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文法疑問

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  • 素朴な疑問なのですが・・・。

    最近、こちらで質問した際、do you have any idea what it is about?という文章が話題に出ました。 haveはSVOOの使い方がないので変だと感じたのですが、この文の文法解釈はどうなるのでしょうか? whatは先行詞を取らないのでany idea と what以下は別物のはずなのですが・・・。

    • ghfjri
    • 回答数6
  • 自動詞としての"go"

    "go"を英和辞典で調べると、自動詞として「行く」と書かれています。しかし、"go"が「行く」という意味で使われる場合、例えばI go to the school.のように行先・目的地がないと文が完結しないと思います。なぜ自動詞と扱われるのか、ご教授いただければ幸いです。

  • 大学編入学試験受験の英語勉強計画。参考書など

    大学編入学試験に向けた英語の勉強計画について。参考書や、計画の立て方についてアドバイスお願いします。 私は現在大学2年生で、来年の3年次編入試験の受験を考えている者です。来年、現在の大学は休学して勉強するつもりです。 私の現在の学力ですが、高校基礎は学び終えたのかなというような具合です。TOEICは3か月程前に受けて350点、今年のセンター英語の過去問を試しにやったら6割5分程でした。今までに使用した参考書は「Mr.Evineの中学英文法を修了するドリル」と「Mr.Evineの英文法ブリッジコース」、「速読英単語必修編」です。 今後の学習目標としては、10月に英検準2級、1月に英検2級を取得する。その後、2月~5月にかけてTOEIC対策をして4月に700点。5月に750点取得です。そして、10月にある編入学試験の時には英検準1級レベルまで達したいと考えています(編入学試験の内容は長文読解の和訳が主です)。 それにあたって、まず基本的に大学受験と同じように学んでいこうと考えています。英語の勉強にかける時間は準2級の試験までに180時間、そこから2級までに270時間、その後210時間勉強し、TOEICに630時間、そこから試験までに840時間です。 使おうと考えている参考書は (1)英文法ー英文法ナビゲーター上下⇒新英文法頻出問題演習part1 (2)語法ー英語語法の征服⇒NextStage (3)英文解釈ー英文解釈教室入門⇒ビジュアル英文解釈I、II⇒英文解釈教室基礎⇒英文解釈教室 (4)長文問題演習ー毎年出る頻出英語長文⇒テーマ別英文読解教室⇒英語長文問題精講 単語ー速読英単語必修編⇒上級編 英熟語ー合格英熟語300⇒NextStage 英作文ー大矢英作文 ※TOEICのテキストはまだ考えていません これらのテキストをそれぞれ3周ずつ行おうと考えています(単語、熟語は継続的に学習)。(1)~(4)まで番号順にずらしながら並行して行おう予定です。 また、受験サプリでWEB講座を文法3つ読解3つを受けようと考えています。これらにかかる時間は144時間です。 以上の計画を考えているのですが 英文解釈教室で長文読解もカバーできるのか?別で購入すべきか? 英文解釈の参考書は多すぎるのか? 英作文は試験ででないのに英検などを並行してやるのは無意味か? 同じ著者の方が考えが統一されていると思い、伊藤和夫さんの本が多いが間違った選び方ではないか? 無理な計画ではないか?削るとこ増やすとこなどは? 構文の問題集も別でやるべきか? 質問ばかりで申し訳ないですが、よろしければアドバイスお願いします。

    • toyocky
    • 回答数2
  • thatになる理由は

    He is the last person whose I want to see..という英文のwhoseを正しい言葉に直せという問題があり、答えがthat になっていましたが、ほかの答えってありませんか。また、thatになる理由もお願いします。

    • umeta
    • 回答数1
  • 英語の文法をカチカチにしたい。

    英語の文法を英語の学者?なみに勉強したいです。 なにかおすすめの本はありますか? ロイヤル英文法はいいのでしょうか。 回答よろしくおねがいします。

  • この文の構造についてご回答お願いします。

    "The same farm may have a different pattern the next year of which crops are grown in which fields". 「同じ農場では、次の年にどの作物をどの農地に育てるかについては異なるパターンになっている。」 ある参考書に載っていた分なのですが、文の構造がいまいち分かりません。特に、隣り合うpattern とthe next yearの関係や、yearとof whichの関係が分かりません。 ご回答よろしくお願い致します。

  • 現代語にすると、どのような文章になりますか?

