたしの場合も実家に帰れず、(職の就いていないお前を家に置くわけにはいかないといわれた。実質見栄、世間体)高校、大学生が住む学生寮に24の歳で強制的に入らされ、バイトをすることも外出することも許されず、囚人のような生活を送ることを余儀なくしています。公務員にならないと、実家に帰れません。 こうした実感から、将来公務員として、家庭と地域社会のなかで蔓延する、打算と、見栄と、僻みのなかで、いかに意欲的に意義を見出して働けるか悩んでいます。 第二に、表面的には「公務員=安定」という価値観を若年者に押しつける一方で、若年者の将来については何も考えておらず、いびつな関係のもとで老獪に公的機関や公務員を破滅させようとしている点です。 公務員は、一般的に景気の悪いときは僻まれ、景気の良いときは馬鹿にされます。原因としては、公務員の給料が税金以上に、実質多額の借金で賄われているという点にあると考えます。こうした給与体系を30年、40年維持していけるとはとても思えず、[公務員=安定」とは言えません。本質的には家庭の声として、「俺らが死ぬまで金のなる木になってくれ。あとは知らん」といっているように聞こえます。ですが、そうと知りながら、親や周囲に認められるために頑張るしかないのです。 また、別の観点として、行政や警察など、公的機関の施策やサービスが、心理的な要因によって効果が妨げられているといった実体が挙げられます。 たとえば雇用対策として就農者支援の施策を進める場合、地域農家の理解を得るのに大きな障害が存在します。具体的には公務員との収入格差から来る心理的抵抗です。実態として、すでに、地域の農家の年収と、一年目に入った公務員の年収との間には大きな開きがあります。 いくら「地域の目線に立って」行動しても、強烈な僻みと敵意が向けられます。ですが、農家の収支のほうが個人単位であるため、収入としてははるかに健全であり、潜在的に公務員は莫大な借金とリスクを背負っています。リストラされた公務員が一般企業で再雇用される間口はほとんどありません。 地域社会のおかしな色眼鏡に振り回され、周囲の期待に応えて、公務員として、緩やかな死を遂げる自分の将来が目に浮かびます。 ですが、そうと分かっていても希望を持って生きていくしかありません。私の場合、「公務員になれ」という肉の芽が頭に根を張っているため、公務員として生きる以外に道はありません。人はだれでも、周囲の承認を得なければ生きていけません。あくまで個人的知見ですが、私を含め、若い者は家族や地域社会の期待に応えるために必死なのです。 たとえ、その要求が理不尽で、エゴで、レベルの高すぎるものだとしても。 たとえ公務員という存在が、将来淘汰されるとしても、地域の住民のために自治体職員として、雇用、社会保障、街づくりなど、多様な分野で抱える問題の解決に力を尽くしたいと思います。 以上が私の環境と、抱えている悩みと意気込みです。 こうした考えをもつ、今は一介のニートにすぎませんが、なにか一言、皆様それぞれの視点から、今後のアドバイスをいただければと存じます。 どんな御意見でもかまいません。皆様の多様な意見を咀嚼し、今後の人生の糧としたいと存じます。何卒、宜しくお願い致します。
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- 社会・職場
- niku-danngo
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- 結婚に消極的な彼(過去に婚約破棄経験あり)について困っています
結婚について消極的な彼(交際して1年半です)について悩んでいます。 彼は、婚約破棄を経験しており結婚について相当デメリットを感じています。 彼と元彼女は婚約を期に同棲を開始したものの、生活してみてお互いがすれ違い、かなり揉めて別れたようです。 彼からの話を聞くと(一方的なのは承知していますが) ・自分(彼)の給料は彼女に全額渡し、そこから小遣いを貰っていた。 ・小遣いが足りなくなると、彼女に頼み込んで小遣いを貰うが文句を言われ辛かった。 ・家事をあまりやってくれなかった。 ・彼女が稼いだお金(共働き)はほとんど彼女自身の趣味・買い物に使っていて不満だった。 ・彼女の両親が頻繁に新居に顔を出し、住む場所等色々と口出しをしていた。 ・わがままな部分も可愛いと思って婚約したが、わがまますぎた・・・。 と言っていました。元彼女は、彼の意見より彼女の両親の意見を尊重していたようです。 それから、自分自身、一人で暮らせるくらいの家事は出来るし、 周りの既婚者の話を聞いても結婚して幸せ!!という話は聞かない。 また、自分が「ほぼ事実婚」生活をしてみて、上記のような感じで辛かったので、 結婚のメリットは感じられないようです。 また、話していて「好きだから○○(私)と一緒にいたいけれど、絶対にこの子(私)しかいない!!とまでは、まだ正直思えていない。 この先○○よりいい人には出会わないだろうなと思うし、いい奥さんになってくれそうだなとは思うんだけれど・・・悩む」 「結婚して上手くやっていくには、妻にはこの子しかあり得ない!とまで思わないといけないのかな?」 と言われました。「誤解しないでほしいけど、別れたくはない」と付け足されました。 前の彼女とは若かったこともあり、結婚のメリットデメリットを意識しないで勢いで婚約したとのことです。 また、わがままが可愛く言えるタイプでいい意味でも悪い意味でも振り回されたようです。 その婚約がダメになって、結婚には二人の金銭感覚、生活の仕方、 お互いの両親の関係など複合的な要因を慎重に見ないといけないと感じたようです。 前の彼女とはその辺りを全く話し合わなかったと言っていました。 実際、彼と付き合っていて私の金銭感覚や思いやりなどは見られているなと感じたことはあります。 私自身も冷静な性格の部類に入ると思っていましたが、彼は色々なことに対して更に冷静です。 よく男性の意見で「結婚したいって思った時(仕事等落ち着いた時)に付き合ってたのが今の奥さん」 との話を聞きますが、そのようなものなのでしょうか。 それは、実際に婚約破棄などで心に傷?を負った経験を持つ人でも同じなのでしょうか。 彼にとって私は「自由を捨てても金銭的に辛くても構わない!結婚したい!」 と思える存在では無いんだろうなと感じ、ちょっとしんどくなりました。 私自身、彼とも結婚したいですが一生独身で過ごす気は全くないので、彼が無理なら他にも視野を広げたいです。 彼からは、「お付き合いが今のところ順調で、最近○○(私)との結婚が自分の中で急に現実味を帯びてきた。 考えることが多くなった。そのため、ふと冷静になりこのまま進んでいいのか!? 本当に大丈夫か!?この子しかいない!!とまで言えない気が・・・??」と自問自答しているので、 これからしばらく時間をかけてお互い深く結婚について話していきたいと言われ、 先日、話し合いました。その中で私が ・元彼女と私は、全く違うし(当然ですが)結婚生活を円滑に進めるよう自分も努力する。 ・家族の絆は、結婚してからだんだん造られていくものだと思う。 ・「この人しかいない!」とまで思えなくても、この人となら幸せに過ごせそうかなという穏やかな気持ちがあればいいと思っている。 などを伝えました。とりあえず話し合いの終わりに、彼から 「結婚について前よりも前向きになった。今回話し合えて本当によかった。またこれからも話をしていきたい」と言われました。 このように言われたものの、何となく気分が晴れません。何か、私が彼をムリヤリ引っ張ったら嫌ですし・・・。 彼はもともと一人の時間が好きなタイプです。 それから、「とりあえず結婚にはお金がいるし、資金を貯めながら将来どうするか考えていこうと思っている」 と2ヶ月ほど前に言われたことがあります。 このような彼をもつ(持っていた)女性の方、または彼の気持ちが分かるといわれる方、 私はどのような事に気をつけていったらいいのでしょうか。 今まで私から結婚の話題を出したことはなく、毎回彼から話をふってきます。 それとも、「こいつしか考えられない!!デメリット関係なく結婚したい!!」と思われていないこと事態致命的なのでしょうか。 ご意見を伺いたいです。
- ベストアンサー
- 恋愛相談
- wind-allow
- 回答数9
- 義母に対してイライラしてしまう
こんにちは。8歳と3歳の子を持つ32歳の主婦です。 自分の感情がよくわからず、悩んでいるので相談させてください。 私の義母は、主人が物心つく前から祖父母に主人を預けて働いていたそうです。主人いわく、幼少期に母親との思い出があまりなく、思い浮かぶのはおばあちゃんとの思い出ばかりだそうです。 30半ばになった今も、母親に対してどこか遠慮がちでよそよそしい感じがします。主人には妹がいますが、妹もそんな感じです。でも、二人ともすごく優しく両親想いです。 義母は社交的な性格で、嫁である私にも気さくに接してくれるので、私も主人がいなくても子供を連れて遊びに行きますし、義母のことは好きです。 今年60になるのですが、とても若々しくきれいで、仕事もバリバリこなしているので女性としても尊敬しています。 しかし、育児に関してはどうなの??と思う点がところどころあり、最近では、自分に余裕がないからか義母にたいしてイライラするようになってしまっています。 私は、3歳までは自分の手で子供を見たいという思いが独身のころからありましたので、未就園児の年齢で保育園に入園させてまで働こうとは思っていなかったし、結婚前から義母がバリバリ働いていることは知っていたので、義母に子供を預けて働こうなんて気もまったくありませんでしたので、義母が現役でバリバリ働いていることはなんとも思ってはいませんでした。 しかし、このご時世、主人の稼ぎだけでは正直きついところもありまして、切り詰めれば生活はできるものの、レジャー費や娯楽費がまったくでない、生活に楽しみがない。 子供が一人増えること、子供が成長することで出費が増えることを甘くみての結果です。うちの家計では子供を二人持つべきではなかったのかもしれませんが、時すでに遅し。(もちろん、子供ができたことに対する後悔はまったくありません。家計だけで考えた場合の話です) それで、やむを得ず保育園入所を考えたのですが、保育料の高いこと!!お金に余裕がなく働こうと思っているのに、とても出せる金額ではありません。それに、どのみち保育園に未満児を預かる空きもなく待機児童になると言われました。 そこで、内職をみつけ、家事・育児・仕事をするようになりました。なんとか3年目に突入しましたが(下が5ヶ月から始めました)、下が入園を目前にした今が一番辛く(昼寝をしてくれなくなったので、昼間に仕事ができない)睡眠もとれずイライラしてしまいます。 そして、そのイライラが義母にむいてしまいます・・・ 「義母が自分がしてもらったように、孫の子守をしてくれれば、私がこんなに苦労することはないのに」 自分の手で育児をしたいと願っているのは自分なのに、そんな考えが頭をよぎってしまうのです。 育児経験のない義母より、私の方が育児に関しては優れている自信はあります。 わが子が、みずぼうそうやおたふくになった記憶もないという母親です。主人の幼少期のことを聞いてもさっぱり記憶にないと言う母親です。 私は、ずっとそばで子供を見てきて、初めて歩いた、初めて熱を出した、初めて話した・・いろんな子供の初めてを一番乗りに体験でき、子供からの愛情も感じ、本当に母親になれた喜び、必要とされている喜びに幸せを感じています。 そんな経験を十分にできていないであろう義母より、私の方が育児に関しては幸せだと言えると思うのに・・。なのに、心がもやもや晴れない。 損得勘定で考えること自体が間違っていますが、どうしても義母が得をしている気がして・・・今も金銭的に余裕があり、今日はあそこへランチ、先週はあそこへランチへ行った♪と話している義母のことも、「いいですね~」といいつつむかついてしょうがない。そんなにしょっちゅう娯楽の時間が持てるならその一日くらい孫の面倒みようって気にならないのか??と・・・ ちなみに、子供に対してはまったくイライラしないです。わがまま言っても、ダダをこねられても、子供だから、まだ気持ちをコントロールできないのだから仕方がないなって感じで気持ちにも余裕はあります。もちろん、怒ってしまうことはありますが(叱るではなく感情で怒る)すぐに気持ちを切り替えて、諭すことができていると思います。 主人も育児には協力的で、私の苦労も理解してくれ、自分が休みの日には子供を一人で見てくれ、私に自由な時間も与えてくれます。 私は、育児をしながら、息抜きもしっかりできていると思います。 何が不満なのか・・・なにを望んでいるのか・・・自分でもよくわかりません。 ただ、単純に義母との育児に関する考え方の相違から来ているイライラなのでしょうか? 義母とは、変わらずいい関係を築いていきたいのです。しかし、日に日に募る義母に対するイライラが、そのうち爆発して関係を壊してしまうのではないかと不安です。 この心のもやもやがなんなのか・・・心が晴れる日が来るのか・・・ 長文を読んでいただき、ありがとうございました。なにかご助言いただけると幸いです。
