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幹事

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  • 共感し合える関係とは?

    24歳社会人男性です。 長文失礼します。 よく思うのですが、「何でも共感し合える関係」って最高だと思いませんか? 「〇〇っていうアニメ知ってる?」 「好き! 毎週欠かさず見てるよ」 「あのアニメって面白いよね」 「分かる! 私あのキャラクター好きなんだよね!」 「本当に!? 実は俺もなんだよね! 強いし」 「実はフィギュア持ってるんだぁ~」 「マジで!?」 「この景色最高だな。マイナスイオン!」 「本当だなぁ! 感動したわぁ。マジで来てよかった。待ち受けにしよ」 「このお店のラーメン美味しいよな」 「ね! 長い行列耐えた甲斐があったわぁ」 「実は俺、ホラー苦手なんだよね……」 「私も! 何で自ら進んで嫌いなものを見たいのかちょっと分からないよね」 等。このようにお互い好きなアニメ、好きな漫画、好きな歌、好きな曲、好きな映画、嫌いな食べ物、等が一致していれば話は尽きないですし、何時間も話せますし、互いに盛り上がりますし、お互い飽きないですし。 自分の好きな分野を、「嫌い」や「興味がない」とする人たちと関わったって仕方なくないですか? 「〇〇っていうアニメ知ってる?」 「ごめん俺そのアニメ嫌いだわ。なんかロボットに乗らないで自分の力だけで戦えよって感じ」(そっけない) 「あ、そう……」≪いや、お前の好みとか聞いてないし……≫ 「今度〇〇へ行くんだけど一緒にどう?」 「私、もともとそんなに出かけるの好きじゃないんだよね。この間皆で行ったのは付き合いで行ったってだけで……」 「あ、そうだったんだ……」 「〇〇君はホラーとか見るの?」 「いや、絶対見ないね。怖いし」 「え、面白いじゃん! ホラー耐性無い男とか絶対彼女出来ないっしょ! アハハハハハ」 ≪え、そうかな……?≫ 上記の典型的なシチュエーションのように、好みや苦手なものって人それぞれ千差万別で十人十色ですし、それは仕方ないんですけど、やっぱり一致しないとなんとなくストレスですし、「じゃあこの人と関わるのはやめよう」ってなるし、「話したところでどうせ『嫌い』や『興味ない』と頭ごなしに言われるから話すのやめよう」ってなるじゃないですか。なんか人格を否定された気分になって鼻につくんですよね。 尚、以下のシチュエーションは私が実際に体験したものです。 A 大学の知り合いと三人でローカル線で日本縦断の旅に出掛けたときのこと。電車に揺られながら風光明媚な景色が見えてきたので、それまでずっと続いていた沈黙に耐えかねた私は、隣で座っている二人に声をかけました 「ねえ、見て! この景色凄くいいよね。気持ちいだろうな。住み心地良さそうだし」 (二人そろってスマホをいじりながら)「ん、じゃ住めば」 「……」 再び沈黙がやってきました。スマホばっかりいじってろくに景色も観ないでよくそんなことが言えたもんだなと思いました。 B 仕事先で、休憩時間での同僚たちとの会話。趣味の話になった 「〇〇さんの趣味って何ですか?」 「アニメとか漫画を見るですね」 「あそうなんですね。ところでさー」(と流され、突然思い出したように他の話題について同僚と話しだしました) ≪え、聞いただけ……?≫ その後も聞いてくることはありませんでした C 大学の知り合いとカラオケに行った時のことです。その知り合いがフリータイムで歌いたいというのでフリータイムで予約を入れて歌いましたが、その知り合いはスマホをいじって全然歌わず、私だけが楽しんでいるみたいでちょっと嫌気が差し、訊きました。 「ねえ、せっかく来たんだからさ、歌いなよ」 「ごめんもうネタ切れだわ。ていうか、もうちょっと静かに歌えない? 部屋の外まで響くんだけど」 「え……そうか、ごめん」≪カラオケって静かに歌うもんだっけ……?≫ その他、前々から遊びに行く約束をしていたのに前日になって「仕事が~」や「用事で~」と急なドタキャンされたり、打ち上げの幹事やってよ、と言われ嫌々引き受けてわざわざ店を確保してクラス全員に声をかけたにも関わらず結局集まったのは二人だけでした。 それからは、もう二度とあんな目に遭いたくないと思い、旅行や遊びも趣味も全部一人でやるようになりました。「わざわざ痛い目見るより感動を独り占めした方が余程楽」って感じ。話したところで何かが劇的に変わるとは思えないですし。 かといって「苦手なものや嫌いなものをすきになる」とか、何でわざわざこっちから譲歩しなければならないんだ? とも思いますね。 「自分と同じようなコピー人間といるとつまらない」とよく言われますが、果たしてそうかな? と疑問に思いますね。 私が幼い頃、両親が毎夜毎夜激しい喧嘩を繰り広げているのを目の前で見てきたので、争いや喧嘩、口げんかに対して激しいトラウマを抱いてしまっているというか、対人関係はいかに平穏に保てるか=良好な関係を築いていけるかを第一に、常に意識しているという感じですね。 ですので、もしそういう人と良好な関係が築けないのであれば、「さようならバイバイ」という感じできっぱり切ります。 なので人間関係はもう運命に任せることにしました。一人が寂しいわけではありませんが、まあ共感し合える関係が築ける人がいれば人生二倍楽しめるでしょうし、そういう人に運よく巡り合えばそれはそれで幸運ですし。 もし巡り合えなかったならば、まあ、来世で頑張ろう、みたいな(笑) 共感し合える関係って悪いことなんでしょうか? 皆さんは、好みや苦手なものがほとんど一致する人と巡り合えましたか? 何人出来ましたか? 長文失礼致しました。 よろしくお願いします。

  • (たくさんのご意見を!)頑張る or あきらめる?

    前回もまた、回答をいただいた方々ありがとうございました。 本当は一人ひとりにお礼を差し上げたかったのですが 本日またショックな出来事があったので 再度、質問をあげさせていただきます。 ※何度もしつこいと思われてしまうのは承知の上です。 前回同様、この質問に嫌気が差してしまった方や、冷やかしの方の 回答はご遠慮させていただきます。 また、どうしても長文になってしまうのは、初めてご覧になる方でも できるだけ状況を詳しく書きたいからです。 それが逆効果になってしまうのもわかるのですが… 真剣にご回答いただける方々は本当にありがとうございます。 今日は僕が好意を持っている職場の女性と そこそこ話せる機会があって、会話の感触としては 普通に友達と話す感覚で楽しめるときが何度かありました。 前回にも書いたのですが 彼女には特に仲良くしている男性がいて、今日も2人は仲良くしていて 僕はそれを気にしないようにしていました。 しかし今日の退勤時、僕が休憩室に行くと 彼女はその男性の腕を両手でつかまりながら 2人がジャレ合っている姿をみてしまいました。 休憩室には僕とその2人しかいませんでした。 その瞬間、男性のほうは普通に「お疲れ様です」と言ってくれたのですが 彼女の方は、いつもなら「お疲れー」と言ってくれるのに 「お疲れ様でした…」と気まずそうな感じの小さな声でボソッと言ってきました。 仕事中も2人はいつも一緒に仲良く話しているのだから (※さすがに仕事中に腕につかまるようなことはしていませんが) そんなに気まずくならなくてもいいはずなのに。 そして2人が仲良く帰っていく後ろ姿を見送るような感じで 僕はワザとのんびりと帰る準備をして、2人が完全に見えなくなるのを待ってから帰りました。 僕の気持ちの中に、若干、諦めの気持ちが出てきたのか それほど大きなショックは受けていないですが やはり2人は付き合っているのかな?という思いがこみ上げてきて 少しせつなくなってしまいました。 (※2人が付き合っているという会話は、誰からも一度も聞いたことがないし 以前、僕は彼女から「誰かいい人紹介して」と言われたことが何度かあるので 真相は分かりません。でも本当に付き合っていなくても彼女がその男性のことを 大好きなのは、今回のことで再確認してしまったくらい確実なのだと思いました。) 2人が帰ってから約1時間から1時間半後くらいに 僕は久々に彼女にLINE(メール)を送りました。 彼女の心境みたいなものを確認したいのもあったので… 内容は約一週間後に予定している、僕と彼女と彼女の女友達と行く飲み会についてです。 以下、メールのやり取りです。 僕 「○○日の飲み会なんだけど、もう場所とか決めちゃって大丈夫? もし、やっぱり行かないというのなら無理しないで言ってください。 そろそろ日にちも迫ってきてるから、近いうちに教えて。」 彼女 「お疲れ様~。全然大丈夫だよ~。やろうよー!!!!お願いします♪」 僕 「後悔すんなよ。お互い変な気を遣うのも面倒だろ…」 彼女 「なんでよ~。大丈夫だよ~」 僕 「○○(彼女)はよく分からない奴だからなぁ…まぁいいや。オッケー。場所決めとくよ」 (※○○(彼女)はよく分からない奴だからなぁ…と書いたのは ○○は俺に対してフレンドリーに接してみたり、避けるような態度をとってみたり 俺のことをどう思っているの?という意味を遠まわしに込めてみたつもりです) 彼女 「確かに私はよくわからない奴かもね(笑)幹事よろしくね」 この返事にどう返していいか分からず、彼女からの返事で送るのを止めてしまいました。 あとは、これ以上送るとしつこいかな?というのと 僕で終わらすより、彼女で終わらせたほうが 今日の休憩室での出来事も含めて、僕は彼女のことを全然気にしてないというのを なんとなくでも伝わるかなと。 今日に関しては、そう思われたほうが僕としては気楽にいられるので。 非常に変な感じのやり取りになってしまいましたが 恐らく、彼女はその男性のことが大好きであっても 僕と飲みに行くのは大丈夫なのが確認できたのは良かったです。 メールのやり取りは参考にならなかったかもしれないですが 休憩室の件や一緒に帰っていったことからして やはり彼女は、その男性に好意を寄せているので (と言うか、既に付き合っていてもおかしくないくらいの様子でした) この状況から、彼女を振り向かせるのは やはり無理でしょうか? 今僕が、彼女に強引さを出して引き寄せようとしても 逆効果のような気がします。 しかし、何か一歩でも踏み出さないと分かるものが無いのも確かです。 同じ職場のことなので、これが原因で働きづらくなるのは避けたいです。 もう時間が解決するのを待つしかないでしょうか? 他に好きな女性というのは、どうしても考えられません。 彼女のことが大嫌いになれれば楽なのかも…というネガティヴさも生まれてきそうですが 今は自分の気持ちに嘘はつけません。 頑張る余地はあるでしょうか? それとも、彼女をあきらめたほうがいいでしょうか? いつも長文、乱文でもうしわけありません。 皆様の意見をいただければと思います。

    • noname#191909
    • 回答数4
  • 認知症老女から大金奪う!中川真弁護士の実刑なるか?

    【成年後見人制度を悪用 弁護士が預金1460万円着服】 成年後見人として財産を管理していた女性の預貯金1460万円を 私的に使ったとして、静岡県弁護士会は12日、 同会浜松支部所属の中川真弁護士(50)=浜松市西区=を 6日付で業務停止1年10カ月の懲戒処分にしたと発表した。 中川弁護士は「仕事の収入が減り、生活費とのバランスを欠いていた」 として着服を認め、全額を返済したという。 静岡家裁掛川支部が業務上横領罪で、中川弁護士を刑事告発している。 同会の調査では、中川弁護士は2010年5月~12年6月、 9回にわたり、同県掛川市の80代の女性の郵便局と信用金庫の 2口座から1460万円を着服したという。 女性は12年9月、発覚前に死亡している。 県弁護士会の中村光央(あきひろ)会長は 「弱者を被害者とするあってはならない行為。 弁護士の信用を失墜させ、陳謝します」と述べた。 (朝日新聞デジタル 8月12日(月)13時13分配信 ) http://blogs.yahoo.co.jp/nb_ichii/34273362.html (関連記事:ブログ『弁護士と闘う』) ※長文失礼いたします。 成年後見人とは、障害や認知症などを患った方々を、 その財産をねらう「悪人」から守るために設けられた制度です。 成年後見人という責をなぜ第三者たる弁護士が務めるかというと、 本来、弁護士とは、市井の人々から 無条件の信頼を寄せられるべき職業であるはずだからです。 しかしながら、中川真弁護士は、 依頼人の認知症老女から大金を横領する(=盗む)という 信じ難く卑劣な行為に及び、その信頼を根底から裏切りました。 より所のないお年寄りの余生の蓄えをだまし取った中川真弁護士。 彼自身が「悪人」だったのです。 更にインターネットを探ってみると、この中川真弁護士の被害者は、 今回発覚した事件以外にも、複数存在するらしいのです。 それゆえ、中川真弁護士は、 今まで何度も被害者等から懲戒請求されてきましたが、 静岡県弁護士会は、そのたびに握りつぶしてきたようです。 今回、静岡家裁が刑事告発し、地検が本件を起訴したため、 静岡県弁護士会は、しぶしぶ懲戒処分を出したようですが、 同弁護士会は、実は昨年10月には事件を把握していました。 にもかかわらず、このたびの静岡地検による起訴が無いうちは、 静岡県弁護士会は、なんら発表も処分もせず、見逃していたのです。 中川真弁護士が所属していた 「はままつ共同法律事務所」の塩沢忠和所長は 静岡弁護士会の会長を務めた有力者です。 また、中川真弁護士自身、 静岡県弁護士会浜松支部の幹事を務めています。 組織ぐるみで犯罪を隠ぺいしようとしたのではないかと 思われてなりません。 許しがたいことに、この中川真弁護士は、 弁護士会の人権擁護委員会や 高齢者・障害者総合支援センターの委員を歴任し、 著名な冤罪事件である「袴田事件」や 理不尽な差別に抗した「ハンセン病訴訟」の弁護団など 多くの社会問題事件に参加しております。 中川真弁護士は、それらの活動を通し、 弱者の人権を訴え、正義を標榜し、 講演会やラジオ番組で熱弁をふるうなど、 マスコミに数多く登場している人物なのです。 彼は、このように表の顔では、 「弱者の味方」「正義の弁護士」を装っておりましたが、 その裏で、たとえようもない卑劣な行為を繰り返していました。 しかも水面下には、本件以外にも、 事件化されず泣き寝入りした複数の被害者がいたらしいのです。 ブログ『弁護士と闘う』の記述によりますと、 中川真弁護士の現在の事務所は、以下の住所となっているそうです。 【中川真  〒431-1104静岡県浜松市西区桜台2-27-13】 この登録場所はおそらく個人事務所であることから、 現在は「はままつ共同法律事務所」を辞したと思われます。 本件が明るみに出たことで、 はままつ共同法律事務所は彼を切り捨てたのかもしれません。 本事件の第1回公判(裁判)は、 2013年9月24日(火)の13時30分より、 静岡地方裁判所の2階202号法廷にて開催されます。 当日裁判所に訪れれば、誰でも簡単に傍聴できるとのことです。 この公判で、中川真弁護士は いったいどのような弁明を行うのでしょうか。 前述のように、彼自身が静岡県弁護士会の有力者であり、 遺族に全額弁済している事から(返せるならなぜ盗んだのでしょう、 犯罪が表に出ることを恐れ、どこかが肩代わりしたのでしょうか)、 なんらかの力が働き、実刑は回避されてしまうかもしれません。 もしそうなると、静岡県弁護士会が出した わずか1年10カ月の業務停止という、ひどく甘い裁定のみで、 中川真弁護士は解放されてしまいます。 そして再来年の春からは、またなに食わぬ顔をして 弁護士業務に舞い戻ることでしょう。 このような卑劣な人物が簡単に許され、再び野に放されてしまい、 「弁護士」という重い仕事をこれからも担ってゆくのかと思うと、 私は本当に恐ろしさを覚えます。 弁護士を信じることができないとすれば、 私たちはいったい何を信じたらよいのでしょう。 弁護士という職業の信頼を地に落としてしまうような、 このような事件は二度と起きてはならないと思います。 今回の裁判は司法の良心が問われています。 必ず、実刑とするべきです。 果たして中川真弁護士は、実刑をまぬがれてしまうのでしょうか?