    弓馬の業、幼年より世話致す事、是れ全く行く末、行跡を正し、才智を琢きて忠孝の心の助けともなれかしと思ふが根本なり。然るに今変じて邪見我儘の助けとなる事あらば、我が信空しく、且つ老年の後悔、何事か是に越ゆることあらん。今相応訳立ち候様に成り立つこと、是れ全く先祖の高恩ならずや。 現代語にすると、どのような文章になりますか?宜しくお願いします。

    • noname#259499
    • 回答数3
  • 「ご+名詞+ください」は西洋文法的には

    「名詞+を」と、名詞に目的格の助詞をつけなければ 他動詞「くれ」に対応せぬ欠陥文になると思います。 慣用ということで済ませるとすべて終わりなので 納得できる説明を研究者にお尋ねしたいなと。

    • noname#200115
    • 回答数7
  • mightの用法

    よろしくお願いします。 ポールスターIIのLesson6の本文で、分からない部分があります。以下が本文の一部を抜粋したものです。  Several years ago, interviewing candidates for a job, I grew tired of asking, “What experience do you have?” So I decided on a one-question quiz to find out how clever the candidate might be. Here it is:  You are on a yacht over the deepest point in the sea, the Mariana Trench, where you drop an iron ball over the side. How long will it take for the iron ball to reach the bottom of the ocean?  Before reading on, please try to solve this yourself ― paying special attention to how you might solve it.  Did you make a completely wild guess because “there wasn’t enough information”? Did you get lost in the details while trying to come up with “exactly the right answer”? Or did you focus on the two most important problems ― how deep the Mariana Trench is and how fast an iron ball might fall through the water ― then make a guess? この最後の文で、might fallとありますが、ここのmightは、仮定法過去のmightだと解釈してよいでしょうか。 mightの部分は、実際は仮定法だが、if節は、言わなくても分かるので、省略されていると思うのです。 つまり、最後の部分は、(if you dropped an iron ball into the sea), how fast an iron ball might fall through the water - then make a guess?というふうに、( )の中のif節が省略されていると私は思います。もちろん、( )の中は、本文には書かれていません。そのような解釈で正しいでしょうか。 よろしくお願いします。

  • 英語の日本語訳について質問です。

    この二文なのですが、日本語訳はこれであっていますか? 間違っていればご指摘お願いします。 You're not from around here, are you? あなたはこの近辺の出身ですか? You're not saying that we should go all the way back to the hotel, are you? わたしたちがホテルに戻るべきだとあなたは言っているのですか? それと、この日本語訳を教えてください Would you like some help with your luggage? よろしくお願いします。

    • noname#189162
    • 回答数6
  • 英作文で関係詞節を作る時

    どういう状況下で制限用法や非制限用法(継続用法)を使って説明文を作るかを練習中です。 ☆1)There's a woman living next door to me. She's a teacher. ⇒(1) The woman who lives next door to me is a teacher. (2) The woman, who lives next door to me, is a teacher.「その女の人、(その人は)私の隣に住んでいるんだけどね、そのひとは 先生なんです。」  (2)の文は おかしいですか? 非制限用法は使えないですか?何故ですか? ☆2)A job was advertised. A lot of people applied for it. Few of them had the necessary qualifications. ⇒(1)Few of からはじめます。Few of the people who applied for the job had the necessary qualifications. (2)Few of the people who applied for the job, which was advertised, had the necessary qualifications.  「その仕事に応募した人々のわずかは、(その仕事は)広告されていたものだったのですが、必要な資格をもっていませんでした。」  ・・・・・この(2)の、which was advertised, のwhichが不適切なのは 前文を先行詞にしてしまえる可能性があるから。(Few of the people who applied for the jobがwas advertisedになってしまえるという意味。)で この場合の正解は  (2)' Few of the people who applied for the advertised job had the necessary qualifications. である。この考え方はあっていますか? ☆3)Kate has a son. She showed me a picture of him. He's a post officer. ⇒(1)Kate showed me a picture of her son who's a post officer. (2)Kate showed me a picture of her son, who is a post officer.    この場合は、whoが 前文中のどの人をさしているのか わからなくなっているから不適当。カンマはいらない。   この考え方はあっているのでしょうか? すみません。よろしくお願いいたします。