- コインキデンチア・オッポシトールム
・ coincidentia oppositorum ・ coincidence( unity ) of opposites ・ 対立物の一致(合一・統一) これは 有るは無いであり 無いは有るだと言い 善は悪であり 悪は善であるというような内容を持つ命題だと思いますが それは 所謂る《神のもとにおいて成り立つ》かも知れないとしても 実際に経験現実と成りましょうか? これが 問いです。 この命題は 調べてみますと すでに古代ギリシャの哲学に現われており インドや道教などにも見られると言います。 中で 次のような情報をこの質問のたたき台を述べるためのたたき台とします。 ▲(ヰキぺ:ニコラウス・クザーヌス) ~~~ ( a ) クザーヌスによれば神の本質は、あらゆる対立の統一=反対者の一致である。 ( b ) 無限の中では極大と極小(神と被造物)が一致する。 ( c ) すべての被造物は神の映しであり、それぞれの独自な個性を持ちながらも、相互に調和している。 ( d ) 中でも人間は自覚的に神を映し出す優れた存在であり、認識の最終段階においては神との合一が可能であるという。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ ( d )については すでに【Q:ひとは カミの似像である】で問い求めました。《フラクタル構造》を成すのではないかという回答を得て これを一つの結論としました。 ただし ▲ 認識の最終段階においては神との合一が可能であるという。 ☆ とは わたくしは 捉えていません。人と神とのあいだには へだたりがあると見ています。 ( c )の前半すなわち《すべての被造物は神の映しであり、それぞれの独自な個性を持ちながらも》については ( d )と同じようであり そのとおりだと見ます。ただし 後半の ▲ それぞれの独自な個性を持ちながらも、相互に調和している。 ☆ については 疑問を持ちます。《相互に調和している》のは 神の目から見てであろうと考えますが いまさきほど述べたように《神と人とのあいだには へだたりがある》と見ますので その《調和している状態》を人が見ることはむつかしい。こう考えます。 ですから すでに 《対立物の一致》は 人間にとっては 見ることが出来ないであろうというここでの問いになっています。すなわち ( b )も《極大と極小(神と被造物)が一致する》のは ▲ 無限の中では ☆ ということであり すなわち《神の目から見て》なのだと捉えます。すなわち( a )につながります。 * たとえば (α) 坂道は 上りと下りとが互いに対立するかのごとくあるが 道として一致している。 といった説明には従えません。気持ちや能力が上がるのと下がるのとを例に取れば その対立状態にあることをないがしろにすることは出来ません。 (β) 有ると無い あるいは生と死 あるいは善と悪とは 神のもとで互いに違いがない。 と言ってもその《神のもとで》という条件は 人間にはただその想像においてしか分からない。つまり 現実においては 対立しつづけている。 * あるいは いわゆる弁証法過程として この命題を肯定する場合があります。すなわち (γ) 対立物の統一なる命題を解く鍵は 時間過程にある。自然の事象をも含めて 人間の社会と歴史は その時間的な行為とその錯綜関係として成る。ゆえに時間が解決する。(縁起共生?) これは 一般に (γ‐1) 矛盾する対立物が互いに闘争することをつうじて 新たなより高い次元においてそれぞれが変わった状態となり互いに調和を見い出すということだ。 とすると そういう場合には その中間の過程やそこにおける闘争が 人間にとっての人生であり現実だということになります。果たしてそうか? それ以外に 《和》はないのか? またもしその (γ‐2) 《中間の闘争過程》は やがて社会における所謂る格差の問題が適宜に根本的に解決されたなら 対立物の統一がその限りで完全に成った状態が出現する。 といった《いまの闘争の勝利の暁には》というかたちの《統一》理論には 与し得ません。《神の目から見て / 無限のもとで》という条件よりもわるいと考えます。それは 《人間が――つまり ヒトが生物として――変わる》と言っているのであり そのことだけを言っていればまだしも それが必ずや未来には社会全体として実現するといった展望を立てるのは お呼びでありません。仮りにそのことがほんとうだとしても 実際にその芽が出て来て兆しが現われたときに言い始めても遅くはないと考えます。 * この対立物の一致なる命題は 西田幾太郎にも影響をあたえたようで (δ) 絶対矛盾的自己同一 という表現として打ち出されたそうです。 このとき ここでは 形而上学として分かるなどとすら言わないで 次のようにたたき台を立てて問います。 (ε) いやいや 有るは有る 無いは無いだ。善はそれとして善であるが 悪は飽くまで悪であり 主観としてだが心の思いや判断としての善なる要素が欠けている。それらの対立する二項は 互いに相容れないのが 現実である。 とです。この問いを自由に大胆におしすすめていただければ さいわいに存じます。よろしくどうぞ。
- コインキデンチア・オッポシトールム
・ coincidentia oppositorum ・ coincidence( unity ) of opposites ・ 対立物の一致(合一・統一) これは 有るは無いであり 無いは有るだと言い 善は悪であり 悪は善であるというような内容を持つ命題だと思いますが それは 所謂る《神のもとにおいて成り立つ》かも知れないとしても 実際に経験現実と成りましょうか? これが 問いです。 この命題は 調べてみますと すでに古代ギリシャの哲学に現われており インドや道教などにも見られると言います。 中で 次のような情報をこの質問のたたき台を述べるためのたたき台とします。 ▲(ヰキぺ:ニコラウス・クザーヌス) ~~~ ( a ) クザーヌスによれば神の本質は、あらゆる対立の統一=反対者の一致である。 ( b ) 無限の中では極大と極小(神と被造物)が一致する。 ( c ) すべての被造物は神の映しであり、それぞれの独自な個性を持ちながらも、相互に調和している。 ( d ) 中でも人間は自覚的に神を映し出す優れた存在であり、認識の最終段階においては神との合一が可能であるという。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ ( d )については すでに【Q:ひとは カミの似像である】で問い求めました。《フラクタル構造》を成すのではないかという回答を得て これを一つの結論としました。 ただし ▲ 認識の最終段階においては神との合一が可能であるという。 ☆ とは わたくしは 捉えていません。人と神とのあいだには へだたりがあると見ています。 ( c )の前半すなわち《すべての被造物は神の映しであり、それぞれの独自な個性を持ちながらも》については ( d )と同じようであり そのとおりだと見ます。ただし 後半の ▲ それぞれの独自な個性を持ちながらも、相互に調和している。 ☆ については 疑問を持ちます。《相互に調和している》のは 神の目から見てであろうと考えますが いまさきほど述べたように《神と人とのあいだには へだたりがある》と見ますので その《調和している状態》を人が見ることはむつかしい。こう考えます。 ですから すでに 《対立物の一致》は 人間にとっては 見ることが出来ないであろうというここでの問いになっています。すなわち ( b )も《極大と極小(神と被造物)が一致する》のは ▲ 無限の中では ☆ ということであり すなわち《神の目から見て》なのだと捉えます。すなわち( a )につながります。 * たとえば (α) 坂道は 上りと下りとが互いに対立するかのごとくあるが 道として一致している。 といった説明には従えません。気持ちや能力が上がるのと下がるのとを例に取れば その対立状態にあることをないがしろにすることは出来ません。 (β) 有ると無い あるいは生と死 あるいは善と悪とは 神のもとで互いに違いがない。 と言ってもその《神のもとで》という条件は 人間にはただその想像においてしか分からない。つまり 現実においては 対立しつづけている。 * あるいは いわゆる弁証法過程として この命題を肯定する場合があります。すなわち (γ) 対立物の統一なる命題を解く鍵は 時間過程にある。自然の事象をも含めて 人間の社会と歴史は その時間的な行為とその錯綜関係として成る。ゆえに時間が解決する。(縁起共生?) これは 一般に (γ‐1) 矛盾する対立物が互いに闘争することをつうじて 新たなより高い次元においてそれぞれが変わった状態となり互いに調和を見い出すということだ。 とすると そういう場合には その中間の過程やそこにおける闘争が 人間にとっての人生であり現実だということになります。果たしてそうか? それ以外に 《和》はないのか? またもしその (γ‐2) 《中間の闘争過程》は やがて社会における所謂る格差の問題が適宜に根本的に解決されたなら 対立物の統一がその限りで完全に成った状態が出現する。 といった《いまの闘争の勝利の暁には》というかたちの《統一》理論には 与し得ません。《神の目から見て / 無限のもとで》という条件よりもわるいと考えます。それは 《人間が――つまり ヒトが生物として――変わる》と言っているのであり そのことだけを言っていればまだしも それが必ずや未来には社会全体として実現するといった展望を立てるのは お呼びでありません。仮りにそのことがほんとうだとしても 実際にその芽が出て来て兆しが現われたときに言い始めても遅くはないと考えます。 * この対立物の一致なる命題は 西田幾太郎にも影響をあたえたようで (δ) 絶対矛盾的自己同一 という表現として打ち出されたそうです。 このとき ここでは 形而上学として分かるなどとすら言わないで 次のようにたたき台を立てて問います。 (ε) いやいや 有るは有る 無いは無いだ。善はそれとして善であるが 悪は飽くまで悪であり 主観としてだが心の思いや判断としての善なる要素が欠けている。それらの対立する二項は 互いに相容れないのが 現実である。 とです。この問いを自由に大胆におしすすめていただければ さいわいに存じます。よろしくどうぞ。