  • 元彼について

    こんにちは! 初めて投稿させて頂きます。 私は現在、高校3年生です。 2ヶ月程前に4ヶ月付き合っていた同じクラスの彼と別れました。私にとっては生まれて初めての彼氏でした。 別れるキッカケは彼からの「もう別れよ。Aとは友達の方がいい。」と突然メールが来たことです。 突然と言っても、確かにその当時はギクシャクしていて教室でもお互いに気まずくて仕方がありませんでした。 そのギクシャクする理由は、彼はとてもプライドが高く、私からのアドバイスなどを素直に受け入れられなかったり、自分優先な考え方だったのです。なので、私の方も彼のことは良いところも沢山あるし大好きだけど考え方は合わないなぁとは内心思っていました。私の中で彼に対する不満があっても、言ってもなかなか素直に聞いてくれないし言うことが怖い気持ちがあり、溜まっていく一方でした。それが態度に出てしまってギクシャクしてしまいました。それが主な理由です。 私は、突然の彼からのメールに動揺しながらもすぐに電話を掛けましました。2回でやっと出てくれたのですが、別れたい理由を聞いても曖昧なことばかりでした。いつもの彼とは違ってボソボソ喋っていました。でも、その理由の中で私の心に突き刺さったのが「*元カノと一緒にいた時の方が楽しかった」という言葉です。 *(彼には、私と付き合う前に1年以上付き合っていた元カノがいます。彼にとっては初めての彼女です。ですが、その元カノは他の男の子と付き合い、結果的に彼は元カノ振られてしまったのです。) でも、私は彼のことが大好きだったので、彼の嫌な部分も全て受け入れるつもりで泣きながら自分の思いを伝えました。すると、彼からもう一度考えると言われ、電話を切りました。 電話を切ってから自分の中でいろいろ考え悩みました。「もしまた彼に友達の方がいいと言われたらどうしよう…」と、私も私で自分のプライドが2回も振られることを許さなかったのです。でもまだ好きでした、それでも大好きでした…けれど、また言われるのが怖かったのです。 私は次の日にメールで「私もいろいろ考えたけど、やっぱり私も◯◯とはお友達の方がいいと思ったよ。だからこれからはお友達してよろしくね!」と送信したところ「こちらこそよろしく」とだけ来ました。(それ以来メールしていません。)それで、正式に別れることになったのです。 私は同じクラスなので普通にこれからは友達として仲良くしていくつもりでした。 しかし、彼は直接は言って来ませんがわざと聞こえる様に嫌味を言ってきたり、私を体育祭の打ち上げ(彼が幹事)に誘ってくれませんでした。 私と彼の共通の女友達Mは付き合う前から彼側の話をいろいろ聞いていたそうなので、私は彼が元カノに未練があって別れているのを知っていたので寂しさ埋めるだけに私と付き合ったのかなと思い、当時の話を女友達Mに聞いたところ、「それは絶対にないよ!本気で好きだったんだよ!」と言われました。確かに元カノと別れてから私と彼がすぐに付き合った訳ではないし、いろいろ時間を重ねてから付き合ったので納得しました。 また、不思議だったのが私が彼から別れ話を出される少し前に彼は私の惚気を女友達に言っていたそうです。 そして最近、その女友達Mに隠しててごめんと言われ知ったのが、彼が元カノと復縁していたことです。 彼が元カノと復縁したキッカケは、私と彼がギクシャクしている期間に元カノから復縁を迫られたそうです。一度2人は会っていたそうです。しかし、彼は一度復縁を断ったそうです。私は一切このことを知りませんでした。 別れ話を使って私の彼に対する気持ちを試したのかなぁと思いました。 彼に元カノと会ったことなど全て隠されたことも気持ちの試し方もガッカリです。悲しいです。時には怒りの気持ちすら出てきます。でも別れ話を出す少し前に惚気を言っていたり、本当に何を考えてるのかよくわかりません(泣) ちなみに彼は表では自分が振ったと言っているそうですが、自分が最終的に振られたと女友達には認めているらしいです。 プライドが高いから振られる前に先に別れ話を出し、また結果的には元カノの時の様に自分が振られてしまったから私に嫌味を言うのでしょうか? 彼は元カノと復縁出来て幸せなはずなのに…もう関係ない私に何故?と思います。 私から彼に直接、文句を言うと益々関係が悪化しそうなので、私の思いを1番理解してくれた女友達Mが私の代わりに言ってくれました。すると、何を言っても彼は否定したり、自分の悪いところを認めなかったそうです。とても強がっていたそうです。「あいつ俺のこと好きなの?」とか「俺から友達(女友達M)を取ってく」「俺が何すればいいの?」など…女友達Mも彼に対して呆れていました。 でも、また最近では「普通(友達)に戻りたい」みたいなことを言っているみたいです。全く話していませんが(笑)余計気まずくさせてるのは彼なのに… いろいろあっても、私にとっては生まれて初めて付き合った彼氏でした。一つ一つが本当に大切でした。高望みかもしれませんが、もっと大事にして欲しかったです。こんな呆気なく、更に別れてからちゃんと友達にすら戻れてないなんて悲しいです。 別れてから嫌な部分(上記の様なこと)を沢山見て来ましたがそれでも本当に彼のことが大好きだったので友達には「別れてスッキリしたよ」と言っていますがたまにあの時、強がって私から言わなかったらまだ付き合えてたのかなと急に切なく思ったりもします。 別れて正解だったのでしょうか?もう今更言っても仕方ないですが…。皆様、どう思いますか?また彼は何を考えているのでしょうか…。 長々本当に申し訳ないです。そして文章力なくてすみません。最後まで読んで下さってありがとうございます(´;ω;`) 宜しくお願いします。

  • 鳩が国賊なら、この人を何と呼べば良いのでしょうか?

    鳩氏のシナでの国賊発言に続いて、加藤紘一氏は赤旗の取材に対して以下のように述べたそうです。 そこで質問ですが、加藤紘一氏に付ける「国賊」以外の称号はどのようなものが考えられますか? 宜しくお願いします。 以下記事の引用 国賊か!? 「赤旗」で“日本叩き”に加勢した自民党元重鎮  2013年1月26日(土)22:30http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/snk20130126567.html >安倍晋三首相が旧日本軍による慰安婦募集の強制制を認めた「河野洋平官房長官談話」(平成5年)の見直しを表明したことに対し、自民党の加藤紘一元幹事長が20日付の共産党機関紙「しんぶん赤旗」日曜版紙上で批判した。自民党の元重鎮が他党の機関誌にわざわざ登場して“身内”を攻撃するとは、寡聞にして知らない。慰安婦問題をめぐって米紙ニューヨーク・タイムズはじめ海外メディアが「日本叩き」を強める中、加藤氏が加勢した格好だ。  ■“加藤の乱”!? >これぞ“加藤の乱”と言うべきか。 >赤旗日曜版は1ページ(4コマ漫画以外)を割き、慰安婦問題について「世界の常識は『人道の罪』」として河野談話見直しの動きに国際社会が批判を強めているとの特集記事を組んだ。加藤氏の見解は紙面中央に「右バネききすぎ外交上問題」の見出しで大きく掲載された。赤旗関係者によると、加藤氏は同紙のインタビュー要請に「元官房長官」「前衆院議員」の立場で応じたという。 >くだんの加藤氏の“問題コメント”の全文は以下の通りだ(年号は西暦で掲載されたが、筆者が和暦に書き直した)。 >《朝鮮半島出身のいわゆる「従軍慰安婦問題」については、私が宮沢喜一内閣の官房長官だった時、平成3年12月から4年7月まで調査しました。関係資料が保管されている省庁で調べて、「慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取り締まり、慰安所設置の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の衛生管理、慰安所関係者への身分証明書の発給等について、政府の関与があったことが認められた」と結論を出しました。その時点で、すでに、政府として「筆舌に尽くしがたい辛苦をなめられた全ての方々に対して、改めて哀心よりお詫びと反省」を表明しました。 >私の次の河野洋平官房長官のときに、さらに調査して「強制性」を認めました。この一連の調査や見解を覆そうという今の動きに、私としては賛成できないし、右バネがききすぎて、外交的にも大丈夫なのかと思います。  こういう状況になると、当然、近隣諸国が懸念を持つでしょう。近隣諸国ばかりか、アメリカもこの問題に強い関心を持っていることに私も驚いたことがあります。19年の安倍首相・ブッシュ大統領の会談では、安倍首相が「お詫び」せざるを得ませんでした。アメリカは、人権問題という点からこの問題をとらえていたのでしょう。 >近隣諸国やアメリカの関心は、軍の強制連行があったかなかった、といった狭い議論ではありません。全体として人権侵害があり、それを否定することなど考えられないと見ているのです》  ■論点をすり替え >全文をそのまま文字にしているだけで気分が悪くなってきた。明らかに「論点のすり替え」である。 >繰り返すまでもないが、河野談話は根拠のないまま慰安婦の強制連行を認めたものだ。談話が出される前、当時の宮沢内閣が集めた2百数十点に及ぶ公式文書には、旧日本軍や官憲が慰安婦を強制連行したことを裏付ける資料は皆無だった。 >ところが、談話発表の直前にソウルで行った韓国人元慰安婦からの聞き取り調査だけで強制連行があったと決めつけてしまった。安倍首相が「私たちの子孫にこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」として、談話見直し方針を打ち出したのは当然のことである。 >そこで加藤氏は「強制性」が裏付けられなかったことにフタをして、慰安婦問題を「人権問題」だと強調することで、「歴史を否定する新たな試み」「右翼民族主義者」と安倍首相を口汚く酷評したニューヨーク・タイムズ紙や、これを諸手を上げて評価する日本共産党など左翼勢力に、「安倍政権批判」「日本叩き」をたきつけているようなものである。 >加藤氏は官房長官時代、慰安婦問題への軍の関与に初めて言及する談話を出し、3日後、それを「手土産」に訪韓した宮沢首相は盧泰愚大統領に対して8回も謝罪、反省の言葉を述べた。こうした「贖罪外交」「土下座外交」が翌年の河野談話へと“発展”したわけで、「河野談話の生みの親」の加藤氏としては、同談話の見直しなんて、あってはならないことなのだろう。 >なお、ここ数日間、赤旗紙上での発言に関し、同僚記者を介して加藤氏からコメントをもらおうとしたが、時間切れで連絡がとれなかった。  ■村山元首相と訪中へ  自民党内で安倍首相と対極に位置する加藤氏は先の衆院選(山形3区)で落選の憂き目をみた。「時代の空気」を象徴する一つの動きなのかもしれないが、本人はなおも政界引退を表明していない。それどころか今月28~31日、あの村山富市元首相らとともに中国を訪問し、中日友好協会会長の唐家●(=王へんに旋)元国務委員ら要人と会談する予定だという。  村山氏は首相時代の7年、「植民地支配と侵略」へのお詫びの気持ちを強調した「村山談話」をドサクサ紛れに出した御仁である。沖縄県の尖閣諸島問題で日中関係が緊張する中、議員バッジがない村山・加藤コンビがまさか、この期に及んで「贖罪外交」を繰り返すことはなかろうが…。  政界から引退しながら、誰も頼んでいないのにノコノコと中国に飛び、「尖閣諸島は係争地」と放言した鳩山由紀夫元首相を、小野寺五典防衛相は「国賊」と指弾した。加藤氏の赤旗紙上での慰安婦問題をめぐる発言も国賊級だが、来る訪中で“余計”な言動をすれば、それこそ「国賊」となろう。(政治部編集委員 高木桂一)

  • 福島の小児甲状腺がんベラルーシを超え世界最悪に!

    これは本当でしょうか? 以下のような記事を読みました。 以下転載>> 福島の小児甲状腺がん、 既に通常の300倍から数千倍!! ベラルーシを超え世界最悪に!! 福島原発事故後の健康被害 http://goo.gl/eLP39N 今の福島県がチェルノブイリ原発事故後の ベラルーシと同じ経過を辿るとすると、 2020年には1000人以上のとんでもない数字になる。 小児人口比では 『316人に1人が小児甲状腺がん』を 発症することになる。 25. 2014年2月12日 12:14:57 : fnBv4jcBkA ★世界最悪となっている小児甲状腺がん もうすぐ北風が強くなるブログ2014-02-12 http://bator.blog14.fc2.com/blog-entry-2123.html 福島の小児甲状腺がんは ベラルーシを超える世界最悪の状況になっている。 マスコミは報道しないか、 誰も読まないような小さな記事にしている。 確定33人、疑い42人の発表自体が 姑息な誤魔化し。 全摘出した人を「確定」と称し、 細胞針陽性でこれから手術日程を決める人を 「疑い」と称している。 当然、正しくはどちらも「発症」である。 つまり「発症75人」である。 報道しないか、こうした馬鹿話を 小さく記事にする犯罪マスコミである。 通常100万人に0.2人とも 1人ともいわれる小児甲状腺がん。 それが福島は既に概ね300人に一人、 通常の少なくとも300倍から数千倍になる。 とてつもなく甚大な 発症数であることに注意されたい。 放射能が県境から消えたではないので、 南東北、関東全域にも影響は出ていると 考えるのが当然だろう。 小児甲状腺がんはあくまで 初期の放射性ヨウ素を反映している目安である。 その他の多種多様な被曝症状、 鼻血から下痢、うつ病、化膿症から知能低下、 突然死までが同じように異常な増加、 拡大をしていると考えるのが正しいだろう。 とくに南東北から関東まで。 いまだに、正確な放射性物質の量は 把握されていないことを忘れてはいけない。 政府の放置によって、 世界最悪の放射能汚染に見舞われているのである。 廃棄物処理や物流によって 全国に拡散を続けているのが現実だ。 決して、政府マスコミの 馬鹿話に引っかかってはいけない。 ●福島県の小児甲状腺がん(確定+疑い) 75人に 2/11 「逝きし世の面影」から ベラルーシ甲状腺 ※ ベラルーシの小児甲状腺がんは 3年目から急増し5年目にピークとなった。 【1】『人口がベラルーシの5分の1の福島県で、75人』 2011年3月11日の福島第一原発事故発生から3年目、 日本では小児甲状腺がんが爆発的に発症しています。 チェルノブイリ原発事故後のベラルーシ(人口1000万人)に当てはめれば人口が200万人の福島県の75人とは、375人に相当する無茶苦茶な数字なのです。 ベラルーシでは、最悪だったチェルノブイリ事故から 9年後の1995年でも発症者は100人を超えていない。 福島県は7日、東京電力福島第一原発の事故当時に18歳以下だった子ども(36万人)の甲状腺検査で、結果がまとまった25万4000人のうち75人が甲状腺がんやがんの疑いがあると診断されたと発表した。 この25万4000人とは、甲状腺の正式なガイドラインから血流検査など大事な4項目を省略した簡易な一次検査の人数で、精密な二次検査終了者の人数ではないことに注意。(二次検査終了者数は半数程度と思われる) 昨年11月の発表時点よりも、検査人数は約2万8千人、がんは疑いも含めて16人増えたが、今回増えた分だけを分母分子にした小児甲状腺がんの発症率は1750人で1人の割合である。 福島県は通常の発症率の数百倍から数千倍の猛烈な数字なのですから、隣接する宮城県茨城県千葉県東京都など他の東日本地域も、当然メルトダウンした福島第一原発の放射性プルーム(放射能雲)が襲来した影響が出ていると判断するべきであろう。 本来なら原発事故から3年目程度では、 放射能の影響が小さい。 いみじくも民主党幹事長だった枝野幸男が 何回も繰り返したようにDNAを傷つける放射能は 『直ぐには健康に影響しない』のである。 一定の時間が経過してから確定的ではなく 確率的に被害が出るから、放射能は余計に恐ろしいのである。 今の福島県がチェルノブイリ原発事故後の ベラルーシと同じ経過を辿るとすると、 2020年には1000人以上の とんでもない数字になっている。 総人口比では 1755人に1人の割合である。 小児人口比では316人で1人が小児甲状腺がんが発症するのですから、 2020年の日本は暢気に東京オリンピックどころの話では無い。 国家存亡の一大事に、政府自民党は 東京都知事選挙だのオリンピックだのと、 無責任にも程がある話である。 【2】『安倍晋三の福島原発の アンダー・コントロール発言は大嘘だったが、』 去年の2013年11月12日の福島県検討委発表(確定+疑いの合計が59名)は、曲がりなりにも日本国のマスコミ各社が、誰にも気が付かないように小さく報道した。 ところが、今回の2014年2月7日発表の福島県の小児甲状腺がん(確定+疑い)75人になった事実は誰も報道しない。(8日現在) 去年アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたIOC総会で安倍晋三が行った『福島第一原発は完璧にアンダー・コントロールされている』発言は大嘘だった。 ところが『マスコミ』の方は完全に安倍晋三が アンダー・コントロールしているのである。 朝日デジタルには記事があるが、 肝心の新聞紙面には無い。 他のマスメディアはNHKは当然としても他のマスメディアが挙国一致の横並びで沈黙しているのですから恐ろしい。(東京新聞や日経、毎日の東京本社版に小さく掲載) 今行われている東京都知事選挙の争点は 詐欺師の小泉純一郎が主張する脱原発ではない。 今の日本人には、 10万年後の使用済核燃料の心配をする余裕が 何処にも無いのである。