  • 文法をお教えいただけないでしょうか。

    以下の文の文法をご教授の程宜しくお願い致します。 I am certain that I have what it takes to bring the same dedication to the job. (1)what以降の穴はどこでしょうか?  whatあるとその後の文のOが抜けると理解していましたが、the same dedication とOがありますのでどこが穴かわからないです。 (2)thatは何節でしょうか?   certainという形容詞の後にくるとわからなくなりました。 平易にお教え頂ければ幸いです。

    • cia1078
    • 回答数3
  • ローマ教会の欺瞞

     ○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~  イエスは 神の子キリストとして 自由勝手にハリツケになったのであるが――なぜなら おまえらのためにおれが自分の命に代えてその原罪をあがなってやる ありがたく思えなどと言うわけがない―― これをいけにえにされたのだと捉えて わざわざ後からその犠牲となったイエスを聖なるものとした。  これは 理論ないし思想としては ただのルサンチマンを煽る馬鹿げたものであり その欺瞞をただしいものとして押しつけるのは 或る種の犯罪行為である。そのオシツケに屈する人びとのよわさは やはり共犯である。  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  この命題を問います。  《第三項排除――つまり第三項として犠牲を作り出すという内容――の理論》があります。  自分たちの集まりや社会の中から 《異質〔と見なした​者〕を排除する》といううごめきについてです。  今村仁司が理論づけました。『排除の構造――力の一般​経済序説』(1992)です。    この理論にもとづき イエス・キリストがその排除された第三項であるという見方 これを提出して問いの趣旨を説明します。    § 1 まづ人には《承認欲望》があると言う  人は 存在として人びととの関係において 社会​的である。  しかも主観は 独立した歴史知性であるゆえ ​自由な関係を希求する。  しかもその自由の実現を 特に社​会集団としては まちがって追い求める傾向もあると言う。  簡単に言うならば 集団の中の一人だけを例外つまり除​け者にして あとは互いにひとしく自由や平等をたのしむ​といった傾向であり むろん間違った道筋であるというも​のです。  一人ひとりは独立した主観であっても基本的に人間は ​社会関係的な存在であるからには 互いによる承認を喜ば​しいものとして受け取る。人からみとめてもらえれば う​れしい。そのときややもすると この承認を 自分から ​追い求めて行く傾向を持つ。たとえ誰か特定の一人の人をワルモノや除け​者にしてでも。・・・  § 2 承認欲望が 模倣欲望をうながす。  この承認欲望が衝動のごとくにさえおのれの身にはたら​くと 《みんなと同じでありたい願望》=《模倣欲望》を​持つ。みんなと同じであれば 安心するという習性。つま​り 承認されていると思うことがたやすくなる。  そしておそらく この模倣が世の中全般に行き届いた段​階でも その一様性つまりは《全員による同じ歌の大合唱​》という情況だけではまだ 相互の承認が完成したとは見​なさない。こういう気難しい一面もあると言う。  § 3 模倣欲望は 承認欲望が満たされていちど安心したの​もつかのま なおまだ不安が潜んでいるようなのだ。  そこで これなら安心だという一定の判定基準を持​とうとする。  この誰れにとっても見やすい共通の基準とな​るものが 《第三項》である。具体的には 《のけ者》と​言えば早い。  除け者を除け者とする同じひとつの態度を共有するなら もう何が来ても安心だということであるらしい。  § 4 第三項とは みんなから隅へ追いやられるものである​。  追いやられ仲間ではなくなるという意味で 第三項と称​される。  このときその〔小単位としての〕社会は 《一》対《他​の皆》という構図をつくる。《一》となった第三項は た​しかに《除け者》として扱われる。  つまりは第三項を皆で排除する構造が出来て初めて 人​としての互いの承認が実現するというわけだと言います。そうしてこそ​ 人びとは安心して 安定した《仲良し》状態となり 《秩​序》を楽しむと言うそうな。  このような傾向をじんるいは 悲しいかな 残念なことに持​っているのだと。  § 5 もっとも そもそもにおいて《自由》を前提していた​ように その自由への変身を人びとが成しうるとも説いて​います。  それは 第三項やあるいは《異者》の 受容をとおして​ わたしたちは獲得することができるとも言います。  また 模倣欲望を実行している最終の過程で その互いに互いを模倣するという《流行や ファッション》​の現象においてもその反面にはつねに起こると思われるように それつまり 《みんな​と違いたい願望》が これもじつは同時に はたらいてく​れるとよいし はたらくだろうと考えられてもいます。  