- 外国人との結婚の手続きと結婚後のお財布事情について
同じような経験を持っている方に、アドバイスをいただければ幸いです。 おつきあいして丸2年になる外国人の恋人(40代前半、日本在住歴10年以上、東南アジアの出身、日本語はかなり話せるほう)と、結婚を考えております。 日本で結婚を考えており、彼が私の配偶者ビザをとる予定ですが(まだこの辺の手続きについてはまだ詳しく調べていません。すみません)、その際に、これまでの彼の日本在住中の経歴などをかなり細かく調べられたり、審査が厳しかったりするのでしょうか(質問(1))? 彼は、今まで留学生ビザや文化活動ビザで日本で暮らしていました。在留資格としては今まで何の問題もないです。経済的な面では、奨学金をもらえたり、幸運にも実家や親せき知り合いの援助があったり、母国でサラリーマンをしていたときの貯金などのおかげで、細々とではありますがそれなりの生活をしてこれました。博士課程までとっていますが、研究職には就ける見込みはまずなさそうです。本人も、もうそっちの道にはそろそろ見切りをつけたいようです。(ちなみに私との結婚は日本にいるための手段とかではありません。信頼関係はあります。) 質問(2)(国際結婚とは関係がない話ですが)子育て(子供が自立するまで)には最低限どのくらいのお金がかかるのでしょうか。もちろん予定通りにいいくことはないでしょうが。。大体。 私と結婚するにあたり、配偶者ビザを取った後、就労許可を得て日本にある華僑系の旅行会社でガイドとして働く予定で、今就職先と話が進んでおります。待遇はおそらく契約社員のようなかたちです。 普通に日本の会社で働くには、年齢的なことと、彼自身の日本語の能力では足りないように思っているようです(日本語の理解力はかなりありますが、発音がわかりにくい、早口、間違って覚えたくせが多すぎるなど)。 私は30代前半で、契約社員として働いており、年収は150万円くらいです。修士課程を終えており、学生期間が長かったことと、田舎暮らしには必須の車のローンや維持費、生活費、冠婚葬祭で貯金はほとんどありません。彼が配偶者として就労許可を得た場合、その華僑系の会社では福利厚生面での厚遇(扶養家族の手当、厚生年金など)はいっさいありません。家族からの援助も当然もう頼めません。給料は、基本給というかたちではなく完全歩合制です。年収は300万円前後で、さがることはあっても上がる見込みはなさそうです。 私は一般的な家庭にかかるお金がどれくならいかあまり知らないのですが、子育てから老後の生活までのライフプランの見通しがかなり不安です。 私は子供が絶対にほしく、可能であれば二人は欲しいです(経済的なことを考えると一人がやっとなのは承知していますが、理想として。子供への執着はできるだけ抑えていますが、どうしても、という思いが強いです。流産したことがあるので、産めない身体ではないと思います)。 ですが、今彼と都市部で二人暮らし、私の実家は遠すぎて子供ができても親は頼れません。 質問(3) お財布の管理の仕方に違いがある場合は、うまくいかないのでしょうか。 彼は、夫婦になっても財布は別々だそうです。今のところ生活費は彼がほとんど出してくれますが、なぜ別々にしたいのか、私には理解に苦しみます。彼の国ではそれがあたりまえだそうです。私には、家族になっても、自分の自由のためなのか、財布をにぎりたいという人の気持ちがよくわかりません。いろいろと相談せずに、一人で決めたいということでしょうか? 私は、自分の財布は旦那に預けてもいいです。ただ、収支をある程度教えてくれて、私の要望もある程度は尊重してくれるならですが。彼が、はじめから「女性はわがままな生き物。財布を渡すと傲慢になる」と考えているようなので、悲しいです。たぶん、子供の習い事や旅行などにお金を使いたくないのでしょう。衣食住足りていればいいという考えなので。私も高望みしているわけではありません。結婚式も新婚旅行も婚約指輪もないと思います。ですが、4年に1回くらい、海外旅行に行きたいという夢があります。でも、自分の夢の話をすると不機嫌になるのでだまっています。もちろん子供ができて自分の夢がかなわなくなるのは仕方ないとは思っています。なんだか、この問題を解決しないうちは結婚しない方がいいような気がしてきました。彼は普段は寛容ですが、お金の使い道に関しては、かなり私とずれていると思います。 ここまで読んでいただいた方、もしご都合がよければご意見お待ちしております。お願いします。
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- その他(結婚)
- noname#216899
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- 人が 人のあやまちを赦すことができるか?
この問いをなお問います。 1. まづ前身の質問の趣旨説明をかかげます。 ひとつには けっきょく世界との和解にかかわっているものと考えます。 言いかえると おのれの存在について心からやわらいでいるかどうか にかかわるであろうと。 その意味は こうです。 人は 人のあやまちを赦すことも赦さないことも出来ない。 分かりやすく言えば 赦す資格も能力も じつは人は持ち合わせていないのだ。 ということは 赦さない能力も資格もまったくない。 では あやまちをこうむった人間に出来ることは何か? そのあやまちについて あやまちであることを経験合理性にもとづき説明し そのマチガイをその人に おこなってはいけないと伝える。すべての行為は 自由であるが 人に迷惑をかけることは 自由ではないと。 つまり 哲学として批判をすること。および 必要ならば 法律にうったえるということ。 ここまでしか われわれは為すすべは持たない。のではないか? こういう問いです。 この主題はその内実として まだ分からないところがあるかも知れません。それが明らかにされて行くことをものぞみます。ふるってご回答をお寄せください。 * 批判を伝えたあとは――人間存在としての関係は どこまでもありましょうが―― まじわりという意味での関係は もはや基本的にその相手の人とはなくなるということ。それが《赦すことも赦さないことも出来ない》の意味です。 というのも 人は おのれのあやまちについては 一日二日経てばもうけろっとして忘れてしまっていると思われるからです。自分に対しては ほどなく赦しているというのが 世間の相場であろうと思われるからです。 どうでしょう? _________ 2. さらに趣旨説明を継ぎます。 早い遅いはあるでしょうが 誰もが自分の与えてしまった迷惑や危害については いかにオモテ向きは低姿勢であやまり続けていたとしても 内心では《取り返しがつかない。けれども 詫びようがない。どうしようもない》というところに落ち着いて自分を赦していると思われます。 もっと言うならば たとえばそのあやまちを犯してしまったそのあとの人生をすべてその害をこうむった相手のためにささげて生きるのみだと考え じっさいにそう生き切ったとした場合 そうだとしても オモテ向きは自分を赦していないけれども そのようなつぐない人生を送るというかたちで自分との和解は成り立たせていると思われるからです。 つまり たいへんな負い目を負いそれをすべて払いきるというきびしい人生ではあるのですが たとえばそのようなかたちで けっきょく自分を赦している。こう思われます。 そしてちなみに 昔は 死んでおわびしますという言い方(および実行?)がありましたが 死んだからと言って 自分を赦さなかったということにはならないように考えられるのではありませんか? そのように 自分を赦すかどうかについて考えるなら たいていは赦すのであり おそらく赦さない能力は 人間にはないのではないでしょうか? でも 被害者やその近しい人たちから見れば その加害者については とうぜんのごとく《おのれを赦す能力も資格もないに決まっているではないか》というふうに扱うはずです。 そうして もしこの被害者やその身内の人びとが 仮りに自分たちがそれぞれ加害者になったとした場合を考えるなら どうなりましょうか。 つまり 世間の相場から行けば 加害者である自分については遅かれ早かれ赦すでしょうし かつて自分が被害者であったときにはその加害者に対しては こんなことを言っていた。(あるいは思っていた)。と思い出す。つまり 《どんな面をさげて おまえは自分を赦せたのか? 自分を赦したなどと言えるのか。オモテにはその気配も出さないからと言って その内面でいったいどんなことを思っているのか? わたしは知っているのだ あんたは内心ですでに自分を赦してしまっているということを》と。 だったら――つまりそんな内心の探りっこをしているくらいなら―― けっきょく人間には《赦す資格も能力もなく 同時に赦さない能力も資格もない》 こう考えをあらためるなら きわめて人間的な共生のための方程式が得られるのではないか? 3. さて このように趣旨説明をさらに伸ばしてみたのですが なお言い方を変えて説明します。 すなわちぎゃくに言えば 《赦すことができず赦さないことも出来ない》という能力を人間は 持っている。のではないか? 《赦す・赦さない》にはかかわりを持たないという能力が 生まれつき人間にはそなわっている。のではないか? わたしは人間として 能力によって人を赦すことも赦さないことも出来ない。のだと。 つまり 或る人 A が或る人 B を死なせてしまった場合などを例として考えるとき それでも A は・つまりわれわれの おそらく 誰もが 自分を赦すようになると思われます。 これは いかにつぐないを続け 残りの人生がすべて償いの時間であったとしても その内心は自分を赦しているものと思われます。 むしろ そうであるゆえに(つまり やがて時とともに自分を赦してしまったと或る日悔いたことがあった ゆえに) つぐないをして 自分の不甲斐無さのつぐないをしようと思うものなのでしょう。 自分を赦していないという姿勢を採り その心を持ち続け つぐないの人生を送るという外形と 片や内心とは 果たして同じでしょうか? 舌を出して笑っているわけではないとしても 心はと言えば もうとっくに自分を赦しているのではないでしょうか? もし自分が加害者であって 想うにそのような外面と内面とを合わせ持つポスト加害の人生を送らざるを得ないのだと決めた場合 果たして《つぐない》ということは もしそうすべきだとして どうすればよいのか? おそらく つぐないをする・しないの前に どうも人間は人をいかに嫌悪しいかに憎んでも 赦すことも赦さないことも 出来ないのかも知れないと思うのではないでしょうか? 赦して欲しいとか 赦してやろうとか そういった思いを持つことは 人間にふさわしいとは思えない。のではないか? 4. この質問が問うこととしては あやまりの言葉 おわびの言葉を申し述べること これは問題ないと思うのですが 問題は そこに《赦す・赦さない》が入ると ことは人間存在の一大事にかかわっているのではないかということにあります。 きわめてぶしつけで挑戦的な言い方をすれば 《ごめんなさい》のひと言で ことは全部終わったということ これが 人間たちのあり方なのではないか? あとは 法律上の――あるいは法律に準じた考え方の上での――かたちあるモノによるつぐない これは それとしてしかるべく伴なわれるだろうとは思います。心身のあるいは生活上の損傷を埋めるだけとしてでも 助け合いは必要でしょうから。 5. いかがでしょう? そして 問いの出し方や問題点の切り口がずれていたり間違っていたりしていましょうか? 主題そのものの認識がつたないでしょうか?