  • 両親の態度

    半年間お付き合いしていた彼からのプロポーズをお受けして、 お互いの両親への挨拶、両家顔合わせも済ませ、 次は結納という段階です。 彼30歳、私29歳です。 お互いに実家が企業経営で、彼は後継者です。 元々、親も彼を気に入っていて、半年間、毎日毎晩、 家で、ヒステリックに結婚を煽ってきて、けれど彼を追いこむのはしたくなくて、 お互いの自然な気持ちの歩み寄りでそこにたどり着きたかったので、 不快な思いを耐え続けてきました。 そして、先日顔合わせをした際、結納の日取りを決めました。 あちらは吉日を調べてきており、私の両親は本当に食事をしにきただけで、 何も持ってきておらず、所謂吉日は、彼や彼のお父様に出張が入っており、 皆の用事がない日に決まりました。 (とは言っても、彼は出張から帰る日を変更ですが) また、私も、暦を持ってくればよかったのですが、先の兄の結婚の顔合わせの経験が両親にはあり、また両親とも暦を気にする方なので当然持ってくると思っていたのが甘かったのです。 とにかく、両親に確認した上で、それに従い、会場も予約しました。 ですが、その後で暦を徹底的に調べ始めた両親が、 決まっていたその日に猛反対し始め、 (4種類位の暦を見て一部悪いこと書いてある日だったようです)、 翌月の内の1日をすごい剣幕で推し始めました。 確かに暦的に良い日ではあるのですが、彼に確かめたところ、 父親もお世話になっている人からかねてからお願いされ幹事役を引き受けた、 県外からの大事なお客様十数人との会議・接待が入っていました(朝から丸2日)。 彼のお仕事は、人脈が特に大事なお仕事なので、 代替案として、他の吉日を調べて両親に提案したのですが、 両親は絶対に引き下がらず、手がつけられなくなりました。 「こっちが、この日が良いって言ってるのに、よく断れるな!」 「普通は、娘を出す新婦側に新郎側は譲歩すべきだ!」 「ふざけるのもいい加減にしろ!」 「犬や猫と同じ扱いだから仕事を優先するのか!」 「そもそも、土日の仕事なんか仕事のはずがない!どうせ遊びだろう!」 「遊びを仕事と言われるんじゃ、この先が思いやられる」 「お前は、子供を産む機械としてしか思われていない」 「従業員には気を使うが、家庭は省みないに決まっている (彼の会社の評判が地元でとてもいいんです)」 「彼は、お前を操りやすいと都合よく利用してるだけだ」 「お前は、女中。ミジメな座敷牢暮らし。カゴの中の鳥だ。耐えられるわけがない」 「こっちの条件が飲めないなら、結婚は許さん!結婚させるわけにはいかん」 「偉そうに、何様のつもりだ!」 「日銭を稼ぐ商人が(彼は物販業です)」 「会社のレベルは、悪いけどこんなに違って、うちが上」 「両家の社会的地位は、50-50ではない」 「結婚式は、うちのゲストは彼の会社からすれば宝の山だが、うちには何のメリットもない」 「式では、『ああ、あの業者か』って馬鹿にされるのが目に見えている」 「冷却期間をおけ、「考えさせて」と言って彼にはもう会うな!」 「娘にはもっとふさわしい相手がいるし、彼ももっとふさわしい相手がいるから、そう言ってやる」 「こんな幸せな家庭から嫁ぐお前が、彼との生活に耐えれるわけがない、やめておけ」 「親との生活が子供にとって一番幸せなんだ」 「こういう生活(両親の生活)が絶対一番、幸せなんだ。だからお前は彼とでは幸せになれない」 「(私が、それぞれの幸せの形がある、それは否定しないで、と言うと)いーや、やっぱりこういうのが幸せってものだ」 さらに、「息子を会社に呼び出せ!言わんと気が済まん!」と。 私が何を言っても聞く耳持ちません。 「彼が好き、忙しい彼だけど、信頼できる人で、もし仮に親の心配している通りになったとしても、自分で決めたことだからそれで親のせいにしたりしないし、後悔はしない!」と言っても、 「それは嘘だ。お前が彼を好きなはずがない、そう思いこもうといてるだけだ。お前は、自己犠牲して良い子になるのが好きなだけだ」と。 「本当に彼でいいのか」と聞かれて「彼がいい」と言っても、「そんなはずはない。彼のどこがいいのかわからない、顔か、お前の好きな顔なんだろう、そうに決まっている」と。 正直、思い込みで私を否定することしかしない両親より、私を信じて受け入れてくれる彼といる方がずっと幸せです。 両親は、元々私を「結婚させたくない」とか言っていましたが、 母は「子供を守ってやれるのは親だけだもの」と泣顔を見せる始末。 会社に電話してきて、電話口で泣いたり。 母は、昔、コンクールで親の気に入る絵を描かず、自分の好きな絵を描いた私を玄関から突き落とし、泣きながら上がろうとする私を何度も蹴り落とし、突き落とし、ピアノで弾き間違う度に、手をつねったり、ゴミ袋を頭からかぶせたり、その後性的虐待を受けていた私に勘づいたようで、汚いものを見る目で見て、「気持ち悪い」と言っていた母なのに、ここに来てこういうことを言う、恨んではいませんが、奇妙な気分です。 父は、体罰は当たり前でしたし、「子供に人権はない」と常日頃から豪語していました。 兄の時は、暦なんて六曜位しか気にしていなかった両親が、私の時は、4つも5つも組み合わせて、どんどん進展を困難にしていく。親心だと信じたいし、ここまで育ててくれた両親に感謝はしていますが、ここに来て結婚話を反故にしようとする動きに心配、恐怖しています。 元々、平気で私を傷つける両親が怖くて、心を武装して過ごしています。 緊張してしまい、思うように思ったことを喋れない位です。 でも、彼とのやりとり等、詳しく話すよう強要してきます。 彼には、言われたこと全ては言っていません。 仕事にプライドを持ってる彼を傷つけたくないし、今後も付き合うだろう両親と彼の間を引き裂くこともしたくないし、両親の立場もあるし、身内の恥なので、彼に訴えたい気持ちを抑えました。 明日、彼が父にアポイントをとりつけ、会社に来ます。 父は、相手のすきを突くために、第三者の名前を出してハッタリの嘘で傷つけることで動揺を誘うという話術もあるので、心配です…。 それに兄にも会わせるつもりのようですが、兄は機嫌によっては、人前で私の上げ足をとったり、恥をかかせるのが平気なのでそれも心配です。 また、昨日凄い剣幕で両親から責められて部屋に戻ったタイミングで彼から連絡があり、我慢の糸が切れて泣いてしまいました。 けれど、父は外面がいいので、彼の前では好々爺でいると思います。 となると、何だか私が親を一方的に悪くいってると思われそうで…彼にも信じてもらえなくなったらどうしよう。 長文の愚痴のようになってすみません。 こういう両親と今後どう付き合えばいいのでしょうか。 どうすれば、わかってもらえるのでしょうか。

    • noname#156535
    • 回答数4
  • 友人を実家のゴタゴタから助けてあげたい

    実家のゴタゴタに巻き込まれている友人がいます。 かなり追い込まれているようで、昨日気晴らしにうちに泊らせたのですが、いいアドバイスが何もできませんでした。。。 長文で申し訳ありませんが、どなたか、いい助言があれば、教えてください。 友人の兄(31歳)が、実家を担保に借金して起業したのですが、2ヶ月で支払いが滞るようになりました。 正確な額は分からないものの、800万近いという話です。 父親が保証人になっていたようですが、そのことを母親には一切話しておらず、お母さんは他の人(お兄さんが他の人にもお金を借りていて、返さなかったので実家に直接来たそうです)から聞いて、事態が発覚しました。 友人の両親は昔から不仲で、2人の間に会話もなかったことから、友人が間に入ってやっと情報を統合できてきたようですが、そこからはもう、芋づる式にいろんなことが一気に出てきたようです。 1.お兄さんの支払いの滞りが、家を担保にした借金だけではなかったこと。 2.お兄さんが起業した会社として、契約した派遣会社にお金(100万)を支払っておらず、実家に払えと来たこと。 3.お父さんは昔、お母さんの実家にだまされるような形で持ち家を借金のカタにしたことがあったので、今でもお母さんのことを全く信じられずに、お兄さんとグルになっているのではないかと疑っていること 4.お母さんが時々お兄さんの作った借金を返済していて、今回の100万も払おうとしていること 5.お兄さんが電話もメールにも音沙汰なく、話し合いの場も任意整理の場も何も持てないこと  (誰もいない時を狙って、家には帰ってくるそうです) 2番の件に関して友人はひとまず、お母さんに「何があっても100万は払わないように」と連絡したそうです。 その結果、相手の会社から「裁判所に訴える、場合によっては警察沙汰になって、全財産差し押さえになってもいいのか」と、話がありました。 友人は「兄のしたことだから、兄に責任を取らせる意味でも訴えてもらっても構わない」と言ったものの、全財産差し押さえで実家がなくなれば、両親の住む場所がなくなるのは困る、とも言っていました。 それ以外にも、友人なりにいろいろ調べたりしているようですが、結局はお兄さんと話をすることができず、話もしてくれずウソばかりつかれて、何もできないんだそうです。 けれども一番困っているのは、薄情かもしれないけれど自分に火の粉が降りかかってくることかもしれない、と言いました。 友人は理由は分かりませんが、小さい頃は祖父母に預けられていたようです。 小学校3年の時に転校してきて、中学卒業までは家族と同じ家で暮らしていたようですが、父親が酔っぱらった時には蹴られることが多かったので(お母さんとお兄さんは無かったようです)、夜1人でよく逃げ出していたようです。 私とは小・中同じで、体育で着替える時に隠していましたが、お腹や背中、太腿など普段見えないところに幾つか痣があったのを見たことがあります。 思い返せば、泳ぐの得意で病気でもなかったのにプールの見学が多かったですし、暑くてもジャージは脱ぎませんでした。(腕まくり&ハーフパンツくらいはありましたが…) 休み時間で皆と話していない時はいつも、死んだように眠っていて、先生に起こされることもありました。 高校は県外の寮のあるところを選んで、中学卒業式の翌日には無理を言って、先に入れてもらった から、と言って1人で引越していきました。高校以降は自分で奨学金を取ってバイトをして学費と生活費を稼ぎ、ストレートで理系の修士まで進み、今は設計者として働いています。 正直、スゴイ…の一言なんです。 高校・大学と放課後も休みもずっとバイトで生活費にしていたので、ろくに遊ぶのも飲み会も参加しなかったようで、社会人になってやっと生活に余裕ができて、私と遊ぶ時に一度だけ、「友達とご飯食べたり遊ぶのがこんなに楽しかったなんて、人生ちょっと損してた!」と言って笑っていました。 昔着れなかったスカートもいっぱい着たい、と言って楽しそうに服を見ます。 GWや盆暮れ正月は、お母さんが楽しみにしているので帰省するようですが、短時間だから仲良く過ごせるだけで、長くいると一緒に生活するのは無理、と言っていました。 実家がなくなったら、と思うと不安で仕方がない、と言います。 まず、お兄さんの借金が自分に来るんじゃないか、と。 自分の会社に何か連絡があったら、やめさせられるんじゃないか、と。 両親の面倒をみなければいけないのではないか、と。(まだ入社3年で薄給ですし、住宅補助もないそうなので、切りつめて1人暮らしがやっと…だそうです) お父さんはもう60を過ぎていて、お母さんももうすぐ60なので、収入は当てにならないし、両親と同居した場合、また父親から逃げるハメになるのではないか、と。 でも何よりも、どんなに毛嫌いしていても「帰る場所(実家)が無くなる」というのは、正直怖い、と。 支離滅裂な文章になってしまってすみません、うまくまとめられなくて…。 お母さんにアドバイスして、何度か市役所の法律相談に足を運んでもらったようですが、彼女にはパニックになった状態のお母さんからの報告なので、要領を得ないんだそうです。 2時間の電話で、90%近くは愚痴を聞いる状態だそうです。 そのうえ、お父さんの方からも「もうお母さんなんか知らないから、お前がなんとかしろ。俺はそのうち家を出ようと思ってる。もうお母さんと一緒にいるのは我慢ができないし、お兄さんの尻拭いはゴメンだ」と言われたそうです。 友人は、明るくて優しくて、いい子なんです。 愚痴もこぼしますが、常に前向きになろうとしますし、男っぽくて時々乱暴な口調になるところがあるけど面倒見も良くて、心配りが絶妙で、昔から頼りになるんです。会社の同期や同僚からも信頼されているようです。 昨日、1ヶ月半ぶりに会ったらすごく痩せてたので慌てて泊らせて、お酒の力も借りてやっと「もうイヤだ」と零してくれました。 「いっそのこといなくなってくれればいいと思うけど、それはそれでやっぱりイヤだ。でもこれ以上、生活ぐちゃぐちゃにされるのもイヤだけど、助けられないのもイヤだ」と、声も出さずに泣くんです。 あんな風に泣いた友人を見るのは、出会ってから20年近くになりますが、初めてでした。 今日は、同期の子の結婚式の幹事打ち合わせで、式場に行くから、と言って、朝早くに帰って行きました。 それからずっと考えているんですが、私だけではいい案が浮かびません。 助けてあげたいんです。 どうすればいいんでしょうか。 何かアドバイスできることがあれば、どんな些細なことでもいいんです。 ただでさえ先日の地震で、たまたま出張していた頼りにしていた人を亡くして、それでも立ち直りかけていたのに。 こういった話題ではもう身近に頼れる人がいないのでは、と思います。 教えてください。 長文、乱文でほんとにすみません。 よろしくお願いいたします。

  • どんなことしても解決できないです。

    初めてこのサイトを利用させていただきます。impact9です。 20代後半の男性です。よろしくお願いします。 仕事について、そして自分のことについてもうどうしたらいいのか、 悩んでいます。というより、もう、助けてほしいです。 しんどくてつらいです。 自分は生まれてから他の子どもとは違う知的発達の遅れが微量にあったため、 違う環境で1,2段階以上の下げた教育を受け続け、高校まで上がり、 自分は幼い頃から勉強は好きではなく、絵を描くことが一番大好きであったため、 推薦で油彩専攻として美大に入学しました。 ここまでは、本当に自分の人生はこんな感じなんだなと自分自身思っていました。 自分は絵を描くことしか能がないんだという感覚です。 ですが、大学卒業に近づいてから、僕の人生が大きく狂い始まったのだと思います。 そして今も、こんな自分の人生いやだ。もういやだ。 だれか助けて としか頭の中ではそのことばかりよぎります。 大学卒業後、教授の紹介で特別支援学校の講師として 契約上2年間、お世話になりました。 美術の授業で頑張るぞ。と当時は不安と緊張の中で自分なりに頑張りました。 ですが、この2年間、自分にとってとても辛い環境でした。 職場の変な上下関係、変なしきたり、変な気配り、理不尽な差別と指示、 相談できる人なんて一人もいませんでした。研修なんてありません。 そしてなにより自分の能力の無さ、出来の悪さ、周りとの劣等感が大きく、 自分自身の努力の無さに許せず、悲しく、教師としての道を見て未来を考えると、 自分は向かない、やっていく自信がなくなり、退職をしました。 講師1年目での年末忘年会の2次会終了後の出来事、急に路上の真ん中に 呼び出されて30分ぐらい人通りもある中、説教受けたことが今でもトラウマとして 記憶にあります。 理由は「お前なんでほかの人と会話しないの?仕事やる気あるのか?」です。 なんで僕だけこんな目にあわなきゃいけないのか、なんで少し離れて見ている 同じ職場の人は助けに来てくれないのか、なんでこのタイミングなのか、 もうなにもかも訳がわからなく、帰りの中、男で恥ずかしいのですが、 泣きながら帰りました。 今でも忘れられません。その日までは、つらいけど仕事して頑張る気持ちが、 いっきに嫌になりました。今でもずっと、仕事したくないと思っています。 したくないです。仕事が嫌いです。そもそも、もう人との関わりがとてつもなく 嫌いになり、今でも人が嫌いです。大っ嫌いです。 なにもかも楽しくありませんでした。 退職後、ハローワーク通いで仕事を探し、 去年、全くの未経験としてプログラマに就職しました。 きっかけはハローワークでの紹介です。早く転職しなければという思いと、 働いて生活費を貯めないとという思い、そして やってみなくてはわからないとのことを考えて面接し、就職できました。 残業でも頑張ってみせようとも思っていました。 ですが、就く前からもですが、現在自分が思う気持ちは、 向いていない としか頭にありません。 先輩や上司も多忙のため、研修内容はほとんど自習。そして自分の場合は まだ研修内容は完全に完了していないのにもう仕事に入っています。 研修も僕の場合は物覚えが悪いため、設けられている期間を延ばさせて 頂いてしまう始末・・・ 勉強も永遠と終わりのない勉強内容に加え、自分にとってとてもとても難しすぎ、 とても楽しくなく、とてもつらいです。 そしてなにより就業時間が半端ない時間の残業、ほかの人をみると徹夜を 一週間もするひともザラだとか、朝九時から夜10、11時頃まで 就業、社長と主幹は女性であり、その二人だけ六、七時過ぎ頃に帰宅する という環境、とてつもなく社長も含め、数人が社内でのヘビースモーカーで タバコの匂いが今ではしっかり自分のスーツに染みついています。 心優しい人や、声をかけてくれるくれる人など全くいません。 相談できる人なんて一人もいません。というより、上司から 「個人的な悩みは受け付けないから」と先に言われ、 とても悩みました。この世の中はこんな人たちしかいないんだと 今でも思います。この間は社長の命令で自分が幹事として社員旅行に行きました。 物凄く楽しくなく、自分にとって監禁旅行を強いられているような感覚で、 毎日早く帰りたい気持ちで一杯の3日間でした。 職場の人たちと仕事内容に とても追いつけなく、追っていく自信が今でもありません。 また、聞いたことを忘れてしまったり、メモしてても分からなかったり、 聞いて、メモして、その時は理解していたつもりが全く違っていたりして、 もう自分自身に許せず、悲しくて、嫌で、生きていくのが辛いとも思っています。 初めから、生まれた時から自分は間違った存在なんだと、何を言われても、 考え直しても考え付くのはそれしかない感覚です。 なにもかも楽しくないです。趣味の馬やゲームも興味が薄くなり、 一番大好きだった絵も、嫌いになってきたようにも思います。 そう思うとますます悲しくなって仕方がありません。 転職したくても、したい仕事がいくら探しても、見つかりません。 残業なく、自分に合った裁量で、優しいたちに囲まれた環境、もしくは一人で 黙々とする環境、自分の時間を大切にでき、覚えることがあまりない仕事なんて、 無いのはわかってても、無い現実にとても生きていく自信がありません。 ただ、ただ耐えて我慢して甘えずに頑張って一日一日を過ごしていくだけで 自分にとって精一杯でこの先、もう楽しみも感じられず、不安が、不満が、 ストレスが、悲しみがあってもううんざりです。 もう自分の人生にうんざりです。 こんな世界大っ嫌いです。 頑張ろうとはもう思えないです。 こんな使えない自分、もう死んじゃえばいいとさえ思ってしまいます。 何もかも壊れてしまえ、みんな死んでしまえって思ってしまうときもあります。 会社辞めたら転職できる自信がない、 でも辞めたい、でもお金が無くなる、 なら我慢して仕事をする、でももういやだ、 でも怒られたり嫌われたり嫌な感じになるのもいやだ、 続けなくちゃ、でも残業・勉強・仕事内容どれも辛い、 でもやらなくちゃ、でも嫌なこと嫌いな人たちの中したくない、 転職したのにまた転職なんて、就職した自分が悪い、自己責任だから 責任持たなくちゃ、・・・・ もうなにもかも嫌です。消えたいです。 どうしたらいいのか、もう、わからないです。 なにをしてもダメだとしか思えないのです。 もう、僕の人生は終わっています。 絵とか、教師とか、ITとかもう仕事いやだ。 いまはプログラマの仕事なんて、就くんじゃなかったのかなと とても後悔と反省と悲しさでいっぱいです。 相談できる相手なんか、聞いてくれる人なんか、家族も聞いてくれません。 もういやです。 どうしたらいいのか、自分で考える気力もありません。 考えたくても考えたくありません。 どうしたらいいのか、もう、わかりません。 ただただ一日を我慢して過ごすだけです。それだけです。 この先、自分はどうしたらいいのでしょうか。 転職先を探す気力もないです。行動する気も起きません。 なにもかも嫌です。 長文失礼致しました。 今、思いつく限りの思いをここに書き込んだだけですので、 文章めちゃくちゃだと思います。 申し訳ございません。 見て頂くだけでも構いません。 スルーでも構いません。 強い言葉、否定的、攻撃的な回答は望んでいません。 何かを残したいと思い、ここに書き込ませていただきました。 よろしくお願いいたします。