非模倣ないし反模倣つまり みんなと違っていたいとい​う欲望 そしてそれと並んで 《異者》を受け容れるとい​う行為 これらによって 自由への変身を人びとは勝ち取​れる。その道はのこされている。  § 6 排除された第三項は 歴史的にキリスト・イエスであ​るとも言い あるいは 資本主義社会における貨幣のこと​であるとも論じていました。  第三項は それがいわば見事な排除であった場合には ​排除し切ったあとで ぎゃくにそれを人びとは《聖化》す​ると言います。  人びとからは呪われて去ったと見なされたその除け者を​ 今度は排除の成功のあとにはぎゃくに偉大な生け贄と見なし それに聖性を付与する。  それに​よって なお人びとは 安心するというその仕組みなのだと​。  つまり 十字架上に去って行った者を 絶対の聖者として こんどは一転して崇めるようになるのだと。  したがってつまり今度は 除け者の第三項を《聖なる第三項》として み​なであがめる。  このことを通して あらためて集団ないし​社会における秩序と安寧をたしかなものにするのだと。これで人びとは安心するということらしい。  たとえば菅原道真は 聡明で真面目な人間だったらしくしかもワケもなく左遷されたらしく  その死後には 天神様として生前における《のけ者の第三項》扱いが《聖なる神》としてまつられるという扱いに変わったという。そんなカラクリであるらしい。    § 7 言いかえると イエス・キリストの事例に見られるような《​聖なる除け者(第三項)》といった扱いは これも まち​がいであると考えられるのに かなり有力なかたちでその歴史が続く。  なぜならそこでは 死後にひるがえって評価を《聖なる者》と見なすようになったあとでは この《聖化》――つまりは そういう通念ないしクウキ――に対してもし否定するような動きがあったなら今度は​ あたかもすでに条件反射のごとくに 反動のチカラがは​たらくということらしい。  前からもうしろからも オモテからもウラからも 《第三項排除》の歴史は 完璧を期してつづけられる。  反動のチカラは 出る​杭を打つとなって現われる。つまりその――今度は 聖化されたイエスを悪く言うかたちで――新たに現われた異端分子を やはり第三項​と見なしてその排除にかかる。  異端分子が 人びとの《心の――じつはただうわべにおける心理的な――安心と安定のみなもと》としていだかれたキリストなる観念の共同に ただ否定的なだけではなく 真っ向から敵対するかたちとなり ひとつの勢力さえ形成してきたときには 当然のごとくそれを 単に除け者とする手段では間​に合わなくなれば 明らかに迫害や戦争にまでも発展させる。  ​ときに社会はこぞって容易に その戦争に飛びつくことがありうる。そのよわさは 共犯を構成する。  § 8 《自由への変身》は 異者の受容によるか?  ひとりの偉大な《聖なる者》をいただくひとまとまりの社会​ これも じつは そのまま間違いである。  その《聖なる者》をいただくか否かで区分した規定じたいがすでに 除け者をみづから作ろうとしている。ただちに排除しようとして 異端分子の起きることを待ち構えている。  だから他方で《ひとと違っていたい》という欲望においては 外の異者を受け容れよと言うのであるが おそらくそれ​は――その今村理論に逆らってでも―― まだコトの本質には​迫っていないように思われる。(異者の受容そのことが わるいわけではない)。  内外の区別ということ自体が そしてそもそも《偉大な​る聖なる第三項》をいただくという方式じたいが どこま​でも除け者を作り出そうとする模倣および承認の欲望のな​せるわざである。世に言う《宗教》なるものの為す何たる自己欺瞞 !  § 9 どこまでも《話し合い》によるしかない。  模倣は 反模倣の動きがあるように 安心感のよりどこ​ろではない。承認されたいという欲望は かなり強いらしく 人間にとっては 或る種の仕方で根源的なものであるかにさえ見える。  ならば とことん互いに話し合うことではないだろうか​?  話し合いによるしか道はないのではないか?  仲間意識の感覚 あるいは それの判定の基準は あく​まで一人ひとりのこころにある。ここでは 《主観》が主​役である。あてにならないおのおのの主観が それでも 主役である。  ならば互いに だめでも話し合う。それでも話し合う。​いやでも話し合う。(ただし 待ったなしの障害があると​きには 別である。相手の状態が 話し合いに耐えない様​子であるなら しばらくは無理である)。気長に話し合う​。もっと話し合う。まだまだ話し合う。もういやというほ​ど話し合う。  まづは ローマ教会の欺瞞について始めるのが 有効で有益ではないだろうか。

  • 「どうして」のときの文末表現

    日本語で「どうして」「なんで」「なぜ」と聞くときは、文末は「~んですか」「のですか」という方が自然ですか?  例えば、「どうして行きましたか」より、「どうしていったのですか」のほうが、自然ですか?各状況によりますか?