- 他人も自分もまったく分からず信じられません
ここでは始めて質問をさせていただきます。Kと申します。 同じような体験をされた方や同じような境遇にいらっしゃった方からのご意見をお聞きしたくこの場をお借りします。 先に長文になってしまうことをお詫びします。 幼少から両親の居ない家庭(父は自衛官で単身赴任、母はそれをいいことにパチンコ浸り)で歳の離れた兄から性的な嫌がらせを含む暴力を受けておりました。 金が底を尽きれば家に戻ってくるような母に兄のことを言っても兄から報復を受けるだけなのであざや泣いていたことについて頻繁に嘘をついていました。 そんな両親も私が小学五年生のときに離婚し、「あんただけは連れてってあげるからね」と嘯いていた母もさっさと逃げていきました。 それからが私の中でも常に苦しい記憶になるのですが単身赴任の父は帰ってはきませんでした。私に暴力を振るう兄も含む兄弟だけを残して(実質両親がまったく不在の家庭)自分の取得したかった救命士の免許を取りに行き続けました。おかげで兄はさらに私を束縛し、管理しました。私は学校意外どこへもいけなくされました。友人とも遊べません。外に出ることもできません。四六時中兄のそばに置かれ殴られるか、ペニスを擦り付けられるか、ディープキスを強要されるか、体を触られるか、そんな毎日が繰り返されました。そう、寝るのも強制されました。 私にはもう一人兄弟が、姉が居たのですが姉は決して私に干渉しませんでした。私が隙を見て視線で助けを求めたことも何度かありましたが彼女は無視して一人自由を得ていました。彼女はたまに機嫌の悪い兄と口論はしておりましたが私のように暴力は振るわれていませんでした。 この生活に長く耐えられるわけもなく、体調もあっというまに悪化し精神状態もおかしくなったようで(というのもこのときはただ漠然とかんがえたので)自殺を考えました。ある日「外に出て隣人に嫌がらせをしてこない限り家には入れてやらない、ちゃんと見張っているからな」と命令されて外に出されました。(暴力以外にもこのようなわけの分からないいやがらせを頻繁に私に強制させていたのです。)そのあとは簡単です。全速力で近くの10階建てのマンションに行きました。頭の中は「死んで楽になる」ことしかなかったです。 今この文を書いている通り私は死ぬことはできませんでした。 私が逃げ出したことで不審に思った学校側が動いてくれ(もちろん学校側にも、逃げたことで呼ばれた警察にも私が自殺しようとしたことは言いませんでしたが)しばらくして児童養護施設に入所させてもらえたのですが、入所から八ヵ月後父が再婚して別の場所で継母と三人で一緒に暮らすことを決めました。離婚の翌年、継母とは一回しか会ったことのない状態でした。 ほとんど家にいなかった父とまったくの他人である継母との生活、まったく知らない土地、まったく知らない人々に囲まれた生活は居心地がいいとは思えませんでした。 このころから他人と自分との間に溝を感じるようになりました。それがどんな溝かはよくわかりません。ただどんな人と接していても壁が隔てているようで施設に居た頃のような安心や信頼という感覚が得られませんでした。 中学の後半からそれは悪化して私はすっかり他人を信用しなくなりました。信用しようと試みることもしなくなりました。またそんなあきらめきって疲れきった自分自身もよく分からなくなりました。 他人だらけの気を使い続ける生活も誰一人信用できない毎日も疲れきって高校は中退しました。病院では適応障害といわれました。 中退後通信制高校に入り少し持ち直して大学へ進学も考えながら生活している現在です。 ここで皆さんにお聞きする本筋にやっと触れられるのですが、 ・私は男性を嫌悪し、女性であったがために兄に貶められたこの女性の体も嫌悪しており、もう自分自身の性が分かりません。(男性に少しでも触れられると気分が悪くなります。触れられた部分は徹底的に洗っても落ち着きません。そして乳房も女性器も包丁で切り取ってしまいたいくらいです) ・虚言癖(?)があります。嘘をつく必要のないところでもなぜか嘘をついてしまうことがあります。 ・私は今まで顔色伺いの人生だったので私が「本当にしたいこと」が分かりません。 ・私は「まとも(虐待や離婚を経験してない)な生活をしてきた人」がひたすら憎いだけで信じられません。どんな意見を言われても「あんたは私の人生を送ってきたわけじゃないだろうが」とまったく聴く気になりません。 ・私は戸籍上の家族をまったく「家族」と思えません。(社会的に自立した暁には離縁を申し出るつもりです) 先述した大学進学も離縁の際に今までの養育費などを要求された際に支払えるだけの財力を得るための能力を養うためであって、本当に自分がやりたいことなのかも分からなくなってきました。 今この文を書いていても私は何をしているんだろうと落ち込むばかりです。 けれどこのいくつもの分けのわからない悩みたちをこぼす相手さえ居ません。 すべてでなくてもちろん構いません、ひとつだけでも、どうすればこの悩みが少しでも緩和されるのかお力をお貸しください。 最期に、ここまで読んでくださってありがとうございました。 回答がいただけなくても、この場を借りて苦しさをすこしでも吐露できたことを感謝します。
- 締切済み
- 心の病気・メンタルヘルス
- shitai
- 回答数8
- 日本教は 自由な対話をゆるすか? なら話し合いを!
○ 神(宇宙なる非経験の場:マクロコスモス)および信仰(わが心なる非思考の庭:ミクロコスモス)ならびに〔信仰の偽造物たる〕宗教にかんする一般理論 第五章 多神教は その一まとめとして一神教である 補論 § 5-d 日本教は 自由な対話をゆるすか? なら話し合いを! (序) 用語の設定 社会形態は いやしくも国家と称するようになるならば 市民たちの第一階とそして公民圏としての第二階とから成ると考えられ この一階と二階との社会力学的な関係のあり方によって 市民一般の生活のありさまや生活態度としての思想やが かなりの程度において規定される。こう考えます。 市民圏= 第一階: S 圏: 市民 S 公民圏= 第二階: A 圏: 公民 A これら互いの力学関係: A ‐ S 連関制・・・(α) こういう用語で説明して行きます。 (1) 国ゆづり型としての A‐S 連関制 (1-1) 日本における国家は 《国ゆづり》型であるゆえ 市民 S らは おとなしい。もともとおとなしく けんかをするほどに仲良しであった。 その中から出た公民 A らは 特に優秀であったゆえ 人びとは社会というヤシロにも特別な神棚をこしらえてやりもっぱらその空中庭園に住まわせた。この第二階となる神棚にまつりあげたことになる。 優秀であるうえに品行方正で申し分のないほど人間的な人間たちであったが ただひとつ玉にきずなのは つねに人びとから注目を浴びていなければ落ち着かない。お山の大将型であったことだ。 市民らは かれらに根負けして それならと言うので神棚をわざわざこしらえて そこを棲み処とさせた。人権を限定するような檻に住まわせたとも言えるのだけれど これが のちのち或る意味でわざわいともなった。 (1-2) 市民 S らの中には この第二階への出世志向が流行り病いのごとく起こり(=アマアガリ・シンドローム) ひとつには とうとう A 者公民たちにこびへつらうようになり ひとつには ゆすり・たかりをはたらき甘い汁を吸おうとするようになる者が出た。 このお二階さん志向――そして別様に言えば お上意識; つまりは アマテラス予備軍症候群――が絡んでくると 仲間どうしのあいだでも いざこざが絶えなくなる。 簡単に言ってこういうわけで 市民 S 者のあいだには まっすぐな心持ちにもとづく行動と どこか歪んだところのある振る舞いとそれら両面が見られることになる。 (2) A と S とが《競争型》なるその連関制 (2-1) つまり西欧の市民 S は そして公民 A も 誰もがおのれの中にお二階さん志向(または アマアガリ欲望)を持つ。すなわちひとりの個人がその内面においてあたかも《 A = S 》としての市民 S であり この市民 S が同じく《 A = S 》としての公民 A と成るという傾向を有する。こう推し測られる。 (2-2) すなわちこの競争型とは (ω) 欧米型(または遊牧民型): A ( A=S ) ∽ S ( A=S ) 連関制 である。相似形の記号( ∽ )の意味は つねに転覆(回転=レヲ゛リューション)が起こり得るということを表わす。 言いかえるとその社会では 第一階においてすでに 《人は人に対して狼なり。( Homo homini lupus. )/ 万人の万人に対するたたかい( bellum omni contra omnes. )》という市民(《 A = S 》なる市民 S )どうしの意識の流れが関係し合っている。 そのような個人としての・ワタシとしての意識が互いに日常においてすらも対立しがちである。そしてそのいわゆる弁証法的展開が ふつうに見通されているのではないか? (3) (α)および(ω) 両者の比較対照 日本市民が このアマアガリ志向に対して《くにゆづり》をしたと言う時 それは非戦論であり そうだとすれば それに対して欧米市民は 主戦論に立つものと考えられる。 土地に縄を張って ここはおれのものだと宣言したとき 言葉たくみににしろ力づくでにしろ その土地を獲ってしまえば 自分のものになると考える傾向なのだろうか。 日本市民は これこれはおれのものだと主張するときに どういうかたちにしろ争うことは 人間の弱さから来ると考え それならと言って 非戦論を採った。いちどゆづったら その神棚に挙げてしまったのだから おいそれとは返せとは言えない。言わない。おとなしい。ただ それだけのことだと考えられる。 ただしそのアマアガリ・シンドローム(末は博士か大臣かの出世症候群)の感染具合いに応じて 波風の立つこともある。 (4) さらに三つ目の A - S 連関制 これは 《アフリカ的段階》と呼ばれるもので ひとことで説明するなら 市民らに絶対主権があるようなかたちである。 (κ) アフリカ型:S (=じつは A ) ∽ A 連関制 ◆ (『アフリカ的段階について』 ヘーゲルを解剖学した世界観?) ~~~ http://y-bat.txt-nifty.com/doyo/2009/01/post-8de9.html マルクスはインド・ヨーロッパ語圏の外にアジア的共同体を見出したが、吉本〔隆明〕はそのアジア的段階より前の段階としてアフリカを見出している。 ( a ) そこには殺生与奪権を独占し自由に行使できる王(* A )がいる。 ( b ) しかし、民衆(* ――《〈じつは A 〉なる S 》――)は豊穣と生活の保障と引き換えに王(* 権力)を認知しているのであって、不作や疫病があれば王は民に殺されてしまう。 ( c ) 生命の等価交換(という原始的なシステム)の上に成り立っていた頃の世界がそこにはある。 ( d ) 民衆(個人 S とその共同性)と王(権力と象徴= amaterasity アマテラシテ)は等価なのだ。 ~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ このアフリカ型(κ)は 民衆暴君型である。日本は対話型(α) 西欧は競争型(ω)であろうか。 * * * Q1: 対話型なら もっと話し合いをすすめることが出来るはずではないか? Q2: 口を開けば 権力者の悪口である。(ときには 権力の代弁者もいる)。ぼろくそに言うのもいいが 中身がどうなのか? Q3: それとも 例のアマアガリ・シンドロームが それほど酷くわれわれのこころを腐らせていようか。仲間どうし・同等の相手どうしとして 対等に自由に話し合える間柄であったはずが 何かと顔を合わせば 互いの悪口である。足の引っ張り合いが絶えないというのは やはり アマテラス志向・お上意識なるアマアガリ症候群にひどく手足を縛られてしまっていようか。いや 洗脳状態か。 Q4: スサノヲ( S )市民の心意気は いったいどこへ行ってしまったのか。 欧米型の革命志向はそのかけらも――たぶんさいわいなことに――見られないとすれば ひょっとしてアフリカ型の破れかぶれ症候群が 隠然と深く静かに潜行しているのか。 Q5: まさか そんなことはないと信じるけれど とにもかくにも ひとびとは もはや互いに話し合いが出来なくなっているのか? Q6: それとも もとから――《対話型》は 理念の上だけであって―― 隠微なけんかと互いを不幸のどん底へ落としやり合うという生活が消えることはなかったのか? Q7: あるいは 上の歴史および社会にかんする分析が おかしいか。