    • impact9
    • 回答数10
  • 自分のことをAセクシャルでAロマンチック(参照:

    自分のことをAセクシャルでAロマンチック(参照: https://jobrainbow.jp/magazine/asexual-shindan)のように感じます。 その為、色々なことが理解できなく感じるし、どうも人と違った感情を物事に抱きやすいです。 どうして男はそんなに女に惹かれるか、どうして男は女のことを考えると自分が損しそうなことでもできるのか、女に占有されている属性に対して男はなぜ嫉妬心を持たずにむしろポジティブに受け止められるのか。 ここ周りがまるっと分かりにくいです。 ただこれのおそらく根っこは似ている気がします。 また付随事項として、僕自体がゲーム(RPG系が特に)好きなのですが、そこでも違和感を感じることがあります。 男性プレイヤーが女性主人公で遊ぶ人が多いことについてです。 僕は基本的に常時主人公が選べるなら男を選びますし、パーティ全員の性別も男ばかりで選んだ方が違和感が少ないです。 自分が主人公の立場で遊ぶのが一番世界観やストーリーに精神的に密になれて楽しめるし、面倒なレベル上げも強くなることだと思えば辛く感じないし、敵に負けたくないと思えるのもそれのせいだと思います。 ところがそう感じない人が知る限り多いみたいです。 女の方が見てて楽、着せ替え要素があるならそっちが良い、と言う人が多く、要は根っこを辿ると自分が主人公の立場になる訳ではなく、架空の異性を思うままに操作したいという気持ちを持つ人が多いのです。 僕はそっちはなにが楽しいのかよく分かりませんし、世界観やストーリーにどうやって没入すれば良いのかわかりません。 どうしてそこまでして女を操縦したいのかと思います。 もっともここはちょっと独立した付随要素なので今一緒に長く書きましたが、最初の話に戻りますね。 それをこれから一個ずつちょっと掘り下げます。 どうしてそんなに女に惹かれるのでしょう? まずここがよくしっくりきません。 一体どこがどう良いのか考えても頭がゴチャゴチャとしてしまいます。 次に、どうして男は女のために、自分が損するようなことでも厭わないのでしょう? 例を挙げるとまずは性犯罪。 これなんて捕まって失うものを考えれば、おおよそやる気は起きないかと感じます。 僕の場合はそれで得るものがなにも分からないので、やる意味不明です。 次に、僕の目線からだとあれですね。 相席屋みたいなお店は単なる性差別のお店にしか見えません。 なんで俺ら男が、知らねえ女の飲食代を全額負担しなきゃいけないのか、そんなことをする恩も義理も何もない相手に私財を差し出す必要がなぜあるのか。 ここが理解できないからです。 それにこの手のお店って基本逆は無く、男が女に一方的に貢いでる様にしか見えないことから、両方の意味で単なる性差別の店にしか思えません。 なぜこんなもんが成り立つのか全く理解に苦しんでいます。 こんな店が近所にできると単に不愉快極まらないです。 他にも飲み会やコンパの料金って女の方が安いことが多いですが、剰えそれを男の幹事がOKしちゃう意味が分かりません。 自分が損することを厭わないの?と感じます。 要は男が身を切って女に忖度していること全般が理解できません。 なぜでしょう? なぜそこまでするのでしょう? 次に女が占有していると思えることに男が不満を感じずに、むしろ占有していることを好ましく思う男が多いことが理解できません。 その際たるものを挙げると、エロ萌え属性、性的魅力に当たるものですね。 なおこの話をするに至って予備的要素として、変な話Aセクシャル要素が強い分、「フェティシズム」の属性は人より僕は遥かに強いと思います。 性的な発散要素が人でなければ、物しかなくなりますからね。 さてそれを踏まえて、男たちはエッチな格好をしている女が好きです。 僕自身もその「エッチな格好」という物や、そのためのアイテムには愛好するものがあります。 しかしその反面、ある種の嫉妬心のようなものを女に感じます。 どうして女だけがそういう格好をすることに対して市民権を得ているのか、男はなぜ市民権を得られないんだ。 というものです。 これはどうやらそういうアイテムが好きな他の男とは相容れない要素があるようで、男もそういうアイテムが使える日が来ると良いとか、そういうアイテムを愛用したいかどうかという話を持ちかけると、邪険に扱われてしまうことがほとんどです。 僕も他の男もそのアイテムが好きであるという点では共通点があると思います。 でも、僕はそのアイテムを自分も使いたい、女の物として占有させたくは無いという気持ちを持っていますが、なぜかほとんどの男は逆にそれを女に占有させておきたいと思っているのか、そこでどうしてもズレが生じます。 例えば男の人だと、ミニスカートやブルマに萌えや性的興奮を感じる人が多いですよね。 僕もそういうアイテムには魅力を感じています。 でも、僕はせっかくならミニスカートは、ちょうど昔の人の腰布とかチュニカの様に、男の人も着て楽しめるアイテムとして向き合って行きたいし、ブルマに関してもああいうアイテムを身につけたいと思ったり、男でもああいうアイテムで肉体美を表現することが許されればと感じるのです。 でもなぜかほとんどの男はそれを女に占有させたいようです。 どうしてそんなにそのアイテムが好きなのに、女に占有させるなんて、自分のものにならないことについてなんとも思わないのか、むしろそうすることを嫌悪するのかが理解できないと感じます。 こういった面で、一見好きなものが同じジャンルだと思える人とも、単に恋愛感情が無いということで理解がし合えないのはちょっと苦痛です。 そして恋愛感情について人に聞いても、持っているくせに分かってない人、説明できない人が多く、僕はあまり持たないものなのでもどかしく感じてしまいます。 そういう人間関係のことが一番ストレスではありますが、他にもフィクション作品を楽しむときには大体恋愛ってそこに入っているので、それがどういうことなのか、ヒロインの存在をなぜ男性視聴者が好むのかなどが理解できず、正直言って面白さが分からないので困っています。 恋愛容姿が無くとも女を登場させるとなぜそれが華になるのかもさっぱり分からず、それ以外に存在価値が薄い女キャラが出てくると単なる場違いキャラにしか見えないことが多くて、むしろ邪魔に感じるので困ってしまいます。 恋愛要素がなくて黙々と一人の男が強くなっていく、謎を解き明かしていく、といった話なら楽しめるんですけどね。 そんな訳で、Aロマンチック、Aセクシャル要素が強いせいで困っています。 どうやったら理解できるでしょうか? 人と会話するときに共感できないくてストレスがたまったり、娯楽作品が十分に楽しめなくなったりするので、気持ちが重たくなります。 できるものなら理解したいところです。

  • 自民党の世論誘導組織・チーム世耕

    自民党の世論誘導組織・・チーム世耕・インターネットサポータークラブ・カレイドスコープ は、次のような内容でだいたい合っているでしょうか。 自民党が2010年8月の総選挙で、民主党に大敗を期した直後、当時の官房長官河村建夫が、内閣官房機密費2億5千万円を引き出していたことが判明し、背任罪・詐欺罪で刑事告発された事件ですが、結局、嫌疑不十分で不起訴処分になっています。 当時、週刊誌の見出しには、河村一人で2億5千万円も飲み食いしたのかと、冗談ともつかないキャッチが踊っていました。 その後、テレビの報道でも大々的に取り上げられ、新聞記者、テレビ報道関係者などへの対マスコミ工作費として使われたのではないかと騒がれました。 官房機密費をもらっていたのではないかと常時、名前が挙がっていたのは田原総一郎、故・三宅久之ですが、これを追及していた上杉隆氏が、たかじんのそこまで言って委員会で三宅久之と顔合わせし、番組中で、官房機密費の使途をめぐって大バトルを繰り広げたことがあったとか。 狼狽した三宅久之は、断じて、ビタ一文もらっていないと強弁していましたが、後になってから、講演会の代理を頼まれたときに100万円、自民党からもらったと白状し謝罪しました。 また、自民党の幹事長だった野中広務も、評論家らに月々5000万円は渡していたと告白し、物議を醸したことを覚えています。 その他の、たとえば新聞の論説委員、解説委員、テレビの報道関係者なども疑われましたが、いつの間にか立ち消え。 すでに三宅や野中まで白状しているのですから、マスコミが真面目に追及しようと思えば、簡単にできたでしょうに、彼らはそれをやらなかったのです。 つまり、俺も、俺も、もらっていたというわけです。 福島第一原発事故が起こったとき、東電会長の勝俣恒久が、大マスコミや有名雑誌編集者など数十名を引き連れて中国視察旅行に行っていたことが分かりました。 視察旅行とは名ばかりで、その実、酒池肉林接待漬け旅行に他ならず、その目的は、マスコミのお偉いさん方に原子力の必要性を説いて世論誘導するため。 このときのマスコミは、原発推進派メディア、反対派メディアの別なく、東電と国の驚くべき洗脳の実態が明らかになるにつれて、東電の対メディア工作に対する批判を強めていきました。 しかし、官房機密費となると急に追及の手が緩むのです。 マスコミが自民党の官房機密費に想像以上に汚染されていたことが暴露されてしまうからです。 機密費とはいうものの、要するに銀座で飲み食いするだけの秘密のお仕事をこなすためのお手当てです。 原発マネーに汚染され、官房機密費に汚染され、次はなんだ、と、まるで、ダボハゼのような欲望の大きな口を開けて、何でも飲み込んでしまうのです。 とことん汚染されまくっている誠に汚ったならしい日本の大マスコミの恥ずかしいオヤジ連中ですが、自民党とは、つかず離れずの腐れ縁で、それは今でも生きているようです。 去年の12月16日の衆院選の開票日、午前中の開票速報番組にベタ付きで出演していた時事通信解説委員長の田崎史郎が、選挙結果をあらかじめ知っていたかのように、自民党もTPPに結論を早く出したほうがいいと唐突に言い出したのです。 そして、さらに私はTPPに参加すべきだと思いますけどねと念押しのコメント。 はは~ん、なるほどね、と思ったものです。 番組の司会者が、TPP問題になど、まったく触れていないというのに。 田崎史郎は、以前は小沢一郎とよく昼食をともにするほど仲が良かったということですが、小沢の政敵とも同様に会っていたことが小沢に知れてから急に二人の関係は冷めていったのです。 そうしたことから、小沢にある種の怨念めいた感情があったのかもしれません、マスコミというのは執念深い人間が多いです。 東京新聞・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋も、選挙前からTPPは交渉に参加してダメだったら途中で引き返せばいいとテレビに出演するたびに繰り返し話していたのですが、アルジェリア・テロ事件が起こった直後の朝生では、とうとう「日本はTPPに参加すべきだと2回目も繰り返し発言。 今までのTPP交渉でダメなら撤退」発言ではなく、いつの間にか「参加すべきという主張に変わっていたのには驚いた、自分でTPPの中身が分らないと発言しているにも関わらず。 案の定、ちゃっかり自民党の規制改革会議の委員に名を連ねています。 ネットサポーターというけれど結局自民党専属のアノニマス集団の事です。 自民党は、一般有権者の洗脳工作にも余念がありません。 小泉内閣のときのやらせタウンミーティング、愚民政策の柱であるB層作りなどなど、枚挙にいとまがありません。 すでに世間に広く知れわたることになったチーム世耕のネット工作は、さすがに手控えているかと思いきや、どっこいまだ生きているようです。 なにより強硬な原発推進派、世耕の仰天発言が世間をにぎわせました。 この男ほど、悪魔的で陰湿な国会議員はいないでしょうし、次の参議院選挙では絶対に落さなければならない男です。 さすが、アメリカの広告代理店・CIAで、国民洗脳術をみっちり仕込まれただけあります。 さて、この悪魔洗脳チーム・チーム世耕が、2010年に自民党ネットサポーターズクラブに発展拡大していたことをご存知でしょうか。 会員資格は日本国籍を有する18歳以上の男女で、簡単な登録を済ませれば会員証が送られてきて、晴れて反日売国運動に参加できるというわけです。 規約の中の活動内容に、自由民主党のパンフレット・ビラの配布およびポスティング活動・インターネット等を活用した各種広報活動・情報収集活動・会員相互の交流活動という説明書きがあります。 要するに、今までどおり、2のつく巨大掲示板や、その他の掲示板、ツイッターやフェイスブックなどのSNS、自民党の議員を無条件に支援する得体の知れないブログの掲示板に、サクラとなって、ちょうちんコメントを精力的に書き込むことを各種広報活動・情報収集活動などと言っているわけです。 さすがにチーム世耕の暗躍振りが世間の不評となり、仕方なく明るい場所に引っ張り出されたということです。 自民党を支援しているブロガーの何割かは、安倍晋三の支持母体と言っても差し支えない統一教会(CIAにコントロールされているグローバリストの道具であり、ヘリテージ財団のスポンサー)の信者であることが容易に分かるのですが、その掲示板への書き込みの幼稚さ、愚劣さは目を背けたくなるほどです。 事実に反すること、社会的道義にもとることに対して、やたら称讃はするやら、たった1~2行の意味のないコメントを延々と書き込むやら、誰が見ても、いわゆる工作員であることが一目で分かるような書き込みが、去年の選挙前から圧倒的な迫力で増えているのです。 初めて見る人は、コメントの意味は何もなくても、スレッドのコメントの数が多ければ、そのテーマについて人々の関心が高いと思い込んでしまいます。 スレッドのタイトルとコメント数だけで、閲覧者を誤った方向に誘導できるのです。 そうしたコメントは、同じ内容の繰り返しで言葉だけが踊っているのです。 何も、掲示板への書き込みだけではなく、前に一例として紹介した日本のTPP参加によるメリットとデメリットは?などのような、自民党の政策に沿ったスレッドを立てて、その中で自作自演を行うことによって、他の参加者を洗脳し、世論誘導を行うというようなサイトが多数できているのです。 自民党ネットサポーターズクラブは、仮に登録時は個人情報を書いたとしても、ネット上における世論誘導工作は匿名です。 参議院選挙に向けて、自民党ネット部隊の洗脳工作は、ますます激しさの度を増していくでしょう。 特に自分の視座や立脚点を持たない日本人は、コロッと誘導・洗脳されてしまい、無自覚なB層が出来上がってしまうのです。

