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自己紹介

1963年生まれ 48歳女性(2012年現在)
26歳で結婚 子供に恵まれずも39歳までのほほんと暮らす。
*まったくタイミングになっていなかっただけ。
軽い原因探り検査をするも原因なしとされた。
35歳ごろ精子は本当に7日間も生きているのか?と疑問になり、実際顕微鏡で精子を5日間飼う。このときの経過様子が後に衝撃的な事実をもたらす。
40歳、本格的に子作りしようとタイミングを計ると一度で人生初の自然妊娠、だが、10週1日(41歳)で繋留に終わる。
以後、本格的にタイミング法治療、妊娠するも化学的流産ばかり。
この頃から、妊娠に関しての知識は自らの経験と平行してどんどん高まり、精子について、かつて飼っていた時の様子と某病院医師の精子の本当の受精時間について述べた記述で本当の精子の受精可能時間、特性を知る。それを自己タイミングに生かす。
43歳ですでに化学的流産6回経験。タイミング法からAIHへステップUPする。
ここでも検査項目は増えたが原因不明。4回のAIHを2回化学的流産に終わる。
その化学的流産もAIHでの妊娠ではなく、早まった排卵と遅れた排卵で保険タイミングでの自然妊娠だった。43歳ついに体外受精に踏み切る。
体外受精4回も撃沈に終わり、(2回は着床を見せていた)ありとあらゆる検査でまったくの原因不明となった。
原因不明で化学的流産ばかりなら、一切の治療は諦め、得意の自己タイミングで希望を棄てず諦めずに頑張る方向で志を決めた。
44歳の夏で10回目の化学的流産。歳はすでに45歳であった。
この時、もう自分には子供がない人生なのかも・・と思えた時、生まれてきた意味がないとも思えたが、せめてこの経験と知識で一人でも多くの方を妊娠へ導いてあげたいと妊娠不妊カテで回答することを生き甲斐にしようと決めた。
45歳の春、自己タイミングでまたも妊娠検査薬は陽性に。これが稀に両方排卵してどちらも受精した双子であったが片方は化学的流産11回目。もう一人12回目が継続し、46歳3ヶ月で出産となった。初めての妊娠流産からは4年と7ヶ月、一切の治療を辞めてからは2年と2ヶ月であった。出産後47歳で2回化学的流産確認。辛かった不妊時代もこれで耐え忍んだ日々が報われた。

不妊で苦しむ皆様、希望を棄てず志を持って諦めないことです。
「諦める理由がなければ辞めるときではない」
  • 登録日:2005/04/27
  • 国:日本
  • 言語:日本語
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