- 自前の魅力だけでセックスできない男は確実にいるのか。
27歳、素人童貞です。 昔から無口で内向的、積極的に他人とかかわれないタイプでした。 恋人ももちろんいたことがありません。 それなりにアプローチしたことはありましたが、撃沈しました。 学業的・職業的にはそれなりに成功していると思います。 日本人ならば知らない人はいない大学・会社に属していますので。 ただ、社会的な地位と性的魅力とは別物だということに気づきました。 もてないやつはいくら社会的に成功しようともてないのです。 寄ってくる女性がいたとしても「お金」に目がくらんでいるのであって、 男性の人格を愛しているわけではないのです。 特に今は女性もひとりで生きていけるだけの経済力があるので、金があるだけの男にはなびきません。 <比較:対もてる男性> 美形な大学の同級生は27年間一度も風俗に行ったことはなく、 金を払ってまでセックスする必要はないと言っています。 17歳で初体験を済ませ10年間で経験した人数は10人以上、 女性からHだけの関係でもいいから会ってほしいと言われたこともあったそうです。 有能だし人間として魅力的ですが、女性を大切にするタイプではありません。 性欲処理の道具のように扱っているような節もあります。 同じような学歴・職歴を持っているのに、 片やお金を払わずに何人もの女性とHできる、 片やお金を払わなければ性交渉の機会を持てない。 この格差は、何らかの努力の有無に起因するものなのでしょうか。 <比較:対もてない女性> 行きつけの風俗店に、普通に大学を出て昼間は会社務めをしている、 ごく普通の女の子26歳が働いています。 経済的に困っていることは特にないそうなのですが、 「彼氏を持ったことがなく、恋愛や性愛に対する関心・欲求を満たせる場所が風俗しかなかった」ため、かれこれ5年ほど風俗で働いているそうです。 今も本当は彼氏を作ってこのような仕事を辞めたいと思っておりそれなりに行動はしているそうなのですが、 「好きになった人とは、セックスまでは至っても、両思いになれない」のだそうです。 彼女も私と同じく、内向的で口べたなタイプで、 他人とコミュニケーションがうまく図れず昔から友達が少なかったと言っています。 彼女の風俗での月収は10万から30万だそうです。 昼間の仕事での月収が25万ぐらいだそうなので、総計すると私の月収を超えています。 同じ恋人がいないもの同士なのに 片や思いの相手とセックスする機会を持つことができ、 セックスするだけで男性以上の収入を得られる女性。 片や思いの相手とセックスすることなどお金を出しても無理、 好きでもない異性であってもお金を出さないとセックスさせてもらえない男性。 この格差は何なのでしょうか。 年をとると男女の力関係は逆転するといいますが、先にも書いたとおり、 この風俗嬢の彼女も昼間の仕事でしっかり稼いでいますから、 30代になり風俗の仕事を辞めたとしても生活に不自由することはない、 従ってたとえば私のような収入はあるけれども性的魅力を感じられない男になびくことはないはずです。 少子化が進んでいるので結婚しろ子供を作れと言われますが、 私のように玄人にお金を払ってやっとセックスできる男にどうしろと言うのでしょうか。 ましてや素人とセックスして子供を産んでもらうなど夢のまた夢です。 ここで疑問なのですが、 「お金を払わなければセックスできないオス」というものは、 生物界においては必然的に一定数発生するものなのでしょうか。 特に生物学方面からの考察を頂ければ幸いです。 私がそのオスに該当するならば、どうやって子供を作れというのでしょうか。 レイプでもしろと言うのですか?
- 新築建売物件で屋根からの雨漏りについての質問です。
新築建売物件で屋根からの雨漏りについての質問です。 H18.10月に新築建売物件を大手の会社より購入しました H21年6月に玄関に水たまりが・・(玄関ポーチで雨が台風並みに降っていてもあまり地面が濡れない場所にたまるはずのない雨の水たまり) 早急に業者へ連絡し調査してもらったら屋根からの雨漏りでした 以前他の場所でも同じおさまりの屋根で雨漏りを発生させていたらしいので 原因箇所はすぐにわかりました 業者はしきりに(欠陥ではなく瑕疵だと)言っていました 立て直しを希望したいのですが瑕疵担保責任義務により直すことになり 納得のいかない状況でいたら[壁を壊さなければどういう状況になっているかわからないから 壁を壊したい]と言われました。 [長年の経験上あまりひどくないですから!!]と言われましたが ふたを開けてみると 屋根を張る際防水加工をしなければならない箇所を防水加工してあるであろうっという いい加減な行動から起きた雨漏りという事がわかりました 原因箇所はもちろん腐っていましたし 周辺の壁も腐っていました そして玄関まで雨の通り道が出来ていました(我が家は2バイ4) 築2年で雨漏り。カビ・腐食・外壁東側全面はがし・梁も変えることになりました 工事期間は4ヶ月 なぜそんなにかかったかというと 工事中に色々な問題がおきました。 ガスがとまった。(一度ならまだしも4回くらいとめられました。業者は復旧せず) 電気ショート(釘をうってしまってショート)[漏電] 電話をショートさせてしまった事によるセコムが異常警報(夜中の12時) 買ったばかりの冷蔵庫の基盤ショート 我が家に 東京電力・冷蔵庫のメーカー・電話メーカー・セコムの人・NTTの人 たくさん来ました。 そして 毎度毎度大工の人がかわり 色々な人が我が家へ出入りする。 生後3カ月の子供がいるのにもかかわらず ベランダのFRP(防水加工)もシンナーのにおいは外だけですからって言っていたのに 家中シンナー臭 気持ちは悪くなるし頭は痛くなるしで大変な状況に・・・ 即連絡入れると[置き型ファブリーズを置いていき『これで大丈夫です。ご安心ください』って いい加減な事ばかりしているので何度も怒鳴ったし何度も注意し 何度も事前確認しました。っが約束は守られず何度も何度もライフラインをとめられたり 購入して1年もたたない車には外壁塗装を付けられるわで怒りは増すばかり 子供の寝る時間もライフラインを止められて2時間遅くなって寝不足にさせてしまったりして 示談する日どういう対応でくるかと思ったら 業者側 迷惑料は20万。 外壁塗装のランクアップ(これは2度と迷惑かけないでって言ったのにかけたから40万円相当の工事を やりますって業者が言ったのに迷惑料の一部となっていました) クロスランクアップ(工事中養生があまく砂埃が室内へ侵入し黒いバッグが白くなった時の張替約束。こちらも迷惑料の一部となっていました) 納得できない場合は法務部に回しますと言われました。 私どもとしましては もちろん納得はできません。 工事期間中はパートも出来ませんでした。(休業届けだしました) 4ヶ月も自由に動けませんでした。 子供を公園へ連れて行ってあげる事も出来ませんでした。 まだ5歳・2歳・0歳の子供。 本当にかわいそうな思いをさせてしまったし 上の子は業者がくるたびに(あのおじさんたちは どうして私の家壊すの??)って言っていました 20万は安すぎます。 色々相談したら調停をやってみたらって言われましたが どんなに調べても『新築建売物件の屋根施工不良による雨漏り』についての 情報が得られません。 工事中に起きた出来事もふくめて調停を申し立てるつもりですが やはり家屋立て直しとか 返金とかは出来ませんか?? 慰謝料としてでしか請求はできませんか?? どなたか詳しい方教えてください
- ひきこもり・ニートが人格障害の父親から離れ自立する
現在37才です。女です。 大学時代、対人恐怖症になり、卒業以来、簡単なアルバイト程度しかしたことがありません。 20代のころは父に精神科に入院させられました。薬漬けにさせられ、苦しみました。入院しても悩みは解決しません。しだいに私は自然療法などに傾倒していき、自分で完全に薬を抜きました。その結果、鬱などの症状は完全になくなりました。 30才くらいに派遣で単発の仕事をして以来、仕事はせず家にいて家事や趣味などをしてやり過ごしています。 最近では、対人恐怖についてもかなり回復し、数人の友達づきあいができるところまでは回復しています。今なら、このブランクを乗り越えて仕事もできるのではと思いますが、自信がありません。 やはり、経験も自信もないので社会に出るといじめられてしまう傾向があります。そのことに恐怖感があり、一歩が踏み出せません。 また、大卒ということで、自分自身にもプライドの高いところもあり 鼻につくのでもっといじめられるということもあったと思います。 父から月に10万の生活費を口座に振り込まれ暮らしています。 父は小さい会社の社長をしており 家族(母、姉、私)を、いくつかある自分の会社の社員にし(実際には働いていません)、節(脱?)税のため給料が出ています。50万ほど。その中の10万が私が生活していくために私の口座に振り込まれるというしくみです。残りの40万は父親が事業をするのに自由に使っています。 このからくりも知らなかったですし、社会にほとんど出たことがないので、このことが悪いことだとは数年前まではわかりませんでした。 また、精神科のクリニックなどに通っていたため 社会保険の保険証がなくなったら困るという不安もありました。 父親は、口でおまえたち(姉もひきこもりです)を心配している。