  • 僕はとても弱い人間なので、強くなりたいです。

    23歳男性です。 先月、「人ごみと騒音が苦手」というカテゴリで質問させていただき、 たくさんの回答を見ることができて参考になりました。 また、少し相談させていただきたいと思います。 (相談の概要) 結論から言うと、僕は自分に自信がありません。 そして、そのために、他人に対し極度の劣等感があります。 それを克服したいです。 *あと、一応、僕は「アスペルガー障害」「パニック障害」の診断を受けていて、  通院・投薬治療を受けています。 以下、私のつまらない半生記(?)です。 ------------------------------------------------------------------- (今までのいきさつ) 僕は、幼いころから割と「お人よしでおとなしい」タイプで、 常に、他人に対して「お人よし」な感じで接してきました。 (まあ子供のころなんで当然なのですが) わりと「××(僕)くんはかわいいねぇ」とか「××くんは素直でいい子だ」とか 言われてきました。 親からも、「××は、他の子と比べると、大人のいうことを素直に聞く、おとなしい子」という 印象だったそうです。 いわゆる「優等生(?)」です。 ちょっと悪戯してみるとか、友達と喧嘩するとか、そういうことと全く無縁で、 ほんとうに「優等生」っぽい感じでした。 「優し」くて「素直」なんですね。 そして、その性格もあってか、幼いころは、人間が大好きでした。 (まあ幼児には、みんな優しく接してくれますから、当然なのかもしれないですけど(笑)) 同年代の子とも、できるだけ仲良くなりたいなーという気持ちでいっぱいでした。 学校に入ってからは、(自分でいうのもアレなんですが)成績優秀で、「優等生」でした。 そのかわり、体育・家庭科・図工など、体を使う科目は、真逆で、大の不得意でした。 「不器用」なんですね。 そして人間関係は・・・ テストの点はいいんだけど、どこか間抜け、ぼっーとしてるので、 変わり者扱いでした。 そして、あいかわらずお人よしなので、 ついつい、友達に対して下手(したて)に出てしまうんです。 「優しく、その子を傷つけないように・・・」、そういう変な神経をいっぱい使って、 人に接してきました。 そしたら、案の定、つけこまれて、 激しくいじめられました(笑) それが中学生ぐらいのころです。 その頃ぐらいから思い始めたのが、 「自分」と「周りの人間」は、何か違う、ということです。 (激しい劣等感:同世代編) そして、その頃から僕は激しい劣等感に襲われるようになりました。 なぜって、僕は、テストで点がとれて(笑)、先生の言うこともきちんと聞く 素直で真面目でいい子で、それにみんなと仲良くなりたいのに・・・、 周りの子から、なんか空気感が違うみたいな扱いをされて、 キモがられて、うっとうしがられるんです。 そして、「みんな」の友達関係は、なんか「ラフ」なんです。 タメ口で、ポンポン言い合って、楽しく笑いあう感じ。 僕は、そういうコミュニケーションが大の苦手でした。 僕は、なんか変なところがあって、 他人に対しては、友達であっても、 タメ口でポンポン言い合う関係までいかないんです。 「その人を傷つけたくない」という変(?)な思いが強いというのもあります。 また、僕は「失言」が多く、会話の中で、「他人が期待する、会話が弾む返答」が苦手でした。 なぜ・・・なんで・・・ 僕は、純粋にみんなと仲良くなりたいのに・・・ なんでなれないの・・・ その思いは、激しく私の人生観を揺さぶりました(笑) そしてその揺さぶりは、私の「クソマジメ」からくる「白黒思考」によって、 このような結果を生みました。 「周りの人間、全員、敵。」 今まで、人を信じて疑うことのなかった自分は、 人を疑うようになりました。 「アイツは俺をバカにしている」「アイツは俺を見下している」 「アイツは俺をキモイと思っているに違いない」 そして友人関係を作ることは、完全に難しくなりました。 高校に入っても、できるだけ人目を避けてひっそりと高校生活を送っていました。 大学に入っても、できるだけ人目を避けてひっそりと大学生活を送っていました。 ひとりでいれば、傷つくことはない。 人と関わると、見下される。バカにされる。傷つけられる。 その思いが強く、人付き合いは必要最低限に抑えていました。 一応こんな自分でも、部活やゼミに入って、会計係をしたり、 ゼミの幹事長をしたりと(今思うとなぜできたのか、不思議でしょうがないが)、 一応人付き合いはしていましたが、 嫌われるのを恐れ、 常に下手に出て、人の顔色をうかがい、 必要最低限の場にだけ参加して、あとは速攻、家に帰って、自分の世界に閉じこもっていました。 (激しい劣等感:大人になれないよ、編) そして中学生時代から思っていたことが、 自分がなかなか「大人になれない」ということです。 ・優しすぎる性格のせいか、少し「ナヨナヨ」した性格。 ・大人の常識=社会の常識が、なかなか身につかない。覚えられない。理解できない。  (タバコ・酒が20歳から、とかいうレベルは当然わかるんですが、   なんていうんでしょうね、暗黙のルールがわからないんです。   酒の席で上司に酒をつぐとか、そういう「気を利かせる」ことができないんです) ・大人の知識=社会の知識が、なかなか身につかない。覚えられない。というか興味がない。  (単純に、関心が持てないんです。経済の話とか、まったくついていけません) ・大人の雑談=社会の雑談が、なかなか身につかない、覚えられない。というか興味がない。  (これも、関心がないから、大人の雑談ができないんです。   僕が思う、大人の雑談は、「好きなやついんの?」系、「世間の関心事」系、   「組織の詳細事」系) ・大人の態度・気品が、なかなか身につかない  (ただでさえ童顔なので、幼くみえる   ちょっとナヨナヨなので、「こいつナヨナヨしてんな」と思われてるんじゃないかと不安に思う   「大人の男」「一般成人男性」「社会的に一般的な成人男性」になる自信が85%ない)  (自分の「大人の男」の理想像   ・恋愛経験あり   ・友人は普通にいる、リア充   ・仕事も順調   ・なんか頼もしい雰囲気   ・これぞ男   ・男だ 「大人の男」とかは完全に誇張ですけど・・・ ただ、上にあげた「大人の雑談」「大人の知識」「大人の常識」は、 僕の同級生は割とあるように感じました。 僕にはそれがないんです。 それが、たまらなく不安なんです。 「僕は、”大人の常識”がわからないまま、”大人の年齢”になっていいのだろうか・・・」 そして、その不安は、僕に「大人」に対する激しい恐怖心を抱かせました。 大人の世界のルール、僕はわからない・・・ そして、僕は、大人さえも、怖くなってくるようになってしまいました。 大人を見ると、委縮してしまうんです。 まるで、「お前は、半人前の、できそこないの、社会に必要ない廃棄物だ」というように 見られている気がするんです。 僕は、大人の前だと、すごく緊張してしまいますし、 すごく自己否定されている気がして、気が滅入ってしまいます。 大人と話すときは、なるべく自分も大人になろうと努力して、 全神経を使って、頑張って大人の会話をするんですが、終わった後はへとへとです。 そして、「大人になりたくないよ・・・」と、まるでピーターパンのようになってしまいます。 大人になることに、激しい恐怖感を覚えます。 (そして、社会人になり) 社会人になった私は、やっぱり障害にぶつかりました。 大人の世界での、責任・・・ 職場内での上司・同僚とのやりとり、お客様との対応など・・・ 配属された職場では、大人の常識が僕にはないので、 「ちょっと変わってる人」扱いされました。 仕事も、不器用すぎて、ミスの連続、叱られる毎日。 雑談もできない。社会人としての品格がゼロ。 苦痛の毎日でした。 そして、なにより、電車通勤や人ごみも苦痛でした。 学生時代から感じていたのですが、人の視線が気になるのです。 そして何より、視界に入る大量の人間が気になるのです。 楽しそうにつるんでいる若者の群れ・・・うらやましい・・・ひがんでしまう・・・ 自分には、あんな青春時代、皆無だった・・・ 厳しい大人たち・・・怖い・・・厳しい・・・ 僕は、大人たちの世界で、きちんと自分の責任を果たせる能力がない・・・ 僕は、大人になれない・・・ そんなことが、頭のなかでぐるぐる巡って、そして 電車の中で意識を10回ぐらい失い、精神病院に運ばれました。 ------------------------------------------------------ (そして) 仕事を辞めて、ニートを数か月やり、また再就職しました。 状況は変わりません。 若者にはコンプレックスを抱き、大人には恐怖を抱く毎日です。 私に希望の光をください。 解決策をください。 もうネットしか頼れません。 きちんと給料稼いで、自立したいんです。 私は、ただ心が安定した日々を送りたいんです。それだけなんです。 多少の仕事のストレスはもちろん耐えます。 でも、それ以外の過去のトラウマがありすぎて、もう限界です。 泣きそうです。 昨日も嗚咽して、吐きました。 頓服薬も飲みました。 助けてください。 頭がおかしくなりそうです。 できるだけ早く精神科の受診は受けます。

    • aaa2315
    • 回答数1
  • 僕はとても弱い人間なので、強くなりたいです。

    重複投稿ですみません。 23歳男性です。 先月、「人ごみと騒音が苦手」というカテゴリで質問させていただき、 たくさんの回答を見ることができて参考になりました。 また、相談します。 (相談の概要) 結論から言うと、僕は自分に自信がありません。 そして、そのために、他人に対し極度の劣等感があります。 それを克服したいです。 *あと、一応、僕は「アスペルガー障害」「パニック障害」の診断を受けていて、  通院・投薬治療を受けています。 以下、私のつまらない半生記(?)です。 ------------------------------------------------------------------- (今までのいきさつ) 僕は、幼いころから割と「お人よしでおとなしい」タイプで、 常に、他人に対して「お人よし」な感じで接してきました。 (まあ子供のころなんで当然なのですが) わりと「××(僕)くんはかわいいねぇ」とか「××くんは素直でいい子だ」とか 言われてきました。 親からも、「××は、他の子と比べると、大人のいうことを素直に聞く、おとなしい子」という 印象だったそうです。 いわゆる「優等生(?)」です。 ちょっと悪戯してみるとか、友達と喧嘩するとか、そういうことと全く無縁で、 ほんとうに「優等生」っぽい感じでした。 「優し」くて「素直」なんですね。 そして、その性格もあってか、幼いころは、人間が大好きでした。 (まあ幼児には、みんな優しく接してくれますから、当然なのかもしれないですけど(笑)) 同年代の子とも、できるだけ仲良くなりたいなーという気持ちでいっぱいでした。 学校に入ってからは、(自分でいうのもアレなんですが)成績優秀で、「優等生」でした。 そのかわり、体育・家庭科・図工など、体を使う科目は、真逆で、大の不得意でした。 「不器用」なんですね。 そして人間関係は・・・ テストの点はいいんだけど、どこか間抜け、ぼっーとしてるので、 変わり者扱いでした。 そして、あいかわらずお人よしなので、 ついつい、友達に対して下手(したて)に出てしまうんです。 「優しく、その子を傷つけないように・・・」、そういう変な神経をいっぱい使って、 人に接してきました。 そしたら、案の定、つけこまれて、 激しくいじめられました(笑) それが中学生ぐらいのころです。 その頃ぐらいから思い始めたのが、 「自分」と「周りの人間」は、何か違う、ということです。 (激しい劣等感:同世代編) そして、その頃から僕は激しい劣等感に襲われるようになりました。 なぜって、僕は、テストで点がとれて(笑)、先生の言うこともきちんと聞く 素直で真面目でいい子で、それにみんなと仲良くなりたいのに・・・、 周りの子から、なんか空気感が違うみたいな扱いをされて、 キモがられて、うっとうしがられるんです。 そして、「みんな」の友達関係は、なんか「ラフ」なんです。 タメ口で、ポンポン言い合って、楽しく笑いあう感じ。 僕は、そういうコミュニケーションが大の苦手でした。 僕は、なんか変なところがあって、 他人に対しては、友達であっても、 タメ口でポンポン言い合う関係までいかないんです。 「その人を傷つけたくない」という変(?)な思いが強いというのもあります。 また、僕は「失言」が多く、会話の中で、「他人が期待する、会話が弾む返答」が苦手でした。 なぜ・・・なんで・・・ 僕は、純粋にみんなと仲良くなりたいのに・・・ なんでなれないの・・・ その思いは、激しく私の人生観を揺さぶりました(笑) そしてその揺さぶりは、私の「クソマジメ」からくる「白黒思考」によって、 このような結果を生みました。 「周りの人間、全員、敵。」 今まで、人を信じて疑うことのなかった自分は、 人を疑うようになりました。 「アイツは俺をバカにしている」「アイツは俺を見下している」 「アイツは俺をキモイと思っているに違いない」 そして友人関係を作ることは、完全に難しくなりました。 高校に入っても、できるだけ人目を避けてひっそりと高校生活を送っていました。 大学に入っても、できるだけ人目を避けてひっそりと大学生活を送っていました。 ひとりでいれば、傷つくことはない。 人と関わると、見下される。バカにされる。傷つけられる。 その思いが強く、人付き合いは必要最低限に抑えていました。 一応こんな自分でも、部活やゼミに入って、会計係をしたり、 ゼミの幹事長をしたりと(今思うとなぜできたのか、不思議でしょうがないが)、 一応人付き合いはしていましたが、 嫌われるのを恐れ、 常に下手に出て、人の顔色をうかがい、 必要最低限の場にだけ参加して、あとは速攻、家に帰って、自分の世界に閉じこもっていました。 (激しい劣等感:大人になれないよ、編) そして中学生時代から思っていたことが、 自分がなかなか「大人になれない」ということです。 ・優しすぎる性格のせいか、少し「ナヨナヨ」した性格。 ・大人の常識=社会の常識が、なかなか身につかない。覚えられない。理解できない。  (タバコ・酒が20歳から、とかいうレベルは当然わかるんですが、   なんていうんでしょうね、暗黙のルールがわからないんです。   酒の席で上司に酒をつぐとか、そういう「気を利かせる」ことができないんです) ・大人の知識=社会の知識が、なかなか身につかない。覚えられない。というか興味がない。  (単純に、関心が持てないんです。経済の話とか、まったくついていけません) ・大人の雑談=社会の雑談が、なかなか身につかない、覚えられない。というか興味がない。  (これも、関心がないから、大人の雑談ができないんです。   僕が思う、大人の雑談は、「好きなやついんの?」系、「世間の関心事」系、   「組織の詳細事」系) ・大人の態度・気品が、なかなか身につかない  (ただでさえ童顔なので、幼くみえる   ちょっとナヨナヨなので、「こいつナヨナヨしてんな」と思われてるんじゃないかと不安に思う   「大人の男」「一般成人男性」「社会的に一般的な成人男性」になる自信が85%ない)  (自分の「大人の男」の理想像   ・恋愛経験あり   ・友人は普通にいる、リア充   ・仕事も順調   ・なんか頼もしい雰囲気   ・これぞ男   ・男だ 「大人の男」とかは完全に誇張ですけど・・・ ただ、上にあげた「大人の雑談」「大人の知識」「大人の常識」は、 僕の同級生は割とあるように感じました。 僕にはそれがないんです。 それが、たまらなく不安なんです。 「僕は、”大人の常識”がわからないまま、”大人の年齢”になっていいのだろうか・・・」 そして、その不安は、僕に「大人」に対する激しい恐怖心を抱かせました。 大人の世界のルール、僕はわからない・・・ そして、僕は、大人さえも、怖くなってくるようになってしまいました。 大人を見ると、委縮してしまうんです。 まるで、「お前は、半人前の、できそこないの、社会に必要ない廃棄物だ」というように 見られている気がするんです。 僕は、大人の前だと、すごく緊張してしまいますし、 すごく自己否定されている気がして、気が滅入ってしまいます。 大人と話すときは、なるべく自分も大人になろうと努力して、 全神経を使って、頑張って大人の会話をするんですが、終わった後はへとへとです。 そして、「大人になりたくないよ・・・」と、まるでピーターパンのようになってしまいます。 大人になることに、激しい恐怖感を覚えます。 (そして、社会人になり) 社会人になった私は、やっぱり障害にぶつかりました。 大人の世界での、責任・・・ 職場内での上司・同僚とのやりとり、お客様との対応など・・・ 配属された職場では、大人の常識が僕にはないので、 「ちょっと変わってる人」扱いされました。 仕事も、不器用すぎて、ミスの連続、叱られる毎日。 雑談もできない。社会人としての品格がゼロ。 苦痛の毎日でした。 そして、なにより、電車通勤や人ごみも苦痛でした。 学生時代から感じていたのですが、人の視線が気になるのです。 そして何より、視界に入る大量の人間が気になるのです。 楽しそうにつるんでいる若者の群れ・・・うらやましい・・・ひがんでしまう・・・ 自分には、あんな青春時代、皆無だった・・・ 厳しい大人たち・・・怖い・・・厳しい・・・ 僕は、大人たちの世界で、きちんと自分の責任を果たせる能力がない・・・ 僕は、大人になれない・・・ そんなことが、頭のなかでぐるぐる巡って、そして 電車の中で意識を10回ぐらい失い、精神病院に運ばれました。 ------------------------------------------------------ (そして) 仕事を辞めて、ニートを数か月やり、また再就職しました。 状況は変わりません。 若者にはコンプレックスを抱き、大人には恐怖を抱く毎日です。 私に希望の光をください。 解決策をください。 もうネットしか頼れません。 きちんと給料稼いで、自立したいんです。 私は、ただ心が安定した日々を送りたいんです。それだけなんです。 多少の仕事のストレスはもちろん耐えます。 でも、それ以外の過去のトラウマがありすぎて、もう限界です。 泣きそうです。 昨日も嗚咽して、吐きました。 頓服薬も飲みました。 助けてください。 頭がおかしくなりそうです。 できるだけ早いうちに受診はします。

