• ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:お堂の下のお地蔵様)

お堂の下にあったお地蔵様とは?

mashumaro2の回答

回答No.6

こんばんは。 いつも楽しく、そしてためになるお礼を、本当にどうもありがとうございます^^ すみません、先の回答につき、意味不な箇所がございました。(汗)↓ >>水平線を一望するように立つ大きな石碑とはどんなものなのでしょうか。 >はい、小さな港にそびえる大きな石碑です。←× 「日本海軍発祥の地」の碑です。←○ >天岩戸神社 >ぜひとも行かねば! はい、是非に! 境内を清めている巫女さん等に初穂料(金額は任意)の旨を伝えると、 さらにさらに!「特別なスポット」へ誘導してくださるのです。 拝殿の脇の地味な通用門を抜け、細い階段を下ると、通常では「絶対的に視界に入れることのできない」、あの!「天岩戸」を眺めることができるのです! 境内からは木立に囲まれてよく判別できないのですが、そこの「展望台(恐らく皇室専用か何か?)」からは見れるのです♪ 今ではたび重なる地震のためにすっかり入口が崩落してしまっているものの、辺り一帯が禁漁(猟)地に指定されていることもあって、 とにかく、そりゃあもう、素晴らしく神秘的な景色でしたよ~(と、真面目に煽る)。 >大阪府枚方市 >神武天皇が上陸し、ナガスネヒコにコテンパンにやられた所です。 >近所には天野川がありまして、機物神社と牽牛石が天の川を挟んで対面しています。 なんとなんと、rupapo様は、いわくつきの場所に住んでいらっしゃるのですね。 それに、日本の神話に天野川?機物神社と牽牛石?? 面白いですね。 いったいそこに、どのような意味がこめられているのでしょうか。 >古の人々が建物を建物以上のものとして見ていた、ということが感じられます。 はい、まったくです。 いったいどうやって、あんな工作物?をこしらえたというのでしょう。 数年前、なんと60年ぶりに、抽選で一般市民3名が投入堂に特別拝観したそうです。 但しそれは、あくまでも修復落慶法要の一環のため、次の機会は早て100年後だとか…。 あとは、鰐淵寺(島根)の蔵王堂と浮浪滝の景色も素晴らしいようですね。 平安中期になると、都の周辺の山岳行場に験者があらわれ、苦行のために、このような厳かで険しい岩座に懸造が造られていきました。 またここで、ひろさちや氏の御説を引っ張り出してみますね。 山岳は、もともと神道の縄張りであり、神のおられる場所、山そのものが神であるとも考えられてきたそうです。 土着の山岳修行僧に加え、奈良時代に仏教系の修行者(私度僧や聖)が加わり、呪力を身につけ祈祷を行いました。 役行者もその一人だったとのこと。 そして平安時代になって密教が伝来し、加持祈祷の能力を高める”験を修める”修験者(山伏)が現れます。 そして都の人たちは、修験者たちにいったいどのような想いを託していたのでしょう。 ちょっと気になったりなんかして。 そしてさらに、柳田国男氏は、山上昇神説というものを展開しました。 死の直後の死者の霊は”死霊”として、山の低い所にいます。 「死穢」を孕むものであるゆえ、子孫が祀ることで死穢が浄化されます。 そしてある一定の期間が過ぎると死霊は”祖霊”となります。 山の高いところへ昇るにつれ、穢を浄化し清く和やかな祖霊となります。 三十三回忌という考え方は、その死霊の死穢がとれて祖霊として浄化されるまでの期間とのことです。 そしてその祖霊がさらに昇華されると、祖先神(氏神)になります。 日本人の死後の世界観とは、何ともユニークなものなのですね。 そういえば、妻のことを「山の神」とも申します。 「山姥」伝説もありますね、いやだわ、なんだか(笑) 脱線ついでに恐縮ですが、先日別質問にて興福寺阿修羅像の「印相」に話題をふりました。 以前は気にもとめなかったのですが、仏像の印相、指一本にも意味がこめられているのですよね。 たとえば「中指」は物質の生成「火」、心の働きの「想」を表しているそうです。 そして、仏教哲学に無知な私でさえ、何だか古の人々の真剣な想いというものを感じずにはいられない、そんな気がするのです。 rupapo様は拝観の折に、どうお感じになるのでしょうか。 う~ん、あらためて、小野篁と閻魔様の伝説にこめられた「当時とのちの世の人々の熱き想い」と、 そしてrupapo様が見い出したお地蔵様との関連性につき、 あらためて考えこんでしまうのですよね…←考えているフリ