と言いながら、 私たちがやる気になってやりはじめたことなどを、わけのわからない理由で、ことごとく潰してきました。 父にとって、子供が自立し離れていくことが脅威のようです。 それに私が気づいたのは数年前です。 対人恐怖が強かったときに、父親の会社で事務員を数ヶ月させられたのはとても嫌でした。 母親は、昔から毎日父に殴られていましたが、経済的に依存しているので何も言えないような人です。 母もまた、たまにパートなどはじめても、なぜか父が続けさせないというようなことがありました。(急に、自分の会社を手伝わせるなどしはじめる) 旅行に行くことを毛嫌いし、医者には何百万でも何千万でも出すが、旅行のお金は出さないと言います。おそらく、逃げてくことにつながるからだと直感的に思います。 ひきこもりの姉がアルバイトをはじめたときも ちょっとしたトラブルがあったときに、父が介入して裁判沙汰にして辞めさせてしまいました。 数え上げたらキリがないようなことが数々あり 自立の芽をことごとくむしり取られ、無力にさせられ、父親の経済力に依存せざるを得ないような状態にさせられています。 とにかく父親が金の力で支配し、父親から思考的にも外の世界に対する怖れを徹底的に植えつけられ、家から離れられないようにされているのです。 頭がどうにかなってしまいそうです。 自分の中に植え付けられた"怖れ"を克服することと、経済力を持つことが自立の道だと思うのですが具体的にどうしたらよいのかわかりません。 最近、友達の家に少しお世話になり、家出してみたのですが そのときに、父親から携帯電話の明細書を会社に送るようにとの命令がきました。(私の携帯料金も会社の経費として落ちているのです) おそらくその友達とどのくらいつきあっているのかなど把握するためと思われます。 そのときも、父がとても焦っているのがわかりました。
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- rhythmic_y
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- 事情がなんにせよ、残業できないなら要らない。
よろしくお願いします。 長文です。 現会社10年目、30代男、既婚です。 先日、三ヶ月前に着任した会社で管理している現場で 設備の不具合があり、終業間際だったのもあり 滅多にない残業となりました。 私は会社勤めのかたわら、実家の家業を 手伝っており、いつもなら家業のメインである 妻も長年続けている不妊治療で不在だったため、 母を数年前に亡くした後、家業の代表であるはずの 一番頼りにできない父と、不在の妻の代わりにやることが 山ほどありました。 その山に取り掛からなければならないリミットが 近づいていました。 その日、現場には私以外に10名ほどの社員がおりまして その人数であれば十分に対応できる不具合でもありました。 どんな状況、理由にせよ、すまない気持ちでしたが、私は意を決して 所属長へ申し出ました。 「申し訳ありませんが、家庭の事情がありまして お先に上がらせていただけませんでしょうか」と 断られたら家業はどーしたらいいんだなどと思いながら 伺いました。(自分の発言内容は緊張のあまり鮮明ではありません。) ちなみに所属長は家業のこと、不妊治療のことも 知っています。 ただ、所属長は話を聞く相手、聞かない相手を 分けている人で、態度も同じくで、話を聞かない相手には とことんキツい言葉を浴びせ、ボロを見つけては叱るではなく 怒る人で現場で、周りから注意されており感じておりました。 話を聞く相手は、所属長が移動してくる前から現場に居た人達です。 所属長とは何度か現場も御一緒していて、そんな印象はなかったのですが 今となっては、所属長がこなすべき仕事が前より多い現場で 以前は居たサポートしてくれるような人もおらず イライラしている感はありました。 口癖は「こんなことまで俺がやんの?」です。 周りから言わせれば、「それ、あなた以外がやっちゃダメでしょ? やったら怒るでしょ結局」となるんですけどね。 申し出への返事は、「あーわかりました。いいよ!おいっ、 他にも用事あるやつは今のうちに言ってくれ。何人か残れれば問題ない から」的な感じでした。 私はホッとして、周りに説明と挨拶をして周りました。 私を含め、3名が許可を得て帰宅しました。 次の日に所属長に誰も来ないような場所に ちよっといいか?みたいな感じて呼び出されまして 言われました「昨日みたいに、他のみんなが残業してるなか、 家庭の事情だかなんだか知らないけど、帰らなきゃ いけないようなことがまたおきたり緊急時に出れないなら、もうその 家庭の事情やら?家業やらに?専念してもらっていいから。」 という、身の振り方考えろ発言が私限定で出ました。 それを立ち聞きした同僚は所属長に呆れていましたが 確かに私のような会社の業務に専念できない自由にならない駒は 必要とされないのだと諦めもあります。そして同時に 会社にだけ集中できる同僚や仲間が羨ましくもあります。 今の私はというと、簡単ではないと思いますが 転職をチラチラ考えるようになりました。 会社を辞める、転職って勇気いりますね。 他の会社でも、私の境遇への理解は少ないと思っております。 最悪の最悪、私が家業、妻が会社勤めも考えています。 女性が働く現場での不妊治療への理解はなかなかなものなのは 経験で知っているので。 妻は転職には異論無しです。 この現場に来てすぐから、精神的に圧迫感があり 全体が暗い場所だなと感じており、日頃からの 所属長のボロ拾いや現場全体への圧力にまいってる感じです。 ここ一年で10人程が辞めたという話もあり納得してしまいました。 ただの愚痴ばかりの悩み相談になっている感じですが、私は 愚痴で頭がいっぱいになって生活以前に私がダメになる気がして 転職を考え始めたのですが間違っておりますでしょうか? それとも、限界まで我慢が仕事と割り切る努力をしてみるべき でしょうか。
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- shigurui00
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- 布ナプキンってどう思いますか?ステマ?
数年前から、布ナプキンのステマがすごいと思うのは私だけでしょうか? そもそも、ナプキンを洗って再利用するという発想自体、理解出来ません。 「今」は「昔」ではないのですから。 衛生面も疑問ですし、理屈抜きに「キモチワルイ」です。 女性なら誰でも経験があると思いますが、下着についた経血って「カンペキに」は落ちないですよね?うっすらシミになりますよね? 使用済みナプキンをジップロックに入れて持ち帰る?考えただけでオエッてなります。 つけ置き洗い?経血で真っ赤になった水を想像しただけもオエッ。 つけ置き洗いの後は洗濯機で洗濯?他の衣類と一緒に?オエッ。 鍋で煮沸洗い?その鍋で料理もするの?オエッ。 …挙げていったらキリが無いのですが、「一度使ったらもう戻れない」みたいな感想がやたらに多いことに疑問を抱かずにはいられません。 布ナプキン信者によれば「ゴミが出ない」「かぶれない」「生理痛が軽くなった」「生理期間が短くなった」「買いに行く手間が無くなった」「生理が楽しみになった」などなど、美辞麗句の嵐。 その上、紙ナプキンを「ケミナプ」(=ケミカルナプキン)などと言って悪者扱い。 さらに調べて行くと「経皮毒」だの「月経コントロール」だのと言った単語が出てきます。 曰く、紙ナプキンは石油原料だから、化学物質が体内に取り込まれて子宮トラブルが起きるんだとか。 「(※科学的根拠はありません)」を枕詞の如く用いて、無責任な発言としか思えない。 それが本当なら、ヒートテックも着れませんね。ポリエステル、レーヨン、ポリウレタン、アクリルなど、全て石油原料です。肌から毒を吸収しちゃいますよ(>_<) 科学的データを示してから言って欲しいものです。 また、赤ちゃんの紙オムツも構造は一緒ですよね? 成人女性は赤ちゃんよりデリケートなのですか? 生理痛が軽くなるとか、期間が短くなるというのも超理解不能。 曰く、布ナプキンは温かく、冷えから守ってくれて生理痛が軽くなるんだとか。 私も冷え性ですが「股の冷え」なんて一度も意識しかことがありません。皆さん、そんなにオマタ冷えているんですか? そして「月経コントロール」。 膣を締めて経血を溜めておき、トイレで一気に出す? しまいには「ナプキンは不要」と言いきる人まで。 本当にそんな凄技が出来る人がいるのでしょうか? 昔の女性はみんな出来ていたらしいですが、母に聞いても「そんなの聞いたことがない」と言われましたし、私は「昔の女性」ではないので、出来る必要も無いのかと。 仮に出来たとしても、本来月経は「不要物の排泄」ですから、不要物を体内に溜めておくのは却って身体に悪いのでは? 「ゴミが出ない」と言うのは一理ありそうですが、仮に全ての女性が紙ナプキンの使用を辞めたとして、その減少分はゴミ全体の何%になるのでしょうか?ダイオキシンはどれくらい減少するのでしょうか? 不毛な議論に思えます。 現代的生活を送っている以上、ゴミが出るのは避けられないことです。 また「かぶれない」のも一理ありそうですね。 でも最近の紙ナプキンは素材も良く、かぶれにくくなっていますし、私はかぶれたら(滅多にかぶれませんが)婦人科で塗り薬を処方してもらいます。処方薬は覿面に効きます。 かぶれが気になる皆さん、婦人科にGOですよ!ついでに検診もしてもらえますから。 「買いに行く手間が無くなった」??洗うほうが余程手間だと思いますが。 「生理が楽しみになった」??全く同情出来ません。 生理はただでさえ憂鬱なのに、使用済み布ナプキンを洗うなんて、憂鬱3倍増しです。 布ナプキンは可愛いのが沢山あるから選ぶのがワクワクする?生理ナプキンに可愛さを求める感覚も理解不能。 長々と書き連ねてしまいましたが、私は布ナプキンに恨みがあるわけでもなく(使ったことないから)、紙ナプキン業者の回し者でもありません。 ただ、最初に述べたように「生理ナプキンの再利用=キモチワルイ」。これが全てです。 女性の皆さん、どう思いますか? それでも布ナプキン派の人、私のように「ありえない」と思う人、色んな人の意見が聞きたいです。 まあ、こればかりは個人の自由ですけど。 ただ、私の意見は上に述べた通りです。
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- rrarrowarrow60
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- 身体障害者手帳申請と座位保持椅子について。