    • aaa2315
    • 回答数2
  • 高校三年の男です。学校に行けなくて困っています。

    長文になり読みにくくなってしまっています。 申し訳ありません。 あたたかい御反応をいただけたら幸いです。 よろしくお願いいたします。 今学期から高三生となりました。 学期初めの始業式、HRなど三日間程登校することができましたが、 以降先週は全く登校することができませんでした。 「一週間休んだくらいで」とか「甘えないで行け」とか思われてしまうのだと思います。 でもなぜか自分でもわかりきってるそんな簡単な『一歩』がどうしても踏み出せないのです。 話が脱線して申し訳ないのですが、少し僕自身の昔話をさせていただきます。 僕は小さい頃から忘れ物が多かったりすぐに物を落としたりしてしまう子でした。 そんな僕は集中力と頑固すぎるほどの真面目さがあり、そのおかげが某国立小学校に運良く入学することができました。 その後、少し特殊な環境ではありましたが何の変哲もない小学校生活を送り、附属の中学校へと内部進学しました。 附属と言えど軽い進学試験はありましたが到底「受験」と呼べるようなものではありませんでした。 中学校では小学校からの付き合いがほとんどという環境や、持ち前のコミュニケーション能力の高さからいつの間にか部活やクラスの中心・先頭的存在となっていました。 他学年からの知名度も高く、校内では割と有名な存在でした。 (主観的、客観的また医学的にも見た僕の長所の一つのようです。) しかし、そんな人間関係や娯楽等にうつつを抜かしているうちに成績はどんどん落ちていき、高校の内部進学を自主的に断念しました。 受かるだろうと教員からは言われていたのですが、さらにハイレベルになる高校の授業への不安や、今までずっと同じ仲間たちと同じ世界で生きてきていたので外に出てみたくなった為、外部受験を決意しました。 今振り返ってみると、 故意ではありませんが『「憧れの対象」としていつの間にか見られるような存在になっていた自分』と『本当の自分』とのギャップに無意識に耐え切れなくなっていた事、そして試験に落ちてしまった未来の自分を想像したときに、格好悪いことですが「憧れの対象」としてのプライドが許さなかったのだと思います。 そして現在通っている某都立校に進学しました。 9年間も同じ仲間がいるぬるま湯のような環境で過ごした僕は、案の定、入学当初から友達ができず孤立していました。 誰かに声をかけることは苦手ではないのですが、初めて知らない人たちの中に埋もれた緊張と動揺から何もできず塞ぎ込んでしまいました。 とは言え他クラスに小中と一緒の学校の親友がいたり、中学校から始めたハンドボール部に入ったりと徐々に交友関係も広がり、平凡な日々を過ごしていました。 そんな「平凡な日々」をすごす「平凡な自分」の脳裏を過ぎるのは「憧れの対象」だった『過去の自分』でした。 今の「平凡な生活」に不安はありませんでした。 あの日々も今思えば幸せで、大切な大切な毎日でした。 しかし愚かで無知で子供だった僕は『過去』にとらわれ続けていました。 昔のクラスメート、チームメイトなどと頻繁に会い、中学校にもよく遊びき行き同窓会の幹事も担当しました。 そんな自分への自己嫌悪、かつての同級生からどう思われているか悲観的にとらえてしまったこと、また当時のクラスメートたちへの申し訳なさなどで、 僕の中の何かが弾け、崩れてしまいました。 2012年10月雨が降っていた登校日のある土曜日のことでした。 制服を着た僕は、どうしても学校に行きたくなくて「行ってきます」と親に伝えたまま雨の中当てもなく自転車をとばしました。 行き着いた先は、中学のクラスメートとBBQ等の同窓会をした海浜公園でした。 呆然とした僕は降りしきる雨の中、柵の向こうの荒れ狂う海を見つめていました。 どれだけの間そうしていたかは覚えていません。 ただ、柵に手をかけ乗り越えようと力を込めた時に近くに清掃員の方がいたのを見つけ我にかえったことだけは覚えています。 その日は、無断欠席、連絡手段のシャットアウト等を柄にもなくしてしまったため、あと少しで警察沙汰になるところでした。 それから僕は学校に行けなくなりました。 混同してしまいそうな複雑な話、かつ拙い文のため読解しにくく申し訳ありません。 これは二年前、高1の時のことです。 精神状況が不安定なままの不登校は続き、精神科にも数件伺いました。 そして自分に合った医師、カウンセリングの先生と巡り合うことができ徐々に回復していった僕は単位や出席単位もギリギリではありましたが保持し、無事高校二年生に進級することができました。 当時診断された病名は「躁鬱状態」でしたが、理性もあり「うつ病」とはっきり診断することはできなかったようです。 高校二年生になった僕は、初夏頃に親身に支えてくれる良きパートナーもでき、また「平凡な」高校生活を過ごしていました。 しかしちょうどその頃から、高1のときに仲が良かったクラスメートが僕と同じような状態になり不登校になってしまいました。 「仲間が苦しんでいる」それだけでも放っておけない性格に加え、「自分と同じ苦しみを味わっているのか」といてもたってもいられなくなった僕は元クラスメートの仲間たち等と学校前の早朝に家まだ迎えに行ったりと自分勝手に尽力しました。 しかし彼は結局、戻ってくることはありませんでした。 もっと的確な対応ができたのではないか、無我夢中になりすぎて距離感を間違えすぎていたのではないか、 あの頃のことを思うと後悔ばかりがあふれてきます。 そしてその影響からか、僕自身もまたちらほらと学校を休み始めてしまいます。 パートナーの支えもあり何とか登校することが増え安定してきたと思っていました。 しかし9月に行われる文化祭関連で一悶着あったりと段々僕の心内は崩れそうになっていきます。 不安定な僕はパートナーを無意識に傷つけ疎遠になっていき11月のはじめに別れました。 対象喪失によりここで崩れると思いきや持ちこたえ、後悔と感謝とこれから頑張ろうという気持ちで悲しみを誤魔化していました。 そんな不安定すぎる状態のまま行った修学旅行で全てが崩れました。 独りになりたくてもなれず、ハードなスケジュールにもついていけず、だれとも会いたくなくなってしまっていた状態での集団行動。 地獄でした。 修学旅行明けの一週間程は自分を誤魔化し登校していましたが、本当の地獄はこれからでした。 一学期、二学期でちょくちょく休んでいたツケがここで来ました。 誰とも会いたくない独りでいたい。 何もしたくない何をする気も起きない。 でも、 欠席すると日数の関係で退学。 考査である程度の点数を取らないと成績不良で退学。 学校からは「もう諦めろ」という圧力。 元来の性格から本音を隠し偽り、抱え込むタイプで誰にも頼れず、 ただただ夢か現実かもわからない毎日を独りで生きました。 登校し、机に伏せ、誰とも話さず、必要な授業のみ出席し、めまいで倒れそうになりながら帰宅。 話す相手は母親かカウンセリングの先生、精神科の先生、担任の先生くらいでした。 あの頃、本当に「現実に」生きていたのかは今でもわからないほど辛辣な日々でした。 しかし大人の方々の支えと自身の意地で出席も成績もクリアした僕は段々と「普通」に戻ることができました。 そんな日々のなかで嫌になるほど自分と向き合い、様々なことを学びました。 対処法や自分への対応についてたくさん、たくさん知りました。 でも、現在学校に行けません。 春秋に起こる季節性の躁鬱かもしれませんが、不思議と今の心は安定しています。 ただ自分の四肢が異物であるような感覚など、過去の感覚を彷彿とさせるようなことがあるのも事実です。 精神薬、睡眠薬、ADHD(注意欠陥、多動症)の傾向があるのでその作用を抑える薬は一年以上服用していて自己管理できています。 先日は抗鬱剤を処方されました。 学校に行きたくないわけじゃないのですが、行きたいわけでもなくて… 今の引き籠り生活に悪い意味で慣れてしまったのかもしれません。 どうしても、どうしても「一歩踏み出す勇気」がでません。 「きっかけを作ろうとする意欲」がわきません。 「頑張ろう」って、思えないんです。 たったこれだけの読みにくい昔話じゃ僕のことを大して知っていただけないとは思います。 でももう、自分じゃどうすればいいか「わかってる」のに出来なくて。 どうしたらいいか「わからなくて」。 仲間に頼れなくて自分に溺れる弱虫な僕にはもう顔の見えない第三者的立場の皆様にご意見をうかがうのが精いっぱいで… 長々とした内容になってしまい申し訳ありません。 最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。 それだけでも感謝の気持ちで一杯で少し気も楽になった気もします。 助けてください、とは言いません… 何かあたたかいお言葉、アドバイス等いただけたら、とても、とても嬉しいです。 よろしくお願いいたします。

  • 創価学会は数十件の大犯罪の前科(証拠有)をなぜ隠す

    創価学会は平和や人権を標榜しながら、凄惨、陰湿で組織的な犯罪を幾度となく起こし、社会問題に発展したことも何度かあります。 異常な行動、言動が多いため、世界的には異端宗教とみなされ、 人権意識の高い、フランス、ドイツ、ベルギー、オーストリア、チリからは、既にカルト指定を受けています。 これはどういうことですか? 理由をお聞かせください。 新聞、雑誌、テレビ報道、ネット辞書サイト(Wikipedia)、創価学会幹部の告発書に書かれている、創価学会の組織犯罪件数があまりに多すぎます。小さい事案を含めれば、300件を軽く超えます。 辞書サイトWikipediaや新聞記事を例に出して、創価学会の組織犯罪をお見せしますね。 ●言論出版妨害事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AB%96%E5%87%BA%E7%89%88%E5%A6%A8%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6 https://torideorg.web.fc2.com/tap/tap1.htm 創価学会と公明党が自らに批判的な書籍の出版、流通を阻止するために、著者、出版社、取次店、書店等に圧力をかけた、戦後最大級の言論妨害事件。憲法を侵害するものだとして激しい社会的批判にさらされた。 出版予告が掲載された直後から、出版元に抗議や脅迫の電話や手紙等が多数寄せられる。 著者 藤原弘達への手紙や電話等による嫌がらせや脅迫が始まる。 藤原は身の安全を図るため、都内のホテルを転々として出版に向け執筆を続け、段ボール箱に3 箱以上も嫌がらせの投書が来たり、警察が子供に警備をつけなくてはならないほど脅迫が相次いだという。 創価学会北条会長が藤原氏をホテルに呼び出し、「いくらペンネームを用いて学会を批判しようとも、全国的に張りめぐらされている学会の情報網に引っかからない虫ケラはいないのだ。創価学会という像は、お前ごとき蟻でも全力で踏みつぶす。」と脅迫した。 西日本新聞のケースでは、版元の文部大臣から出版中止を要求されるなど、様々な圧力が加えられた。 社長は出版社に正体不明の者から、「暴力団を向けるぞ」と脅迫され、暴力団風の男が身辺につきまとうようになるなど、周囲からの圧力でノイローゼ状態に陥り失踪したことなどから初版は出版されず絶版となる。後に出版社も印刷所も倒産した。 公明党が自民党幹事長の田中角栄(当時)に、言論妨害を依頼していた国会で明らかとなると、出版業界や宗教界から激しい非難があがった。 創価学会は解散の手前まで追い詰められるも、創価学会と公明党を建前上分離する(政教分離)を約束することで解散を逃れた。 ●共産党委員長宮本顕治宅 盗聴事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E9%A1%95%E6%B2%BB%E5%AE%85%E7%9B%97%E8%81%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6 https://torideorg.web.fc2.com/ikesho.html 日本共産党委員長であった宮本顕治宅の電話回線が創価学会の学生部幹部数名により盗聴されるという被害にあった。 宮本委員長は特定の個人は不明としながらも宗教法人としての創価学会に対して、盗聴被害の損害賠償を求める民事訴訟を起こした。1988年、東京高等裁判所での控訴審の判決後、学会側が最高裁判所への上告を取り下げたことにより、創価学会側の敗訴が確定した。 言論出版妨害事件追及の急先鋒にあった共産党の弱みを握って潰すために、委員長宅を盗聴をしていたことが関係者の証言から明らかとなっている。 ●携帯電話通話記録窃盗事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%90%BA%E5%B8%AF%E9%9B%BB%E8%A9%B1%E9%80%9A%E8%A9%B1%E8%A8%98%E9%8C%B2%E7%AA%83%E7%9B%97%E4%BA%8B%E4%BB%B6 2002年、創価学会幹部と創価大学の課長、NTTドコモに勤務する創価学会員ら3名が共謀して通話記録を盗み、被害者に嫌がらせをした容疑で逮捕された事件。 ジャーナリストの乙骨正生の通話記録や創価学会に対立する団体幹部、脱会者らの通話記録を盗んでいた。 被害者で元創価学会員の女性ら2人が、東京地検に告発状を送付した。 その後の調べで、創価学会に不都合な人物30名以上の情報を盗んでいたことが発覚。 被害者らは、教団の敵対者の個人情報入手と嫌がらせが目的であったと、被害者シンポジウムで批判した。 日大名誉教授の北野弘久、政治評論家の屋山太郎は「新聞を読んでも、事件の裏側が分からないことが問題。知らないうちに気に入らない相手の情報を手に入れ悪用する。なにより一般の人ではとてもこんな組織的な広がりを持ちえない。つまり大犯罪を起こしえる組織力を間違いなく持っている」とコメントした。 ●Yahoo! BB顧客情報漏洩事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/Yahoo!_BB%E9%A1%A7%E5%AE%A2%E6%83%85%E5%A0%B1%E6%BC%8F%E6%B4%A9%E4%BA%8B%E4%BB%B6 2004年、450万人分ものYahoo! BB登録者の個人情報が漏洩している事が発覚。 この情報に対して、BB社に現金を要求していたソフトバンク関連元社員らが逮捕された。 逮捕された3名のうち、2名は創価学会の謀略部隊所属で、言論出版妨害事件の前科者だったことが話題となった。 残りの1名は右翼団体の幹部であった。 『日刊ゲンダイ』と『東京新聞』が、創価学会幹部の計画的犯行であることを報道。 ●練馬区投票所襲撃事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%B4%E9%A6%AC%E5%8C%BA%E6%8A%95%E7%A5%A8%E6%89%80%E8%A5%B2%E6%92%83%E4%BA%8B%E4%BB%B6 東京・練馬区の第4選挙投票所において、午後6時の投票終了後に創価学会員の2名が投票に訪れた。 係員が投票終了後のため投票できないことを告げると信者は激高。数百人が投票所を取り囲んで襲撃。 女性・高齢者を含む投票立会人4人に暴言、集団暴行を加え流血させ、土下座謝罪を強要した。 ●創価学会偽造写真事件 http://www.correct-religion.com/ryouran/html/souka_5.html https://torideorg.web.fc2.com/gosei/gsqt.htm 創価学会は、違法に入手した写真を変造し、被害者が性的錯乱している異常者のごとく見せる写真をつくり誹謗中傷した。 この偽造写真を創価学会の機関紙にも掲載された。 東京高裁は、写真変造は被害者を中傷することが目的に行われたものであり、極めて違法と断罪した。 創価学会はこの事件の前にも、被害者がシアトルで売春騒動を起こしたなどと性スキャンダルをでっちあげて、裁判所から断罪されたことがあった。 ●創価学会違法ビラ事件 https://web.archive.org/web/20200922154550/https://matome.naver.jp/odai/2153398119029601801 http://wikimatome.org/wiki/%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E9%81%95%E6%B3%95%E3%83%93%E3%83%A9%E4%BA%8B%E4%BB%B6 創価学会は他宗教と他宗教信者を中傷する違法なビラを10都府県、34市区にわたり10万枚以上を配布掲載。 オウム真理教の麻原彰晃と並べて印刷し、オウム真理教がおこした事件の共犯のごとく見せる偽造写真を添付していた。 創価学会は280万円の支払いを命じられた。 ●大阪事件 創価学会陣営が煙草などで有権者を買収したとして数十名の学会員が逮捕、起訴された事件。 大阪地方検察庁特別捜査部は、当時の創価学会理事長・小泉、渉外部長・池田を始め、創価学会員数十名を公職選挙法違反で逮捕・起訴した。 47名の有罪が確定。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E4%BA%8B%E4%BB%B6_(%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A) ●顕正会盗撮事件 2017年5月、創価学会の謀略部隊3人が、創価学会と対立する宗教団体「顕正会」の施設に侵入し、盗撮を繰り返した。 偽名を使って侵入したことが職員に見抜かれ、あえなく御用となった。 http://www.soka-news.jp/2017-5-16.html ●創価学会本部 発砲事件 暴力団後藤組と親しかった創価学会は、富士宮市の地上げや政争問題を機に対立してから、後藤組と争いや抗争が絶えず、1981年4月、ついには創価学会本部で組員が発砲事件が起こした。 暴力団後藤組の元組長が回顧録「憚りながら」で発砲事件を暴露した。 https://cultbokumetsukonzetsu.web.fc2.com/04shoseki01.html http://www.soka-news.jp/boryokudan.html

  • 創価学会は前科が非常に多いカルトですが問題ないの?