noname#163492
質問者

お礼

山上昇神説というのは初めて知りました。 三十三回忌の意味も。 お精霊さんは祀られることによって昇格していくって 面白い考え方ですね。 興福寺の阿修羅は大好きな仏像です。 「中指」は物質の生成「火」、心の働きの「想」を表しているのですか。 またまた勉強になりました。 天平時代の仏像は、型にはまらない表現が面白いと思います。 阿修羅や戒壇院の多聞天が憂いを秘めていたり。 734年興福寺の西金堂が建立され、阿修羅はこの西金堂に安置されていたようです。 女帝の称徳天皇は718年生まれで、734年は16歳なので、 阿修羅は称徳天皇16歳像だという説があるようです。 ところで、阿修羅は片目が潰されているのをご存知ですか。 墨で瞳を描いたあと、白いキャッチライトをいれ、 それを上から塗りつぶしたあとがあります。 徳の字がつく天皇は不幸な死を迎えた、と言われます。 そして、隻眼の阿修羅。 うーん、ミステリーですね~

noname#163492
質問者

補足

こんばんは。 毎回楽しく読ませていただいております。 天岩戸神社の情報をありがとうございます。 初穂料で、特別スポットにいけるのですね。 ぜひとも体験してディープな思い出を作りたいです。 >いったいそこに、どのような意味がこめられているのでしょうか。 交野が原(平安時代にはこう呼ばれていたようです。)を流れる天の川を天空の天の川に見たて 機物神社はベガ、牽牛石はケンタウロスに喩えられているようです。 七夕の日に織姫と牽牛が逢瀬を楽しんだという逢合橋もあります。 ただし、コンクリートで車の往来が多く、全く情緒のない橋ですが。 古の人々が建物を建物以上のものとして見ていたのと同じく、 地理にも地理以上のものを見ていたのですね。 http://murata35.chicappa.jp/katudohokoku/mukashibanashi/index02.htm 呪術的な仕掛けがしてあるみたいです。 他には飛鳥の聖なるラインとか http://homepage3.nifty.com/silver-moon/asuka/sacred.htm 法隆寺のペンタクロスとか。 http://blogs.dion.ne.jp/pentacross/archives/cat_177590-1.html ということが感じられます。 鰐淵寺の蔵王堂、調べてみました。 これもまた凄いですね! >山岳は、もともと神道の縄張りであり、神のおられる場所、山そのものが神であるとも考えられてきたそうです。 確かにそうですね。 特に古い神道は神殿がなく、拝殿より山そのものを拝するというスタイルだったりしますね。 奈良の大神神社とか。 うちの近所は磐座信仰の神社が多いです。 やっぱり神殿はありません。 物部氏の本拠地だったというので、神殿がないのは物部氏の祭祀スタイルなのでしょう。

関連するQ&A

  • 宰相だった小野篁?宰相って何ですか。

    奈良市虚空蔵町に弘仁寺という寺があります。 パンフレットによりますと 嵯峨天皇の夢に、老人があらわれて「奈良の南に霊山がある。もろもろの仏があらわれて、お経の声がたえない。ここに寺をたてて、衆生を利益されたい。」とおっしゃった。 嵯峨天皇はさっそく時の宰相小野篁にその地を探させたところ、夢と寸分違わぬ土地が見つかった。 そこで嵯峨天皇は小野篁に命じて815年に弘仁寺を建立したという。 弘仁寺という寺名は創建されたときの年号からつけられたものである。 とあります。 小野篁の生年は802年なので弘仁寺が創建された815年には13歳と若く、この話には矛盾があります。 それはさておき、ここに「時の宰相だった小野篁」とありますが、宰相とは何のことですか。 篁は847年に参議となっていますが、参議のことでしょうか。 よろしくお願いします。