現在、先天性の呼吸疾患(現在在宅酸素療養中)と、発達が遅れている1歳4か月の息子が居ます。 脳性まひの疑いがあると言われております。 現在まだ首がすわっておらず、寝返り・おすわり・ハイハイ・たっちはできません。 身体手帳はまだ小さいので、3歳くらいにならないと取得は無理です。と通ってる病院(国立の総合病院)に言われましたので、 ひとまず、療育手帳は少し前に取得しました。知能はあるらしい・・のですが、(まだ小さいので確実ではないと思いますが)身体面の発達が遅い事から、中度判定となりました。 市の福祉課の親切な担当者の方には、 「身体障害者手帳は小さいうちからでも持っているお子さんはたくさんいらっしゃるし、持っていてきっとお子さんに役に立つと思います。認定されたら、持っていて邪魔になるものでもないですし、必要ないなら返還もできます。もしよければ、3歳未満でも身体手帳の申請のための診断書を書いてもらえる多少の融通なら聞く病院もあるので、紹介しましょうか?」と以前言われた事がありますが、 まだ成長段階で、その当時では装具が必要とも言われていなかったので、身体手帳はまだ必要ないのかな・・と思っていたので、いったん、そのお話は見送りにさせていただきました。 (その当時も、現在もこの発達の遅れの原因となる病がなんなのかは見つかっていません。) しかし、現在通っているPTの理学療法士の先生にすこし前に、とうとう「座位保持椅子」を勧められました・・ 息子は体重は標準よりも少なめですが、頭を背中の方に反るくせがあるため、抱っこでの食事や正しい座位を保つ姿勢にするお世話が割と大変ですので、座位保持椅子なるものがあれば、確かに・・大変助かるのですが、 もちろん、先生は、身体手帳の取得ができない事情をご存知なので、 薦められたものは、身体手帳なしで買える椅子なのですが、 強化ダンボール素材でできており、15000円と、我が家にとっては少し痛い金額です・・・ 貯金に充てるつもりだった手当てを使って払おうと思っていますが、 しかし、サイズも今後変わりうるので、そのたびに15000円はちょっときついような気がします。 そこで、今回、これを機会に、福祉課の方の薦める病院で身体手帳申請のための診察を、受けようか・・悩んでいます・・・。 悩む必要はないのかもしれませんが、 今通っている病院(3歳以上でないと手帳申請はできないとゆう方針)と違う病院で書いてもらうとゆうのも、 ちょっと罪悪感と言うか・・気がひけてしまうのです・・(小心者です) また、 障碍の症状によりけりかもしれませんが、 身体手帳の申請のための診察は、どのようなテストがあるのでしょうか? 診断書を書いてもらったのに、手帳を取得できない事ってあるのでしょうか? 私の息子の場合は、脳のMRIでは、今のところ、損傷などはみられないとゆうことで、 「肢体不自由」の診断書に書いてもらう事になると思います。 身体手帳の内容などはサイトなどで、装具・補装具購入・交通機関利用・税金控除のサービスなど・・ 大体ですが把握はしているつもりですが、 実践で使われている方の生の意見(便利な点など)もお伺いできれば・・と思います。 今現在療育手帳を取得しておりますが、あまり、メリットを感じた事がありません・・ 自立支援のサービスを紹介してもらったり、相談できる機関ができたことはよかったと思います。 (優先駐車場スペースは、まだ息子が小さいので抱っこして移動できるため、今はなんか申し訳なくて使っていません) 息子は療育手帳をとりあえず取得したのですが、まだ年齢が若い事もあり、知能的な面とゆうよりも、 首がすわっていない為、体の成長段階での発達の遅れが今は目立ちます・・。 今後、3歳までに座位保持椅子以外にも装具やバギーが必要かも・・と思うと、決断は今かな・・とも思います。 同じような経験をされた方の意見やアドバイスなんかも伺いたいと思います。 長文ですみません。 よろしくお願いいたします☆
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- chocmdy6
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- 真善美のみなもとは 同じひとつであるか?
1. 真善美のみなもとは 同じひとつであるという仮説を述べます。これについて問いますので 自由なご批判をお寄せください。 2. ふるくは哲学の相場としてそのように決まっていました。あらためてこの説をどのように考えてみちびいたかを述べます。 3. まづすべては ひとが《生きる》ということに始まると言ってよいと思われます。 4. そこから 相対的な主観真実とそれを超える普遍真理の問題が生まれ 主観真実には――ほかの人の主観真実とのカカハリにおいて―― 問題がないかあるかという問題が生じます。いわゆる善および負の善(つまり悪)という問題がからまって来る。 5. 真理は 善悪の彼岸に置かれているはずです。あらゆる人の主観真実をすでに超えているはずです。ゆえに真理は 至高の善であるとも言われます。 6. では 美はそれらとどういう関係にあるか? どこに位置しているのか? 7. 善と悪という相対的な価値をあつかう主観真実をたずさえて生きるとき――神ならぬ人間はそのようにしか生きることがかなわないと思われるとき―― 広く善悪観をめぐる主観真実としての何をとうとび 複数の《何》のあいだでいづれの真実に重きを置くか?・・・ここが 美学の生じるところだと考えられます。 8. やむを得ず人びとの集まり(つまり家族という集まりから出発して)や組織ないし社会にとっての状態や情況に従うようなかたちにおいて いくぶん悪の要素をも採り入れるといったことが その人の美学として選択されるかも分かりません。実際問題として余儀なくされることがあるかと考えられます。 9. さて 生きることは そのこと自体に意味があるといういみで《善》だと考えます。ふつうに《よい》ことであるでしょう。よりよく生きる以前の《生きる あるいは ともに生きる》にとうとぶべき意味があり これを善と呼ぶこととします。 10. 何をしてどう生きるかというよりも 生きること自体に意義を見出すとすれば おそらく確かに その善をひとつの基準として 世の中には・またひとの思いや振る舞いには 善にかなうこととそうではないこととが見出されて来ます。 11. 掛け替えのない善と言ってよい存在そのものを抹殺することは 負の善です。善の損傷です。 12. あるいは むさぼらないことは 生きることにとってふさわしく善であり むさぼることはこの善に逆らうことであるゆえ 負の善である。負の善は 善を傷つけることであり その結果は善(生きること)の部分的な欠けだということになります。 13. 《善の損傷あるいは欠如》 これを使い勝手がよいように《悪》と名づけるわけです。 14. つまり 悪は どこかに悪なるものが存在していてそれが起こるのではなく そうではなく善(存在ないし生きること)があってそれを損傷する行為として 起きるものである。 15. さて ひとの感性には 善も悪もありません。 16. 感性は 第一次的な知覚そのものを言います。 17. われわれは記憶という倉庫の中からあれこれの知識としてのモノゴトを見つけ出して来て 為そうとする行為の選択肢を考えますが このときその選択肢の内容については むしろおのが心(つまり 精神の秩序作用としての記憶)に逆らうことを思ったりそれをおこなおうとしたりする。このときには われらが心もしくは感覚は 困ります。動揺を来たします。胸騒ぎが起き 顔が赤らみ 言葉もしどろもどろになります。 18. これは 言わば《やましさ反応》です。これによって 第一次的なかたちにおいて善かそうでなくなるところの悪かが決まると捉えます。つまり ワタシの主観真実としてです。 19. このヤマシサ反応としての感性を認識した上で言葉に表わし(概念とするなら それなりの知性とし)その知性としての主観内容が ほかの人びとにとっても同じであると認められたときには 主観が共同化したと考えられる。ワタシの主観真実に いくらかの普遍性があると認められるという意味である。 20. この限りで 人間にとっての・共通の常識としての《善もしくは悪》が いちおう 決まります。 (共同主観≒常識として成ります。絶対的にただしいとは決まりませんが)。 21. 人間の知性が経験的にして相対的であるかぎりで この善悪観も 相対的なものです。 22. しかも 基本的なかたちで一般に 《うそ・いつわりを言わない》が善であり(わが心にさからっていない であり) 《うそ・いつわりを言う》が善の損傷(つまり悪)だというふうに おおよそ人類のあいだで決まっています。 23. 話が長くなっていますが このとき《真理》は 人間の善悪観が 普遍的なものであると言いたいために 無根拠なるものを根拠として――つまり 公理としてのごとく――持ち出して来た想定としての基準です。主観真実の相対性を超えるものとして想定している。 23-1. じつは 実際に具体的には人間が人間どうしの間で当てはめて使うことの出来ない物指しである。しかも 物指しとしては 想定されている。 23-2. それでも想定しておくのは ただただ相対性なる経験世界だけだと言ってしまい見てしまうなら 世の中は 押しなべてのっぺらぼうの世界にしかならないからである。顔がのっぺらぼうだというのは 心において主観真実としての善や悪やを考える意味が無くなる。 23-3. 言いかえると 《相対性》ということは すでに《絶対》なるナゾを想定したことをみづからの概念の内に含んでいる。つまりじつは 相対的な人間の真実は 絶対なる真理をみづからの内に想定済みである。 24. そして話を端折るならば 《美を見る眼》は この真理をわざわざ人間の言葉にして表わそうとする神学にも似て・しかも言葉を通さずに・つまりは感性をつうじて あたかも真理にかかわろうとする心の(ということは身の神経細胞もがはたらいている)動きだと考えます。 25. 実際には 真理は 想定上のナゾですから 表象し得ません。それでも《生きる》ことにおいて どことなく・そこはかとなく 人はこれを問い求めているのではないであろうか。 26. ひとの世界にウソ・イツハリがあるかぎり そしてカミという言葉があるかぎり 生きることに善悪観は伴なわれざるを得ず その善悪をめぐる人間の持つ理念や規範をも超えてなおうつくしきものを見たいという美についての渇きは必然的なことだと見ます。しかも 自然なことであると。 27. けれども その美は ひとによって異なり千差万別ではないのか? 一般理論などは考えられないのではないか? 28. それは 生きた過程としてのそれぞれの人の《善の損傷の具合い》によって そのときその場で どういう美のかたち〔をとおしてナゾの美ないし真理〕を求めているか これが違って来るという事態が考えられます。 29. 審美眼は その人の生きた歴史によってあらたにいろんな風に形作られ その人の美学もその過程にそってあらたに作られていくと見ます。初めに想定されているところの真理ないしわが心にしたがう善(善悪観)から離れることもあり得ると捉えるわけです。道草を食ったり脱線したり。 30. それは 侵して来たウソ・イツハリの性質や度合いによって変わるのではないか? 