  • whatについて

    お世話になっております。 以下の文についてお教え頂けないでしょうか。 Japan is different from what it used to be before World War II. このwhatはどのように解釈したらよろしいのでしょうか? whatは主語がないとき、或いは目的語がないときに使うと、理解していますが、この文ではどちらも書かれているように思います。 従って、文の穴がないように感じ,理解できなくなりました。 いつも類似の質問でっ恐縮でございますが、平易にお教えいただけないでしょうか。 どうぞ宜しくお願い申し上げます。

    • cia1078
    • 回答数5
  • 間接話法の作り方を教えてください

    間接話法の作り方を教えてください

  • 英文の間違いについて(2)

    以下の英文に間違いがあれば教えてください。 First, let me talk about potential. My mother told me people have limitless potential. But many people don't know about this things. I suppose that children know this things. They are often challenge new pray. We made surprised sometimes. They are not frightened to a challenge. I think if we have limitless potential, we should use this. I want to try what I can do. A book teach me there is nothing limit in the world. So I want to try new things. よろしくお願いします。

    • wxw
    • 回答数2
  • VBAの初歩中の初歩

    すみません。VBAの勉強を始めたばかりで質問させてください。 今はすごく初歩の段階で式の意味を理解するのに精いっぱいです。 特にFor i = 1 to 10という式ですが、繰り返しの式になると思います。 このiというのはどこからでてきたのかがさっぱりわからないのですが。。。 他にもセルの範囲を指定するときに, cells(i, 3)とありなぜ cells(1, 3)ではだめなのかとそこで躓いてしまします。 さらに、iだけでなく、for j というのも出てきました。 これらはただ単に仮で付与しているものなのでしょうか? どなたか教えてください。

    • suns
    • 回答数8
  • 英語を使えるようになりたい…スクール or 独学?

    20代女です。 まず前置きです。 将来的に英語を使う仕事に就きたいと考えていて、英語を本格的に始めようと思いました。 しかし、留学経験も海外旅行の経験もなく、英語レベルはあまり高くありません。 でも昔から独学で細々と勉強は続けていて、最近では洋画などの会話文がある程度聞き取れるようになりました(文章は分かっても、即座に意味を理解するまでには至りませんが)。 TOEICは受けたことがなく、いい加減受けた方がいいと思ったので来月受験します。持っている資格は高校で取った英検準2級のみです。 ここで本題ですが、本格的に勉強しようと思いますが、どの勉強法がいいのでしょうか? まず、スクール(もしくはオンライン)に通うというのが思いついたんですが、ネットで調べていたら、いろんなところで「スクールはすぐには話せないように教える(儲けのため)」とか、「語彙力もふえないしお金が掛かるだけ」とか散々書いてありました。 どう思われますか? また、独学で学ぶとしたら様々な方法があると思いますが、どれが効果的なんでしょうか? いま思いつく限りでは、 単語や熟語をひたすら暗記、通信講座のテキストを使う、市販の問題集を解く、実際に外国人と会って会話を増やす、いろんな映画のセリフを何度も聞きながら暗記する、洋書を読む、英語日記を付ける、とにかく留学、など…このくらいしか思いつきませんが。 まとめますと、 「教えてもらうか、独学ではどちらが良いのか?」 ということと、 「独学だった場合、どの方法が身につきやすいか?」 ということが質問になります。 どんなご意見でも良いのでお待ちしております!

  • 最も適切な訳は?

    「何度もやったが、コンピュータはどうしても動かなかった。」 を英訳してみました。 どれが いちばんいいですか? (1)Though I tried many times, the computer would not work. (2)However many times I tried, the computer would not work. (3)I tried to run unsuccessfully the computer many times. (4) I failed to start the computer with many attempts, (5)I tried to boot up my computer again and again, but it wouldn't start.