    創価学会は50年も前から、言論妨害事件、盗聴事件、携帯通話記録窃盗事件、個人情報漏洩事件などの多数の組織犯罪を行い、社会問題に発展し、社会から激しい非難にさらされてきました。 マスコミの報道や裁判所の記録を見るたびに、犯罪の悪質性や犯罪歴の多さに驚かされ、激しい不快感に見舞われます。 極めて犯罪性の高い非合法組織と連立政権を組む自民党も、非合法組織ということですか? 反社会的組織が政権運営していて日本は沈没しませんか? 大丈夫? 創価学会の歴史を振り返ってみましても、 1950~1970年頃の暴力勧誘。 1965~1970年頃にかけて行われた戦後最大級の言論妨害・出版妨害事件。 1980年頃に多発した暴力団・後藤組と提携して行われた暴力事件や殺人事件 1990~2010年にかけて行われた宗教戦争。 2000年以降、頻発している盗聴事件や嫌がらせなどの事案。 創価学会は自民党の犬として政権与党と一部になったことで、教団の大悪を報じるマスコミは減り、大事件に創価学会が関わっていたこともあまり報道されなくなったので、教団の有害性は目立たなくなってきました。 辞書サイトWikipediaやニュースサイトから、創価学会が起こした事件の概要を転記します。 言論出版妨害事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AB%96%E5%87%BA%E7%89%88%E5%A6%A8%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6 創価学会と公明党が自らに批判的な書籍の出版、流通を阻止するために、著者、出版社、取次店、書店等に圧力をかけた、戦後最大級の言論妨害事件。憲法を侵害するものだとして激しい社会的批判にさらされた。 出版予告が掲載された直後から、出版元に抗議や脅迫の電話や手紙等が多数寄せられる。 著者 藤原弘達への手紙や電話等による嫌がらせや脅迫が始まる。 藤原は身の安全を図るため、都内のホテルを転々として出版に向け執筆を続け、段ボール箱に3 箱以上も嫌がらせの投書が来たり、警察が子供に警備をつけなくてはならないほど脅迫が相次いだという。 創価学会北条会長が藤原氏をホテルに呼び出し、「いくらペンネームを用いて学会を批判しようとも、全国的に張りめぐらされている学会の情報網に引っかからない虫ケラはいないのだ。創価学会という像は、お前ごとき蟻でも全力で踏みつぶす。」と脅迫した。 西日本新聞のケースでは、版元の文部大臣から出版中止を要求されるなど、様々な圧力が加えられた。 社長は出版社に正体不明の者から、「暴力団を向けるぞ」と脅迫され、暴力団風の男が身辺につきまとうようになるなど、周囲からの圧力でノイローゼ状態に陥り失踪したことなどから初版は出版されず絶版となる。後に出版社も印刷所も倒産した。 公明党が自民党幹事長の田中角栄(当時)に、言論妨害を依頼していた国会で明らかとなると、出版業界や宗教界から激しい非難があがった。 創価学会は解散の手前まで追い詰められるも、創価学会と公明党を建前上分離する(政教分離)を約束することで解散を逃れた。 共産党委員長宮本顕治宅 盗聴事件 ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E9%A1%95%E6%B2%BB%E5%AE%85%E7%9B%97%E8%81%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6 日本共産党委員長であった宮本顕治宅の電話回線が創価学会の学生部幹部数名により盗聴されるという被害にあった。 宮本委員長は特定の個人は不明としながらも宗教法人としての創価学会に対して、盗聴被害の損害賠償を求める民事訴訟を起こした。1988年、東京高等裁判所での控訴審の判決後、学会側が最高裁判所への上告を取り下げたことにより、創価学会側の敗訴が確定した。 言論出版妨害事件追及の急先鋒にあった共産党の弱みを握って潰すために、委員長宅を盗聴をしていたことが関係者の証言から明らかとなっている。 携帯電話通話記録窃盗事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%90%BA%E5%B8%AF%E9%9B%BB%E8%A9%B1%E9%80%9A%E8%A9%B1%E8%A8%98%E9%8C%B2%E7%AA%83%E7%9B%97%E4%BA%8B%E4%BB%B6 2002年に創価学会幹部、創価大学の課長、NTTドコモに勤務する職員ら3名が共謀して通話記録を盗み、被害者に嫌がらせをした容疑で逮捕された事件。 ジャーナリストの乙骨正生の通話記録や創価学会に対立する団体幹部、脱会者らの通話記録を盗んでいた。 被害者で元創価学会員の女性ら2人が、東京地検に告発状を送付した。 その後の調べで、創価学会に不都合な人物30名以上の情報を盗んでいたことが発覚。 被害者らは、教団の敵対者の個人情報入手と嫌がらせが目的であったと、被害者シンポジウムで批判した。 日大名誉教授の北野弘久、政治評論家の屋山太郎は「新聞を読んでも、事件の裏側が分からないことが問題。知らないうちに気に入らない相手の情報を手に入れ悪用する。なにより一般の人ではとてもこんな組織的な広がりを持ちえない。つまり大犯罪を起こしえる組織力を間違いなく持っている」とコメントした。 Yahoo! BB顧客情報漏洩事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/Yahoo!_BB%E9%A1%A7%E5%AE%A2%E6%83%85%E5%A0%B1%E6%BC%8F%E6%B4%A9%E4%BA%8B%E4%BB%B6 2004年、450万人分ものYahoo! BB登録者の個人情報が漏洩している事が発覚。 この情報に対して、BB社に現金を要求していたソフトバンク関連元社員らが逮捕された。 逮捕された3名のうち、2名は創価学会の謀略部隊所属で、言論出版妨害事件の前科者だったことが話題となった。 残りの1名は右翼団体の幹部であった。 『日刊ゲンダイ』と『東京新聞』が、創価学会幹部の計画的犯行であることを報道。 練馬区投票所襲撃事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%B4%E9%A6%AC%E5%8C%BA%E6%8A%95%E7%A5%A8%E6%89%80%E8%A5%B2%E6%92%83%E4%BA%8B%E4%BB%B6 東京・練馬区の第4選挙投票所において、午後6時の投票終了後に創価学会員の2名が投票に訪れた。 係員が投票終了後のため投票できないことを告げると信者は激高。数百人が投票所を取り囲んで襲撃。 女性・高齢者を含む投票立会人4人に暴言、集団暴行を加え流血させ、土下座謝罪を強要した。 創価学会偽造写真事件 https://www.correct-religion.com/ryouran/html/souka_5.html 創価学会は、違法に入手した写真を変造し、被害者が性的錯乱している異常者のごとく見せる写真をつくり誹謗中傷した。 この偽造写真を創価学会の機関紙にも掲載された。 東京高裁は、写真変造は被害者を中傷することが目的に行われたものであり、極めて違法と断罪した。 創価学会はこの事件の前にも、被害者がシアトルで売春騒動を起こしたなどと性スキャンダルをでっちあげて、裁判所から断罪されたことがあった。 創価学会違法ビラ事件 https://matome.naver.jp/odai/2153398119029601801 https://wikimatome.org/wiki/%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E9%81%95%E6%B3%95%E3%83%93%E3%83%A9%E4%BA%8B%E4%BB%B6 創価学会は他宗教と他宗教信者を中傷する違法なビラを10都府県、34市区にわたり10万枚以上を配布掲載。 オウム真理教の麻原彰晃と並べて印刷し、オウム真理教がおこした事件の共犯のごとく見せる偽造写真を添付していた。 創価学会は280万円の支払いを命じられた。 大阪事件 創価学会陣営が煙草などで有権者を買収したとして数十名の学会員が逮捕、起訴された事件。 大阪地方検察庁特別捜査部は、当時の創価学会理事長・小泉、渉外部長・池田を始め、創価学会員数十名を公職選挙法違反で逮捕・起訴した。 47名の有罪が確定。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E4%BA%8B%E4%BB%B6_(%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A) 顕正会盗撮事件 2017年5月、創価学会の謀略部隊3人が、創価学会と対立する宗教団体「顕正会」の施設に侵入し、盗撮を繰り返した。 偽名を使って侵入したことが職員に見抜かれ、あえなく御用となった。 https://www.soka-news.jp/2017-5-16.html 創価学会本部 発砲事件 暴力団後藤組と親しかった創価学会は、富士宮市の地上げや政争問題を機に対立してから、後藤組と争いや抗争が絶えず、1981年4月、ついには創価学会本部で組員が発砲事件が起こした。 暴力団後藤組の元組長が回顧録「憚りながら」で発砲事件を暴露した。 https://cultbokumetsukonzetsu.web.fc2.com/04shoseki01.html

  • 結婚して約4ヶ月。愛情がなくなってしまいました。

    結婚してまだ4ヶ月なのですが、 夫と一緒に過ごしていく気がなくなってしまっています。 6年のお付き合いののち、昨年結婚式を挙げたのですが その結婚式の準備段階以降から私がどんどん落胆・冷めていってしまいました。 私・夫ともに32歳。 共働きで、年収は私400万、夫300万ほどです。 帰宅は毎日私の方が遅いです。 色々あるため箇条書きにします。 ●私の親への援助 自分たちの将来のために貯金が必要なのは分かりますし、当然おこなっています。 ただ、私の実家は母子家庭で(祖母も同居)私の結婚によって 8つ下の妹に家賃負担が一気にいきます。 結婚後にほんの少しでも援助したい旨を一応伝えたら断られました。 結婚後はお金がない、貯めなきゃ、お母さんは何してるの?(イラつき気味)等々。 計算した結果足りないから、で発している台詞ではないんです。 今現在、ご祝儀での補充もあり、夫実家からの支援もあったので マイナスはほとんどなく、貯金もあります。 私の母親だってまだ頑張って働いてます。でも光熱費・保険・その他諸費用でほとんど消えてしまいます。 それを何もしていない風に言われたのはすごく悲しかったです。 「最初はまだ分からないから、生活が落ち着いたらいくら援助出来るか考えてみよう」等の 建設的な意見は無く、お金が無いお金が無いで「ダメ」でした。 ●言葉が足りない いい例がこちらの会話です。 一緒に電車に乗り、座席に腰掛けてひとこと。 夫「ねぇ、どっちが好き?」 私「??なにが?」 夫「座席」 私「・・・だからなにが?」 夫「端っこと真ん中!」 ・・・だったら最初から、電車の座席は端か真ん中どっちが好き?って言えば 済む話なのに、上記だけじゃなくいつもなので言葉が足りなくてものすごいイライラしてします。 指摘すると黙ってしまいます。 ●生活のほとんどが受身 仕事は私の方が忙しく、12月から最近までは毎日ほぼ22時以降、下手すれば23時帰宅でした。 そしてその帰宅した時間から夕飯作り。 その間、夫はずっとリビングのテレビでサッカーゲーム。 私よりは1~2時間前には帰っているはずです。(お風呂にも入り終わった状態。) おなかが空いたと思われる時は、お菓子の個包装の袋がいくつかテーブルに転がっていて 食いつないでいたんだなというのが分かります。 夕飯はたまーーに作ってくれますが、たまでも大変らしくほとんどやりません。 月~金まで私は遅くまで仕事&ごはん作り、ゴミも毎日私が捨てて、 新居の家具(食器棚・レンジ台・4段の分別ゴミ箱・カーテン)はすべて私が購入し レンジ台や食器棚は私が全部一から組み立てました。 一緒にやるよ、という積極的な姿勢はありませんでした。 (テレビ台だけは夫と一緒に購入したためか、それは組み立ても一緒にやりましたが。。) ●何も把握しない 式場打ち合わせはすべて一緒に行き説明を聞いていましたが 聞いたことを全部私に聞いてきて 「こういう事は女性の方がこだわりがあるから!」など体のいい事を言って 要するに何も把握していませんでした。 二次会幹事も私と夫の友人に依頼したのですが 夫友人に説明しといて欲しいことを一切説明せず 両友人の初顔あわせのときに何も聞いていないということを知らされ 「さ、○○(私)ちゃん、説明よろしくっ!」とノリよく言われ めちゃくちゃムカつきながらもご友人に説明しました。 その後も友人の方たちからは色んな提案があって楽しく進められましたが 彼は黙って聞いているだけ。「なるほど」とか言いながら。 ●友人を大切にしない? 二次会にあたり、私がこうして欲しいと思っているプランがあったので そういうのがあることを伝えておいて、と言っておきました。 しかし全く伝わっておらず、彼の友人からは立派な当日タイムテーブルが来たため 「言っといてって言ったじゃん!彼、最初引き受けるの渋ったくらいなのに 立派なスケジュールも作成してしまって・・・後から実はプランがあると伝えるのが 本当に申し訳ない。私謝らないといけない。」と言ったら、なぜかキレる。 「俺は○○(私)のために色々やり取りをした」「そういうことされると困るからやめて」等。 色々って、私は貴方の何十倍も各所やり取りをして招待状もすべて購入&筆耕すべて私がやって 貴方がやったのって友人との二次会の事だけじゃん。と呆れました。 友人に説明をしないところや、忙しい中スケジュールを作成してくれたその労力に対して それがパーになる可能性もある事に何とも思っていないその思いやりの無さに冷めました。 ●私の親との挨拶にて 母子家庭と書きましたが、父親は存命でたまに連絡を取っています。 今回の結婚にあたり父親も彼に会いたいということで 会うことになりました。 そしたら、母親の時とは違ってカッコはちゃんとしてこないわ ウォレットチェーンをつけたままで、リュック系バッグ。 服は毛玉だらけのカーデ。 「離婚した父親」という見方をしているのか、バカにしてるなーという印象でした。 で、会うまでは「母親側に厚い援助もしていないので、尊敬していない。」とキッパリ言われましたが 会ったら「しっかりしていて、とてもいい人だと思った。」と 印象ガラリ。父親も仕事が厳しい中、小額ながら援助してますし 一言も話したこともないのに尊敬していないなんてよく言えるなと思いました。 ●他人につめたい 付き合っている時から何度も言って、大分改善されては来ましたが 店員さんに対して冷たい(キツイ)んです。 スムーズにいけば明るい対応のまま終わりますが、向こうが聞き取れなかったり 何か対応につまずきがあると、相手の語尾にかぶせて物を言うとか カウンターにひじをついてナナメの方向を向いて相手に正面を向けずしゃべる無礼があります。 何度言っても分からないのは、根本を分かってないからな気がします。 言えば「ちゃんとやっている」と。。 ●新婚旅行で一気に冷めた 海外で私も夫も現地の言葉は分からないながらも 英語・日本語・現地語・身振り手振りで私は一生懸命対応してました。 で、一回タクシーの行き先間違いがあったときに 到着した料理店の人(はちょっと日本語が出来る)に 私は一生懸命行き先間違いであることを伝えてましたが (早くホテルに戻らないと飛行機にも乗れないので) 夫は髪の毛をいじりながら(多分混乱していた)交渉するわけでもなく 「で?」と日本語で言ったきり。 で?が通じるか! コミュニケーションに関しては本当に現地で努力を感じず 日本語がペラペラな店員の店に入ったときは、チャラ男のようなしゃべり方で 「マジで超~日本寒いよ!来なよ!一緒に帰る?」とか ものすごい調子よく凄い上から目線で喋って、「最低。」と思いました。 お金もちょっとずつ両替しろと言ったのに 面倒くさいからと10万円分くらい一気に両替して、、 物凄い量の札束&日本円に戻すときにかなりマイナスで バカだな・・・と思いました。 朝とかは機嫌が悪いのかどうってことない会話でも面倒くさがり、返答も冷たい。 その冷たい顔を見るのが嫌で、無意識のうちに気を遣った優しい言い方をするようになってしまいました。(結構負担です。。) 毎日遅くに帰宅後、よく会話をするのかと言えば、彼はテレビを観てばかりで ごはんを食べ終わってしばらくしたら自分の部屋に入り、ガラピシャッと扉を閉めて タバコを吸い始め、あとはPCで好きなものを見始めたりして コミュニケーションは特になく一日が終了します。これがほぼ毎日。 食事の際に私も話しかけますが、テレビを観ながらなのもあり 会話が弾まないので、私もだんだん話さなくなってきました。 また、前述の二次会打ち合わせのときに夫友人たちと初対面でしたが みんな年相応にとてもしっかりしていて、提案も出来て なんでこの夫でよしとしてたんだろう?と 次々に気付くことがあり、愕然としました。 今まで会社でも男性としゃべる機会はあったのに まるで今まで夫以外と接したことがないかのように 結婚式準備から色々なことに気付き、でも時既に遅しで今に至ります。 私に見る目がなかったのが一番だと思いますが 逆に「これくらい男の人は普通なのか?よくあることなのかしら・・・?」と 分からない部分もあります。 ただ、結婚前に母親から、「彼の目がね・・・彼でいいの?どうしても好きになれない。」的なことを 何度か言われていました。 目というのは・・・何というか母親のカンといいますか 彼の雰囲気から感じられるものが、あまり好印象ではなかったのだと思います。 でもいい人だし、ちょっと幼いだけ、と 彼との楽しい日々があったので余計そう思っていました。 が、親のいうことは正しいんだな、と思う日々です。 ・・・他にもたくさんありますが、上記のような経緯から 本当に申し訳ないのですが夫の事を尊敬することが出来ず 夫との子供は生みたいと思っていません。 私は今までそもそも私は子供はあまり生みたくない、と思っていたんですが ふと、仮にということで彼の友人の中で好印象な人が 自分の彼だったら・・・と想像したら これが驚くことに、彼の子供だったら生んでもいいなと思える自分がいました。 ああ、子供が生みたくないんじゃなくて、「夫との」子供を生みたくないんだなと 気付いてしまいました。 長々と申し訳ありません。 今では改善を望んで前向きに・・・という気持ちは起きず家に帰るのもイヤです。 彼のこういった部分って、男の人なら誰しもあることでしょうか? あまりにも指摘するところが多いような気がしてなりません

  • 友達問題(1)