  • 京都の地獄にまつわるお寺を探しています。

    彼氏が幼い頃、両親と共に行ったらしいのですが、 そこは閻魔様か地獄にまつわっているようなお寺で、 舌を抜かれているところや、熱湯釜に入れられているようなところなど (うろ覚えのようですが、地獄絵図のワンシーンのようなもの) の像がずらりと並んでいたそうです。 舌を抜く台?のようなそういう場所もあったそうで。 色々と調べて、千本えんま堂(引接寺)さんと六道珍皇寺さんが 閻魔様を祀っているお寺だとわかったのですが、 上記のような彼氏の記憶と一致する情報がなく・・・ 幼い頃の記憶なので情報が少ないですが、 どなたか心当たりがある方いらっしゃいませんか?? 悪戯坊主だったのでそれで連れてかれたのかどうかはわかりませんが、 本人曰く、参った帰りは怖くておとなしくしていたそうです(^^; 行ってみたいと思っていますが、どこなのかがはっきりしません。 どなたか情報よろしくお願いします!

  • 天武帝が持ち込んだ鬼道とは?

     『少年陰陽師』から遡ること200年前の平安初期を舞台に全5巻という短すぎるお話だった『篁破幻草子』(全5巻)の完結巻で「天武帝が鬼道を倭(日本)に持ち込んだ」とあり、『少年陰陽師 動画之書』の巻末に収録されていた文庫未収録短編集の中の1つ「鬼夜来」で“嵯峨の帝は陰陽師が大嫌いだった”と死後も冥官を勤める篁が言っていましたが、「鬼道」とは「陰陽道」のことですか?  因みに、天武の帝は篁の前世です。闇に呑み込まれた部分が悪鬼・朱焔となり、閻羅王(閻魔大王)が人界を救うために天武の魂を割って無事だった部分が転生して小野篁として生を受けたという設定です。

  • 堂「思われてる

    初めて質問をさせていだきます。 半年ほど前に知り合った彼のことなんですが、1度食事に行きました。 すごく気になって好きになったんです。(彼は私が好意をもっていることは確実にわかってます。) 次に会うことがなかなかできなくて。 頻繁にっ連絡を取り合っていたんですが、取り合ってるうちにちゅーしたい、だきしめてほしいと軽々しいことを言ってきたり、どこか連れて行ってと言っても朝までだとか。軽々しいこともあって、連絡をしなくなりました。 2ヶ月くらい経ってから、いきなりメールがきまして。 ちょうど気持ちも落ち着いてきていたので、びっくりでまた気になり出してしまって。 彼はきっと私のことはなんとも思ってないんだと思うんです。 こっれどうなんでしょうか?

  • ほんやら堂のなまけたろうについて

    ほんやら堂の『なまけたろう』のデザイン担当の人を教えてください。お願いします! また、できればでいいですが、なまけたろうの開発にかかわった人たちがどれほどいたのか、教えてほしいです。

  • お地蔵様

    来年、新築を予定しています。 建築メーカーを決め、後は土地なのですが、お気に入りの土地のことで悩んでいます。その土地の東側に道を隔てて公園があるのですが、その公園の北側に南向きに子育て地蔵尊がやぐらにまつってあります。土地の中心からちょうど北東の位置にあるのですが、依然、風水かなにかの本で、お地蔵さんなどを見下ろすような場所に家を建てるのはいけないと書いてありました。私自身は無宗教ですし、気にしない人は気にしないんでしょうが、私の母も信心深く、そういうことを凄く気にします。高い買い物ですから後で後悔はしたくありませんし、ちょっと悩んでます。じっさい、このような土地に家を建てるのは良くないのでしょうか?南側には平家を隔てて河川があり、東側は道を隔てて結構広い公園と、環境は凄くいいのですが.... どなたかそのへんに詳しい方、アドバイス頂けないでしょうか?

  • お地蔵様って

    何故赤い帽子とまえかけ??をしているのですか??

  • おじぞうさん

    おじぞうさんに頭を下げますか?

  • 五地蔵について

    五地蔵について  先日、小さな版画数点を購入したのですが、その中に六地蔵ではなく、五地蔵の絵がありました。調べてもよく分かりません。意味があるのか、版の関係なのか、教えてください。

  • お地蔵さんに

    こんにちは高校女子です。 私はいつも学校の行き帰り近所のお地蔵さんに挨拶します。 今日の帰り グミをお供えしました。 グミじゃダメでしたか??