早く言えば 破れかぶれの心の状態になったときには 毒を食らわば皿までという美学がつちかわれるはずです。 31. 一般的には かたちのととのったものを人はうつくしいと感じ このかたちをつうじて 心の内なる精神の秩序としての美ないし真理を見ようとしているものと思われます。 32. そして 人がどう生きたかにおいて善の損傷のあり方(つまり どれだけ・どんな内容のウソ・イツハリを言ったか)が人それぞれでしょうから それらに応じてそのときその場では どういうかたちに美を感じるか――それをつうじて善の損傷が癒やされるべきところの美を感じるか―― これが千差万別になると思われます。 33. すなわち おのれの善――生きること――の傷つき方に応じて人それぞれに 美と感じる対象が違って来る。同じ一人のひとでも 歳とともに違って来る。 34. 早い話が かたちの整わない醜いものにも 美を感じ それとして癒されるという時と場合があるかも知れません。 35. すなわち 真理と善(もしくは 善悪の彼岸としての非善・超善)については 十人十色とは言わず おおかたの共通の内容が――想定じょう――共有されます。けれども美は それこそ千差万別ではないかという問いに対して答えようとして以上のように考えたものです。 36. 人はウソをつくからには一たん真理や善から離れた過程にあって 善の損傷の具合いに応じて その傷がどう癒されるかという過程をあゆむ。われに還り わたしがわたしであると成る。そのありさまは 人それぞれである。 37. そしてその違いは 言わば巡礼の旅路というべき人生をあゆむ人間にとって そのときどきの巡礼の寺院としてのごとく 美の感覚に違いが現われるというものだ。こう考えこう捉えるなら 美学にも十人十色の差を許容しつつ しかもそれでも大きく広く 普遍性がある。 38. 真善美は 一体である。このように考えることが出来ると思いますが どうでしょう。
- 両親とうまくいかない
24歳女性。 今週末、6日に結婚します。 現在実家で両親と暮らしていますが、驚くほどに両親と離れる寂しさがわきません。 私は生まれも育ちも関西なのですが、この度九州へ嫁ぐことになりました。 旦那さんは関東の出身で、九州へ転勤することになり結婚するため 知り合いは旦那さんのみ、自分の友達も旦那さんの知り合いもいません。 ずっと生まれ育った関西から離れる寂しさや、 仲のいい姉や弟、友達と離れることはものすごくさびしいのですが、 両親に対してだけは全く寂しさがわかないのです。 両親がいつもより早く仕事から帰宅したり、 メールや電話をしてくるとありえないくらいイライラしてしまいます。 両親の部屋から父の声が聞こえてくるだけで 気持ちが落ち込みます。 両親は小さいころからとても厳しく、24歳の現在でも門限は22時。 私は今までに3つの会社に正社員として勤めたことがあるのですが、 仕事で22時を過ぎてしまうと両親から勤め先に電話をかけられ、 勤め先から退社を促されたこともあります。 二人姉がいるのですが、姉の時も同様のことがあったそうです。 特に父が融通の利かない人で、 いったん怒ると手がつけられません。 怒ると手が出ることもあります。 よく母とも大声でののしりあいのけんかをします。 母も厳しいのですが、それは母自身が厳しいというよりも 私が父を怒らせるとその矛先が母に行くので、 母も厳しくしているという感じです。 それ以外にも、今の旦那さんにも私の知らないところで電話をかけて 結婚準備について気に入らないことがあったので 両親が電話で旦那さんを怒ったこともあります。 それ以外にも、 極端に外国の方を嫌う(戦争や、北方領土の云々などの理由のようです) 人を両親の基準で判断する(人相が悪いからつきあうな等) 4人姉弟を比べてしかる(特に姉弟の中で、一番私がダメに育ったと言われます) など、私的に理解できない、腹の立つところが ここに書ききれないくらいたくさんあります。 結婚が決まった時も、嫁に出す寂しさの裏腹だとは思うのですが、 「できそこない(私のこと)だから旦那に捨てられて戻ってきても 帰ってくる家はないぞ」と言われたりしました。 そのため、一緒に生活するのがつらく、 小さいころから何度も家を出たいと思いました。 ただ、両親を憎んでいる、嫌っているというのとは少し違うのです。 両親が私を含め子供を厳しく育ててきたのは、 子供を愛するが故だとわかっています。 とても心配性で、門限があるのも夜道が危ないからです。 会社で仕事があって遅くなって、 もし帰り道に何かあっても会社は責任を取ってくれないから、 仕事は次の日にして早く帰れと言います。 今回の結婚でも、旦那さんには身寄りがおらず、 資金の大半を両親が出してくれます。 旦那さん側からの援助がないので、 二人でためた貯金でできる範囲で式をすると、援助を遠慮したんですが 姉二人にも同じようにしてきたから、 私たち両親があなたにも同じようにするのは当然のことだと言ってくれました。 歳をとって病気がちになってきた両親を心配にも思っています。 短大も出してもらい、特に生活に不自由したことはありません。 両親が自分を大切に育ててくれたことを理解しているつもりなのに、 結婚間際にここまで清々しい気持ちになってしまう自分が悲しいです。 まわりで結婚する友達はみんな 両親や家と離れるのはすごくさびしかったと言います。 私にはその感覚がありません。 自分の中で、お嫁に行って離れ離れに暮らせば、 今のようにイライラすることもなく、 両親との関係がうまくとれるのではないかと思う部分もあります。 だけど、もうすぐ離れ離れになってしまうのに、 親と過ごす残りわずかな時間で、 イライラしたり早く家を出たいと思っている自分がものすごくイヤです。 なんて嫌な人間なんだろうと思います。 私もみなさんに何を質問したいのかわからないのですが、 同じような経験をされた方がいたら なんでもいいのでアドバイスがほしいです。
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- 夫婦・家族
- diamond006
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- VISAプラチナカードの会員の方にお尋ねします。
VISAプラチナのコンシェルジェによるトラベルサーポートの内容に満足していますか? どの様な点に満足しているのかを、教えて下さい。 私は大いに不満です。 実例1.プラチナ会員向け特別料金・サービスの有るホテルに予約をしたく 特別サービスの内容と料金を照会したところ、答えが返って来たのが3週間後です。 (何かの間違いで忘れられたのかと思い、1週間経過後に「まだですか」と催促もしています) 70回ほど自分で手配して渡航していますが、どこもホテルでも一見の客(正確には候補)からの 料金・プラン・空港送迎等々についてのメールでの問い合わせに、3日以上掛かった事は1度も有りません。 EU加盟国の首都にある、国際的な(しかも上級クラス)ホテルの通信事情がそんなに悪いのでしょうか。 実例2.別なEU加盟国の首都に、どの様なホテルが有るか紹介して欲しいと申し出た場合。 コールセンター曰く、「分りません。探せません。」 アフリカの新興国の、地方のホテルを探し切れないのは、致し方無いかもしれません。 仮にもEU加盟国の首都のホテルです。分らない・調べられないって何?冗談でも言っているのかと思いました。 (『海に面したマドリッドのホテル』の様に、有り得ない条件を出した訳では有りませんし、 大規模な催し物の日と重なった日程での予約をしようとした訳でもありません。 日付が未確定だったので、単に地名以外は何も指定せず、投宿先候補を絞り込む為、紹介を依頼しただけです。 過去に渡航経験が無い国で、全く未知であったからこそ、コンシェルジェに紹介を願ったのですが、 もしかしたら、その国では日本で発行したVISAカードが使えないかもしれない。 そんな不安感が、過ぎる結果となりました。 実例3.会員向け優待がある、ホテル等々の案内について 以前は、小冊子を配布していたのですが、数年前からWeb上から閲覧してくれとの方針になりました。 Web上から確認しろと言うことに異論はありませんが、今日(2009年1月19日)現在、Web上から参照すると 2008年12月末日で契約が終了したもののみが表示されます。 (現在有効なものは1軒も表示されない) http://www.visaplatinum.com/platinum/jp/privileges/club/overseas/index.shtml http://www.visaplatinum.com/platinum/jp/privileges/club/overseas_others/index.shtml すでに契約終了から2週間以上経過しているのに、更新の気配さえ感じられず 渡航予定日が迫って来るので「いつ頃更新されるのか」を確認したところ 「ホテルチェーンとの契約が1件も成立していない。いつWeb上で公表できるか分らない。」との返事です。 何をやっているのだか・・・ 或る日突然に、12月31日になった訳ではないですから 年の後半に契約更新なり新規契約なりを、事前に締結する時間は、十分にあったはずです。 実例4.約束を守らない・発言が意味不明 上記1~3により呆れ果てた私は、責任者と話をしたい旨を告げました。すると 「責任者の方は『いらっしゃいません』。」と言われました。自分の側の者を『いらっしゃる』と言う コールセンターの係員は、初めてです。日本語が不自由な人を配しているのでしょうか。 兎に角、責任者から電話が欲しい旨告げ、何時に電話すると約束して貰いましたが、約束の時間になっても電話などありません。 結局、私の方から電話をするはめになりました。 (多忙を極めると言う程ではありませんが、私にも時間の制約があり、いつまでも待っていられません。) 国際電話を3分程待たせてから出てきた責任者曰く(3分待たせても「お待たせしました」も有りません) 「たまたまだから、仕方ないでしょ。ちゃんと探したんです!」 EU加盟国の首都のホテルが探せない、探せたとしても料金・サービス内容の返答に3週間掛かる。 こんな事が重なった客に対して、責任者が「たまたまだから、仕方ないでしょ」と言いますか? 「気に入らないのならば、他のカード会社と契約したら」とのご意見をお持ちになった方もいらっしゃるかもしれません。 EU加盟国の首都程度の主要都市であれば、(外国人旅行者向けの)ホテルを探し出せる水準の技量が有る コールセンターが有り、かつ提携ホテルとの契約を切れ目無く更新してくれる クレジットカード会社をご存知で有れば、ご紹介いただけると幸甚です。
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- airbus380
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