    文字数制限があるため何回かに分けて投稿したいと思います。 この度、元同僚の女の子とゴタゴタがあって、そのことで毎日苦しみ、悩んでいます。今までも色々な人に相談しました。『放っておけば』『縁を切った方がいい』『もう無理だろ』という意見が多かったのですが、自分としては仲直りできればと思ってるので、何か良いアドバイスがあればよろしくお願いします。 ゴタゴタの原因は・・・ ある時、職場にその女の子が入ってきました。彼女はまだ学生で、歳も自分よりかなり下でしたが、毎年誕生日やクリスマスにプレゼントをしたりしていました。そしてたまにですが二人で食事に行くようになりました。もちろん、費用は全部自分が払いました。 できれば財布をカバンから出すふりでもしてくれたら良かったのですが、でも、それまでは平和でした。 しかし徐々に彼女に疑問を持ち始めました。 ある時、自分と自分の友達と彼女と彼女の友達とで、近所にある蛍の施設に蛍を見に行くことになりました。最初、自分が彼女を誘ったのですが、二人で行くのが嫌なのか、友達も一緒に行くことになりました。友達とは初対面です。 自分の予定では待ち時間は近くの公園でくつろいで、蛍を見て、帰りに軽く食事をするつもりでしたが、僕の計画はあっさり却下されました。理由は暑いから建物の中に入りたいということでした。気持ちはわかるのですが・・・ 結局、食事→蛍鑑賞→食事ということになり、約3万5千円払いました。僕が誘ったのだから仕方ないのかなという気がしますが、僕にとっては意外な出費でした。彼女も彼女の友達も最初からおごりだと思っていたのか、支払うそぶりもありませんでした。 それからしばらくして、夜彼女から『明日友達と3人でカラオケに行きませんか?』というメールがありました。 このメールを見た時、金だけ払ってくれればいいと言われているように思いました。結局行ったのですが、やはり食事代とカラオケ代を支払わされました。 それからしばらくして彼女の誕生日のお祝いをしたところ、今度は僕の誕生日のお祝いをしてくれると言ってくれました。行きたいところがあれば一緒に行ってあげると言ってくれました。僕は嬉しくなり、色々と考えていたのですが、また彼女から連絡があり、やはり皆で遊びに行きたいと言われました。その時、また費用は全部自分が払うのかということが頭をよぎりました。僕がごちゃごちゃ言ってると電話越しに大きなため息をつかれました。そして彼女の友達の誕生日も近いので一緒にお祝いすることになりました。自分の誕生日はついでなんだと思いました。たまたま友達の誕生日に近かっただけで、費用を払ってほしいだけなんだと。でも少し期待をしていました。もしかしたら自分の誕生日も祝ってくれるのではないかと。 また、彼女は誕生会でケーキを食べたいらしく、その食べる場所を探して悩んでいるようだったので、仕方なく僕の家を提供することにしました。部屋も狭いし両親と同居なのでかなり考えましたが・・・ 結局、僕と彼女と彼女の友達の3人で誕生会をやることになりました。 僕はせっかくなので友達に地元を案内してあげたらと言ったら、寒いから建物の中がいい、カラオケとか。と言われました。カラオケ=代金は僕が払うという図式がすぐに浮かびました。今度の誕生会の幹事は僕ではなくて、あくまでも彼女のはずです。 それから、会社が閉鎖することになり、そのお別れ会をするので、すでに会社を辞めていた彼女を誘ったら、結構強い口調で『行かない!』と言われたのですが、当日の会の最中に電話があり、何か来たそうな感じだから来ればと言ったら、しばらくして連絡があり、『友達も一緒です』とありました。さすがに会社主催の会だし、友達はまずいんじゃないか?と言ったら、『友達の分は自分が払います』と返ってきたが、そういうことではなくて・・・と言ったら、『じゃあ、友達にお金を渡して帰らせます。自分も行きません。誕生会もなしにしましょう』と、まるで脅しみたいに言われました。というか友達を連れてくるなら来る前に言えよって思いました。そしたらこっちも対応できたかもしれません。 それからまたしばらくして『所長には言ったんですか?』と言われました。だったら自分で言えばいいのにと思いましたが、仕方なく所長に許可をもらいました。 そして来たら来たらで全然口を聞かないし、態度悪いし。何かふてくされてるし。僕が素直に言うことを聞かなかったからか・・・ ごめんねやありがとうの言葉もありませんでした。 それで2次会に行くときに行くの?って聞いたら『明日は用があるから無理』って言ってたのに結局来ていました。友達も一緒に。 結局二人ともお金を払っていきませんでした。 それからしばらくして彼女に誕生会は中止でいいのかと確認したら、やることになりました。 そしてその何日か前に誕生会の打ち合わせを彼女と二人でしました。打ち合わせというより大半は食事がメインだったのですが。この時に僕は何か期待されてると面倒だから、『特に何も用意してない』って言ったら、向こうも『別に期待してない』と言いました。 僕は友達のプレゼントを用意した方が良いのか聞こうとしましたが、自分の誕生日でもあるし、そこで用意するのも気が引けたので、また仕事も忙しかったこともあり、用意はしないことにしました。今となってはちゃんと用意しておけばと良かったと思いますが、彼女の友達とは数回会っていますが、特に僕と仲が良いというわけではなかったので何となくプレゼントを渡すことに抵抗がありました。僕は食事代とかを払ってそれをプレゼントに代えようと思っていました。むしろ僕は彼女のプレゼントに少し期待をしていました。今までたくさん贈り物をしたので。 しかし、誕生会の前日の夜に、僕が部屋を掃除してお茶菓子を用意していると彼女からメールがありました。『待ち合わせは明日の13時で待ち合わせ場所は友達が分かるように駅の改札で。それから友達のプレゼントを用意してあげてくださいね』とありました。(ちなみに僕と彼女は地元は同じで、彼女の友達の家は1時間くらい離れています。) 僕は『何もないよ』って返したら、『そうですか、冷たいですね』と言われました。そう言えば彼女は僕が慌ててプレゼントを用意するとでも思ったのでしょうか。僕はそう言われてとても誕生日のお祝いをする気にはとてもなれませんでした。僕が大人げなかったと思いますが。 それで僕がキレて誕生会に行く気がなくなったから辞めにしよう。二人で楽しみなよ。と言ってドタキャンしました。自分の誕生会でもあるのに。結局それ(プレゼント)が目的かと思ったら腹が立ってきて。たぶん友達と二人でプレゼントを期待してたのかな。 しかも前日の夜に言われたって。もう少し早く言ってくれたら。 その後、少し言い過ぎたと思い、ドタキャンしたことについて何度も謝ったけど、完全に無視。 そんな時に前の職場の仲間と新年会をやることになり、彼女も誘いました。 すると共通の知り合いである元同僚のおじさんから連絡がありました。彼女は新年会に行きたいと思ってるが、僕と会うのも話すのも嫌だからどうしようと相談されたとのこと。話によるとかなり怒っていて、土下座しても許してくれそうにないから、来てほしいなら金を払ってやれば来るかもと言われました。僕も事情を説明しましたが、たとえどんな理由があっても僕が全部悪いと言われました。彼女はそのおじさんと仲が良く、僕と話した内容や渡したプレゼントのことを細かく伝えています。 その人は完全に彼女の味方です。僕も周りに相談すると僕の味方になってくれるという声もありました。 新年会前日、僕は彼女に連絡しました。ギクシャクしたこんな状況では会うのは気まずいと思ったからです。しかし、電話をしても拒否され、メールの返信もありませんでした。そんなんで新年会に来れるのかと思いました。 当日彼女は来ましたが、僕らは端と端に座り、会話をすることはありませんでした。お金は言われた通り、彼女の分を払いました。彼女を見ると払う気を見せなかったので・・・ 帰りに彼女を呼び止めて、この間の友達へのプレゼントを手紙を添えて渡しました。それを彼女がちゃんと友達に渡してくれたのかは分かりません。 それから数日して、彼女が欲しがってたアクセサリーがあって、もう入手困難らしいので、少し高価な物だけど購入しました。そしてメールしたら、意外にもすぐに返事がきました。あんなに拒否していたのに。僕も物で釣るような感じであまり気は進まなかったのですが、その時はこれしかないと思いました。しかしその返事は僕の想定外のものでした。『何色ですか?』と。まさか最初に色を聞かれるとは思いませんでした。それでまた調子が狂ってしまいました。 もちろん彼女もその物の価値を知ってるから、てっきり『そんな物は受け取れない』と言われると思ってたのに。そしてその後『それは欲しいけど二人で会うのは嫌だから友達も一緒に』また、あの元同僚のおじさんと一緒でもいいですよと。僕としてはそれなりの物だし、人前では渡しにくいので、色々言いました。『軽い気持ちでは渡せない』とか。色々と悩みましたが面倒なので、結局渡すことにしたら、今度は『その画像を送って』と言われました。どういうことか良く分かりませんでしたが、言われた通り送りました。 当日、向こうから場所と時間を指定してきたのに、1時間くらい遅れてきたあげくに、『それは受け取れない』『彼女じゃないし、勘違いしないで』『もうメールも電話もしないで』『うっとうしい』とまで言われました。

    • imoto
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  • 養育費の妥当な金額と父親の親権

    自分(40歳)会社員(年収500万位) 嫁(37歳)専業主婦、長女(小3)、長男(小1・自閉症)次女(4歳・自閉症) 来月に正式に離婚する予定で、別居して2ヶ月ほどたちます。お互いに原因はありますが、自分の浮気・嫁の借金・嫁の浮気(援交)・片付出来なくて(しない、させてない)ゴミ屋敷状態 双方の話し合いもまとまり、ほぼ円満に決まりかけていたのですが調停とか慰謝料、養育費云々でグダグダになってきました。 当初の話し合いでは ・子供は嫁が引き取り、養育費は月6万で次女が高卒まで(最初は灯油代別途で年収の半分を要求してきた) ・車、家は(自分の名義で所有)お互い自由に使用して良い(車検、保険、税金等は自分負担) ・双方の実家の出入りは自由 ・暖房は薪ストーブだが、薪の調達や準備は自分が担当する。 ・苗字は今のままで構わない。 ・嫁が再婚、同棲する相手が出来たら、養育費は支払わない(養育費の定義でいくと微妙ですが相手の生活費としては払いたくない) 以上の内容を行政書士?か何かに頼んで文書として残したいと言うので了解しました。(作成中か、中断してるらしい) 11月中旬に話がまとまらないうちに離婚届に判をおしました。(嫁がとにかく押せというので) お互い我慢してもう少し頑張れないかと言いましたが、嫁が一緒にいる意味が無いの一点張りでした。年末で色々バタバタしたり、お互い準備等もあり自分の提案で1月に離婚届けを出すようにしてもらいました。(嫁は年内に離婚したかったらしい) 自分の言い分ですが… ・サラ金に借金(申告は70万)、子供の学資保険も使い込んでた。 ・数年前にメールで他の男とやり取りして援交していた事を認めた。(借金返済、生活の為) ・家事、育児は一通りこなしていたが、片付けだけが出来ない。 ・後で発覚したけれど、自分の貯金(郵便局の保険で満期になって下りた金)約80万もなくなってた。 ・貯蓄はほぼゼロ。給料日前で残高2000円切ることもあった。 今までチョコチョコ別居はしてました。(その間に片付けるという事で)毎回俺も実家の親も手伝うといいましたが一人でやるといって完全に片付いた事はありませんでした。(以前にここで相談しました。) 援交、借金、郵便局の使い込みを知った上で、子供のためと思い離婚は我慢しました。(3年くらい前の話です。自分の親族・知人らからは離婚を進められましたが) 9月位から自分も家に帰りたくなくなって、友人の所で過ごしたり泊ったりする事が多くなり、その内同窓会の幹事で一緒に準備をしていた中学の時の同級生の女性(シングルマザー)と仲良くなってきました。 いつの間にか携帯を調べられてバレました。嫁に謝罪しもう会わないといいつつまた会ったり遊んだりしてましたが、また携帯を調べられバレました。 過去にも数回SNSで遊んでバレた事はありますが、今回は決定的だったようです。 2度目は10月の末位にバレてしまいましたが既に別居状態で、11月中に片づけを終わらせると言う約束で自分は実家に戻っていました。その間も女性とは会ったり遊んだりしてましたが。 今までは嫁に通帳・カードは預けていましたが、今後は通帳は自分が管理して生活費を毎月渡すからという事に決めた直後に離婚届を出されました。 頑張って片付けしてる最中に浮気されたからもう一緒にいられないというのが嫁の言い分です。 確かにそうでしょうが何回目の別居だよって感じです。自分も家に帰っても全然落ち着かないし、いくら生活費と言っても毎月20万近く使うのか?と思いイライラと不安で仕事中もモヤモヤはしてました。 子供の手当や障害の手当等で、平均した場合1ヶ月32万程度の手取りになります。借金は家の購入で自分の親から借りた残金50万程度です。 何に使ってるかきいても生活費としか返答しません。電気や水道等の光熱費、生命保険、は引き落としなので、毎月下ろすお金は食費、嫁の携帯、嫁の保険代、車の燃料代位のしか考えられないですが。他に借金とか恐喝とかないのかって聞きましたが他は何も無いとの返答です。 こんな生活だといくら働いても無意味な気がしてきて自分も離婚を考えるようにはなりました。一度は子供の為に我慢しようかと思いましたが… 結局は自分も嫁も親としては失格です。どっちが悪いとかでなく、子供の事を考えて決めようと色々話し合ってきました。 と長々と書きましたが、ある程度話がまとまりかけた時に、自分が仲良くしていた女性と会っている所を嫁に目撃されました。実家の部屋でゲームしてた所に突然嫁が入ってきた感じです。自分の父親に正式に挨拶に来たといいますが、何時もなら事前に電話かメールがあるのですが何故か突然来たのです。(偶然?待伏せ?) 食道癌、喉頭癌、膀胱癌(膀胱摘出)で一時病院から帰ってきた父親にいくら酒が好きだからって酒を買ってくるのはどうかと思いましたが(笑) その後は修羅場でした。俺からも相手からも慰謝料はとる、養育費はまだもらわないとやっていけない、子供が障害あるから働けない(預ける所が無いが加工場なら可能、職種選びすぎと思う)、障害の手当てはいつ打ち切りになるかわからないしそもそも生活費ではない。子供や犬(先日死亡)の世話で一生懸命やってきたのに自分だけよければいいのか、 かなり激高していたので何はなしても無駄と思い、後日落ち着いてから話そうとした時に会社から連絡がありました。 何故か嫁が会長(先代の社長)に話があるとかで連絡をしたらしく話が大きくなってしまいました。自分は離婚してからでも会社に報告はするつもりでしたが、嫁が相談したママ友から噂になって、会社関係でも半数くらいは何となく知ってる感じです。 嫁に何考えてるんだって連絡したところ、自分の給料から養育費を嫁の口座に振込みにしてもらうように話をするつもりだったらしいです。因みに会長の娘はママ友の一人です。 本人同士で話し合いが進んで離婚が成立すれば問題ないのですが、変に裁判とか面倒な事になれば自分の進退にも関わります。(自分の都合ですが)もし減給や退職とかになったら養育費も満度に払えないし、そもそも会長にわざわざ言う話でもないでしょって話したら、話さないことで私に何かメリットあるのとか言われ理解不能でした。自分を困らせたかっただけかもしれないですが。 自分も納得いかなくて ・車は貸さない(最悪は売却も検討) ・家の中の物は自分の物以外は処分して1月中に出て行く事。 ・自分の実家は出入禁止(会長に連絡したことで自分の母親が激怒、それ以外でも色々ある) ・子供(孫)にはもう会わない ・今の職場で年収も変わらなければ養育費は月6万、収入下がれば減額する。場合によっては不可能もあり得る。月の手取りの4分の1位 ・嫁の負債分(自分の貯蓄、嫁の借金の残額)130万は払ってもらう。(場合によっては無しでも良いかと思っていたが嫁の対応で考えが変わった) ・慰謝料請求するなら構わない。(色々調べたら請求は難しいので最初からお互い無しということにしていた) 離婚前提の別居中の浮気は対象外、物的証拠が無い、一緒にいる所を写メで撮られたが証拠にはならない、相手は収入が無い(親兄弟は無関係?)差押える物件も無い、 等を嫁に話しました。納得はしたようです。(好きにして下さいって感じでした) 行政書士?か何かに頼んで作ってもらった文書も要らなくなりました。 いくらかかるのかは知らないですが、嫁が頼んだ事ですから自分は一切支払わないです。 自分は養育費の金額は妥当だと思っています。 色々調べたり周りの意見や実際に払ってる人などの条件など調べた結果です。 払ってない方が圧倒的に多いようですが、子供のために払っていきます。 障害の手当て、扶養手当、児童手当、月6万の養育費を合計すると約21万程になります。 子供3人でも十分やっていけると思います。月の手取りなら余裕で自分を超えます。 当初は車や家の事も負担を減らそうと思い前述の提案をしてましたが白紙にしました。 障害の手当ては生活費でないというのなら何に使う為の物なんでしょうか? 生活に直接関係しないと言ったら、貯金、習い事、装飾品、嗜好品、遊び、おやつ、に該当するんですか? 手取り月21万では生活は不可能ですか? 実際は生活費に当ててると思います。(食費や光熱費等) これ以上要求してくるなら自分が子供の親権を持つ事も考えました。 来月に調停?があるようですが、養育費や慰謝料の話が中心になると思います。 一般的にはネグレクトやDV、病気や中毒等の問題が無い限りは母親にいくのではないかと思いますが、金銭面の管理、散らかった家での生活を考えると不安もあります。 因みに、養育費、障害の手当云々の話は、子供が通っている通園センターの方の話だそうです。自分が間違ってるまで言ってたらしいので、一度話をしようと思ってました。嫁が色々相談していたみたいですが、話が大きくなる前に説得、自分が納得いかない事をぶちまけるつもりでしたが手遅れになったのでもう話す事はないです。 長女は完全に嫁の味方です。自分は嫌われているくらいです。下の子二人は会話が不可能なので意思の確認は無理だと思います。 まとめると、 ・この状況での月6万の養育費は少ないのか ・自分に親権はとれるか(これ以上養育費を要求する場合) ※嫁が働きやすくなるので出来れば3人、無理なら下の子2人(自閉)普段の世話は実家の母親に依頼する。(了解済) 意見やアドバイス等あれば宜しくお願いします。

  • 旅行での旅館予約に関して

    男1(自分) 女3で考えています。 3名の利用で良い場所があったのでそこでいいとは思ってるのですが男の自分はそこに泊まらない、そこでご飯も食べないのに予約だけするのも変かなと感じます。(前に人にお金払ってもらうのは嫌いって女性がいたので) 女性から見て男1 女3の旅行の場合どうするのが良いと思いますか? 付き合いたいとかはないただの友達関係です